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エルヴィス・プレスリーによる意外なカバー曲トップ10とそれぞれのオリジナル
エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)は700曲以上を録音しているが、自分で作曲した曲は1曲もない。彼の名前が共同作曲クレジットに掲載されているものはいくつかあり、中には出版や権利関係のためのものだ。しかしながら、彼は良い曲を選ぶことに長けていた。
またプレスリーは「Hound Dog」や「Suspicious Minds」などの決定的なバージョンを数多く録音する一方、ザ・ビートルズやカーペンターズなどの楽曲をプレスリーがカバーするという驚きの選曲にも事欠かない。
1977年8月16日に42歳でこの世を去ったプレスリーは、提案された曲を熱心に聴き、選曲の勘が抜群に良かった。ここでは、エルビス・プレスリーのカバーバージョンの中でも、特に意外性のある10曲を紹介しよう。
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10位 ゴードン・ライトフット「Early Morning Rain」
「Early Morning Rain」は、シンガー・ソングライターのゴードン・ライトフットが1966年に発表した曲で、1972年にエルヴィス・プレスリーがカバーした。プレスリーのバージョンには、ジョニー・キャッシュ、ロレッタ・リン、ボブ・ディランのレギュラー・サイドマンであるチャールズ・レイ・マッコイによるきらびやかなハーモニカ演奏が含まれている。
ライトフットは、雨の日にロサンゼルス空港まで車で出かけて飛行機を見ながら、故郷のカナダのことを考えてしまうホームシックの気持ちをこの曲に込めたという。
9位 インク・スポッツ「When The Swallows Come Back To Capistrano」
エルビス・プレスリーとジャズドラマーのジーン・クルーパ・アンド・ヒズ・オーケストラが共に録音した曲は1曲しかない。それはロマンティックな「When The Swallows Come Back To Capistrano」だ。1940年にレオン・ルネが書いたこのラブソングは、毎年春になるとカリフォルニアにあるミッション・サン・ファン・カピストラーノ教会にツバメが戻ってくることを歌ったものだ。
プレスリーが少年の時には、グレン・ミラーやインク・スポットなどのヒット曲がラジオでよく流れていた。1960年には、プレスリーがこの曲を歌っているプライベート・レコーディングが行われ、女優の恋人アニタ・ウッドも一緒に歌っている。
8位 チャック・ベリー「Too Much Monkey Business」
チャック・ベリーとエルビス・プレスリーは共通の憧れの存在だった(チャック・ベリーは“キング”と呼ばれたプレスリーを“史上最高の人物”と表現している)。プレスリーは、70年代前半にラスベガスのヒルトンで行われたチャック・ベリーのライヴを2晩続けて見に行き、プレスリーがステージの脇に立って曲のリクエストを叫び、チャック・ベリーを喜ばせたことがある。
プレスリーがチャック・ベリーの曲を初めてスタジオ録音したのは、1956年にサム・フィリップスのサンレコードのスタジオで行われた「ミリオン・ダラー・カルテット」のセッションだ。その日プレスリーは、ジェリー・リー・ルイスとチャック・ベリーとともに「Brown-Eyed Handsome Man」を3分割して歌った。
プレスリーは、チャック・ベリーが1956年にチェス・レコードからリリースした曲「Too Much Monkey Business」や「Johnny B Goode」も録音している。1975年、プレスリーは「Promised Land」をカットし、コンサートでも「Memphis, Tennessee」を定期的に演奏していた。
7位 ディキシー・ジュビリー・シンガーズ「Waiting At The End Of The Road」
エルヴィス・プレスリーがカバーした最も古い曲のひとつは、アーヴィング・バーリンの「Waiting At The End Of The Road」のテンポの良いバージョンで、これは1929年にディキシー・ジュビリー・シンガーズが主演した演劇のために書かれたものだった。プレスリーは1956年にこの曲を録音している。
バーリンは、ルイ・アームストロングやエラ・フィッツジェラルドがヒットさせた「Cheek To Cheek」などの名曲を作曲している。プレスリーは“グレート・アメリカン・ソングブック”時代の作曲家の曲を好んで歌い、コール・ポーターの「True Love」もカバーしている。
