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ウィローはなぜポップパンクで叫ぶようになったのか:音楽ジャンルにおける人種問題への反抗と解放
人気俳優/ラッパーであるウィル・スミスの娘、ウィロー・スミス(Willow Smith)がウィロー(WILLOW)名義としての新作アルバム『Lately I Feel Everything』を2021年7月16日に発売した。
今までに発売していた路線からポップパンクに大きく舵をとり、トラヴィス・バーカーをフィーチャーした先行曲「t r a n s p a r e n t s o u l」は、USのSpotifyチャートで最高28位まで上昇。通常ポップやヒップホップがチャートを占める中、イタリアのロック・バンドのマネスキンの「Beggin’」やオリヴィア・ロドリゴの「good 4 u」といった楽曲と合わせて、ロックやポップパンクの復権の兆しとも評された。また、日本ではL’Arc〜en〜Cielっぽいというツイートが約2600イイネと話題に。
今回の新作アルバム、そして彼女がなぜポップ・パンクを演奏しているかについて、様々なメディアに寄稿されている辰巳JUNKさんに解説いただきました。
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米エンタメ界王族の娘としての幼少期
「私を王族のように扱ってくる人たち それっておべっかでしょ?」
ポップパンクな新曲「t r a n s p a r e n t s o u l」で皮肉ったように、ウィローは「王族」として扱われつづけたアーティストだ。日本でもピンとくる人は多いだろう。彼女の本名はウィロー・カミール・レイン・スミス。父は人気ラッパーとしての顔も持つハリウッドスター、ウィル・スミスである。母親ジェイダ・ピンケット・スミスの場合、日本では映画『マトリックス』シリーズ俳優として著名だが、アメリカ本国では、ポップカルチャーから社会問題まで扱うFacebook番組「レッド・テーブル・トーク」の司会として尊敬を受けるカリスマとしても確立している。
2000年に生まれたウィローは、幼少期より芸能界の「王族」としてその才を知らしめていった。まず、6歳時点で、父ウィルが主演する大作映画『アイ・アム・レジェンド』に出演を果たす。8歳ごろよりR&Bシンガーとしての英才教育を受け、翌年リリースされたデビュー曲「Whip My Hair」が全米11位、全英2位にのぼりつめる大ヒットを記録した。
しかしながら、このポップスターとしての成功を主導したのは、ウィローではなく両親、とくに父親だった。そのプレッシャーに耐えきれなくなった当時10歳の彼女は、ツアー中断を父に訴えるため「髪を振り回す」と題された代表曲を拒否するかのように髪を剃り上げる「断髪」事件を決行。こうして自らポップスターのキャリアを打ち止めたのち、折衷的で神秘的なオルタナティブR&Bを制作する作風へシフトしながら、15歳にしてラグジュアリーブランドCHANELのアンバサダーに就任するなど、ミステリアスなファッションアイコンとしても脚光を浴びていった。加えて、特に前出「レッド・テーブル・トーク」で母および祖母と共同ホストを務めて以降、人種問題やメンタルヘルスやセクシャリティについてオープンに語るアクティビストとしての信頼も獲得している。
“黒人”の”女性”がロックやることへの否定と憎悪
まさしくブラック・スター・ファミリーの「王族」たるキャリアだが、それゆえ今回驚きを呼んだのは、冒頭で紹介した新曲「t r a n s p a r e n t s o u l」が真正面からのポップパンクであることだ。この大胆な方向転換の衝撃を示すように、同作のYouTubeビデオは2週間で100万回再生を達成している。さらに、当人いわく、もとより、パンクやメタルに傾倒するロックファンだったのだという。
「10歳、12歳ごろから抱きつづけてきた願望を実現したかったんです。ロックミュージックを歌うこと、ロックミュージックを歌う黒人女性になる願いを」
一体どういうことなのか。この謎を紐解くには、生まれた頃より「王族」扱いを受け続けたウィローの人生が鍵となる。実は、R&B英才教育を受ける前の彼女に「ロックをやりたい」と思わせた原体験、同時にその公表を阻む恐怖心の両方を授けたのは、母ジェイダなのだ。
1971年に生まれたジェイダ・ピンケット・スミスは、2002年に結成したメタルロックバンドWicked Wisdomのボーカリストでもある。ウィローは、5歳ごろより、兄ジェイデンとともにこのバンドのコンサートに同行する日々を過ごし、母のシャウトに魅了されていったとう。つまり、ジェイダのメタルこそ、ウィローの原体験なのだ。ただし、まだ幼い彼女が目にしたのはロックコミュニティ、ひいてはアメリカ社会の人種差別でもあった。
