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モータウンのバック・バンドを支え、70年代ディスコの中心人物だったハミルトン・ボハノンが78歳で逝去。その半生を辿る
スティーヴィー・ワンダーやマーヴィン・ゲイなど、モータウンが誇る偉大なアーティストたちのバック・バンドを務めた後、優れたソロ・キャリアをスタートさせた米ディスコ、ファンク、ソウル・ミュージシャンのハミルトン・ボハノン(Hamilton Bohannon)が2020年4月24日に78歳で逝去した。
ハミルトン・ボハノンが生まれたジョージア州ニューナンの地元紙ニューナン・タイムズ・ヘラルドによると、同紙は彼の親族に話をきいたが、彼の死因はまだ公表されていないという。
ハミルトン・ボハノンは1942年に、ニューナンにある床屋とカフェを営む労働者階級の家庭の息子として生まれた。幼い頃から才能溢れるドラマーだった彼は、高校卒業後にアトランタへと移り住み、友人のジミ・ヘンドリックスと共にロイヤル・ピーコックで演奏するなど、プロのミュージシャンとして活動を始めた。
スティーヴィー・ワンダーのライヴ・ドラマーとして雇われたことがきっかけで、モータウン・レコードの仲間入りを果たした彼は、後にバンド・リーダーとして採用される。自身のグループ、ボハノン&ザ・モータウン・サウンドは、マーヴィン・ゲイ、フォー・トップス、テンプテーションズ、ダイアナ・ロス&ザ・シュープリームスなど、多くのモータウン・スター達のツアーでバンク・バンドを務めた。
モータウンがロサンゼルスに移転した後、ハミルトン・ボハノンはレーベルの本拠地であるデトロイトに残り、ソロ・キャリアをスタートさせた。1973年のアルバム『Stop & Go』に始まり、1980年代末までに19作のスタジオ・アルバムをリリース。当時リリースしたシングルのうち全米TOP100入りを果たしたのはわずか1作のみで、アメリカのポップ・マーケットで成功を収めるのには苦労した一方で、「Let’s Start The Dance」などの楽曲によって、ハミルトン・ボハノンは1970年代半ば以降のディスコ・ブームの中心的人物になった。
彼は「South African Man」「Foot Stompin’ Music」「Disco Stomp」という3つシングルで全英TOP40ヒットを記録しており、後者は1975年に全英6位を記録している。
同年行われたブルース&ソウル誌のインタビューにハミルトン・ボハノンは、「僕のアイデアはどこからともなく湧き出てくるんです。もし幸運にも僕が金持ちになることができたら、本当の金持ちになれたら、自分よりも恵まれていない人々を助けるために全てを捧げたいと思っています」と語っていた。
ソウルやダンスのミュージシャンにサンプリングされた名曲の数々
ハミルトン・ボハノンは仲間ミュージシャンたちの間で確固たるカルト的な人気を獲得していった。トム・トム・クラブは、彼らのヒット曲「Genius of Love」の中で、敬意を込めて何度も彼の名前を唱え、メアリー. J・ブライジ、ジェイ・Z、ジャスティン・ティンバーレイク、スヌープ・ドッグといったアーティストたちもまた、彼らの作品の中で彼の楽曲をサンプリングしている。ハミルトン・ボハノンは、ディスコ、後にハウスやテクノの原動力になった “フォーフォー “ビートの先駆者としても知られており、「Me And The Gang」の飛び跳ねるようなグルーヴは、1999年に全英チャート5位を記録したポール・ジョンソンのハウス・ヒット「Get Get Down」でサンプリングされた。
彼の訃報を受けて、世界有数のハウス・ミュージック・レーベルDefected Recordsは「今日、我々は伝説のアーティストを失いました…ハミルトン・ボハノン、素晴らしい音楽をありがとう」と哀悼の意を捧げ、DJのジャイルス・ピーターソンは、ハミルトン・ボハノンの”傑出した歪なリズム “を称賛した。
“独自のユニークなサウンドの持ち主”
ザ・ルーツのクエストラヴもまた、ハミルトン・ボハノンをこう追悼している。
「独自のユニークなサウンドを持つドラマーでした。ハミルトン・ボハノンがレコードをつくり始めた頃、彼のトレードマークであるキックとスネアによる正確な4つ打ちを聴いて、彼がアフリカ出身者だとばかり思っていました。彼がDakar Recordsに残したカタログが何故一般公開されていないのか、私には理解できません。もう彼に会って、彼の作品やドラミングのスタイルについて学ぶことができないのはとても悲しいです。グルーヴ作りの巨匠に敬意を表します」
Written By Paul Sexton
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