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プレイボーイ・カーティが“最強”な理由とは? 新作『MUSIC』が絶好調なラッパーの経歴と魅力
2025年3月に3枚目のアルバム『MUSIC』を発売したUSのラッパー、プレイボーイ・カーティ(Playboi Carti)。新作アルバムは、アメリカだけで初週30万枚弱の売り上げを記録して、自身2枚目の全米1位を記録、3月25日には4曲が追加された『MUSIC – SORRY 4 DA WAIT』が配信されている。
彼のキャリア、そして今までのアルバムについて、ライター/翻訳家の池城美菜子さんに解説頂きました。
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「ほら、俺ってイケメンだから (’cause I’m a pretty boy)」
6、7年前のプレイボーイ・カーティのインタビュー動画をチェックしていたら、この言葉を数回口にしていた。「いや、そうなんだけど‥自分で言う?」と笑ってしまった。だが、185センチの身長と頭身のバランスの良さでルイ・ヴィトンのランウェイも歩いた彼のこと、恵まれた外見を使っての先制口撃はセルフブランディングとしてありかも、と思い直す。
「プレイボーイ」と冠した名前が似合うほどの「華」をもつラッパーである。SNS時代の人気商売は実力、話題性、存在感が揃ってやっとトップを目指せる。プレイボーイ・カーティはこの3つを備えたうえで作品ごと、曲ごとにスタイルを変える「何をしでかすかわからない」意外性も持ち合わせて、最強なのだ。
まず、「カーティ」か「カルティ」かの日本語表記の問題を解決したい。当初、本名のジョーダン・テレル・カーターからフランスの高級ブランド、カルティエ(Cartie)に引っかけたSir Cartieと名乗っていたため、Cartiのスペルになった経緯がある。つまり、どちらでも正解。スペルを元にしているのかインターネットでは「カルティ」と真っ先に出てくるが、ブランドのカルティエ自体が英語読みだと「カーティエ」の発音になり、アメリカでは「ル」は発音されない。英語圏の人と話すときも発音しない方が伝わるので、今後は「プレイボーイ・カーティ」と統一することを提案したい。
キャリア概要
1996年9月13日、アトランタ生まれ(1995年生まれ説もあり)。10年代後半から高めの声で変わったフローを聴かせるラッパーとして高い人気を誇ってきた。3月14日にリリースされた3作目『MUSIC』で話題をさらっている最中。アメリカのビルボードは、25日付の記事で「1週間でBillbaord Hot 100に30曲以上を送り込んだ3人目、ラッパーとしては初」と紹介している。最新作の収録曲は30曲以上だから、みんなが一斉に聴いたら達成できそうな気もするが、ほかのふたりがテイラー・スウィフトとカントリーのモーガン・ウォーレンとなると見方が変わる。テイラーとモーガンに比べると、カーティの曲はそこまで万人受けしない。彼が熱心なファンを広くもつ証左だろう。
2017年にセルフタイトルのミックステープで話題を集め、XXL誌の注目の新人ラッパーを選ぶ登竜門の意味合いが強い『フレッシュマン特集』でも選出された。翌年にミックステープの続編という位置づけの『Die Lit』でメジャー・デビュー、2020年末のセカンド・アルバム『Whole Lotta Red』でレイジ(激昂)ラップが話題に。
2025年の現時点からふり返ると「2010年代は南部のジョージア州のアトランタがヒップホップを牽引した」説が定着しているが、2010年代の始めは「ニューヨークやロサンゼルスのほうが、ラッパーとして成功するチャンスが多いのでは?」との風潮がまだ残っていた。
カーティは高校時代に目指していたNBAプレーヤーからラッパーへも目標を変更。地元アトランタで活動を始めてから、ニューヨークに引っ越す選択をしている。ここで出会ったのが、ハーレムで結成されたASAPモブの面々。とくにメンターの役割を果たしたのが、ASAPロッキーだ。彼を招いた2017年の「New Choppa」のMVを見ると、ルッキズムの誹りを受ける覚悟で2人が破壊的なかっこよさを見せている点を強調したい。レペゼン・アトランタを打ち出した出世作「Magnolia」も印象深い。
サウンドとラップスタイル
ただし、カーティの一番の武器は、変幻自在なラップスタイルにある。いく通りもの声色を使い分け、器用にフローをスイッチさせる。モゴモゴとラップしてはっきり聴き取れないマンブル・ラップや、赤ちゃんの喋り方のようなベイビーボイス・ラップといった、それまでのヒップホップの常識を覆すようなフローの先駆者でもある。