ウィローも指摘するように、ロックンロール自体はシスター・ロゼッタ・サープやリトル・リチャードら黒人アーティストが生み出したものとされるものの、音楽業界の「人種分断」的マーケティングも影響したことで、2000年代ごろのロック音楽といえば「白人」、とくに白人男性が行うジャンルのイメージが根づいていた。そのため、黒人女性としてメタルロックバンドを率いていたジェイダは「なぜ黒人が白人の音楽をやっているのか」といった否定と憎悪、人種差別や性差別、そして死の脅迫を受け続け、ステージにガラスの破片を投げられる被害を受けていたのである。
それからデビュー曲「Whip My Hair」を成功させ、前述の「断髪事件」を起こしたウィローは、ローティーンに入りBlink-182やアヴリル・ラヴィーンといった怒りのエネルギーに共振するポップパンク・キッズとなり、ギターも始めていった。しかし、そのパンク愛も「黒人らしくない」として学校でイジられる原因になったという。こうして、ロックミュージックへの憧れを隠すようになったウィローは、暴力的なオーディエンスを前にしながらステージをつづけていった母の勇姿について、このように回想している。
「母親がやれていたのだから、自分もできると感じるはずだ……そう思われるかもしれません。でも、私が母を通して実感したことは、彼女がどれほど強いか、そして本物の人種差別と性差別に立ち向かうことはいかに難しいか、ということだったのです」
(編註:以下は英最大のメタル・フェスDownload Festival 2006のメインステージに出演するウィローの母率いるWicked Wisdomの様子。メンバー全員黒人のバンドが出演するのは非常に稀)
“ロックミュージックを愛する黒人女性はたくさんいる”
そんなウィローが、20歳になり、ポップパンク・アルバム『Lately I Feel Everything』をリリースした。そのリードシングルこそ、彼女が12歳のころより愛したBlink-182のトラヴィス・バーカーが参加する「t r a n s p a r e n t s o u l」だ。差別的な風評を恐れつづけた彼女がパンクサウンドリリースに着手したきっかけは、新型コロナウイルス危機による自粛生活において「誰の目も気にせずにやってみよう」と思えたことだったという。
ちょうど2021年は、オリヴィア・ロドリゴの大ヒット「good 4 u」を台風の目とするポップパンク・リバイバル旋風のさなかでもある。ウィローは、このムーブメントについて「世界が混沌として疑心暗鬼が広がるなか、ただ叫んで自己表現して、生命を感じて楽しみたい人が増えている」旨の考えを明かしている。そんな彼女が叫ぶのは「透明な魂」を意味する「t r a n s p a r e n t s o u l」、純粋なロックミュージックへの激しき愛だ。
「これがロックンロール! とても良い気分です。もう私には秘密がないのですから。私は透明な魂(transparent soul)!」
もちろん、ポップパンク・リバイバルのなかでも、ウィローはウィローにしかできない音楽をやっている。まず、サウンドプロダクションに関しては、ティーン・パーティーのバイブを含んだ王道ポップパンク路線でありながら、彼女が得意としてきたスピリチュアル、サイケデリックの雰囲気も備えている。つまり、これまでウィローが紡いできた折衷的で実験的なオルタナティブR&Bと通じるポップパンクを形成しているのだ。
さらに、ロウティーン時代からのアイドル、アヴリル・ラヴィーンとのコラボレーション楽曲「Grow」では、若き頃からスターダムに立った女性同士のポップパンク的な怒り、そしてウィロー的な哲学が歌われているという。
なにより一貫しているのは「成すことすべて、アクティビズムと芸術性の混合でありたい」ウィローの信念だろう。彼女が『Lately I Feel Everything』において訴えるのは、自分のようなロックミュージックを愛する黒人女性はたくさんいること、そして当事者に宛てた「あなたは一人じゃない」というメッセージだという。偉大なる両親のもと生まれたことによる「王族」扱いに苦しんできたウィローだが、今、母が自分にしたように、苦しむ女性たちに向けてロック愛を示す勇姿を見せようとしている。
かつてより「ロック=白人のもの」といった偏見は薄らいできているといえ、2020年、システム・オブ・ア・ダウンのリフを投稿したウィローが年配のロックファンから反発を受けたように、音楽ジャンルにおける人種問題、その偏見は根深い。しかし、逆境に立ち向かうウィローの反抗心、自分や苦しむ人々を解放させるためのシャウトこそ、ポップパンクの魂そのものではないだろうか。
Written By 辰巳JUNK
ウィロー『Lately I Feel Everything』
2021年7月16日発売
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