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ロバート・グラスパー新作『Black Radio III』を語る:作品に込めたものと若い黒人たちに必要なもの
グラミー賞最優秀R&Bアルバムを受賞したロバート・グラスパー・エクスペリメントによる『Black Radio』から10年、シリーズ第3弾となるアルバム『Black Radio III』がグラスパーのソロ名義として2022年2月25日に発売された。
この作品について、音楽ライターの渡辺志保さんがロバート・グラスパー(Robert Glasper)にインタビュー。
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10年前、『Black Radio』によってもたらされた変化
「10年が経ったなんてね。歳を取ったなあと感じるよ」
と、笑顔で答えてくれたロバート・グラスパー。ジャズ・シーンのみならず、R&Bやヒップホップ・シーンを巻き込み、ジャズ史の新たなチャプターを切り拓いた名盤『Black Radio』がリリースされたのは2012年2月のこと。その後、2013年に『Black Radio 2』がリリースされて以来、約8年半ぶりの続編『Black Radio III』がいよいよ発表される。
冒頭のセリフは「あの『Black Radio』のリリースから10年を経た今のお気持ちは?」という筆者の問いに対するもの。その後に、当時『Black Radio』によってもたらされた変化を次のように語ってくれた。
「あの作品のおかげで、R&Bとヒップホップの世界にクロスオーヴァーすることができた。『Black Radio』をリリースする前はジャズ・シーンの中だけにいたけど、アルバムが出てから、一瞬で環境が変わった。予想以上だったよ。自分にとってはもちろん、音楽そのもの、そして音楽業界にとっても大きな変化を与えたと思う。『Black Radio』以降、アーティストたちは、もっと自由に自分が好きな音楽を融合させることができるようになったのではないかな」
『Black Radio』シリーズから距離を置いていたこの8年間の間も、ロバート・グラスパーは多忙だった。ジョニ・ミッチェルからケンドリック・ラマーまでをもカヴァーした『Covered』や、マイルス・デイヴィスの世界観を再構築した『Everything’s Beautiful』といったアルバムのリリース。加えてデリック・ホッジやテラス・マーティンらと組んだスーパーグループのR+R=NOWや、カマシ・ワシントンや9thワンダーらとタッグを組んだディナー・パーティーなど、様々なプロジェクトも行なってきた。
他にも、マックスウェルやマック・ミラーら、幅広いアーティスト作品への参加、映画やドラマといった映像作品への楽曲提供など、素晴らしい音楽作品には常に彼のクレジットを見つけることが出来た。そして、2019年にはヤシーン・ベイらを迎えたエッジーなミックステープ『Fuck Yo Feelings』もリリースしていた。逆に、なぜ8年ぶりに『Black Radio』を復活させようと思ったのか?
「もともとはシリーズ化するなんて全然考えていなかった。 “1作目でおしまい”というつもりでいたし、それに、こんなに時間が経って、もう続編って感じでもないだろう、と。でも(新型コロナ・ウイルスによる)パンデミックの期間中に、音楽に集中するにはいいタイミングだと思ったし、人々には『Black Radio』が必要なんじゃないかと思うようになってきた」
コロナ禍での制作と今作ることの意義
かくして、パンデミックの間に、グラスパー自らさまざまなアーティストに連絡を取りつつ『Black Radio III』の制作に取り掛かったという。グラスパーのようなアーティストにとっては、楽曲制作やレコーディングのプロセスにおいてもっとも重要なのは<生々しいセッション感>ではないだろうか。互いの音色やメロディを聴きながら、時にはインプロビゼーションを交えて作品を完成させていく作業は、アーティストにとってももっとも醍醐味を感じる瞬間だろう。しかし、『Black Radio III』のプロセスはそれとは対照的だ。
「ほら、コロナでジャム・セッションが出来なかったから…。2、3人のアーティストとは一緒にスタジオに入ったけど、ほぼ大半をリモートで作り上げた。リモート制作の感想?いい面とそうじゃない面の両方あるね。でも、自分が予想していたよりはもっとスムーズに進行した。(リモートで)やりとりしながら、“今、そこに行くことが出来ればいいのに!”と、もどかしい気持ちになることもあったよ。画面越しに“今の、変えてもらえる?” “こうしてもらえる?”って伝えるのは、やっぱりね…(笑)」
本アルバムは、詩人、アミール・スレイマンの力強いポエトリー・リーディング「In Tune」で幕を開ける。人種をめぐる混沌や、アメリカで黒人として生きること、そしてそのルーツ。繰り返される「we don’t play music, we pray music / 音楽を演奏しているのではない、音楽を祈っているのだ」というフレーズが強烈に響く。
「アルバムの冒頭で、今、世の中で何かが起こっているのかをハッキリ伝えることが必要だと思った。久しぶりのアルバムだし、『Black Radio』シリーズにおいては8年ぶりだから、(アルバムのオープニングをどうするかは)大切なこと。だからこそ、人々が見て見ぬふりをしている問題を正面から取り上げて、それをみんなに届けたいと思ったんだ」
若い黒人にとって、アメリカ社会で成功すること
