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エルトン・ジョンとブリトニー・スピアーズの新曲「Hold Me Closer」ヒットまでの経由と理由
エルトン・ジョン(Elton John)とブリトニー・スピアーズ(Britney Spears)のコラボレーション・シングル「Hold Me Closer」が2022年8月26日に配信され、英米など全世界40カ国のiTunes Storeで1位を記録し、全英チャート3位、全米チャートでは6位を記録している。
エルトンのヒット曲「Tiny Dancer」「The One」「Don’t Go Breaking My Heart」を再構築したこの新曲について、辰巳JUNKさんに解説いただきました。
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エルトン・ジョンとブリトニー・スピアーズの新曲「Hold Me Closer」がロケットスタートを切っている。英国チャートでは初登場にしてトップ3、アメリカでも6位をマークした。
レジェンド同士のコラボレーションは、発表前より2022年の最注目作だった。第一に、社会問題化したほどの苦境から脱したブリトニーの6年ぶりのカムバックシングルである。現在75歳のエルトンも、この一年でUKナンバーワンヒットを三連発させるなど(*1)、何度目かわからない全盛期を迎えている。なにより、彼の名曲「Tiny Dancer」を再解釈したこのプロジェクトは、我々音楽ファンをも巻き込んだ、ある目的のもと創造された。
*1「Cold Heart (with Dua Lipa)」「Merry Christmas (with Ed Sheeran)」、LadBaby「Sausage Rolls For Everyone (with Elton John and Ed Sheeran)」の3曲
発売に至るまでの経緯
経緯を振り返ろう。まず、1969年にソロデビューして以来、英国でもっとも偉大な歌手のひとりであるエルトン・ジョン。近年の人気再燃のきっかけとなったのは、2019年に公開された自伝映画『ロケットマン』だと言われている。
若しき頃のエルトンを描いた同映画は、同性愛者として受ける抑圧や、ドラッグとアルコール依存の苦しみが描かれていた。その経験から、今では30年以上禁酒をつづけているエルトンが「今の生業」と語るものこそ、後輩ミュージシャンたちの支援である。
もともと、エルトン・ジョンのミュージシャン支援は、エミネムの薬物依存治療を支えた2000年代のころから知られている。そうした舞台裏を表面化させたのが、2015年より始まったApple Musicラジオ「Rocket Hour」だ。エルトンがおすすめアーティストを紹介していくこの番組は、後輩のキャリアを向上させるためのものでもある。たとえば、今ではブリット・アワード受賞者のサム・フェンダーは、レーベルと契約する前からエルトンに支援されていた旨、同番組により人気が上昇した経緯を明かしている。
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現在のエルトンのヒット街道も、音楽界での人望から生まれたものだ。2021年にリリースされた『The Lockdown Sessions』は、スティーヴィー・ワンダーなどの大御所のみならず、リナ・サワヤマやサーフェシズなど彼に支えられた若手アーティストたちも集ったコラボレーション・アルバム である。
同作からナンバーワンヒットとなったのが、自身の名曲「Rocket Man」等をマッシュアップしたデュア・リパとのデュエット「Cold Heart (PNAU Remix)」。この曲の成功により、エルトンは「英国チャート史上はじめて6つの年代(1970年代〜2020年代)でトップ10ヒットを達成したアーティスト」となった。この後リリースされたエド・シーランとのコラボ「Merry Christmas」、それを改変したラッドベイビー「Sausage Rolls For Everyone」でも英国首位を獲得するなど、とにかく絶好調だ。
手を差し伸べる“音楽業界のおじさん”
「今の若手アーティストは、たくさんのプレッシャーに晒されています。その状況は変えられません。でも、僕はエルトンおじさんです。(後輩たちは)いつでも電話をかけてください」
