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ノラ・ジョーンズ 新作インタビュー “これが誰かの癒しになれば、こんなに嬉しいことはありません”
ノラ・ジョーンズが2020年6月12日に約4年半ぶりのオリジナル・ソロ・アルバム『Pick Me Up Off the Floor』をリリースした。ピアノ・トリオを軸としたジャズに根付いたサウンドを広げながらも、彼女らしい、ジャンルに振り分けることができないユニークなメロディーと優しく切ない声が特徴的なアルバムだ。
タイトルの『Pick Me Up Off the Floor』は日本語だと「私を引き起こして」という意味。ノラ本人は、リリース発表時に「ここ数年、この国、この世界に生きてきて、どこかに “私を引き起こして” という感覚があるのだと思います。立ち上がりこの混乱から抜け出してどうにかしたい、という思いが」とコメントを出していた。
2016年からしばらくの間、コラボレーション・シングルの連続リリースというプロジェクトを開始させ、アルバムを作ってツアーに出るという、いわばミュージシャンのルーティン・ワークに背を向けていた彼女だが、今回、アルバムをリリースするに至った理由は何だったのだろうか。
アルバムに込めた、アーティストとしての新しい挑戦と、彼女のソング・ライティングへの思い、そして、彼女が人の心に優しく触れる曲を世に届けるまでを探った。
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『Pick Me Up Off the Floor』は「私を引き起こして」という意味だと伺いました。今回のアルバムはどのような意図で制作されたのでしょうか
ノラ:実は特にアルバムを作ろうと思って作ったわけではないんです。シングルのレコーディングを続けて、アルバムを作らない予定でした(笑)。そうこうしているうちに、シングルのレコーディングの時にレコーディングした曲がいっぱいできあがっちゃって。そういった曲たちを聴いていたら、なぜだかすごく気に入って、曲にも結構まとまりがあることがわかったんです。一緒に並べても違和感が全くありませんでした。聴いていくうちにテーマみたいなものも、自然とできあがっていったのですが、それぞれの曲に私が思っていることや考えていることを反映していたからやっぱり無意識に最初から一貫性はあったのかもしれません。今の社会に生きていて、どこかに抜け出したいと思うことは、みんな理由は違えどある気がしていて、そういう思いや、人と繋がることに思いを巡らせて歌詞を書きました。それをアルバムにしてみたかったんです。
アルバムを作っていた昨年は「今までで一番クリエイティヴだった」と伺いましたが、そう感じた理由があれば教えてください
ノラ:色々な人とセッションをやっていてそう思ったんだと思います。そんな経験は初めてでした。毎回、違う人と音楽を作って、新しい薪を火の中に入れていくような感覚。そして、その火がだんだん大きくなっていくんです。それが私にインスピレーションを与え続けてくれて、アルバムという形になりました。
アルバムで音楽を発表することはやはり特別な意味があるのでしょうか
ノラ:あんまりそういう風には考えないようにしているんですが、このアルバムは、とてもパーソナルな曲が多くて、憂いや孤独に溢れていて、今、私達が直面していることを考えるととても不思議な感じがするんです。今までとは確実に違うサウンドになっていて、結構気に入っています。独自の方向性を持っているアルバムだと思います。
パーソナルとは具体的にどういったことを指すのでしょうか。曲たちを繋ぎ合わせたテーマについて詳しく聞かせてください
ノラ:多くの曲はとても個人的な体験を書いた曲なんですが、同時に、世の中で起こっていることにインスピレーションを受けて書いた曲でもあります。ものごとをとても個人的に受け止めたりもしているけど、視点としては、自分のこと、子供達のこと、家族のこと、他の人達のことや、人間のこと全般的に考えたりしながら、書いた作品。みんな人間であり、いろいろなことを経験する。みんな波があり、いいときもあれば悪いときもある。そういうものですよね。そういったいろいろな事柄を曲にしたかったんです。
失恋など困難に直面している曲がありますが、その時の気分や実体験が歌詞に反映されることはありますか?
ノラ:もちろんです。多くの人達はそうやって曲を書くと思います。事実を誇張させたりすることもあるけど、周りの人達が体験していることを歌にしたり。
具体的に今回のアルバムで自分の気分を直接的に反映した曲があれば教えてください
ノラ:それは教えられません(笑)。でも、不思議なことは、この前あるジャーナリストと話しをしていて、その人とも曲について話していました。その人もこれらの曲はとてもパーソナルな曲に感じられる、と言っていたんです。実は個人的じゃないものもいっぱいあるんですが、他の人がそう感じてくれる予想が付かないミステリアスな部分も結構好きで、パーソナルなものかそうじゃないかは、聴き手の想像に任せたいと思います。みんなそれぞれの共感の仕方がありますね。
ちなみに、歌詞はどういったときに思い浮かぶのでしょうか?
