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フランスを代表するミュージシャン25選:フランスのポピュラー音楽を形作ったアーティストたち

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フランス語の響きは、ラテン語が語源にあるロマンス諸語の中でもっとも耳心地が良いとされる。そう考えると、フランス音楽界から魅惑的なシンガーやクールなサウンドのポップが数多く生まれたのも不思議ではない。

ラヴェル、サティ、ドビュッシーらを輩出したクラシック音楽の系譜が受け継がれていることにも疑問の余地はないが、ジャンルや時代を超えたフランスの音楽の特徴は、ある種の”生きる喜び”が表現されている点にある。

ここでは2024年夏に行われるパリ五輪を祝して、フランスのポピュラー音楽を形作った革命的なミュージシャンやシンガー25組を順不同で紹介しよう。

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1. セルジュ・ゲンスブール

いまなお愛されるフランスのカルト・ヒーローにして、快楽主義と過剰さが共存するフランス的な芸術表現を体現する存在であり続けるセルジュ・ゲンスブール。世界屈指の影響力を誇るソングライター/作曲家/文化人であった彼は、デビューから60年以上が経過し本人がこの世を去ったいまでも、人びとを魅惑・魅了し続けている。

Serge Gainsbourg & Jane Birkin – Je t'aime… moi non plus/Original videoclip (Fontana 1969)

 

2. ブリジット・バルドー

フランス映画界のスターとして知られるバルドーだが、シンガーとしての彼女のキャリアも見過ごせない。60年代にはポップ界の有力者であるセルジュ・ゲンスブールと手を組んで一連のレコードを発表。当時の自由な気風が表現されたそれらのレコードの中には、プロト・パンク調の「Harley Davidson」や官能的な「Bonnie & Clyde」も含まれる。

だがそれ以上に印象的な二人のデュエット曲「Je T’aime…Moi Non Plus」は、当時日の目を見ることがなかった。というのも、そのセクシーな内容を行き過ぎだと感じたバルドーが、同曲をお蔵入りにしてしまったのだ。そのためゲンスブールは同曲のよく知られるヴァージョンをジェーン・バーキンとともに制作したわけだが、バルドーとのオリジナル・ヴァージョンも十数年後にリリースされて予期せぬヒットを記録している。

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Brigitte Bardot – Moi Je Joue

 

3. エディット・ピアフ

フランス音楽史上もっとも有名なシンガーの一人であるエディット・ピアフは、不朽のバラードである「La Vie En Rose(ばら色の人生)」や「Non, Je Ne Regrette Rien(水に流して)」に代表されるように、恋愛関係における争いを至高の芸術に昇華させた。彼女は国境を越えた人気をいち早く得た真のスターであり、その憂いを帯びたメロディーは世界中の人びとを虜にした。

Edith Piaf – La vie en rose (Officiel) [Live Version]

 

4. モーリス・シュヴァリエ

シュヴァリエについてもっとも有名なのは、滑稽にも思えるほど芝居がかった調子で歌われる「Thank Heaven For Little Girls」だが、彼のキャリアにおける功績は決してそれだけではない。60年以上の活動期間で二つの世界大戦を経験したシュヴァリエは、品のあるフランスの主演俳優を象徴するような存在だったのだ。

実際、彼はシナトラからジェーン・マンスフィールド、マルクス兄弟まで様々な人物と映画で共演した。また、彼は映画界やブロードウェイで活躍した大物作曲家たちからも尊敬を集め、ロジャース&ハート、ガーシュウィン、バーリンらの楽曲を歌っている。様々なアーティストが取り上げた「You Brought A New Kind Of Love To Me」は、フランス音楽界を象徴するシンガーである彼の美しい代表曲の一つである。

You Brought A New Kind Of Love To Me

 

5. ジョニー・アリディ

国外で大きな人気を得るには至らなかったが、史上もっとも愛されるフランス人歌手であったジョニー・アリディ。いまなお”フランスのエルヴィス・プレスリー”と呼ばれる彼は数十年に亘って、フランス人である彼ならではのセクシーなロックンロールを鳴らした。

Johnny Hallyday – Noir c'est noir

 

6. カーラ・ブルーニ

カーラ・ブルーニは2003年に『Quelqu’un m’a dit(ケルカン・マ・ディ~風のうわさ)』を発表し、フランスで歌手としてデビュー。そのとき彼女はすでに世界的なモデルだったが、まだフランス大統領夫人ではなかった。

同アルバムが大ヒットを記録したのは、単に彼女が有名人だったからではない。収録曲のほとんどを自ら作曲し、セルジュ・ゲンスブールのカヴァーも一曲取り上げたことで、彼女は60年代フレンチ・ポップを代表する名士たちの正当な後継者であることを証明してみせたのだ。大半がアコースティックで構成され、聴く者に語りかけるようなそのサウンドは、彼女の以降の作品にも引き継がれている。