語彙力や巧みなワードプレイで勝負するリリシストではなく、ムード重視。ほかのトラップを得意とするラッパー同様、単語の反復が多いスタイルで中毒性を生む。彼らのライフスタイルに不可欠なドラッグによる酩酊を、聴き手はしらふなまま疑似体験できるのが、このサブジャンルのおもしろさだと筆者は思う。
プレイボーイ・カーティは驚かせることに重きを置く、ショック・バリューの高さで名前を売ったせいか、ミックステープ時代からよく真似されてきた。たとえば、初期のヒット「wokeuplikethis」のフック;
Woke up to the ni**as talking like me, talk,
woke up to the ni**as sounding like me, talk
目が覚めたら奴らは俺みたいな喋り方をしていた、まじで
俺みたいなサウンドの奴らのせいで目が覚めた、まじで
と、仲のいいリル・ウージー・ヴァートを招き、ラップだけでなく、独特なスタイルを真似しているコピーキャットを攻撃する。流行の最前線だったトラップの曲だが、ひとつめのヴァースの頭で「Oh, I think they like me yeah they like me」は、00年代に人気を博したアトランタのデムフランチャイズ・ボーイズのクラシック「White Tee」からの引用だし、タイトル自体、ビヨンセが2013年にヒットさせた「Flawless」の「I woke up like this 私って起き抜けからきれいなの」を引っかけている。フローの新しさを全面に出しながら、長年のヒップホップ・ファンを喜ばせるような目配せもできるのだ。
プレイボーイ・カーティは、しばしば「Z世代代表」と評される。世代よりも地域差や人種間の違いのほうが、ライフスタイルや考え方へ影響するのでは、という気もするが、TikTokを含めインターネットでのクラウト(影響力)が大きいのはたしかで、とくにZ世代への訴求力は高い。
名前が知られ始めた頃、新品のファッションと古着を合わせるセンスと、つかみどころがない雰囲気が目立ったため、Z世代代表にカテゴライズされた面もあるだろう。高校生のときにファスト・ファッションのH&Mで店員をしていたり、デザイナーのラフ・シモンズ好きを公言していたりもする。
自分を吸血鬼になぞらえ、元カニエ・ウエストの大がかりだった『DONDA』のリスニング・パーティーでジョーカーに扮するなど立ち回りも派手だ。だが、そのカニエに絡まれたときはうまく交わしていたし、グラミー賞でも2024年はトラヴィス・スコットのセットで、2025年はザ・ウィークエンドのセットでパフォーマンスしており、戦略的に賢いというか、キャリアの積み方に謙虚さを感じる。2019年には自分のレーベル、オピウムを立ち上げ、ケン・カーソンやデストロイ・ロンリーらを売り出している。
YE & PLAYBOI CARTI
DONDA 2
2022: @GUNNERSELLWHITE pic.twitter.com/snisaf1T3o
— Ye Updates (Fan Account) (@KanyeUpdated) August 18, 2023
今までのアルバムのサウンドは?
3枚のアルバムの聴きどころを解説しよう。
1st album『Die Lit』(2018)
「盛り上がったまま死んでやる」もしくは、「死ぬ気で盛り上がっている」と意訳したくなるタイトル。インタースコープ傘下のエイサップ・モブのレーベル、AWGEからのデビュー作。
プロデューサーのピーエアー・ボーン(Pi’erre Bourne)を中心に制作された音を絞ったトラックが、シュッとまとまっていて新しかった。客演も多い。トラヴィス・スコット、ヤング・サグ、ヤング・ヌーディー(21サヴェージのいとこ)、ガンナらアトランタ勢から、ニッキ・ミナージュ、チーフ・キーフ、ロンドンのスケプタら先輩格のビッグネーム、リル・ウージー・ヴァート、ピーエアー・ボーン、R&Bのブライソン・ティラーと、収録曲19曲にたいして10人も招いている。一番人気はリル・ウージーの「Shoota」。
アートワークのモッシュッピットにダイブする写真でもわかるように、ライヴ・パフォーマンス、とくにフェスに強いタイプ。フリースタイルやアドリブのようなラップも多い。そのエネルギーが注入されているのが「R.I.P.」であり、MVですでにパンク・ロックの要素が見て取れる。
2nd album『Whole Lotta Red』(2020)
元カニエ・ウエストがエグゼクティヴ・プロデューサーを務めて話題になった2作目。後の『DONDA』期のあいだ、プレイボーイ・カーティはカニエと近く、2曲に参加したうえ前述したようにリスニング・パーティーも盛り上げた。