ノラ:どの曲もそれぞれのプロセスがあります。でも、今まで音楽ない状態で、先に詩を書いたことなんてなくて、今回はじめての経験でした。詩が先にできて、後になって、音楽をつけたんです。ものによっては、普通通りの曲が先に生まれた曲もあります。一つのフレーズが浮かんできて、メロディーラインが浮かび、後でコードをつけていったり。
アルバム制作ではなく、コラボレーション・シングルの連続リリースというプロジェクトをやってみて、心境に変化はありましたか?
ノラ:もちろん。他の人とコラボレーションをする時って、常に心境の変化はあります。一ヶ月とか、二ヶ月おきに、数日間いろいろな人達とスタジオに入っていましたが、やるたびにあらゆるインスピレーションをもらっていました。常に新しい薪を火の中に入れていくような感覚。普段の時よりも、作品の仕上がりも早いし、新しい発見もいっぱいあります。もともと、アルバムを出すつもりはなかったのに、自然につながりがある音楽を作っていたり。
『Pick Me Up Off the Floor』では固定のメンバーがいるわけではなく、合計20人以上のアーティストが参加しています。コラボレーションの相手やセッションはどのように生まれていくのでしょうか
ノラ:コラボレーションの時は大抵の場合、私が発起人ですね(笑)。それぞれのアーティストに直接電話をして、空いているかどうか聞いて、私と何かコラボレーションをすることに興味を持ってくれるかどうかを確認するところから始まるんです。これのいいところは、プレッシャーがそんなにないこと。いちかばちか的なところはあるんだけど、誰にもプレッシャーを与えません。もし、気に入られなければ、それでいい。ヒット・シングルを作るプレッシャーを与えるつもりもなく、ただ単に自由に誰かと音楽を作ろうとしているだけで、言ってしまえばただ楽しみたいだけ。コラボレーターにも同じように感じて欲しかったんです。こうやっていろいろな人達とコラボレーションができたのは楽しかったし、こういった形でしか生まれないものもあると思います。
今回のアルバムにおいては、いろいろなアーティストとのコラボレーションもありましたが、例えばブライアン・ブレイドにはアルバムの70%ぐらいでプレイしてもらっているから、すべてがバラバラのコラージュっていうわけではなくて、固定メンバーっぽいような側面もあると思います。
これまでギターをメインにしたアルバムも多く出されていますが、今回はピアノがメインなんですね
ノラ:そうですね、ほとんどピアノ・トリオで演っています。私とドラマーとベース・プレイヤーで。ドラマーは数名起用していて、ベーシストも3人いる。やっぱり、私の音楽でピアノ・トリオが原動力になっていることは確かです。ギターに関しては、ジェフ・トゥイーディーとはシカゴで2曲だけレコーディングをしました。この曲は、ギターがいっぱい入っている。この2曲は唯一ギターが多く入っている曲ですね。
ジェフ・トゥイーディーは前作『Begin Again』から参加していますが、先行シングル「I’m Alive」など彼との共同作業はどんな影響を及ぼしましたか?
ノラ:彼とは、もう2年ぐらい前? 1年ぐらい前だったかもしれません。忘れちゃいましたが、一緒に3日間ぐらいスタジオにこもってレコーディングしたことがあるんです。3日間で、4曲一緒に作曲して、レコーディングをしました。その中から今回のアルバムにはいいヴァリエーションを与えてくれた曲が入ることになった。一緒にレコーディングしたり、プレイしたりするのは楽しかったし、彼も私に良いインスピレーションを与えてくれる一人ですね。
今回のアルバム作りで、一番影響を受けたアーティストはどなたでしょうか?
