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ケンドリック・ラマーが今、単独でスーパーボウル・ハーフタイムショーに出演する意義
2025年2月9日にニューオーリンズのシーザーズ・スーパードームで行われる第59回スーパーボウルの『Apple Music Super Bowl Halftime Show(アップルミュージック・スーパーボウル・ハーフタイムショー)』にケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)が出演することが決定した。
ケンドリックは2022年に、ドクター・ドレー、スヌープ・ドッグ、エミネム、メアリー・J.ブライジ、50セント、アンダーソン・パークとともに出演して以来、2度目の出演となる。
アメリカで最大の視聴率を誇り、ミュージシャンにとって最も名誉あるステージとも言われるこの大舞台への出演について、ライター/翻訳者の池城美菜子さんに寄稿いただきました。
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ケンドリック・ラマー、第59回スーパーボウルのハーフタイム・ショーのヘッドライナーに決定。日程は2025年2月9日、ルイジアナ州ニューオーリンズにて。
このニュースが流れて来て、驚きとともに脳裏を掠めた予想シーンがある。その場面は後述するとして、驚いた理由は2020年から2024年まででジェニファー・ロペス&シャキーラ、ザ・ウィークエンド、ドクター・ドレーと仲間たち(エミネム、スヌープ・ドッグ、メアリー・J・ブライジ゙、そしてケンドリック)、リアーナ、アッシャーと、ヒップホップとR&B寄りのアーティストが続いたからである。さすがに、そろそろロック・アクトが来るだろう、と思っていたのだ。
起爆剤はドレイクとのビーフ
加えて、舞台は音楽の都、ニューオーリンズ。カナダ人のザ・ウィークエンド、バルバドス出身のリアーナも出演したので、ご当地アーティストである必要はない。だが、ロサンゼルスのドクター・ドレー(とスヌープとケンドリック)の際は、スタジアムの観客席とステージの一体感が凄まじかったし、ネバダ州パラダイスで開催された今年はアトランタのアッシャーが担ったものの、彼は近年、すぐ隣のラスヴェガスでのレジデンシー公演が評判を取っているため土地柄とイメージが重なり、違和感は少なかった。
ケンドリック・ラマーは、ロサンゼルス、それもコンプトン育ちを前面に出している人である。それでも、2025年に白羽の矢が立った理由はいくつかある。ひとつは、今年3月に勃発したドレイクとのビーフ(舌戦)が盛り上がり、なかでもドロップした「Not Like Us」がサマーアンセムになったのは大きい。
このビーフは日本にも伝わってニュースになったので、記憶に新しい人も多いだろう。と同時に、喧嘩や諍いにネガティヴな印象を抱きがちな日本では、ヒップホップのビーフに対して心証が異なるのが露呈した。そもそも、MCバトルやDJバトルを内包するヒップホップ・カルチャーでは、ラップを通してのビーフは珍しくない。何よりもケンドリック・ラマーVSドレイクは、「good fight」と呼ばれるような善戦だったから、悪い出来事ではないのだ。
仕掛け人はジェイ・Z
これだけヒップホップ/R&Bのアーティストが続いているのは、2020年からジェイ・Z率いるロック・ネイションが制作を手がけるようになったから。ロック・ネイションは2008年にヒップホップ中心のレコード・レーベルからスタートし、いまではスポーツや映像のプロダクション、アーティストのマネージメント、大学の学部運営までを含めた総合エンターテイメント企業に成長している。ジェイ・Zはビヨンセの夫である以上に、いや、その相互作用も含めて超大物なのだ。
NFLがロック・ネイションを起用したのは、はっきりした理由がある。2010年代後半に爆発したBLM(Black Lives Matter)に共闘した黒人選手に対し、アメリカの3大スポーツのなかでNFLは厳しく処罰して大議論に発展。巻き込まれるのを避けるため、ハーフタイム・ショーのオファーを断るアーティストが続出したのだ。