Carla Bruni – Quelqu'un m'a dit (Official Music Video)

 

7. ジャック・デュトロン

若者たちのアイドルから、60年代のフランス人ミュージシャンたちにとってのカルト・ヒーローへと変貌した彼は、アメリカのロックンロールに宿る反骨心を自らのものにしてみせた。

もともとセッション・ギタリストとして活動し、のちに俳優としても名を成したデュトロンは、刺激的な楽曲を次々に発表。現在も、フランス語圏を代表する人気歌手/ミュージシャンの一人であり続けている。

Jacques Dutronc – L'opportuniste (Live au Casino de Paris 1992)

 

8. イヴ・モンタン

モンタンはイタリア生まれではあるが、フレンチ・ポップ界屈指の名シンガーだった。そして軽やかにスウィングするその歌い回しは、ビング・クロスビーを彷彿させる。実際に二人は1960年の映画『恋をしましょう』で一緒に歌を披露しているが、モンタンは同作でマリリン・モンローとのロマンスを演じている。

1944年にエディット・ピアフに見出された彼は、キャバレー回りの下積み時代を経て世界的な映画スターへと成長。1960年にはブロードウェイでの独り舞台も演じた。

そんな彼が生んだポップ界のスタンダード・ナンバーには、彼がピアフのもとを去る際、彼女がお別れのプレゼントとして共作した「Mais qu’est-ce que j’ai」、のちにジョニー・マーサーが同曲の英語版である「Autumn Leaves(枯葉)」を歌唱する「Les Feuilles morte」などがある。

Yves Montand – Mais qu'est-ce que j'ai ?

 

9. セクシオン・ダソー

現在ではフレンチ・ラップ界の中心グループとして知られるセクシオン・ダソーの作品は、アメリカ人の耳には”逆に”新鮮に響くことだろう。というのも彼らの楽曲は生の楽器を使用し、フックを多分に含んだ昔ながらのスタイルなのである。

パリで一つの共同体として結成されたこのグループには、それぞれに違ったアプローチをする8人のラッパーが在籍。初期の作品は物議を醸したが、それ以降はより社会意識の高い楽曲を発表するようになった。

Sexion d'Assaut – Avant qu'elle parte (Clip officiel)

 

10. ザーズ

ザーズ(本名:イザベル・ジュフロワ)は初期のころからエディット・ピアフと盛んに比較されていた。というのも、両者ともストリート・パフォーマーとしてキャリアをスタートさせ、似たハスキー・ヴォイスを特徴とし、どこか外見も似ていたのだ。

だが2010年に発表した中毒性のある一曲「Je Veux」が世界的なヒットとなったのを契機に、ザーズは独自性のある一人のアーティストとしての評価を確立。彼女はモダン・ソウルの要素を加えることで、古き良きマヌーシュ・ジャズを現代に蘇らせた。

歴代のフランス人歌手のファンであれば、パリの街に纏わる名曲を集めた彼女のアルバム『Paris』をきっと気に入ることだろう。

ZAZ – Je veux (Clip officiel)

 

11. ジャン=ジャック・ゴールドマン

80年代/90年代のフレンチ・ポップを象徴する存在として、ゴールドマン以上の人物はいないだろう。彼は幅広いスタイルと、大衆にアピールするキャッチーな楽曲を武器とするシンガー・ソングライターだ。

また、作曲家/プロデューサーとしてはセリーヌ・ディオンの初期のヒット作などを手がけ、米グラミー賞にも一度輝いている。ゴールドマンはタイ・フォンというバンドで活動したのち、1986年に「Je te Donne」を発表してソロ・アーティストとしての人気を確立。それ以降はヒット曲を連発し続けたが、50歳を迎えた2002年に音楽活動からの引退を表明した。しかしカムバック公演あるいは、せめてもの正式な引退公演を行うという噂は現在まで絶えない。

Jean-Jacques Goldman, Michael Jones – Je te donne (Clip officiel)

 

12. ストロマエ

ベルギー出身のラッパー/プロデューサーである彼は、2010年の楽曲「Alors on Danse」が19ヶ国のチャートの首位に達したことで国際的スターとなった(他方で米国のリスナーのほとんどは、それから10年ほどが経ちTikTok上で取り上げられるようになって初めて同曲を知ることになる)。

しかし、この曲の根底には深刻なテーマがある。彼はフランス語で”世界は危機に瀕している、だから僕らは踊るんだ”と歌うのである。ストロマエはそののちコールドプレイの楽曲にゲスト参加し、デュア・リパのビデオにも携わったが、2022年に発表したシングル「L’Enfer」では長年に亘ってうつ病に苦しんでいることを明かした。

Stromae – Alors on danse (Official Video)

 