ノラ:おそらく今回のアルバムで一緒にスタジオに入るのを一番心待ちにしていたのは、ブライアン・ブレイドです。彼とはツアーも一緒にしたし、そういう過程を経て、やっと、どういう音楽を彼と一緒に演奏したら一番いいのかというのがわかってきて、今回のアルバムではそういう方向性で曲を書いていきました。曲作りなどにいろいろ良い影響を与えてくれる人ですね。よく説明できないんですが、彼のグルーヴ感とかが好きなんです。今回のアルバムで一緒に演奏した人達はみんな楽しかったです。でも、おそらく色んな意味でブライアン・ブレイドが一番多くアルバムに参加していると思います。
ブライアン・ブレイドは世界最高峰のドラマーとして、ボブ・ディランなどの数多くのアーティストから引っ張りだこと伺っています。彼とはどうやって一緒に音楽を作っているのでしょうか
ノラ:曲作りを一緒にするというよりも、とてもユニークなグルーヴを思いついてくれるんです。そうするとそれをレコーディングに活かそうと思って録っておいたりする。それがとてもスペシャルな音だったりするんです。彼は歌詞を良く聴いてくれる。音だけではなくて歌詞を聴いて、その歌詞に合わせてドラムをプレイするんです。それがとても心地いいんですよ。
少し、楽曲に関して教えてください。先行配信となっている「How I Weep」はどういう思いを込めた楽曲でしょうか? またアルバムには1曲目に収録されている楽曲になると思います。これを最初にもってきた理由があれば教えてください
ノラ:これは詩から先に生まれた曲。昨年ぐらいから詩の世界に導いてくれた友達がいたんです。詩なんて、今まであまり書いたことがなかったけど、詩集とか読むことによって、結構ハマっていきました。あと、子供達にドクター・スースの絵本とかを読んではいました、ライム(韻)に溢れる世界だから。ことばを綴り始めたら、それらのものが詩になっていきました。書いた詩はとても気に入ったんですが、詩集を出す気もなかったので、それを歌にしていったんです(笑)。実際に歌にしてみたら、今まで私が書いてきたものとは、まったく違うものになっていった。初めての感覚でとても気に入っています。
1ヶ月ぐらい前に「I’m Alive」をアルバムからの先行シングルとしてリリースしたんですが、それからこのウイルス騒ぎになって、アルバムのリリースを一ヶ月延期することになりました。でも、アルバムを出す前に数曲シングルとしてリリースしたかった。みんなに少しでも早くこのアルバムからの曲を聴いて欲しかったから。このアルバムの特徴として、孤独に溢れている感じがして、特にこの曲は、隔離されているという雰囲気を持つものでした。今の時代をぴったり表わしたものだったと思います。
日本盤ではボーナス・トラックとして収録される「Trying To Keep Of Together」が急遽シングルとしてリリースされると伺いました。こちらはどういった経緯で公開にいたったのでしょうか。込めた思いがあれば教えてください
ノラ:1ヶ月ぐらい前にマスタリングをして、この曲を聴いていたんです。その時にはもう世界は今の危機真っただ中で、そんな時に聴いていたからかもしれませんが、この曲が頭から離れなかったんです。アルバムに入れるには、あまりに寂しくて、暗い曲だと思っていました。だからボーナス・トラックにしたんですが、今は、この曲が今の世の中を代弁しているような気がします。多くの人達が共感してくれれば嬉しいです。
家から外に出られないファンたちにとっては、SNSでのライヴ配信「ミニ・コンサート・ライブ・イン・ザ・ホーム」が大きな励ましになっていると思います
ノラ:一人の人にでも、勇気を与えることができれば、それは価値のあるものだと思って挑戦しています。
そういったファンの方々や、がんばるすべての人に一言、お願いします
ノラ:今、みなさん大変な思いをしていると思います。私にとって音楽を聴く事は、気分が良くなったり、踊りたくなったり、泣きたくなったり、何かを忘れさせてくれて、違うところに連れていってくれるものです。
自分ができることを人にしてあげられるのは、私にはとてもうれしいことで、それが私が本来やっていることだから、ずっとやり続けようと思います。一人でも誰かの気分が良くなるのなら、やる価値があるものだと思っています。でも、もし誰の気分もよくならなくても、私が気分よくなるからいいんです(笑)。プレイできるだけでも、気持ちいいし(笑)。みなさんにとって、私の活動で何かポジティヴなことはあると願っています。
今回のアルバムはとてもタイムリーな内容だと思っています。曲を書いた時は、こんなことが起きるなんていうことを想定して書いたわけではないんですが、今私達がまさに経験していることがメッセージになっていて、とても不思議なんです。内容的には、人との繋がりをテーマにしたもの。だから、少しでも音楽の力を届けられたらと思います。これからも積極的に音楽を発信していこうと思っているので、これが誰かの癒しになれば、こんなに嬉しいことはありません。
ノラ・ジョーンズ『Pick Me Up Off the Floor』
2020年6月12日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music
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