Stories
ロバート・グラスパーがR+R=NOWデビュー作『Collagically Speaking』を語る
様々な理由により、時にスーパーグループは周囲の期待に応えられずに、とても残念な結果に終わることがある。だが、デビュー・アルバム『Collagically Speaking』をブルーノートからリリースしたR+R=NOWの場合はそうはならず、正当に世間の大きな注目を集めている。
6人編成のこのバンドは、最近ブルーノートが発表したオールスター・プロジェクトにも名を連ね、大物のアンサンブルにも馴染みはあるジャズ・キーボードの達人、ロバート・グラスパーの発案によるものである。ロバート・グラスパーは、既にアーバン音楽シーンでは目覚ましい功績を挙げている、トランペットのクリスチャン・スコット・アトゥンデ・アジュアー、サックス兼ボコーダーのテラス・マーティン、キーボード兼ビートボックスのスペシャリストのテイラー・マクファーリン、ベースのデリック・ホッジ、そして、ドラムのジャスティン・タイソンという気の合うメンバーを集め、ジャズ、ヒップホップ、そしてアンビエント音楽の境界線を越えたサウンドとスタイルを持つセクステットを結成した。
ロバート・グラスパーによると、このグループが最初に結成されたのは2017年、テキサスで開催されたSXSW(サウスバイサウスウエスト)にロバート・グラスパー&フレンズ名義として出演した時だったと言う。
「フェスティバル側からは、新しいグループで何か新しいことをやってくれって言われたんだ。そして、このメンバーが集まってショーをしたら、素晴らしかったんだよ」
その後、彼がブルーノートからの新作をレコーディングすることになった時、今度はスタジオでこのグループを再結成したいと思ったのだそうだ。
「彼らは、それぞれ独自のやり方をもつパイオニアたちだから、彼らの主張を尊重してるんだ。メンバー全員がそれぞれ違うものを持ち寄って、それをお互いに理解し合った上でコラボできるのは素晴らしいことだと思ったんだ」
グループ結成は彼の発案によるものだったが、3度のグラミー賞受賞を誇るグラスパーは自分自身をリーダーだと考えてはおらず、クリエイティブ面で平等なグループにしたかったのだそうだ。
「俺はそのレコードを聴いた時に、誰がリーダーなのかわからないような作品を作りたかったんだ。”俺がリーダーだ!” みたいな大げさなピアノ・ソロがあるものは1曲もないし、それがバランスのいい作品になった要因でもあるんだ」
また、グラスパーは利己主義が存在していないことが、このグループをユニークな存在にしているのだと言う。
「だから彼らをメンバーに選んだのさ。まずは、全員がオリジナリティと独自のものを持ち寄るんだ。音楽的には同じくらいのことができる人物は他にもいたかもしれないけど、エゴがあると音楽や全体の雰囲気に影響してしまう。俺がこの特定のメンバーを選んだのは、とてもレアなことだと思われるかもしれないが、彼ら全員がスキルがありながらもエゴがなかったからさ」
バンド名の”R+R=NOW”は初めて聞く者にとっては謎めいている名前だが、ロバード・グラスパーにとっては単純明快なコンセプトで、「バンド名そのものが平等なのさ」と、彼は笑いながらバンド名の”R+R”が“Reflect(映し出す)とRespond(応答する)”であると説明している。
「”Reslect”の部分はテレビでニーナ・シモンのドキュメンタリー作品を見てた時に思いついたんだよ。その中で、彼女が”アーティストが時代を反映していくことは重要な役割よ”って言ったんだ」
対照的に、バンド名の”Respond”の部分は、彼らに近い人物で、ロバート・グラスパーの仲間であり、同じくブルーノート所属のベーシスト、デリック・ホッジの発言からインスパイアされたものだった。彼らがテラス・マーティンのソロ・アルバムで一緒にスタジオ入りしていた時のことを
「俺たちはデリックが演奏したものが素晴らしいと思ったんだけど、彼は”ただ音に応えてるだけだよ/I’m just responding, man”って言ったのさ」とロバート・グラスパーは振り返る。
「その彼の言葉に啓発されて、バンド名の2つの言葉になったんだ。それからイコールをつけて”NOW”をしたんだけど、それは”映し出す”ことと”応える”ことはまさに今起きていることに常に向き合っていなければならない、この瞬間にも…それが”NOW”の意味だよ」
