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ポール・マッカートニー&ウイングス『One Hand Clapping』:50年を経て公開された“失われた傑作”

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アビイ・ロード・スタジオで1974年8月に録音された『One Hand Clapping』には、大成功を収める中で新たなラインナップとなった時期のポール・マッカートニー&ウイングス(Paul McCartney&Wings)の演奏が収められている。

マッカートニーはザ・ビートルズでの『Let It Be』制作時と同じように、テレビの特番向けにリハーサル風景を撮影することにした。結局、その映像の全編が公開されることはなく番組の放送も延期されたが、『One Hand Clapping』のサウンドトラック・アルバムはそれから50年の歳月を経て、当初想定されていたアートワークとともにようやく日の目を見ることになった。

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One Hand Clapping (One Hand Clapping Sessions)

 

『Band On The Run』の大成功と新メンバー

そもそも、このレコーディングが行われたこと自体が驚くべきことだった。というのも1973年8月、ウイングスの面々が3rdアルバム『Band On The Run』の制作のためナイジェリアのラゴスへ出発しようとしていた矢先に、ドラマーのデニー・サイウェルとギタリストのヘンリー・マッカローがグループを突如脱退。なんとかレコーディングを開始させたあとも、マッカートニーがナイフを持った暴漢に新曲の歌詞やデモ・テープの入ったバッグを奪われるという事件が起こっていたのだ。

『Band On The Run』はそんな厳しい状況でレコーディングされたが、それから一年が経過したころ、マッカートニーは同作の成功によってポップ界のスターダムの頂点へと返り咲いていた――。同アルバムはリリースから8ヶ月後の1974年7月に全英1位を獲得し、同年の夏のあいだ7週に亘って首位の座を守ったのだ。さらにはアメリカでもチャートの1位に達するなど、世界全体で600万枚以上を売り上げた。

このように『Band On The Run』が世界中のチャートを駆け上がる中、マッカートニーは新たなバンドメイト探しを始めていた。彼がまず目をつけたのは、グラスゴー出身の若き天才ギタリストであるジミー・マカロックだ。マカロックは16歳にして、サンダークラップ・ニューマンが1969年に発表した世界的ヒット曲「Something In The Air」でギターを弾いていた人物だ。マッカートニーは遡って1973年11月、スージー&ザ・レッド・ストライプス名義のシングル「Seaside Woman」の制作へと繋がるレコーディングに彼を誘っていた。

そして1974年1月、マカロックは再び彼からの電話を受けた。このときマッカートニーは、ストックポートにあるストロベリー・スタジオで、弟のマイクのアルバム『McGear』をプロデュースしていたのである。結果としてその後の6月前半に、マカロックはウイングスに正式加入。その数週間前には、ドラマーにして空手の愛好家でもあるジェフ・ブリトンもメンバーに選ばれていた。

こうして新メンバーを迎えたウイングスは6月、リハーサルや地元ミュージシャンとのジャム・セッション、メンバー間の関係構築のためテネシー州ナッシュヴィルへと渡った。この環境に触発されたマッカートニーは、のちにウイングスのシングル曲となる「Junior’s Farm」と、そのB面曲の「Sally G」を作曲。さらにはサウンドショップ・レコーディング・スタジオで、これらの新曲の録音も行われた。

また、それと同時にレコーディングされた風変わりな楽曲の中には、マッカートニーの父のジムが作曲した「Walking In The Park With Eloise」も含まれる。ナッシュヴィルきっての名手たち (ギタリストのチェット・アトキンス、ピアニストのフロイド・クレイマーら) を迎えてレコーディングされた同曲は、1974年10月にカントリー・ハムズ名義のシングルとしてリリースされた。

Junior’s Farm (One Hand Clapping Sessions)

 

“単なるリハーサル音源”の枠を大きく超えた作品

『Band On The Run』の成功の波に乗るとともに、ナッシュヴィル遠征の勢いを保ちたいと考えたマッカートニーは、8月の後半にアビイ・ロード・スタジオを押さえ、のちに『One Hand Clapping』へと結実するプロジェクトに着手した。この企画についてマッカートニー本人は、2014年にこう振り返っている。

「あの映像が発掘されるのは嬉しいよ。あれは友人のデヴィッド・リッチフィールドに撮ってもらったんだ。彼はちょっと変わった雑誌 (デヴィッド・ベイリーと共同編集していたリッツ誌) を作っていた人でね。僕らは、すごくシンプルな映像をビデオで彼に撮ってもらうことにした。ただアビイ・ロードに入って、リハーサルで取り上げていたような曲を演奏するだけでいいと思ったんだ。だから実際、スタジオに入ってすごく簡単に撮影をしてもらった。本当に必要最低限のものをね。あの映像にはわざとらしさがないから、いまは魅力的に映るんだと思う。そういうものだよ。あれを『One Hand Clapping』と呼ぶようになったのには、なんの理由もないんだ」

