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映画『BETTER MAN/ベター・マン』でロビーはなぜ“サル”になっているのか?
英米では2024年12月末に一部劇場で限定公開された後に拡大公開され、日本でも3月28日に劇場公開が決定している映画『BETTER MAN/ベター・マン』。
2017年の長編映画監督デビュー作品『グレイテスト・ショーマン』が世界中で大ヒットを記録したマイケル・グレイシー監督による長編第2作となるこの作品は、英国随一のポップ・スターであるロビー・ウィリアムスをCGを使って“サル”として描き、そのビジュアルで観客に衝撃を与えながらも、ミュージカル映画としても評価され、映画批評サイトのRotten Tomatoesにて批評家からのレビューが90%、観客のレビューが95%という高い数値をたたき出している(2025年1月9日現在)。
この映画で描かれたロビー・ウィリアムスとは、どういったアーティストなのか? 彼をデビューの頃から追い続け、今作の字幕監修を担当した音楽ライターの新谷 洋子さんに連載として解説いただきます。その第5回となる最終回は、この映画の中で、なぜロビー・ウィリアムスが“サル”として描かれているのか? 音楽ライターの新谷 洋子さんに解説いただきます。
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前代未聞、主人公が“サル”になった伝記映画
ロビー・ウィリアムスの人生の最初の30年間を描いた伝記映画『BETTER MAN/ベター・マン』で、当のロビーの役をCGIのチンパンジーが演じることが報じられたのは2021年3月のこと。ちょうど4年前に遡る。以来、メディアにおいてもファンの間でもこの一件は散々物議を醸してきた。「なぜサルなのか?」と。
確かに、これまでに無数の実在のミュージシャンの伝記映画が製作され、中には、ボブ・ディランを6人の男女の役者が演じた『アイム・ノット・ゼア』(2007年)、ニルヴァーナのカート・コベインをモデルにしながらも架空のキャラクターを介して彼の人生の最後の2日間を想像する『ラストデイズ』(2005年)、主役のファレル・ウィリアムス以下登場人物全員をレゴのキャラクターに置き換えた、アニメーション仕立ての『ファレル・ウィリアムス:ピース・バイ・ピース』(2024年)など一筋縄ではいかない作品がなかったわけではないのだが、さすがに動物を使うという試みは前代未聞だ。
当然のことながら、映画のプロモーションのために監督のマイケル・グレイシーとロビーが受けた数々のインタヴューを振り返ってみると、ふたりに投げかけられた最初の質問は往々にして「なぜサルなのか?」だった。
他との差別化と“伝記”映画からの解放
発案者はグレイシー監督だ。『BETTER MAN/ベター・マン』の製作にあたって他の伝記映画から差別化する新しいアプローチを探し求めていた彼は、ロビーが自分自身をしばしば“パフォーミング・モンキー”(猿回しのサル、或いは、言われるままに芸をするサルを指す)と評していたことに着眼したのだという。
実際テイク・ザット時代のロビーはまさしく、マネージャーに指示されるままに歌って踊るパフォーミング・モンキーであり、ソロ・デビュー後もある程度そういう部分があったことは否めない。映画でも触れているように、どれほどシリアスな問題を抱えていようと、一旦ステージに立てば、カメラを向けられれば、彼はニヤリと笑みを浮かべて人々をエンターテインせずにいられなかったのだから。
そんな次第で監督は、CGIのチンパンジーが主演するというアイデアをロビーに打診。難なく同意を得て、“ロビー役”に起用された英国人俳優のジョノ・デイヴィスはモーション・キャプチャー・スーツを着用して撮影を行なったわけだが(セリフはジョノの声だが、歌うシーンではロビー本人の声をアダム・タッカーというシンガーが補っている)、果たして、主役を演じるのが人間の役者ではないことはそこまで不思議なのだろうか? というのも、伝記映画はそもそも事実だけを伝えているのではなく、どちらにせよファンタジーを多分に含んでいる。
だからこそ『アイム・ノット・ゼア』も生まれ得た。それに今までも、例えば『コントロール』(2007年)のサム・ライリーをイアン・カーティスとして、『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)のレミ・マレックをフレディ・マーキュリーとして受け入れるまでに、そのミュージシャンへの思い入れが深いほどに長い時間を要したはずで、ロビーの場合も誰が演じたにしろ異論が出たに相違ない。