(若手アーティスト支援について、エルトン・ジョン)
「音楽業界のおじさん」を名乗るエルトンは、困窮するアーティストのため、日々奔走している。そんな彼が、今回手をさしのべたのが、ブリトニー・スピアーズだった。
21世紀のアメリカを代表するスーパースター、ブリトニー・スピアーズにまつわる「#FreeBritney」事件は、日本でも話題になった。2020年序盤、彼女が後見人である父の管理下で10年以上も虐待されてるという衝撃的な状況が明かされていき、後見人の取り消しをめぐる裁判が展開されたのだ。彼女の解放を訴える市民運動が拡大したこともあり、2021年には後見取り消しに至っている。
キャリアも制限されてきたブリトニーは、2016年より音楽をリリースしていなかった。そして、ようやく解放されたタイミングで、エルトンが連絡をとり「Hold Me Closer」が生まれたのだ。エルトンの支援活動は、苦しみを抱える音楽家たちに「自分は価値がある」と感じ、幸せになってほしい、という信念にもとづいている。それゆえ、彼にとって「地獄のような経験」をしたブリトニーとの楽曲は、ヒットさせる必要があった。これは、傷ついた彼女に「たくさんの人々があなたを愛している」と伝えるためのプロジェクトなのだ。
「きっと、この曲は大ヒットするでしょう。そうなれば、彼女はもっと自信を持つことができます。そして、気づいてくれるはず。自分が人々から愛されていること、心配されていること、幸せになってほしいと願われていることに」(「Hold Me Closer」について、エルトン・ジョン)
前述のとおり「Hold Me Closer」はすぐさまヒットしていった。つまり、世界中の人々が、愛を示したのだ。ブリトニーがSNSにつづった長文投稿には、コラボレイターへの感謝がつづられている。
「最高に美しく、やさしい人と仕事することができました ……。今、とても誇らしくて、愛されていると感じています。彼は、今回の曲だけではなく、今までの私の経験、闘争についても気づかってくれて、認めてくれたのです」
「Hold Me Closer」の魅力
「Hold Me Closer」の音楽的魅力も特筆すべきだろう。エルトンによると、話を持ちかけた当初、ブリトニーは音楽業の復帰にナーバスになっていたという。しかし、プロデューサーのアンドリュー・ワットいわく、スタジオに入ってからは、完全に声を使いこなし、驚くべきアドリブを放っていったという。さらに、よりダンサブルになるミキシングも指示していったそうだ。
ブリトニーの後見人問題について、エルトンは「(それを知った人々は)彼女が世界一のスターだと忘れてしまうほど」ひどいものだった、と回想している。そんな彼が彼女と作りあげた「Hold The Closer」は、ブリトニー・スピアーズが正真正銘の世界一のスターだと人々に思い出させる楽曲だと言える。
「海で君が跳ね回っているのを見た 砂浜沿いを思い切り走っていたね」
(「Hold Me Closer」)
メイン原曲とされた「Tiny Dancer」も、ブリトニーに相応しいセレクトだ。この1970年代ヒットは、作詩家バーニー・トーピンによる米国女性への賛歌として生まれた。英国育ちのバーニーにとって、セクシーに踊るカリフォルニアの女性たちは、故郷の女性たちよりも解放的で、自由の象徴にうつったのだという。
原曲の精神を思えば、解放的に昇華していく「Hold Me Closer」を歌いこなせるのは、ブリトニー・スピアーズしかいないだろう。彼女は、まさしくアメリカの女性を代表するセクシーなダンサーで、今、やっと自由を手に入れたのだから。楽曲中の彼女は、まるで「砂浜沿いを思い切り走って」いくように、歌声を響かせている。
Written By 辰巳JUNK
エルトン・ジョン&ブリトニー・スピアーズ「Hold Me Closer」
2022年8月26日配信
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
エルトン・ジョン『The Lockdown Sessions』
2021年10月22日発売
CD / LP / カセット / iTunes Store / Apple Music / Spotify
- エルトン・ジョンアーティストページ
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