イントロのメッセージから、リード・シングルとして発表された「Black Superhero」に流れ込む様子は圧巻だ。スレイマンにも、まず「Black Superhero」を聴かせてから「In Tune」の詩を書き上げてもらったという。「Black Superhero」は、BJ・ザ・シカゴ・キッドが歌う「すべてのゲットーにブラック・スーパーヒーローが必要だ」とフックが印象的で、アトランタを拠点とし、アクティヴィストとして社会活動や人権運動にも積極的に参加しているキラー・マイク、そして、これまでグラスパーを始め、キーヨン・ハロルドやビラルらとも共演してきたミシシッピ出身のMC、ビッグ・クリットがパワフルなリリックを披露している。
2020年に起こったジョージ・フロイド殺害事件に端を発し、アトランタでは暴動が起こった。その際に、市長と共にいち早く市民に呼びかけたキラー・マイクは、本楽曲にうってつけのアーティストでもある。
「若い黒人たちにとって、アメリカ社会で成功することはとても難しいこと。だから、自分の身近にメンターやヒーローだと思える人がいるこということは、彼らにとって非常に大切なことなんだ。まるで、飛んできて自分を助けてくれるようなスーパーヒーローみたいな存在--希望を与えてくれ、支えてくれる存在が--必要なんだ。この曲のMVでは、誰だってスーパーヒーローになれる、ということを示したかった。あなたのコミュニティにいる先生やバーバー(理髪師)、ネイリスト…あなたに話しかけてアドバイスをくれる人は身近にいるし、それに気がつけば、もっともっと高みを目指すことができる。この曲は、もともとBJザ・シカゴ・キッドのコーラス部分を収録していて、そのあと、キラー・マイクとビッグ・クリットに制作を依頼した。あらかじめ、自分の考えはざっくりと伝えただけで、あとは楽曲を聴いた二人が、それぞれのヴァースを仕上げてくれたんだ」
アルバムに込めたメッセージ
『Black Radio III』でもっとも伝えたいメッセージは何でしょう?という質問に対して、グラスパーははっきりとこう答えてくれた。
「黒人として、私たちは団結しなければならない(As black people, we have to stick together)」と。「(黒人として)たくさんのことを経験してきたから」とも。
「自分を愛すること、そして、自分の信条を大切にして、強く立ち上がること。物事をやり抜いて、続けていくこと。そして愛情を示して、自分も愛されること…。今の時代、こうしたことが特に大切だと思う。だから、この作品を聴いた人の感情を揺さぶることが出来たら、と思う。アルバムを通して“君は強いんだ、きっと出来る”と呼びかけたいんだ。“さあ、闘うためのグローブをはめろよ”って」
『Black Radio III』を聴き進めていくと、ミュージック・ソウルチャイルドが歌うユニヴァーサルなラヴ・ソング「Everybody Love」や、アント・クレモンズによる深淵さを纏った「Heaven’s Here」、そして本編最後を締めくくる「Bright Lights」など、特に後半に進むにつれて愛をテーマにして歌われる楽曲が多いことに気がつく。そこから感じるのは、グラスパーが作り上げるヒーリング・ヴァイブスだ。
「だって、あまりにもたくさんの人が怒っているから。そこに愛はないし、だからこそ、愛について話したいと思ったんだ。ヒーリングだという風に感じてくれるのは嬉しいし、誇らしいよ」
今年の5月には埼玉県秩父ミューズパークで開催されるLOVE SUPREME JAZZ FESTIVALに出演する予定のグラスパー。
「日本は本当に大好きな場所だから、行くのが待ちきれない。パフォーマンス以外にも、ハングアウトしたり美味しい食事をしたりするのも楽しみ。日本のみなさん、ARIGATOU-GOZAIMASU」
Interviewed and Written by Shiho Watanabe
ロバート・グラスパー『Black Radio III』
2022年2月25日発売
CD / iTunes Stores / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
[Tracklist]
1. In Tune ft. Amir Sulaiman
2. Black Superhero ft. Killer Mike + BJ The Chicago Kid + Big K.R.I.T.
3. Shine ft. D Smoke + Tiffany Gouche
4. Why We Speak ft. Q-Tip + Esperanza Spalding
5. Over ft. Yebba
6. Better Than I Imagined ft. H.E.R. + Meshell Ndgeocello
7. Everybody Wants To Rule the World ft. Lalah Hathaway + Common
8. Everybody Love ft. Musiq Soulchild + Posdnous
9. It Don’t Matter ft. Gregory Porter + Ledisi
10. Heaven’s Here ft. Ant Clemons
11. Out of My Hands ft Jennifer Hudson
12. Forever ft. PJ Morton + India.Arie
13. Bright Lights (with Ty Dolla $ign)
14. Better Than I Imagined (instrumental)*
15. Easy To See*
*日本盤ボーナス・トラック