これはマッカートニーらしい控えめなコメントだ。だが実際のところ、『One Hand Clapping』からはエネルギー、音楽的才能、自由さなどが強く感じられる。だからこそ同作は、飾り気のない”単なるリハーサル音源”の枠を大きく超えた作品になっているのだろう。

当時もっとも多くの海賊盤が出回ったライヴ・アルバムの一つとなったのは、偶然などではない。このアルバムには、70年代にマッカートニーが生み出したアップテンポな名曲の力強く歯切れの良い演奏 (「Jet」「Soily」「Hi,Hi,Hi」) や、エネルギッシュに披露されるヒット曲の数々 (「Band On The Run」「Live And Let Die (007死ぬのは奴らだ) 」「Let Me Roll It」) 、過小評価された名曲の質の高さを知らしめる遊び心満点のパフォーマンス (「Power Cut」「Tomorrow」「C Moon」) などが収められている。

Paul McCartney & Wings – Soily (One Hand Clapping Sessions)

 

『ザ・ビートルズ: Get Back』との共通点

ピーター・ジャクソンが監督を務めたドキュメンタリー『ザ・ビートルズ: Get Back』と同じく、そこには変わらず音楽を自由に楽しむマッカートニーの姿がある――。これだけ幅広いスタイルの演奏を、これほどの自信とともに披露できるミュージシャンがほかにいるだろうか?

ここでは、小生意気な感じのあるのちのシングルB面曲「I’ll Give You A Ring」とティン・パン・アレーで生まれたスタンダード・ナンバー「Baby Face」を含む通称”キャバレー・シークエンス”や、緊張感や不穏さに満ちた無骨なブルース・ナンバー「Wild Life」の演奏、『Band On The Run』の最後の曲である「Nineteen Hundred And Eighty Five」の華麗なピアノの弾き語りなどが次々に繰り広げられるのだ。

Nineteen Hundred And Eighty Five (One Hand Clapping Sessions)

『ザ・ビートルズ: Get Back』ともう一つ共通しているのは、本筋からしばし外れるかのように、マッカートニーが新しい楽曲を試していることだ。ペギー・リーに提供された愛らしいピアノ・バラード「Let’s Love」や、レイ・チャールズ風の「Love My Baby」はその好例である。

Love My Baby (One Hand Clapping Sessions)

また、マッカートニーは自らの過去をリスナーに思い出させるかのように、オルガンの伴奏による「Let It Be」、そして「The Long And Winding Road」と「Lady Madonna」のピアノ・メドレーというビートルズ時代の楽曲もお試しで演奏している。

Let It Be (One Hand Clapping Sessions)

セッションの最終日、マッカートニーはアビイ・ロード・スタジオの裏庭で一人、いくつもの楽曲をテープに収めた。録音されたのは、伸び伸びとしていて魅力的な50年代のロック・ナンバーのカヴァー (「Twenty Flight Rock」「Peggy Sue」「I’m Gonna Love You Too」) や、ビートルズ時代の名曲「Blackbird」の感動的なヴァージョン、イギリスの海沿いの町に捧げたいかがわしい内容の一曲「Blackpool」などである。

屋外で録られたこれらのソロ・トラックはプロジェクトの小粋な”あとがき”のような位置付けで、『One Hand Clapping』がリリースされた際にはアナログ盤エディションのボーナスの7インチ・シングルに収録された。

Paul McCartney & Wings – Blackpool (One Hand Clapping Sessions)

常にそのときの勢いを大切にしてきたマッカートニーは、同年11月にもアビイ・ロードを押さえて、次作『Venus And Mars』 (1975年発表) の制作を開始。そのあとには”Wings Over The World”と題した大規模ツアーを敢行した。

だがこの『One Hand Clapping』には、そうした活動に踏み出す以前のマッカートニーとウイングスの姿が捉えられている。刺激的な時期を過ごし、自信に満ちていた彼らは、いまにも世界を手中に収めようとしていたのだ。そしてようやく、その夏のアビイ・ロードで起きていたことのすべてが日の目を見ることになったのである。

Written By Jamie Atkins


ポール・マッカートニー&ウイングス『One Hand Clapping』
2024年6月14日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music 

<収録曲>
2CD Disc 1
1. One Hand Clapping
2. Jet
3. Soily
4. C Moon
5. Maybe I’m Amazed
6. My Love
7. Bluebird
8. Let’s Love
9. All Of You
10. I’ll Give You a Ring
11. Band on the Run
12. Live and Let Die
13. Nineteen Hundred and Eighty Five
14. Baby Face

2CD Disc 2
1. Let Me Roll It
2. Blue Moon of Kentucky
3. Power Cut
4. Love My Baby
5. Let It Be
6. The Long and Winding Road/Lady Madonna
7. Junior’s Farm
8. Sally G
9. Tomorrow
10. Go Now
11. Wild Life
12. Hi, Hi, Hi




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