このとき、困ったNFLとテレビ局は、自身がラッパーかつ業界を仕切るパワープレーヤーでもあるジェイ・Zに泣きついた。2020年のハーフタイム・ショーは、ラティーノの人口が多いマイアミで、コロンビア出身のシャキーラと、プエルトリコ系アメリカ人のジェニファー・ロペスをダブルヘッダーの据え、J・ハルヴィンやバッド・バニーらレゲトンの人気者を投下して切り抜けた。白人対黒人という構図に見えるのを避けた、妙策だったのだ。
その2020年はプロデューサーもそれまで担当していたテレビ・プロデューサー、リッキー・カーシュナーと共同であったが、コロナ対策で大変だった2021年からロック・ネイション主体となり、ジェイ・Zとジェシー・コリンズが決定権を握っている。コリンズは現在、グラミー賞やエミー賞のプロデューサーでもあるが、元々はヒップホップ畑の人である。
この動向は、BLMで黒人の業界人に配慮したというより、ヒップホップの裏舞台から出てトップに上り詰めた人が出てきた、と捉えるほうが妥当だろう。ちなみに、アーティストとともに演出を担当するディレクターは、2010年からずっとイギリス人のハーミッシュ・ハミルトンで、彼はアカデミー賞の演出を手がけるベテランである。世界がもっとも注目する16分のショーは、手堅い布陣で制作されているのだ。
経済効果もリスクも大きいハーフタイム・ショー
1967年から始まったハーフタイム・ショーは、何回か転換点が訪れている。スポーツ・イベントらしくマーチング・バンドの演奏から始まり、ディズニーが制作したファミリー向けの演出の時期もあった。様子が変わったのは、マイケル・ジャクソンが圧倒的なダンス・パフォーマンスを見せた1993年から。
以降、ブルース・スプリングスティーンやザ・ローリング・ストーンズは誰しも知っている名曲で盛り上げ、プリンスは土砂降りのなか「Purple Rain」を熱唱するなど、数々の伝説を生んできた。一方、2004年のジャネット・ジャクソンは、衣装誤作動事件でその後のキャリアに大きく影を落とした。引き受けるアーティストは、大きなリスクをも負うのだ。
たとえば、2021年のザ・ウィークエンドは世界観を演出するために大勢のダンサーを起用。そのコロナ対策の費用を自分で賄ったのもニュースになった。その額、700万ドル、当時の円相場で8億円弱である。一応、組合が定めた最低賃金の出演料(1000ドル=約11万円)は支払われるがそれでは全く見合わない。また、雇用されたダンサーとボランティアのダンサーの格差も、問題になりがちだ。
だが、同時視聴だけでなく、すぐにインターネットでくり返し見られるため、ストリーミングの再数回数やツアーのチケットの売り上げを見込める。そのため、出演アーティストは最大の見場を作る労力と資金を惜しまない。逆に言えば、それができるアーティストでないと務まらない。
これらの事情もあって、アーティストの選定が悩ましいのだ。視聴者は熱心な音楽ファンとは限らないので、みんなが知っているヒット曲がある国民的アーティストがふさわしい。また、爆発的な人気があっても若手は選ばれづらい。2013年のビヨンセや2015年のケイティ・ペリーなど、アラサーで引き受けたアーティストもいるが、若い頃から売れていた彼女たちにはすでに10年以上のキャリアがあった。
ヒップホップ・アクトがメインを張るのが初めてだった2022年も、転換点であった。プロデューサーのドクター・ドレーの偉業を称えつつ、誕生から50周年を迎えたヒップホップを祝うコンセプトだった。出演者のなかで最年少だったケンドリックは、大御所になってきたエミネムやメアリー・J・ブライジに花を持たせた格好となり、持ち時間が短かった。そのため、ファンの多くは「もっと観たい」という思いに駆られたはずだ。今年37歳のケンドリック・ラマーは大舞台にすでに慣れていること、この時の評判が良かったのも抜擢の理由として大きいだろう。
ヒップホップ業界内からの反発
今回、ヒップホップ業界から目立つ反応は「ニューオーリンズだから、リル・ウェインがふさわしいはず」である。生粋のニューオーリンズっ子であるリル・ウェインも十分にビッグネームであり、ここ一年、本人も出演する気があると発言をしていた。
本人のみならず、南部のヒップホップの功績を見せるショーを期待していたマスター・Pらラッパーたちはとくに落胆が大きいようだ。たしかに、「A Milli」といったウィージーの代表曲をハーフタイム・ショーで聴けたら楽しいだろうな、とは思う。だが、リル・ウェインはアワード・ショーや大きな音楽フェスで大役を果たした実績は少なく、ゲストを大量投入しても弱いかもしれない。
