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キャメロン・クロウ監督『シングルス』劇中アーティストになりきり録音したクリス・コーネルの『Poncier』
シアトルを舞台にした1992年のロマンティック・コメディー映画『シングルス』のキャスティングを考えていたキャメロン・クロウ監督は、当初、ブリジット・フォンダ演じるコーヒー・バーのウェイトレスに好意を持つ理想主義のオルタナティヴ・ロック・ミュージシャン、クリフ・ポンシアーの役をサウンドガーデンのフロントマン、クリス・コーネルに演じてほしいと考えていた。
しかし、クリス・コーネルは映画に出演する時間を割くことができなかった。キャメロン・クロウが『シングルス』を撮影していた頃、シアトルはロックン・ロールの世界の中心地へと急速に発展しており、ニルヴァーナの『Nevermind』やパール・ジャムの『Ten』が世界的にブレークしている中、サウンドガーデンの3枚目のアルバム『Badmotorfinger』がバンドに初めてのプラチナ・ディスクをもたらそうとしていた頃だったのだ。
当然ながらクリス・コーネルは自身のキャリアに集中していたため、キャメロン・クロウは代わりに『ランブルフィッシュ』や『ドラッグストア・カウボーイ』に出演し評価の上がっていた俳優のマット・ディロンをクリフ・ポンシアー役にキャスティングした。クリス・コーネルは、セリフのない場面でカメオ出演を果たしており、クリフが車にスピーカーを導入するシーンで端からそれを眺めている。
グランジ時代の仲間であるパール・ジャム、マッドハニーやアリス・イン・チェインズと共にサウンドガーデンも『シングルス』のサントラに貢献したが、クリス・コーネルの関わりはそれだけにとどまらなかった。映画でクリフ・ポンシアーは自身のバンド、シチズン・ディックがベルギーでヒットしたと自慢する。このフィクションの一部から、シチズン・ディック後にクリフ・ポンシアーがソロで発売する楽曲をクリス・コーネルが実際にレコーディングするというアイディアが浮上したのだ。
パール・ジャムのトリオ、ジェフ・アメン、エディ・ヴェダー、ストーン・ゴッサードの力を借りて、クリス・コーネルは楽曲を内密に制作し、5曲収録されたテープを驚くキャメロン・クロウにプレゼンした。
「クリス・コーネルがクリフ・ポンシアーとして、全ての楽曲を歌詞と完全なクリエイティヴのヴィジョンを持ってレコーディングしたんだ」とのちに監督はローリング・ストーン誌に語り、初めてその曲を聴いた時のことを振り返った。「“Seasons”がかかってすぐに、”すごい!”と思わず口に出していた」。
これに触発されたクロウ監督は、悩ましく、シンプルなフォーク・バラードの「Seasons」を『シングルス』のサウンドトラックに収録し、EPは『Poncier』というタイトルでプロモーションCDとして(様々な色のスリーヴで)偽のレーベル、リアル・クレヴァー・レコードからとして発行された。そのEPは今でも素晴らしい作品で、クリス・コーネルがのちに全5曲を見直したことから、本人も貴重な作品であるとわかっていたのであろう。
「Seasons」以外に、「Spoon Man」は明らかにポンシアーのお決まりの曲だ。シアトルのストリート・ミュージシャンであるアーティス・ザ・スプーンマンにインスパイアされ、サウンドガーデンはのちにこの曲のエレクトリック・ヴァージョンを制作し、アルバム『Superunknown』に収録、この曲がBillboardのオルタナティブ・チャート・トップ10ヒットの突破口となった。ヒプノティックなパワーや不思議な7拍子はすでにアコースティックの『Poncier』のヴァージョンでも健在で、オリジナルの楽曲は『シングルス』のシーンでも使用されている。
また、1999年のソロ・アルバム『Euphoria Morning』に「Flutter Girl」も再度レコーディングし、曲のテンポを早め、話宇・ペダルのギターを足している。『Poncier』では地味な楽曲で、心を露わにしたバラードでピクシーズのようなサーフ・ギターが特徴だ。洞窟のように深く、サイケをちりばめた「Nowhere But You」はそのままの音源でクリス・コーネルのシングル「Can’t Change Me」のB面として収録され、強烈でニューウェーヴ風な「Missing」はのちにクリス・コーネルのもうひとつのバンド、テンプル・オブ・ザ・ドッグの2016年の全米ツアーの際に演奏された。
『Poncier』の楽曲は、2017年初めに『シングルス』のサウンドトラックがデラックス盤として再発された時に、未発表曲2曲とともに収録され、再度注目されることとなった。そして今度は、オリジナルのEPの形で、カセット1,500本、レコード盤4,000枚という限定枚数にて今年のブラック・フライデー・レコード・ストア・デイにて発売される。
半分神話のような存在感が未だに強い『Poncier』は、クリス・コーネルの尊いカタログの中でも最も求められる作品のひとつであり続けるのだ。
Written by Tim Peacock
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『Poncier』収録楽曲を網羅したプレイリスト↓