Stories
パルプ『His ‘n’ Hers』解説:“現在のパルプ”が誕生したアルバム
ブラーよりも博識で、オアシスよりも(彼らなりの特別な形で)恐れ知らずのパルプ(Pulp)は、90年代のブリットポップ・ブームにおいては部外者として仲間外れにされた。だがいずれにせよ、彼らは単なるブリットポップ・バンドなどではなかった。
だから『His ‘n’ Hers』が『Parklife』の一週間前にリリースされたことも、オアシスがデビュー・シングル「Supersonic」で一気に人気を得たことも彼らには関係ない。パルプは確かにそうしたグループと一括りにされていたかもしれない。だがジャーヴィス・コッカー率いるグループは、のちの楽曲で自ら歌っている通り、はみ出し者の集団だった。
そんな彼らの4thアルバムである『His ‘n’ Hers』は、彼ら自身を生んだ (そして拒んだ) イギリスの社会階級を痛烈に描いた作品だ。
<関連記事>
・パルプの歴史:インディーバンドから、英ポップカルチャーの担い手へと上り詰めたバンド
・奇跡の来日公演決定、90年代UKロック三巨頭の復活、その最後のピースの魅力
スコット・ウォーカーによる日常のドラマに、セルジュ・ゲンスブールの作品のようないかがわしさや、ロキシー・ミュージックから拝借したようなアート・ロック風の華やかさを加えたのがパルプの音楽の特徴だ。
多くの人にとって彼らを知るきっかけになったのは、初めて全英トップ40入りを果たしたシングル「Do You Remember The First Time」だった。同曲は、ワン・ルームで暮らす独身男が、童貞を捧げた元恋人に送った一方通行のラヴ・レターのような内容の一曲だ。だがこれほど知性的で、キャッチーで、罰当たりな楽曲を作るには、それ相応の経験を積んでいる必要がある。
実際、パルプが結成されたのは『His ‘n’ Hers』のリリースより16年も前のことだ。そのあいだに彼らは技術を磨き、苦い失望も経験していた。そして、真の”観察者”でいるためには、メインストリームと距離を置く必要があることを悟っていたのである。
一躍注目の的に
『His ‘n’ Hers』でパルプは一躍脚光を浴びたが、彼らはジャーヴィスの書く楽曲の多くの登場人物同様、いつも”観察者”でいることに喜びを感じていたように思える。このテーマはパルプのキャリアを通じて度々登場してきたが、それを「Babies」より見事に描いた楽曲はないだろう。
この曲は、女友達の姉のセックスを主人公が覗き見るという内容だ。しかもそれが「きみに子どもを授けてあげたい / I want to give you children」という女友達に対する滅茶苦茶な妄想に変わり、さらには「きみは僕のガールフレンドになるかもしれない / You might be my girlfriend」と考えるようになる。最後に主人公は、「きみに似ているから / because she looks like you」という理由で姉との行為に及んだのを女友達に見つかってしまう。確かに、それこそが合理的な結末なのかもしれない……。
絶望感、叶わぬ恋心、歌詞の醜さを紛らわすアンセム調のサウンド――それが生まれ変わったパルプの楽曲の特徴だ。だが、そこには痛烈な皮肉も込められている。例えば「Babies」のビデオの冒頭には「”プロモ・ビデオというものは、単なる楽曲の宣伝手段である」という文言が映し出されるのだ。しかし、ジャーヴィスの皮肉なモノの見方がそれ以上に顕著に表れているのが、『His ‘n’ Hers』のオープニング・ナンバーである「Joyriders」だ。
「Joyriders」はタイトルに反して、この曲に楽しいことなど何も歌われていない。同曲では荒々しく歪んだギターのリフが、小さな街の中心地で騒動を起こす野蛮な若者たちの物語を演出するのだ。
We don’t look for trouble
But if it comes we don’t run
俺たちは騒ぎを求めちゃいない かといって
騒ぎに出くわしても逃げ出しはしない
だがこうした威勢の良さは次の言葉によって削がれてしまう。
We like women/”Up the women”, we say
And if we get lucky/We might even meet some one day
俺たちは女性が好きだ/女性の地位向上にも賛成さ
運があったら/いつか良い人に出会えるかもしれない
このフレーズについてはあえてシンプルに歌うことで、おどけたユーモアが逆に強調されているのだ。そして楽曲の最後には、こうした愚かな言動が実に不吉な結末へと繋がっていく。
Mister, we just want your car
‘Cause we’re taking a girl to the reservoir
Oh, all the papers say
It’s a tragedy… but don’t you want to come and see?
そこの旦那、車をちょっと貸してくれよ
女の子を溜め池に連れて行きたいんだ
新聞には悲劇だって書かれちゃうけど
一緒に来て見てみないかい?
詳細は何も明かされないが、ジャーヴィスの卓越したストーリーテリングのおかげで、リスナーの知っておくべき (あるいは知りたいと思う) ことはすべて伝わるのである。
“現在のパルプ”が誕生したアルバム
ここまで来ると、『His ‘n’ Hers』に内在する対立構造が見えてくる。つまり、強い憧れと思春期ゆえの失敗が、鬱積した不満とぶつかり合うことでさらに陰鬱な感情へと変わっていくのだ。
「Have You Seen Her Lately?」は田舎町のゴシップと、救いを求める男の想いが交錯する一曲。また、「Lipgloss」や「Pink Glove」には、魅力を失って堕落した人間の末路が描かれている。
「Do You Remember The First Time」はシンセ・ポップのアンセムとして世界各地のインディー界隈のダンスフロアを沸かせたかもしれないが、虚勢や自己反省による絶望感をこんな風に表現しながらチャートを賑わせた楽曲はほかにないだろう。
ジャーヴィス曰く、このアルバムは「現在のパルプが誕生した」アルバムである。そして1994年4月18日のリリース当時は『His ‘n’ Hers』をチェックしそびれた人の耳にも、翌年のグラストンベリーでのライヴの話は入ってきたことだろう。彼らはこの年のヘッドライナーを見事に務め上げたのだ。
ジャーヴィス率いるグループはこの一夜で世間にその名を轟かせたが、真のパルプを知るには『His ‘n’ Hers』を聴く方が良い。招かれていないのに現れ、ブラインド越しに姿を覗き、下着を漁る……さらには戸棚の中に隠れ、情事を覗き見る――それこそがパルプの本性なのだ。
Written By Jason Draper
パルプ『His ‘n’ Hers』
1994年4月18日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
- パルプの歴史:インディーバンドから、英ポップカルチャーの担い手へと上り詰めたバンド
- 【特集】グラム・ロックがいかに世界を変えたか:その誕生と退廃を振り返る
- 忘れられた90年代バンド10組:再評価すべき忘れられたアーティストたち
- ニュー・ジャック・スウィングを祝して:90年の音楽的な革命
- 不運な状況でリリースされたホール『Live Through This』がもたらしたもの
- 90年代大特集:グランジからブリット・ポップ、R&Bやヒップホップの台頭まで
- 1994年に発売されたアルバム・ベスト69