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スティング『Ten Summoner’s Tales』『Mercury Falling』:愛や喪失、存在の不安などがテーマの90年代作品

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『The Dream Of The Blue Turtles (ブルー・タートルの夢)』『…Nothing Like The Sun (ナッシング・ライク・ザ・サン)』『The Soul Cage (ソウル・ケージ)』と立て続けにソロ・アルバムをリリースしたことからも明らかな通り、1980年代のスティングはとりわけ多作であったといえる。それ以外の年代に彼が寡作だったと言うことではない。ポリスのメンバーとしても、彼は易々とパンク/ニュー・ウェーヴのシーンを飛び越え、多くの作品を生み出してきた。スティングがその後もレコードを作っていなかったなら、そうした ポリスの作品が、彼の際限ない創造性の最後の遺産になっていた。

しかしそうはならず、スティングからは次々にアイデアが生み出された。1991年の『The Soul Cage』でワールド・ミュージックやジャズ、レゲエも取り入れ折衷的なサウンドを作りあげた。熟練の技を感じられる同作は、スティングの感情を浄化する役割も果たしていた。父の死に打ちひしがれた彼は、すべてをレコードに注ぎ込んだのだ。

そうして彼は1993年の『Ten Summoner’s Tales』や1996年の『Mercury Falling』で、壮大かつ複雑な長尺曲から距離を置き、より楽曲作りに集中するようになった。それでも、単純な歌詞を持つ普通の曲を作り始めたわけではない。メロディはこれまで以上にキャッチーながら、両アルバムともに愛や喪失、存在の不安などのテーマを引き続き扱っている。そうした題材の新たな表現方法を彼は手にしたのだ。

 

ローリング・ストーン誌は『Ten Summoner’s Tales』について、スティングのバンドはもはや「どんな音楽でも演奏することができる」と評した。同作で彼は実力派ミュージシャンを18人も起用していた(中にはデヴィッド・ボウイのバンドにも参加したサックスのデヴィッド・サンボーンもいた)にもかかわらず、アルバムはこの頃のスティングの軽妙なユーモア性を示すように、軽快な仕上がりになっている。彼の作品で最もエネルギッシュな『Ten Summoner’s Tales』は、表面的にはこれまでのソロ作同様ジャズを基盤にしながら、より滑らかでラジオ向きのサウンドを持っている。

特に「Heavy Cloud No Rain」ではクセになるグルーヴが印象的だが、続く2分半の「She’s Too Good For Me」は、物憂げでシリアスな彼のほかの作品に逆行するような控えめな歌詞の楽曲だ。曲の途中、クラシカルな曲調になる部分では、名もない相手を振り向かせるためにどうすればいいかとスティングが思い悩んでいる。彼ほどの大物になるとなかなか大胆に取り入れられない、皮肉な知性に富んだパートである。「Saint Augustine In Hell」にはさらに鋭いユーモアが込められている。話し言葉のパートでは、堕天使ルシファーが弁護士や大司教、そして音楽評論家を彼の灼熱地獄へと誘うのだ。

スティングがヒットを狙っていたとしたら、彼の狙いは見事に当たった。当時のアメリカにはグランジの虚無主義の波が広がり、イギリスではブリットポップの懐古主義が人気を博していた。そんな中で『Ten Summoner’s Tales』は両国で2位を獲得し、グラミー賞でも3部門に輝いた。スティングのソロの代表曲といえる「If I Ever Lose My Faith In You」で獲得した最優秀男性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス賞もそのひとつだ。

Sting – If I Ever Lose My Faith In You

 

その3年後の『Mercury Falling』でもスティングは、慎ましいポップ・ソングの可能性を探求し続けた。同作ではサックスにブランフォード・マルサリスを呼び戻し、ペダル・スティールの名手B・J・コールなども迎えている。『Mercury Falling』は、ゴスペル(「Let Your Soul Be Your Pilot (魂のパイロット)」)やシャンソン(「La Belle Dame Sans Regrets (悔いなき美女)」)、ケルト民謡(「Valparaiso」)、カントリー(「I’m So Happy I Can’t Stop Crying」)など幅広いスタイルを含んだ作品になった。

最盛期といえるこの頃のスティングのスタジオでの様子は想像に容易い。ただ楽器を選んで、頭の中で完璧に出来上がっているサウンドを鳴らしていたのだろう。同作の楽曲は一聴するとシンプルに思える。確かにキャッチーであることに間違いはないし、巧みに作られている。しかし繰り返し聴いていくと、アレンジの作り込まれ方がわかるようになる。ローリング・ストーン誌の評によれば<物憂げな性格に正直でありながらも、作品には健全な軽率さが多分に加わるようになった>、そして疑念や不安にも<皮肉や希望、哀愁に満ちた諦めを持って>直面するようになったといわれている。

演奏も見事である。「You Still Touch Me」の冒頭のギターは、サム&デイヴの「Soul Man」を思い出させる。「All Four Seasons」でのメンフィス・ホーンズや、「Let Your Soul Be Your Pilot」でのイースト・ロンドン・ゴスペル・クワイアの起用も光る。『Mercury Falling』を聴いた当時のリスナーは、そのころのスティングにできないことはないと思っただろう。

そこから彼はどこに向かったのだろう。人びとが世紀末の不安感に覆われる中、1999年にスティングは90年代の締めくくりとして集大成の『Brand New Day』を発表した。彼の最も“ポップ”なアルバムといわれる同作は、90年代に彼が極めた曲作りと、80年代の楽曲にあった壮大な野心が調和した作品である。また、エレクトロニカの要素を取り入れたことで、スティングの21世紀の活動の道しるべにもなった。

Written By Sam Armstrong


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