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ビースティ・ボーイズ 『Hot Sauce Committee Part Two』解説:最後になってしまったアルバム
アルバム『Hot Sauce Committee Part Two』はもともとはビースティー・ボーイズ(Beastie Boys)の最後のアルバムとして作られたわけではない。それどころか、初めは2007年のアルバム『The Mix-Up』の“次のアルバム”となる予定でもなかった。つまり、『The Mix-Up』の次に発売されるのは『Hot Sauce Committee Part One』になるはずだったのだ。
しかし、アルバムのジャケットが公開され、リリース日が2009年に決まった矢先、MCAことアダム・ヤウクがガンの診断を受けた。キャリアを通じて紆余曲折を経験してきた彼らに、まるで予期していなかった事態が起きたのだ。そこで彼らは『Hot Sauce Committee Part One』を再編集することに決め、トラックの削除・追加に着手。そして2011年5月3日に、当初想定していたアルバム『Hot Sauce Committee Part One』の“続編”として『Hot Sauce Committee Part Two』をリリースしたのである。アドロックは2018年に発売された著書『Beastie Boys Book』の中で次のように記している。
「当時の俺たちの気持ちを詳しく書こうとすると重たい話になってしまう。バンドは解散していないし、俺たちはそれぞれ別で創作活動を始めたわけでもない。…これはアダムがガンになって死んでしまったから最後のアルバムになっただけだ。…文字にするだけでもメチャクチャ悲しいね」
それにしても何という終幕だろう。2004年の『To The 5 Boroughs』では9.11テロの余波をありのままに表現し、2007年の『The Mix-Up』は幅広い音楽性を詰め込んだインストゥルメンタル・アルバムとなった。そして『Hot Sauce Committee Part Two』でのビースティーズはまさにアクセル全開だ。
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偽の楽曲から取られた偽のサンプル音源
彼らは『Paul’s Boutique』であらゆる音楽をサンプリングして物議を醸した経験から、その後は自らレコーディングしたジャム・セッションの断片をループしてきた。そして本作ではいよいよ“極限まで自らをサンプリングする”という、生半可なアーティストでは到達できない境地を開拓してみせた。
『Hot Sauce Committee Part Two』の収録曲はすべて、“偽のレコード・レーベルと契約した偽のバンドによる偽の楽曲から取られた偽のサンプル音源”で作られている。そしてそれはすべて、アルバムのスリーヴノートに記載されているのだ。「レコード収集家にとっての悪夢みたいなものを作ろうと思ったんだ」と後にアドロックは明かしている。
それを簡単そうだと思うのであれば、考えが甘い。アドロックは『Beastie Boys Book』の中でこう綴っている。
「音楽をサンプリングするときは…いつだって、ほとんど聴こえないようなわずかな音が偶然に意図せず入っているものだ。それは、サンプリングする部分の後のパートを演奏するためにベーシストが弦を触った音かもしれない。あるいは、シンガーが歌う直前に深く息を吸い込んだ音かもしれない。…そういう音が、サンプリングしたい一部分に入るものだ」
このように偶然から生まれた人間味のある雑音まで再現したサンプル音源を丁寧に作り上げ、そこに音飛びのノイズなどを加えて古めかしいサウンドに作り込んでいく。ビースティーズはそうした骨の折れる作業を踏んで同作を制作した。だがそのおかげでこのアルバムは、温かみのある濃密な作品になっている。
アルバムの収録内容
例えばインストゥルメンタル・ナンバー「Multilateral Nuclear Disarmament」は彼らのどの楽曲よりも豊かなサウンドだし、ナズがゲスト参加した「Too Many Rappers」は、「Sabotage」と「Intergalactic」の中間に位置するようなトラックの中をMCAのファズ・ベースが猛烈な勢いで進んでいく凄まじい1曲だ。