つまり、この手の映画の前に常に立ちはだかる、「見た目は本人に似ているのか?」「楽器は弾けるのか?」「歌は巧いのか?」といったクエスチョンの数々から、『BETTER MAN/ベター・マン』は解放されているのである。ロビーについて詳しく知っていようと知っていまいと、ニュートラルな動物に観る者がそれぞれにロビー像を投影できる上に、何を隠そう、劇中でナレーションを聞かせるのはロビー自身であり、グリーンとブラウンとブルーが入り混じったサルの瞳もほかでもなく、スキャンして合成した彼の瞳。究極的に我々は映画を観ながら、サルを介して終始本人と向き合っているのである。
滑稽さと自虐的なユーモア
他方で監督は、「人は動物に対してより寛容だ」ともしばしば語っていた。何しろ『BETTER MAN/ベター・マン』は他の、美化とまでは言わないまでも多少表現を和らげた多くの伝記映画とは一線を画し、若かりし日々のロビーの無分別な行動の一切合切を白日の下に晒している。ドラッグとアルコールへの依存然り、恋人だったオール・セインツのニコール・アップルトンや親友ネイトへの仕打ち然り、映画の中の彼に好意的な気持ちを抱くのは困難なくらいで、もし俳優が演じたとしたらかなりグロテスクな映像になったに違いない。
その点サルは、表現を和らげるだけでなく、そこに自虐的なユーモアさえ加味している。そう、劇中にも登場する「Come Undone」と「Feel」を始め「Strong」「Handsome Man」「Please Don’t Die」「The Trouble With Me」などなど例を探せば枚挙に暇がないが、ソングライターとしてのロビーはどのアルバムでも数多くの自虐的かつ自嘲的な内容の曲を綴り、生意気で尊大だったりする一方で、自分自身を嗤うことをひとつのデフォルト・ポジションとしてきた。
元からハンサムな人気俳優に自分を演じてもらうことを良しとはしなかっただろうし、ロックスターのクリシェ的な行動にサルが興じるという設定そのものが滑稽で、あまりにもシュールで、人を面白がらせ、楽しませること生きがいにするロビーならではの映画だと言えよう。そして彼以外の登場人物はみんな人間でロビーだけがサルであるからこそ、人生の様々な場面で彼が抱いた疎外感、優越感や特権意識、持って生まれた特別な才覚(劇中でたびたび言及していた“it”だ)、或いは、リアリティから切り離された特殊な立ち位置を際立たせていたようにも思う。
ロビーとサルとの関係
最後にこれは余談だが、サルと聞いて真っ先に思い出したのは、ングル曲ではなかったもののファンに愛されている「Me And My Monkey」(2002のアルバム『Escapology』収録)だった。インスピレーション源はザ・ビートルズの「Everybody’s Got Something to Hide Except Me and My Monkey」なのだろうか、ダンガリー+ローラーブレイドという出で立ちのサルとロビーがラスベガスに旅をする、バディ・ロード・ムービー風の奇妙な曲だ。
銃を隠し持っていて、何か良からぬことをした過去を仄めかし、メキシコ人に追われている(サウンドもマリアッチ調だ)このサルは、ロビーのオルターエゴとも、ドラッグ或いはドラッグ依存のメタファーともされている。
映画のクライマックスで登場するネブワースでのコンサートでも披露され、ステージに立つ彼の背後のスクリーンには、『BETTER MAN/ベター・マン』のチンパンジーにそっくりな、銃を振りかざすサルの姿が映し出されていた。ロビーとサルの組み合わせは、考えれば考えるほど決して唐突ではないのだ。
Written By 新谷 洋子
映画公開にあわせてベスト盤が再発ロビー・ウィリアムス『Greatest Hits』
2004年10月18日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / YouTube Music / Amazon Music
映画情報
映画『BETTER MAN/ベター・マン』
2025年3月28日(金)日本全国ロードショー
<監督> マイケル・グレイシー(『グレイテスト・ショーマン』)
<出演>ロビー・ウィリアムス
<原題>『BETTER MAN』
公式HP:https://betterman-movie.jp/
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