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パブリック・エネミー『Yo! Bum Rush The Show』 粗削りで乱暴過ぎたデビュー・アルバム
政治!黒人問題!権力との闘い!偉い人を出し抜く!マイクで起こすテロ!メディアを暴く!
今やみんなが良く知って愛するパブリック・エネミーは当初は今とは少し違うやり方で活躍していた。なぜなら1987年は今とは違う時代であり、デビュー・アルバムでは車についての曲や女性をディスる曲もある。しかし、アルバム3曲目「Miuzi Weighs A Ton」では、リリックを武器として使うトラディショナルなヒップホップのスタンスをとっている。
パブリック・エネミーは当初は革命家として活躍し始めた訳ではなかったが、彼らの投げる焼夷弾はライムであり、Bボーイから始まり、新しい役割を果たすために成長していった。『Yo! Bum Rush The Show』を聴けば、彼らの進化を遂げていく様子がわかる。ストリートからやってきた彼らは論争へと向かっていた。彼らにとってまず一番はヒップホップ。そして1987年にはより複雑で洗練されたものへと進化を遂げていった。
彼らはそれまでに十分な経験を積んできた。パブリック・エネミーのルーツにはスペクトラム・シティというグループが存在している。そのグループは1984年にシングル「Lies」をリリースし、後にチャックDとして知られるラッパーがフィーチャリングされ、他にも後に偉大なプロデューサーとなるショックリー兄弟もいた。ラッパーとして目立つキャラでもあるフレイバー・フレイブもメンバーとして加わり、ステージ上での圧倒的な存在感と過小評価されている才能溢れるライムでグループに貢献。その他のメンバーとしてDJでブースを通じてコミュニケーションをとるターミネーターXもいた。プロフェッサー・グリフとエリック・“ヴェトナム”・サドラーはスペクトラム・シティでも共に活躍していた仲で、グリフはパブリック・エネミーの“Minister Of Information(情報相)”となり、メディアとのやりとりを担当、サドラーはプロダクション・チームのボム・スクワッドの一員としてチャック(カール・ライダー)とショックレスと共に活躍した。
グループの基本メンバーであるチャックD、フレイヴァー・フレイヴ、プロフェッサー・グリフは、当時弾圧されていたゲットーの観客たちに向けのラップ・グループを探し求めていたデフ・ジャム・レコードのビル・ステファニーと共に、それぞれがパブリック・エネミーのサウンド、アティテュード、そして政治を形作る大きな役割を果たした。ボム・スクワッドの活動も忙しくなる中でパブリック・エネミーは、地元であるロングアイランド・ヘンプステッド出身で才能あるMCのトゥルー・マスマティクス、そして同じロングアイランドのキングス・オブ・プレッシャーなどのハードコアなヒップホッパーたちと共に波風を立てながら、基盤を固めようとしていた。
Yo! Bum rush the show
『Yo! Bum Rush The Show』を聴けば、彼らのそれまでの経歴がそこに反映されているのがわかるだろう。トラックによっては今聞くとかなりオールドスクールなものもあるが、1987年当時この作品は革命の先端を行くアルバムだった。さらにストリートで耳にするサウンドからの影響も受けている。サンプルやカットが重ねられ、細かく刻まれたビートは、複雑で深いファンキーな彼らの姿勢に、光と影、そして凄まじい重工感を加えている。オープニングトラックの「You’re Gonna Get Yours」が良い例である。
「Sophisticated Bitch」のメタリック・ギターはサンプリングのように聞こえるが、実際には黒人メタル・バンドのリヴィング・カラーのヴァーノン・リードが弾いているものだ。その他にも、ロックと80年代のラップが衝突しており、Run-D.M.C.とエディ・マルティネス、ジョー・ペリーらの演奏が聞き取れる。黒人の女性がスーツを着てネクタイをした“悪魔(白人)”と一緒にいるために黒人の男性をフッたと批判するチャックのリリックは、女性蔑視と攻撃され、初めてこのアルバムが物議を醸した瞬間だった。特に最後の小節での彼女の運命は容赦ない。