ケンドリック・ラマーのセットにリル・ウェインがゲストで出演する解決策もあるのだが、その可能性は限りなく低い。なにしろ、天敵・ドレイクがリル・ウェインのレーベル、ヤング・マネー出身で師弟関係なのだ。ビーフが解消されない限り、リル・ウェインの登場は難しいだろう。ちなみに、ウェインを推す同業者たちは、口を揃えて「ケンドリックが悪いのではない、ジェイ・Zが悪い」とコメントしているのはおもしろい。
2025年ハーフタイム・ショーの政治的意図
今年のアッシャーが圧倒的な歌唱力とダンス・パフォーマンスで話題をさらい、ハードルを上げた面もある。翌日にリリースした新作『Coming Home』はビルボードのアルバム・チャートに初登場2位で前のふたつのアルバムより売れ、BETアワードでトリビュートされるなど、あらためて功績を讃える動きも増えた。やはり、ハーフタイム・ショーの効果は大きい。
では、ケンドリック・ラマーはどのようなステージを見せるのか。2023年の夏、サマーソニックで見せたような、作り込んだ世界観のシアトリカルなセットになると筆者は予想している。Amazon Primeを通して配信もされたツアーの評価が高かったのも、今回の抜擢の理由だろう。ここ数年、ハーフタイム・ショーの出演を期待されているテイラー・スウィフトが飛び入りして、「Bad Blood」を披露する可能性もある。NFL選手、トラヴィス・ケルシーとの交際の進展が連日報じられているため、カンザス・シティ・チーフスの戦績はその点でも要注目だ。
ケンドリックを起用した理由として、ジェイ・Zはこう述べている。
「ケンドリック・ラマーはまさに一世一代のアーティスト、パフォーマーだ。ヒップホップとカルチャーへの深い愛情が、彼の芸術的なヴィジョンから伝わってくるしね。彼はこの文化を形作って世界まで影響を与える、たぐいまれな能力を持っている。ケンドリックの作品は音楽を超えていて、この先ずっと残るインパクトがある」
と、手放しでほめている。また、ケンドリック・ラマー本人は、星条旗を思わせる紅白のラインと緑の芝の上でフットボールを投げながら、リラックスした調子で自分の出演が決定したことを伝えた。
「みんな観てくれる? そうだといいな。チャンピオンになる機会は1回しかない、2回戦目はなしだ。見逃さないでね。2025年2月9日、ニューオーリンズで会おう。一番いい服を着てよ、家で観戦する場合でもさ」
この「2回戦目はなし=no round twos」がビーフで圧勝したドレイクにジャブをかましているのでは、とも話題になっている。また、スポンサーが去年、清涼飲料水のペプシからストリーミング・サーヴィスのApple Musicに変わり、より同時代性と話題性の両方が高いアーティストを求める傾向が強まったように思う。消去法でも、ケンドリックが適任だ。
最後に、冒頭で書いたニュースを聞いたときに、筆者の脳裏に掠めたシーンについて記す。それは、ケンドリックのセットの中盤でビヨンセが出てきて、「Freedom」を一緒にパフォーマンスする光景だ。ただし、これは条件つき。11月の大統領選で、この曲をテーマ・ソングにしているカマラ・ハリス副大統領が勝利したら、の話である。米国第47代大統領の就任式は1月20日、スーパーボウルの約3週間前。トランプ元大統領が返り咲いた場合、彼が嫌いなケンドリックは前のツアー内でも見せた、ダークなトーンを強調したセットを披露するかもしれない。
2025年のグラミー賞は2月2日、スーパーボウルの1週間前である。現時点でケンドリックのシングル「Not Like Us」も、ビヨンセのアルバム『Cowboy Carter』も主要部門において下馬評が高い。ジェイ・Zとビヨンセ夫妻にこれほどの影響力を持たせていいのか、とカーター夫妻のかなり熱心な信奉者である筆者でさえ思うのだが、数字で結果を出した人の発言力が強いのが、アメリカの常だ。2020年代に入り、ハーフタイム・ショーがずっと話題を集めているのは事実。ケンドリック・ラマーがどう盛り上げるのか、すでに楽しみでしかたない。
Written by 池城 美菜子
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