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ケミカル・ブラザーズの20曲:90年代からEDMの時代までにわたるダンス・ミュージックの最前線
数十年に渡って、ケミカル・ブラザーズはダンス・ミュージックの概念を新たにし続け、サイケデリックからヒップ・ホップに至るまで広く影響を及ぼした。
マンチェスターのレイヴ・シーンの熱気(彼らは大学時代にこのムーブメントに出会った)の中から生まれたエド・シモンズとトム・ローランズによるケミカル・ブラザーズは、その圧倒的なライブ・パフォーマンスと多数のヒット作で、90年代を制覇したエレクトロ・グループの一つになった。このようなグループの中には、挫折を味わったり、あるいは単純に自分たちの道を見失ったりしたものもあったが、その一方でケミカル・ブラザーズは、現在のEDMの時代に至るまで常に期待に応え続けてきたことが、彼らの曲を通して分かるだろう。
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ケミカル・ブラザーズは、初めはダスト・ブラザーズという名義で、1992年にレコーディングを開始した。この名前は、ビースティ・ボーイズの『Paul’s Boutique』や、ベックの『Odelay』を手掛けたロサンゼルスのヒップ・ホップ・プロデューサーから拝借したものだった。
自主制作のEPをリリースすると、その”ケミカル・ビーツ”と呼ばれるような独特の強烈さとアシッド感によって、ほとんどすぐにこのイギリスのデュオ・ユニットは話題になった。彼らもまた、プロディジー、レフトフィールド・アンド・ライドン、プライマル・スクリームやマニック・ストリート・プリーチャーズと、加えてボム・ザ・ベースの「Bug Powder Dust」(この曲にうってつけのトリップ感あるラッパー、ジャスティン・ウォーフィールドが”windowpane”〈歌詞より、LSDのこと〉に乗って歌っている)と同様に、リミックスをして楽曲を制作していた。
彼らはまた、この時期にマンチェスターのシーンを牽引する仲間であるザ・シャーラタンズと初めて出会っている。ケミカル・ブラザーズによる「Nine Acre Dust」のリミックスは、サイケデリックに鳴り響く音で始まって、鋭いヒップ・ホップ・ビートの中にそれが明確になっていき、インディー・ダンス・ミュージックの傑作に仕上げられている。
後に、彼らはまたオアシス、ファットボーイ・スリム、スピリチュアライズド、マーキュリー・レヴ、ウータン・クランの「Method Man」、セイント・エティエンヌ、さらにはカイリー・ミノーグなどの、卓越したDJミックス・バージョンを次々に生み出した。ケミカルは、発展しつつあったビッグ・ビートのシーンを支配したのだ。それは、イギリス中で大評判だったトリップ・ホップのサウンドを取り入れ、それに何か強いものを少しだけ注射したような音楽だった。その結果として、比較的ゆっくりなテンポとファンクの感じが、他のダンス・ジャンルの螺旋のようなテンポに困惑していた聴衆を惹きつけた。彼らのダーティーなベース、薄汚れたようなギター、打ちのめすようで、小刻みなビートはそれにぴったりだったからだ。
1995年、ケミカル・ブラザーズは、肩のほこりを払うように問題を解決し(訴訟問題に脅かされていた)、ついに新たに命名したケミカル・ブラザーズ名義でデビュー・アルバム『Exit Planet Dust』を発表。このアルバムには、以前のシングル曲から抜粋されたものと、すぐに“ケミカル・ブラザーズの最高の息子”と評されたようなすばらしい作品が収録されている。例えば、彼らの全てが詰め込まれた第1曲目、「Leave Home」は、まるで彼らのDJセットのミニチュアみたいな感じだ。
「Life Is Sweet」では彼らが持つビッグ・ビートのスキルをすべて活用し、それにティム・バージェス(ザ・シャーラタンズ)の歪んだヴォーカルを加えた。またこのアルバムで、彼らの共同作業者ベス・オートンの才能を世界に紹介し、グループの手の内を明かすようなことをした。それ以降このデュオ・ユニットは、大物ゲストや才能ある新人を呼んで楽曲に参加してもらうという慣習を始めた。彼らはすでに成功の約束されたダンス・ミュージックのスペシャリストであったが、そのような試みによってケミカル・ブラザーズは本格的に時代の主流というべきミュージシャンになった。
アルバム『Dig Your Own Hole』を発表した1997年、ケミカル・ブラザーズはクール・ブリタニアの中心からさほど離れてはいなかった。その証拠に、オアシスのノエル・ギャラガーとの最初のコラボレーション曲「Setting Sun」が挙げられる。ノエルは上がっていく音と下がっていく音を交互にギターで弾き、荒れ狂ったのこぎりのような音を表現した。この曲において、ケミカル・ブラザーズがビートルズ風のサイケデリアへ明確に関心を持ち続けていたことが分かる。
しかし多くのファンは、ケミカル・ブラザーズの最高傑作の例として、デュオによるインストゥルメンタル曲を挙げるか、あるいはこのアルバムの1曲目のタイトルを挙げる。それは「Block Rockin’ Beats」で、この曲こそが彼らのスタイルの最も典型的な例として広く認知されている。