13. クール・ドゥ・ピラート

ベアトリス・マルタン(クール・ドゥ・ピラートとは彼女の想像上のバンドの名だ)は、ケベック出身のシンガー/ピアニスト。ネット上で拡散されたビデオに使用されていたことでシングル「Comme des enfants」が偶然のヒットを記録したとき、彼女はまだ18歳だった。

この曲には彼女の魅力と純真さが如実に表れていたが、年齢を重ねてジェンダーやセクシャリティといった奥深いテーマを扱うようになったあとも、マルタンのそうした性質は失われることがなかった。そんな彼女は2015年のアルバム『Roses』で初めて(そして現在に至るまで唯一)英詞の楽曲に挑戦している。

Cœur De Pirate – Comme Des Enfants

 

14. フランソワーズ・アルディ

フランソワーズ・アルディはフランス・ギャル、シルヴィ・ヴァルタン、シェイラなどと並び、フランスにおけるイエイエのジャンルを代表するシンガーだった。いわゆる”バブルガム・ミュージック”の一種であるイエイエに洗練された感覚を吹き込んだアルディは、セルジュ・ゲンスブール作の「Comment te dire adieu(さよならを教えて)」で英仏両国のチャートを制した。

Comment te dire adieu | Françoise Hardy | Pomplamoose

 

15. セリーヌ・ディオン

彼女がケベック出身なのは言うまでもない。だがフランス語の楽曲を数多く歌っている上、フレンチ・ポップの特徴であるロマンス、感情、人間の弱さなどを表現している点で、彼女はこのリストに入るに相応しいポップ・アイコンなのである。実際のところ、セリーヌ・ディオンがフランス語で歌ったアルバムの数は、セールス面でそれにまさる彼女の英語作品の数より多い。

また、彼女のファンは、そうしたフランス語作品にこそ彼女の技巧がより顕著に表れていると断言する。近年はラスベガスを拠点にして人気を得ていた彼女だが、2022年の前半に、筋肉の疾患により一時的にライヴ活動を休止すると発表した。

Céline Dion – Je sais pas (Clip officiel)

 

16.  ジョルジュ・ブラッサンス

ジョルジュ・ブラッサンスはジャック・ブレル、レオ・フェレと並び、フランスの伝統的なシャンソンを象徴するアーティストの一人だ。”スケベなウディ・ガスリー”と呼べるような詩人/歌手である彼は、酒や女性といったテーマを、階級や宗教などの題材と同じ熱量で歌い上げることができた。

Georges Brassens – Les Trompettes De La Renommée

 

17. ミレーヌ・ファルメール

現代ポップ界においてもとりわけ大胆不敵なアーティストであるミレーヌ・ファルメールは、性、精神性、社会、哲学などリスクの伴うあらゆるテーマを取り上げてきた。実際、代表曲の一つである「Désenchantée」は、90年代前半の学生運動と湾岸戦争に影響を受けた楽曲だ。

他方で音楽的な面に目を向けると、彼女は王道のポップ、シンセを多用したゴス、ディスコなどのスタイルを作品に取り入れてきた。さらには米ダンス・チャートに入ったスティングとのデュエット曲「Stolen Car」をはじめ、時折発表する大物とのデュエットも注目を集めている。

Mylène Farmer feat. Sting – Stolen Car (Clip Officiel)

 

18.  ダフト・パンク

フランス音楽界はシンガー・ソングライター主体のポップ・ミュージックの分野で強みを発揮したが、今日のハウス/電子音楽を形作る上でも重要な役割を果たしていた。その重要な立役者が、未来的だがどこか懐かしいサウンドでフレンチ・ハウスを”世界中に(around the world)”に広めたダフト・パンクだったのである。

Daft Punk – Around the World / Harder Better Faster Stronger (Official Live Video 2007)

 

19.  シャルル・アズナヴール

シャルル・アズナヴールは、誰よりも愛について熟知していたはずだ。何しろ彼は75年以上ものあいだ、そのテーマについて曲を書き、自ら歌い上げてきたのだ。

そんな彼はエディット・ピアフに見出されて本格的なキャリアを歩み出し、1953年には当時のアーティストとしては珍しく、デビュー・アルバムのほとんどの収録曲を自ら作曲した。フランク・シナトラも彼のファンの一人で、アズナヴールの米国でのデビュー作を自身の興したリプリーズ・レコードからリリースしている。

そんな彼の名曲としては「La Boheme」、米国ではロイ・クラークが「Yesterday When I Was Young」の題でカヴァーした「Hier encore(帰り来ぬ青春)」、ロック以外のジャンルでいち早く同性愛を題材とした1972年の「Comme Ils Disent(人々の言うように)」などが挙げられる。そしてアズナヴールは、2018年に94歳でこの世を去る直前まで歌を歌い続けた。

Charles Aznavour – Hier encore (Audio Officiel)

 