バンド名の由来を説明する流れで、ロバード・グラスパーは辞書には載ってない”Collagically”という言葉を起用したアルバム・タイトル『Collagically Speaking』の解説にも至った。
「俺が作った造語だよ。このアルバムは俺にとって音のコラージュ作品だから、タイトルを”collage / コラージュ”っていう単語から作ったんだ。最初は、その言葉をそのまま使おうとしていたんだけど、分かりやす過ぎるからやめたんだ。結局俺たちミュージシャンは、自ずと直感から生まれる音の言語を使って会話しているから、今は”Collagically Speaking”っていうタイトルがより的確に作品を表現していると思っているよ。まさにコラージュ的なものから生まれた言葉だね」
何重にもなった質感、陽炎なトーンの色合いととりとめもない音楽の対話のような『Collagically Speaking』は、そのタイトルに相応しい内容になっている。幻想的で誘い込まれるようなR&Bグルーヴの「By Design」やファンキーなフュージョン曲「Resting Warrior」から不気味なエレクトロニックの音風景を繰り広げる「HER=NOW」、ジャズとヒップホップの衝突のような「The Night In Question」まで、全11曲が収録されている。そして、その自然発生的な演奏こそが、これらの性質の異なる楽曲をアルバムとして一体化させている要素なのだ。リハーサルや予め計画されたものは何もなかった。
「このアルバムの楽曲は全て、レコーディングの5分前に書かれたものなんだ」、ロバート・グラスパーはアルバムの全レコーディングはたったの4日間で終えたが、皮肉にもミックス作業にそれより長くかかったことを笑いながら明かしてくれた。
「全曲をワンテイクで録ったんだ。2回やった曲はないよ」
このアルバムは並外れた才能を持つ6人のミュージシャンたちがそれぞれのヴァイブスに同調し合うことで、直感的に作り上げられた作品と言えよう。
「俺たちはただお互いの演奏に耳を傾けていただだけさ。まさにReflectとRespondだね」
アルバム『Collagically Speaking』はムード、グルーヴ、そして質感がトラディショナルなソロ・パートを基軸にする従来のジャスのスタイルを制したアルバムである。ロバート・グラスパーはピアノの名手でありながらも、今作ではグルーヴに乗ることに徹している。サポート役に徹するのは彼にとっての大きな喜びだと彼は語る。
「最高に楽しいよ。純粋に色彩を添えながらグルーヴにのるのが好きなんだ。ジャズ・ミュージシャンにはとても珍しいことだけどね。おそらくジャズ・ミュージシャンたちの多くは全てにおいて彼らの持っているものを出し切りたくなるんだろうけど、俺は色彩と空間が純粋に大好きだし、そうすることで聴き手のような気持ちになれるんだ」
リード・メロディーのほとんどがトランペットのクリスチャン・スコットが担っているが、ロバート・グラスパー同様に質感のニュアンスやバックグラウンドの色彩にも貢献をしていることがわかる。
「彼がトランペットで入ってくる感じがとてもかっこよくて、1曲1曲で違った音を聴かせてくれるんだ。彼は音を操り、かっこよくて面白くミステリアスなものにする装置とペダルを持っているんだ。その装置がそれぞれの楽曲に独自のストーリーをもたらすのさ。彼の演奏スタイルにかかれば、トランペットでも簡単にバックグラウンドの音を演奏したり、アンビエントな音を加えたりできるから、俺たちとうまく調和するんだよ」
また、バンド・サウンドの要となる人物にテラス・マーティンがいる。彼の演奏はボコーダーとキーボードで聴くことができるが、彼のプロデューサーとしての経験値と独自の繊細さとが合間って、『Collagically Speaking』の中で、ジャズとヒップホップの要素を密接に調和する手助けをしている。
「俺とテラス・マーティンの付き合いはかなり昔からで、俺たちが15歳の時に、コロラド州のデンバーで開催していたジャズ・キャンプで初めて出会ってから、ずっと友達なんだ」
テラス・マーティンはジャズ・サクソフォーン奏者としてスタートしたが、キャリア・チェンジを経て、ヒップホップのプロデューサーとして成功を収めた。ロバート・グラスパーはテラス・マーティンについて、「ジャズからヒップホップ、ヒップホップからジャズっていう境界線を越えるクロスオーバーの世界において彼はとても重要な要素のひとつなんだ」と語った。