「真っ赤っ赤」と題されたアルバムは、まず70年代のパンク雑誌の表紙を模したアートワークや、20代のラッパーに多かった自分をロックスター視する風潮とあいまって、パンク・ロックとの接点が話題になった。カーティはセックス・ピストルズを好きなアーティストに上げてもいる。だが、あくまでパンク・ムーブメントから離れた1996年(もしくは1995年)生まれの解釈のせいか、ドラッグへの依存といった姿勢、精神面で惹かれているようで、サウンドは実験的なトラップのほうが耳についた。
人気曲「Sky」のMVは、20世紀のイギリスのユースカルチャーを代表するファッションに身を包んだ白人のキッズと一緒にドラッグストアに押し入る内容。薬局で手に入るドラッグでハイになる時代をそのまま映している。
声域が広く、声色を変えるにあたり、メタルを含めてロックは参考にしているだろう。カーティの特徴として、よく言えば感覚的でセンスがいい、ありていに書けば思いつきに近いアドリブがおもしろい点が挙げられる。
2020年の12月にリリースされたため、2021年の作品として年末のベスト・アルバムに選出されていた。客演はフューチャーとカニエ、キッド・カディと絞っている。カディが参加した「M3tamorphosis」は彼のシグネチャーであるハミングを大々的に敷いておもしろい。
コロナ禍の鬱々とした空気と、プライベートで1児をもうけたイギー・アゼリアとの破局があったせいか、怒りをぶちまけるようなレイジ・ラップが時代と共鳴していた。収録曲は24曲とさらに増え、曲数が多いアルバムの宿命として、評価はバラけてしまったが、20年代の頭を代表するヒップホップ・アルバムであるのはまちがいない。
3rd album『MUSIC』(2025)
カーティはアルバムをリリースした直後から次作の宣伝をする。本作も2021年の早いうちからリリースを匂わせ、「Narcissist」や「I AM MUSIC」など、数回タイトルが変わったのもあり、必要以上に待たせた感が強く出てしまった。カニエを参考にしたのか、巨大看板とネットでの告知などでリリース前から上手に煽った。
ストリーミングでは30曲、3月25日の『Sorry 4 Da Wait (待たせてごめん)』ヴァージョンでさらに4曲を足して34曲ある。客演はトラヴィス・スコット、フューチャー、リル・ウージー・ヴァート、ヤング・サグらのいつものメンバーに加え、タイ・ダラー・サインとジェネイ・アイコ、スケプタ、そしてザ・ウィークエンドとケンドリック・ラマーが名を連ねて豪華だ。
リリシストとして名高いケンドリック・ラマーはプレイボーイ・カーティとラッパーとして対極にいるが、声色を使い分けるという大きな共通点もある。ラマーはクレジットにない「Mojo Jojo」を含めて3曲に参加、彼にしてはリラックスしたモードでフリースタイルのようなラップを披露して、相性は悪くない。今回、プロダクションに大きく関わっているオジヴォルト(Ojivolt)のほか、カニエもプロダクションに名を連ねている「BACKD00R」がケンドリックとジェネイ・アイコの共演で話題だ。
もともと多面的なフローとサウンドがカーティーの目印だが、『MUSIC』はそれをさらに押し進めている。メローで一瞬、ドレイクの曲に聴こえる「RATHER LIE」がチャートで強い。
先行シングルだった「K POP」は韓国とは関係なく、ドラッグのケタミンの話だ。ケンドリックとの曲はどれも耳を引くが、筆者は「PHILLY」でのトラヴィス・スコットの「Brand new ass, brand new nose, let’s go / 真新しいケツ 真新しい鼻 行こうか」と、整形をからかっているのか肯定しているかわからないラインで毎回笑ってしまい、気に入っている。
ヴァンパイアの次はデビルっぽいファッションで、「EVIL J0RDAN」ではツノを生やしたようなキャップ姿を披露している。
ミュージック・ビデオではなくオフィシャル・ヴィジュアライザーと銘打っている「LIKE WEEZY」と「FOMDJ」のヴィデオも楽しそうだが退廃的でもあり、中高生に勧めていいものか迷うが、ファッションのトレンド・セッターにまたなるのはまちがいない。
「プレイボーイ・カーティの魅力を言語化する」のが本稿の目的だったが、かなり直感的、感覚的なアーティストなので、「よくわからないけど、なんか好き」という人は、意外とその感じ方が彼の音楽を楽しむ正解のように思う。
Written by 池城美菜子 (noteはこちら)
プレイボーイ・カーティ『MUSIC』
2025年3月14日発売
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