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1957年7月6日、ジョン・レノンとポール・マッカートニーが初めて出会った日
ジョン・レノンがポール・マッカートニーと出会ったのは、1957年の7月6日。当時、ジョン・レノンは16歳、ポール・マッカートニーは15歳で、この日、ジョン・レノンはザ・クオリーメンというバンドを率い、リヴァプールのウールトンにあるセント・ピーターズ教会のガーデン・パーティーで演奏を披露したのだった。
その日曜日の午後、ポール・マッカートニーは友人のアイヴァン・ヴォーンとともに、ジョン・レノンが率いるスキッフル・バンド、ザ・クオリーメンの演奏を見に教会を訪れていた。エリック・グリフィス、コリン・ハントン、ロッド・デイヴィス、ジョン・レノン、ピート・ショットン、そしてレン・ギャリーからなるグループだった。グループ名は、彼ら全員が通っていたクオリー・バンク・ハイ・スクールから採られている。
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ザ・クオリーメンは教会裏の広場で場つなぎとしてステージに立っていた。ジョン・レノンはヴォーカルとギターを、エリック・グリフィスはギターを、コリン・ハントンはドラムを、ロッド・デイヴィスはバンジョー、ピート・ショットンはウォッシュボード、そしてレン・ギャリーは茶箱を転用した独創的な楽器ティーチェスト・ベースをという楽器編成であった。
パーティーは、リヴァプールのいわば高級住宅街区を通る短いパレードとともに昼過ぎに始まり、数台のロリー(アメリカで言うところのトラック)がバンド達を運んでいた。1台目のトラックにはザ・ローズ・クイーン、ザ・クオリーメンは2台目に乗せられていた。動いているトラックの荷台に乗った状態で立ったままでの演奏にジョン・レノンを始めバンドのメンバー達は四苦八苦したが、教会裏手の広場に移ってからは幾分か楽になった。
夜になり、ザ・クオリーメンは教会の反対側に位置するホールで行われる‘グランド・ダンス’に、ジョージ・エドワーズ・バンドらとともに出演した。この時に数曲でティーチェスト・ベースを弾いたアイヴァン・ヴォーンが、ジョン・レノンにポール・マッカートニーを紹介したのだった。この日こそ、まさに歴史が大きく動いた日だった。
銀糸の刺繍が入った白いジャケットを着てお約束のスリムな黒いズボンを履いたポール・マッカートニーは、チューニングの仕方を教えながらジョンとしばらく会話を交わした。そしてリトル・リチャードの曲のメドレーや、エディ・コクランの「Twenty Flight Rock」、そしてジーン・ヴィンセントの「Be-Bop-A-Lula」などをプレイして見せている。ポール・マッカートニーは次のように思い出を話している。
「ジョンが‘Come Go With Me’を歌ったのを覚えているよ。ラジオで聴いて知ったんだね、ヴァースの部分は知らなかったけれどもコーラスのところは完璧だった。他の部分は適当にでっち上げて歌っていたね。『見た目もかっこいいし、歌も上手い。本物のリード・シンガーみたいだ』って思った。もちろん眼鏡は外していたから硬い感じもなかったし、かっこいいなと思ったよ」
その出会いの後で、ジョン・レノンとピート・ショットンの二人はポール・マッカートニーをザ・クオリーメンに入れるかどうかを話し合い、それが名案だという結論に達したのだった。2週間後、ウールトンで自転車に乗っているポール・マッカートニーを見つけたピート・ショットンはポール・マッカートニーにグループに入らないかと訊ねた。ポール・マッカートニーはしばらく考えた後、メンバーになることに同意したのだった。
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