サンティゴールドや彼女と関係の深いプロデューサーのスウィッチを迎えた「Don’t Play No Game That I Can’t Win」は、ダブとサイケデリアを融合させたような夏らしいサウンドの1曲であり、ビースティーズ史上最高のサマー・ソングといっていいだろう。
突き詰めれば、『Hot Sauce Committee Part Two』は、未来性と懐かしさを兼ね備えたアルバムである。最高にクリエイティヴなアルバムを次々と発表した1990年代以降、彼らの作品は常にどこか時代性のズレたサウンドだった。そうした意味で同作はビースティーズらしい作品といえるだろう。
当時、そのサンプル音源が偽であることを疑う人はおらず (「俺たちはとてつもない時間をかけて、偽のサンプルやそのネタ元である架空のミュージシャンを作り上げた。…だけど誰も気づいた様子はなかったし、指摘もされなかった」) 、アルバムの批評記事では『Check Your Head』や『Ill Communication』でのアプローチを進化させたもの、という見方がほとんどだった。これはリリースから7年後にアドロック自らが示した見解とも一致する。
「制作手法は1992年ごろと同じような感じだった。サウンド面であらゆることを試したんだ。新しい何かを作ろうとしていた。前と同じようにね」
一方、雑誌Rolling Stoneは以下のように評している。
「熟練のミュージシャンが自らの得意分野の中で、すべて自分たちのやり方で作ったサウンドだ。誰もがビースティーズに期待しているものがここにある」
さらに進化したサウンド
それでも、我々の願いに反して『Hot Sauce Committee Part Two』は彼らの最終作となってしまった。それは、どんなバンドも羨むような革新的なキャリアのこの上ない終幕である。このアルバムで彼らは、確固として自分たちらしさを保ちつつも、そのサウンドをさらに進化させている。
例えば「Funky Donkey」では、バック・トラックを未来的な音に仕上げながら、リリックやヴォーカル・スタイルにおいては昔ながらのスタイルを堂々と貫いている。
また、いつものように代わる代わるヴォーカルを取る「Make Some Noise」では自分たちの過去にも言及している(パーティーを楽しんで、しまいにはケンカするんだ / We gonna party for the mother__ing right to fight) 。そんな同曲のビデオは『Licensed To Ill』時代のそれをパロディしたような作りにもなっている。
とにもかくにも、彼らの残してきた功績は賞賛に値する。彼らの最初のリリースとなったEP『Polly Wog Stew』から29年のも間、ビースティー・ボーイズの創作意欲は衰えることがなかった。それどころか (Bボーイとしての) 彼らのスタイルは進化を続けてきた。
ファンは『Hot Sauce Committee Part One』の行方について長らく疑問を抱いてきた。事の顛末はアドロックの記述の中に登場する「よく出来た話」から読み取れる。彼は例え話を交えて「もともと洞窟で暮らしていた人類が進歩を続け、やがてライト兄弟がノースカリフォルニア州のキティ・ホークから星へ飛び立とうと試みるまでになった。そしてついに火星探査機が作られた」が、「モンタナ州ミズーラ郊外の貨物車に」置き去りにされた、と記している。
しかしもっと重要なのは“ビースティーズの活動が続いていたらどうなっていたか”ということだろう。『Beastie Boys Book』でも明らかにされているように、彼らに解散の意思など一切なかったのだ。
Pitchforkは『Hot Sauce Committee Part Two』のリリース当時、彼らを次のように評した。同誌のこの言葉は見事に真理を捉えていると言えるだろう。
「ビースティー・ボーイズのメンバーが過ごした長い年月を思わずにはいられない。彼らは単なるビジネスの関係ではなく、友情によって結びついているめずらしい音楽グループなのだ。ビースティー・ボーイズには現在でも、それぞれの作品の魅力を超越した何か特別なものがある」
Written By Jason Draper
ビースティ・ボーイズ『Hot Sauce Committee Part Two』
2011年5月3日発売
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