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マーヴィン・ゲイ『What’s Going On』に詩人がおくるエッセイ
現在39歳の詩人、随筆家であり『They Can’t Kill Us Until They Kill Us』『Go Ahead in the Rain: Notes on A Tribe Called Quest』で知られるハニフ・アブドゥルラキブが2021年1月に書き、マーヴィン・ゲイの『What’s Going On』50周年記念版に掲載されたエッセイから抜粋を掲載。
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1970年の夏の終わり頃、ベリー・ゴーディが初めて「What’s Going On」を聴いたとき、彼が「マーヴィン・ゲイは彼のキャリアを台無しにするつもりだ」と示唆したことは、私にとって特筆すべきことだ。“このアーティストは、もう立ち直れないような道を歩んでいるのだ”という中には、気遣いもあった。ゴーディにとってマーヴィン・ゲイは義理の弟であり、彼の目にはマーヴィンのキャリアは揺らいでいるように見えたのだ。また、大きなアルバムのリリースに失敗すれば、取り返しのつかないことになりかねない。音楽産業はビジネスだ。複雑な世界観の中で、アーティストがどんなに個人的な投資や実験をしようとも、それとは別に果たさなければならない利益追求もあるのだ。
しかし、他方で、戦争で死んでいく若者たちがいた。負傷して帰国してきた黒人兵士が、二流市民として扱われていた。この時代には、豊かで歴史的なアーカイブを行うことが必要であり(それが失われないように)、また、同じようにその重さに触れていない人々の口から語られるようにしなければならない。
マーヴィンが、黒人のレーベルを運営する黒人のボスであるゴーディに反抗したことは、私にとっては重要なことだ。というのもそれが、このアルバムを特異な求道的アルバムにしているからだ。このアルバムは大衆のためではなく、彼自身のために答えを求めている。タイトル・トラックとそこで歌われる果てしない問いかけは、言葉を美しく巧みに用いて効果的に表現しているように感じられるが、この作品は満足のいく答えのない問いかけが満載のアルバムでもある。
「Mercy Mercy Me (The Ecology)」の最後、マーヴィンがリスナーたちを崖っぷちに連れて行き、そこから眼下に見える土地を見せ「これ以上、虐待に耐えられるか?」と問いかけるとき、彼はリスナーと同じように迷ったような声を出す。今、冬が深まって摂氏10度の日が続くのを待ち遠しく思っている私のように。分からない。分からないなりに、疑問は消えることはない。私が両手を上げて同じ質問を空に向かって叫んでも、問い続ける責任とともにその質問は私に吹き返される。このアルバムは、マーヴィンの多くの声が、解決しない事柄を問いかけ続けてる表現の点で気に入っている。
『What’s Going On』がゴスペルの裾を引っ張りながらも、悲しみ、怒り、憧れを失うことはない。私にとってこのアルバムは、今でも初めて聴いたときのように感じられる。ある街の小さな一角のように。その一角は、私が知っていて好きだった一角のように感じられるかもしれない。そびえ立つ教会、心配する祖父母、心配と気ままな高揚のバランスで遊ぶ子供たち。子供たちが寝静まった後、夜の暑さの中でテーブルを囲んで交わされる会話。その会話は少し現実的なものになり、曲は少し重くなる。
マーヴィンの実際の弟フランキーをモデルにした兵士が戦争から帰ってきて、ある国の多くの抑圧の中に沈んでいくというこのアルバムのコンセプトは、タイトなシークエンスを作り上げるが、このアルバムの雰囲気と地形は、常にそのコンセプトよりもはるかに上回っている。
中心的な関心事が何であるかを理解する以前から、私はこのアルバムのことを知っていた。私の好きな年配の人たちが、このアルバムに合わせて鼻歌を歌ったり、音量を上げたり、あるセリフが宙に浮いたときに厳かに頭を振ったりすることで、私はそれを理解していたのだ。
黒人のアーティストは、「誰のために作品を作るのか」という質問をよく受けると聞いたことがある。私には退屈に感じられるこの質問だが、確かに白人のアーティストがこれほど聞かれることはない。その理由のひとつは、アメリカでは黒人が創造し、存在することが、国の機構に奉仕するための一種の義務であるという強迫観念があるからではないか、と私は考える。
あるいはもちろん、国の道徳的な羅針盤として機能するためでもある。もしあなたがアメリカにいて、アメリカの進化の名の下に捕らえられ、強制労働に耐えた人の祖先であるなら、アメリカはまだ答えを求めてあなたに目を向けるかもしれない。進化し続けるアメリカの多くの混乱に意味を見出すために。そして、それを拒絶するアーティストの中にも、その疑問はある。「もし、私たちが世界を理解するためにアートを作っていないのなら、それは誰のためのものなのか?」
それに対する具体的な答えは、私の辞書には今のところない。それは、プロジェクトによって変わるもので、私が知っている他のすべてのアーティストがそうである。私はマーヴィン・ゲイを代弁することはできないし、彼はもうここにいない。しかし、今このアルバムを聴くとき、あるいは聴くときはいつでも、私はマーヴィンがこのアルバムを作ったときに内に抱えていた現実を突きつけられる。そして同時に抱えた喪失感、トラウマ、混乱をも。彼はそのすべてを抱えていた。その上、以前と同じように意味をなさない国の不安定さをも抱えていたのだ。
このアルバムから、今更ながら学ぶべきことがあるとすれば、それは黒人アーティストは、時として、少しでも長く自分自身を守ろうとしていたことだ。その過程で、人は何を取ってもいいのが、その根底にあるのは「感謝の証人」であることが求められているのだ。
私は、何度も何度もマーヴィンの目撃者になることに感謝している。そのたびに、私は新しいアイデアを思いつき、新しいモードが解き放たれる。常に変化しない世界に飛び込み、それでもなお、より良いものを作ることができるかどうかを問う、新しい方法なのだ。
Written By Hanif Abdurraqib
マーヴィン・ゲイ『What’s Going On』
1971年5月21日発売
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