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ジェイ・Z&カニエ・ウェスト『Watch The Throne』解説:ヒップホップで最も有名なコラボアルバム
2011年8月8日、ジェイ・Z(Jay Z)とカニエ・ウエスト(Kanye West)は、約10年の歳月をかけて共同制作したアルバム『Watch The Throne』をリリースした。その後、このアルバムは、ヒップホップ史上最も有名なコラボレーション・アルバムとなった。
このアルバムは後にストリーミングの世界を席巻することになるサプライズ・リリースの基準となり、これを皮切りに二人は2010年代のキャリアを華々しくスタートさせることになる。
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『Watch The Throne』に至るまでの10年間、ラップ界のカリスマ的存在だったこの二人はクリエイティブな面で互いを刺激し合い、互いの良さを引き出してきた。カニエはジェイ・Zの『The Blueprint』にプロデューサーとして力を貸し、ジェイ・Zはカニエの初期アルバムに最高のヴァースを提供し、カニエのラッパーとしての地位を確立する上で重要不可欠な役割を果たした。
『Watch The Throne』が発売される約9か月前に、カニエは自身の5枚目のアルバム『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』を発表。この作品は他のほとんどの競争相手がしばらく無力になるような大傑作だった。それから1年も経たないうちに『Watch The Throne』を出すことで、カニエは自らの能力をより一層証明してみせた。彼はこれほど短いあいだに、再び驚きと強烈なインパクトをもたらすことができたのである。
精神的な続編
『Watch The Throne』と『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』は切り離すことはできない。現在はソーシャルメディアで次々と新たな話題が現れては消える時代だが、そんな中でもこの二つのアルバムの連続発売はとてつもなく速い展開に感じられた。とはいえ、多くの点で『Watch The Throne』は、『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』の精神的な続編、あるいは姉妹作のようなものだと言える。
ジェイ・Zはカニエの『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』収録楽曲「Power」のリミックスに参加し、シングル「Monster」にはラッパーとして参加。この曲では他にもリック・ロスがフィーチャーされたほか、ニッキー・ミナージュが一躍脚光を浴びることになった。
2011年1月、ジェイとカニエは「H•A•M」をリリースした。この曲は、今や伝説となっているオペラ風トラップのハイブリッドであり、『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』の「See Me Now」でカニエに協力していたレックス・ルガーが提供した作品だった。
これは、2010年代を席巻する新しいトラップ・サウンドを確立した曲だったが、当時このふたりのコラボレーションはせいぜいEP1枚分にしかならないのではないかと思われていた。
周囲の予想以上に野心的
しかしジェイとカニエは、周囲の予想以上に野心的だった。『Watch The Throne』が完成したとき、「H•A•M」はそのボーナストラックとして収録。『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』以上に、『Watch The Throne』は伝統的なサウンドと実験的な音作りを思いがけないかたちで融合させている。さらに歌詞では社会批判と華麗なイメージを重ね合わせていた。
ゲスト参加者からプロデューサーに至るまで、このアルバムには最高レベルの顔ぶれが揃っている。数曲に登場するフランク・オーシャンは同じ年の夏に『Channel ORANGE』をリリースし、この時代を代表するミュージシャンのひとりとしての地位を確立。また言うまでもなく、ジェイ・Zの妻であるビヨンセも顔を見せる。「Gotta Have It」ではネプチューンズ、「New Day」ではウータン・クランのRZAが提供したジェームス・ブラウンやニーナ・シモンのサンプルが使われており、カニエ自身の「Otis」のビートと組み合わされている。
このあとのカニエ・ウエストのアルバムでは、ニーナ・シモンのサンプリングが土台となっていく。とはいえこのアルバムで使われている声の中で最も有名なサンプルは、コメディアンのウィル・フェレルの声かもしれない。『俺たちフィギュアスケーター』からサンプリングされた台詞は「Ni**as In Paris」で使われており、これを聴けば、ヒップホップがどれほど奇妙ですばらしいジャンルになったかわかるというものだ。
ヒップホップの新しい支配者たち
カニエは3枚目のアルバム『Graduation』のジャケット・デザインを日本の現代美術家である村上隆に発注、さらに『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』のジャケットはアメリカのアーティストであるジョージ・コンドに依頼している。
カニエとジェイ・Zは、『Watch The Throne』のアルバム・カバーについて、当時ジバンシーのクリエイティブ・ディレクターだったリカルド・ティッシと協力し、アルバムのアートワークだけでなくMCの2人がステージで着用する特注のシャツの制作も依頼。ライヴの物販の定番だったTシャツを高級ファッションに仕立てるというこうした手法は、ありとあらゆるアーティストが真似することになる。動物、宗教、権力などのモチーフが金色に塗られたジャケット写真のデザインは、カニエとジェイ・Zの途方もなく大きな野心とラップ界の王侯貴族という地位を表していた。
ジェイ・Zとカニエによる『Watch The Throne』がなければ、ドレイクとフューチャーの『What A Time to be Alive』も、21サヴェージ、オフセット、プロデューサーのメトロ・ブーミンによる『Without Warning』も、ガンナとWheezyの『Drip Or Drown EP』も存在しなかったはずだ。
『Watch The Throne』は、ヒップホップ界初のコラボレーション・アルバムではないだろう。とはいえ、ジョイント・アルバムのあり方を定義し直し、この業界が最も必要としていた壮大な傑作を生み出したのである。
Written By Patrick Bierut
ジェイ・Z&カニエ・ウェスト『Watch The Throne』
2011年8月8日発売
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最新アルバム
カニエ・ウェスト『DONDA (Deluxe)』
2021年11月14日発売
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