テラス・マーティンはプロデューサーとして、ロバート・グラスパーも演奏で参加したケンドリック・ラマーの2015年の画期的なアルバム『To Pimp A Butterfly』を手掛けた。
「テラス・マーティンが『Collagically Speaking』のために素晴らしいジャズ・ミュージシャンたちを連れてきてくれたんだ」と、今作がジャズ界と同様に、ヒップホップ界にとっても重要作だと考えるロバート・グラスパーは語る。テラス・マーティンの存在によって”R+R=NOW”がヒップホップ界での信頼も獲得していることを認めている。
「この作品はこの業界と音楽シーンに突きつけたものなんだ。テラス・マーティンはプロデューサーとしてヒップホップ界でとてもリスペクトされているんだ。彼はヒップホップのエネルギーの塊のような存在なのに、ジャズ界に舞い戻って、両方のシーンへのリスペクトを持って俺たちを助けてくれているんだ」
『Collagically Speaking』のテーマは、憎しみ、人種差別、偏見や性差別といった人間性の欠陥に向き合い、”私たちが生きる困難な時代”に呼び掛け、それを反映することにあるが、アルバムの最後に収録された穏やかなトラック「Been On My Mind」ではわずかな救いを感じることができる。曲の終わりに、ロバート・グラスパーが「愛とは何だ?」という疑問を投げ掛け、それに対し、ヤシーン・ベイがはっきりと「愛とは、全ての創造物における神の意志だ」と答える。
ロバート・グラスパーは愛が世界の起きている様々な問題を解決すると信じている。
「ほぼ全ての問題への答えは自分の母親、父親、兄弟や姉妹を愛するのと同じように、全ての人を愛することができれば、この世から人種差別はなくなるよ。LGBTや、他人とは違う人々への憎悪犯罪もなくなると思う。愛の根底にあるものがそんなことをやめさせてくれるんだ」
ロバート・グラスパーはアルバム『Collagically Speaking』の直前に、ソフィー・フーバーが監督し、高い評価を得たドキュメンタリー映画『Blue Note Records: Beyond The Notes』でブルーノートのオールスター達と演奏を共にしていた。
「トライベッカ映画祭で初めて観たけど、素晴らしい作品だったよ。オールスター・グループが作品の一部になることは知っていたけど、それがハイライトになるっていうのは知らなかった」
この映画では、ロバート・グラスパーにとっての音楽界のヒーロー、ハービー・ハンコックやジャズ・レジェンドであるウェイン・ショーターらがセッションを共にする瞬間も描かれている。彼にとっては”これまでの音楽人生において最も素晴らしい瞬間”だったと言う。
このセッションをプロデュースしたのはブルーノートのボス、ドン・ウォズだった。2005年からブルーノートに所属しているロバート・グラスパーはドン・ウォズついて、典型的なレコード会社の重役ではなく、「彼はオフィスを歩き廻る神みたいな存在だよ」と笑いながら語った。
「ドン・ウォズの素晴らしいところは、彼自身がアーティストだからアーティストを本物の流儀で理解してくれているところだね。彼はもともとミュージシャンで、それからプロデューサーになったんだ。今は会社の社長だけど、いつもミュージシャンのことを考えて、とてもクールなやり方を選んでくれるんだ」
R+R=NOWは2018年7月に初めてヨーロッパへ出向き、7月13日にオランダのロッテルダムで開催されたNorth Sea Jazz Festivalに出演した。「最高だよ」とロバート・グラスパーはフェスティバルへの意気込みを熱く語っていた。
「様々なタイプのアーティストが出演するし、一度にいろんな出来事が起こるから、俺が今まで出演したフェスティバルの中で一番だと思うよ。それから、ひとつひとつの会場の音響も素晴らしいから、とてもありがたいよ」
Written by Charles Waring
R+R=NOW 『Collagically Speaking』
- R+R=NOW アーティストページ
- R+R=NOWがブルーノートからデビュー・アルバム発売
- ロバート・グラスパー関連記事
- ジャズ関連記事
- ジャズとヒップホップの架け橋、グラスパーの『Black Radio』
- 若きブルーノート・オールスターズが作り上げた『Point Of View』
- クリス・デイヴのソロ・プロジェクト名義でのデビュー・アルバム
- マイルス・モズレーがジャズの現在過去未来を語る