チャックDは、その批判について単なる観察であり、何かを伝えているわけではないと話しているが、リリックは聴いた者を不愉快にさせた。今の社会的、政治的情勢においては特にそうだろう。それは、当初からパブリック・エネミーが”攻撃の的”になっていたことを意味したが、彼らは自分たちがメインストリームを超越している存在だと信じていたお陰でその名に恥じることなく活躍し続け、結果的に、ライバルになり得る西海岸グループと同じ土俵にパブリック・エネミーは置かれた。西海岸のヒップホップは、アイス-Tのアウトローなライフスタイルからギャングスタの流れが始まり、すぐに1988年のNWAの爆発的な成功へと繋がっていき、パブリック・エネミーとギャングスタは共に上流社会に衝撃を与えたのだ。NWAのメンバーであるアイス・キューブがファースト・ソロ・アルバムを制作するにあたり、パブリック・エネミーのボム・スクワッドを頼ったのは決して驚くことではない。
You’re gonna get yours
80年代のヒップホップにとって守りとは攻撃することを意味した。人気上昇中のスターはディスられる覚悟もあり、闘う準備は常にできていた。その態度と姿勢は「You’re Gonna Get Yours」や「Timebomb」に現れており、パブリック・エネミーが懐疑を向けられていることをフレイヴァー・フレイヴが訴え、続いてチャックDが自分たちこそが本物なのだと議論の余地のない勢いで訴えかけ、フレイヴァー・フレイヴは「Too Much Posse」を通じて、パブリック・エネミーがなぜ無敵なのかを歌う。
デビュー・シングルの「Public Enemy No.1」でチャックDは、説得力のあるサウンド、控えめなビート、そしてフレッド・ウェスリーの「Blow Your Head」の特徴的なシンセ(ヒップホップのGファンク時代の全体のルーツとも言える流行りのモーグ)に合わせて中傷する人々を撃退している。それはチャックDとフレイバ・フレイヴの傑作と言えるだろう。
「Rightstarter (Message To A Black Man)」ではチャックDが革命が始まったことを宣言し、人に何を言われようが彼らは決して黙ることはなかった。ネイション・オブ・イスラムのリーダーであるイライジャ・ムハメドが1965年に出版した宗教的、政治的、そして伝記的書籍『Message To The Blackman In America』のタイトルが引用されることは初めてのことではなかったが、チャックのブラック・ナショナリズムと比べてしまうと、1970年に発売されたテンプテーションズとスピナーズの「Message From A Black Man」にはそこまでのインパクトはない。
「MPE」ではゆっくりしたテンポとなり、ベーシックなファンク・トラックに合わせてリリックが流れていく。アルバムのタイトル・トラックも同じテンポは最小限に抑えられているが、アプローチは異なり、ナイトクラブや社会に受け入れてもらえなくて強引に押し入るチャックDの物語が伝えられる。
「Raise The Roof」は音楽イベントの掛け声から始まり、パブリック・エネミーのライフスタイルを少しだけ説明し、それから犯罪心理へと発展、チャックDは自分をテロリストだと宣言しながらパブリック・エネミーの誰もが認める有名なフレーズ、「俺たちを黙らせるには何百万人必要だ」を叫ぶ。トラックが終わる頃になるとチャックDはクラックハウスを徹底的に攻撃する。その姿勢と態度はクラック・コカインで奈落の底に落ちていく恐ろしい様子を描写する「Megablast」を通じて示されており、そのライフスタイルがもたらす混乱は彼の必死な声によって伝えられる。アルバムの最終トラック「Terminator X Speaks With His Hands」ではDJがその腕を発揮し、当時ロウ・ファンクとして知られていた様々な技能が披露されている。
1987年2月10日に発売されたアルバム『Yo! Bum Rush The Show』は、ラジオで放送するには乱暴過ぎると言われたにも関わらず、大きな成功を収めた。黒人のファンたちはそれが必要な進歩だと感じ、言うべきことは言わなければならないと感じ始めていたのだ。そして白人のファンたちはそのリアルさを実感した。しかしそれはまだほんの始まりであり、パブリック・エネミーは直後に更なる大成功を手に入れることになり、それまでには決して手の届かなかった幅広いの観客を惹きつけた。
政治!黒人問題!権力との闘い!偉いやつを出し抜く!マイクで起こすテロ!メディアを暴く!彼らは突撃した。すべてはここから始まったのだ。
Written By Ian McCann
『Yo! Bum Rush The Show』