6位 カーペンターズ「Solitaire」
ニール・セダカとフィル・コーディが作曲した感動的なバラード「Solitaire」。最もよく知られているのはカーペンターズによる1975年のバージョンであるが、カレン・カーペンターはこの曲を好まなかったと言われている。
プレスリーは、1976年10月にメンフィスのグレイスランドにあるジャングル・ルームで、推定10テイクの「Solitaire」を録音し、その年の終わりに満足のいくバージョンをリリースしている。
5位 「Steamroller Blues」
「Steamroller Blues」は、ジェームス・テイラーが1970年に発表したアルバム『Sweet Baby James』のために書いた12小節ブルースのパロディである。テイラーは2015年にこう語っている。
「ジョークだったんだ。白人がたくさんブルースを演奏していて、大学生がハウリン・ウルフやマディ・ウォーターズを歌っていた。それが滑稽に思えたんだ。”Steamroller Blues”はただのテイクオフのつもりだったんだ」
1970年代のプレスリーは、「Steamroller Blues」をコンサートのレパートリーに加え、ライブアルバム『Aloha From Hawaii: Via Satellite』に収録されている。プレスリーは歌いながら暗示的なダンスをすることが多かった。プレスリーはブルースが好きで、他にもジミー・リード、ローウェル・フルソン、ウィリー・ディクソンなどの曲もカバーしている。
4位 ザ・ビートルズ「Yesterday」
音楽界のベストセラー・アーティストの多くが「Yesterday」をカバーしているが、フランク・シナトラ、アレサ・フランクリン、ニール・ダイアモンドなどのリストにエルヴィス・プレスリーを加えることができる。1970年にプレスリーはライヴアルバム用に録音した。
彼は「my version of…」という短い紹介のあと、ザ・ビートルズの名曲を自分なりにアレンジして披露した。プレスリーはザ・ビートルズの別の名曲「Hey Jude」も録音している。
3位 ハンク・ウィリアムス「I’m So Lonesome I Could Cry」
カントリーミュージックの巨匠、ハンク・ウィリアムスのような力強さを持った泣ける歌を作れる人は少ない。1973年、エルビス・プレスリーがハワイで「I’m So Lonesome I Could Cry」のライブ・バージョンを録音したとき、彼は「今まで聞いた中で一番悲しいかもしれないこの曲を歌いたい」と言った。
プレスリーはハンク・ウィリアムズの音楽のファンで、1959年には「I Can’t Help It (If I’m Still In Love With You)」のバージョンもカバーしていた。1971年には「Men With Broken Hearts」で再びウィリアムズをカバーしている。
2位 サイモン&ガーファンクル「Bridge Over Troubled Water」
ポール・サイモンは、「エルヴィスが “Bridge Over Troubled Water “を演奏しているのを初めて聴いたとき、信じられない気持ちになった。いったいどうやって対抗すればいいんだ?」と語っている。
プレスリーは1970年にサイモンとガーファンクルの名曲のバージョンを録音し、その後7年間にわたってライブショーの定番曲となった。1977年6月26日、インディアナポリスのマーケット・スクエア・アリーナで行われたプレスリーの最後のライブでは、痛烈なバージョンが披露された。
1位 ボブ・ディラン/ザ・バンド「I Shall Be Released」
「初めてエルヴィス・プレスリーの声を聴いたとき、俺は誰の下でも働かないし、誰も俺のボスにはならないと思った。まるで刑務所から脱獄したような気分だった」とボブ・ディランは語っている。
プレスリーはディランのファンであり、1971年にはディランの人気曲である「Blowin’ In The Wind」と「I Shall Be Released」を録音。後者はザ・バンドのデビューアルバム「Music From Big Pink」で初めて発表された楽曲である。
他にもエルヴィスの意外なカバー曲があれば以下のコメント欄でお聞かせください。
Written By Martin Chilton
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