20. ピエール・シェフェール

“サンプリングのゴッドファーザー”とも呼ばれるエンジニア/作家/作曲家/哲学者/音楽研究家。録音された様々な音を組み合わせて独創的な作品を作り出すミュジーク・コンクレートの先駆者としても(ピエール・アンリと並んで)知られている。

Pierre Schaeffer — Études de bruits (1948)

 

21. ジャック・ブレル

芝居のように曲中の人物に成り切って歌う楽曲にかけては右に出る者がいないベルギー生まれの作曲家/俳優であるジャック・ブレル。そのスタイルを考えれば、彼がスコット・ウォーカー(初期のソロ・キャリアが軌道に乗ったのはブレルの楽曲のおかげでもあった)やデヴィッド・ボウイ(「Amsterdam」が”ジギー・スターダスト”時代のライヴの定番曲になっていた)に敬愛されていたのも不思議ではない。

アメリカではポップ界で名を馳せた詩人のロッド・マッケンと実りある協力関係を結び、「If You Go Away(行かないで)」や「Seasons In The Sun(そよ風のバラード)」などの楽曲はマッケンのつけた英詞によってスタンダード・ナンバーとして愛されるようになった。

ブレル自身は1978年に比較的若くしてこの世を去ったが、オフ・ブロードウェイのミュージカルである『Jacques Brel Is Alive And Well And Living In Paris(ジャック・ブレルは今日もパリに生きて歌っている)』はそのあとも数十年に亘って上演された。

Jacques Brel – Amsterdam (Live officiel Les Adieux à l’Olympia 1966)

22. フランス・ギャル

“元祖イエイエ・ガール”の一人であるフランスのポップ・シンガー。ユーロヴィジョン・ソング・コンテストで優勝したのをきっかけに名声を手にした彼女はその後数十年に亘り、性的な含みのある楽曲で仏チャートを賑わせた。

そんな彼女は、フランク・シナトラの楽曲「My Way」(同曲は、彼女に振られた元恋人のクロード・フランソワが書いたフランス語の楽曲「Comme D’Habitude」を原曲としている)にも影響を与えた。

France Gall – Poupée de cire, poupée de son (1965) Stéréo HQ

 

23.  シルヴィ・ヴァルタン

ヴァルタンはフランソワーズ・アルディと並び、60年代中盤のイエイエ・ムーヴメントから生まれた最大のスターの一人だった。だが内省的なアルディに対し、ヴァルタンは生来のロックンローラーといえる人物だ。

最初期には「What’d I Say」や「The Loco-Motion」のフランス語ヴァージョンをヒットさせ、1964年にはジョーダネアーズと英語のアルバムを制作するためナッシュヴィルへと渡った。彼女のキャリアにおける一番の名曲はやはり高揚感溢れる1968年の「Irresitiblement(あなたのとりこ)」ということになるだろうが、彼女は90年代に入ってもヒットを飛ばし続けた。

Irrésistiblement

 

24.  エール

エールは、2000年代以降のフランスの電子音楽界でとりわけ大きな影響力を誇るユニットだ。思わぬ形でフレンチ・ポップの牽引役となった彼らは、エレクトロニカ、バロック・ポップ、ジャズ、ラウンジなどの要素を取り入れたユニークな作品を次々に発表。英語圏でも大きな人気を得るなど、国境を越えて凄まじい成功を収めた。

https://www.youtube.com/watch?v=NAgX1jO3No0

 

25.  ヌーヴェル・ヴァーグ

フランスにおける映画運動である”ヌーヴェル・ヴァーグ/新しい波”の精神と、ブラジルにおける”新しい波”であるボサノヴァのサウンド、そして70〜80年代の”ニュー・ウェーヴ/パンク・ロック”の名曲の数々を融合させる――それは、遅かれ早かれ誰かが思いついていたアイデアだろう。

だがパリを拠点とするこのグループは、驚くほど見事にそれを成し遂げてみせた。彼らは「This Is Not A Love Song」をラヴ・ソングに仕上げ、泥酔状態を歌ったデッド・ケネディーズの楽曲を魅惑的なトラックに生まれ変わらせたのである。中でも「Our Lips Are Sealed」のムード溢れるカヴァーは、同曲の決定版といえるヴァージョンである。

Our Lips Are Sealed

 

一つの国で生まれた音楽のすべてをアーティストのリストに落とし込むことは不可能だが、フランスの音楽シーンを形作った同国のミュージシャンを追加でもう少し名前だけでも挙げておこう。

ジャン・ミッシェル・ジャール、シャルル・トレネ、ジャン=リュック・ポンティ、クリスティーヌ・アンド・ザ・クイーンズ、MCソラー、ノワール・デジール、フェニックス、イェール、ヴァネッサ・パラディ、アリゼ、ジャスティス、サン・ジェルマン、ルノー。

Written By uDiscover Team



 

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