1999年の『Surrender』でも、トップ・レベルのアーティストたちとのコラボレーションを続け、脳が溶けるようなインストゥルメンタル曲を制作し続けた。ニュー・オーダーのバーナード・サムナーと、プライマル・スクリームのボビー・ギレスピーをフィーチャリングして最新のEBM(Electronic Body Music)に仕上げた「Out Of Control」、またマジー・スターのホープ・サンドヴァルを招いた「Asleep From Day」は美しくて落ち着きのあるサウンドの曲だ。
ノエル・ギャラガーとも「Let Forever Be」で再共演を果たした。そして、エレクトロの影響を受けたすばらしい1曲「Hey Boy Hey Girl」では、ブラザーズは誰の手助けも必要とせずに、自分たちだけでやりたいことをやった。
3年後、「Come With Us」をリリースした頃、「Hey Boy Hey Girl」で言及されたような”スーパースター・DJ”の多くは、その人気を失いつつあったが、ケミカル・ブラザーズは他と違い独自に前へと進み続けた。制作に使える予算が増えると、彼らはアルバムのタイトル曲「Come With Us」のような、壮大で周期的なクラブ・ミュージックを数多く作った。
彼らはまた、ザ・ヴァーヴから、話題のリチャード・アシュクロフトをゲスト・ヴォーカルとして招いたり、ベス・オートンをまた呼び、フォークソングに影響を受けた優しいバラード曲「The State We’re In」を共に制作した。
その次のアルバム『Push The Button』をリリースしたのはそれからまた3年後のことだったが、かつてないほどに多くのゲストを招き、「Galvanize」で成功を収めた。熱情的で、モロッコ風のこの曲は、高い評価を受けていたラッパーのQティップ(ア・トライブ・コールド・クエスト)とのコラボレーションで生まれた。
他の曲「The Boxer」ではティム・バージェスと再共演し、ブロック・パーティのケリー・オケレケ(「Believe」)やザ・マジック・ナンバーズ(「Close Your Eyes」)とも一緒に仕事をした。アンナ・リン・ウィリアムズをボーカルに招いた、ファンキーで少しダブステップ風の「Hold Tight London」は、このアルバムのハイライトとして制作された。
ケミカル・ブラザーズは、2007年のアルバム『We Are The Night』に、マーキュリー賞を獲ったクラクソンズをゲストとして招き、2000年代中期に興ったニュー・レイヴを受け入れた。ミッドレイクのティム・スミスとファーサイドのラッパー、ファットリップも参加したが、このアルバムにはケミカル・ブラザーズの、夏を活かした最高の曲の1つが収録されていた。楽しく、陽気で鍵盤ハーモニカがリードする曲「Das Spiegel」である。
次いでコンピレーション・アルバム『Brotherhood』がリリースされ、その限定版には、ダンスフロアを喜ばせた「Electronic Battle Weapon」の一連のプロモーション版がフィーチャーされた追加のCDが同封されており、打ちのめすような「Acid Children」(「Electronic Battle Weapon 7」の名前で知られている)を聴くことが出来る。
さまざまな方法で、2010年の『Further』の準備は整えられた。このアルバムは、興奮した、ロボットのようで、しかし汗が滲むような曲「Horse Power」に代表されるエネルギッシュな曲が多く収録されていることが特徴的だ。
その後、ケミカル・ブラザーズは映画『ハンナ』(2011年)のために初めて全曲を手掛けた力強いサウンド・トラックをリリースした。このサウンド・トラックは、映画の独特の雰囲気を反映したものになっている。2015年の『Born In The Echoes』でQティップと彼らは再び共に制作をし、心が痛むような近しい人に向けた曲であるベックとの「Wide Open」や、セイント・ヴィンセント、ケイト・ルボンも共同作業者として招いた。
比較的長い沈黙を破って、彼らは2018年の秋に「Free Yourself」で姿を現した。ロボットのようなヴォーカルと、耳を攻撃するようなサウンドと重低音が結びついたこの曲は、ケミカル・ブラザーズが、ダンス・ミュージックの最も面白いカタログの一つをまだ私たちに見せ続けてくれるということを、折よく思い出させてくれた。彼らが本当にプラネット・ダストを出てしまう前に、私たちは彼らにもっと多くのことを期待できる。ケミカル・ブラザーズの最高の曲は、さらに先を行くかもしれない。
第62回グラミー賞2部門受賞!
ケミカル・ブラザーズ来日公演決定
2020年10月20日(火)/ 21日(水)
会場:東京ガーデンシアター
http://chemicalbrothers-japan2020.com/
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