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ジャズの新星サマラ・ジョイの魅力:グラミー新人賞を受賞したジャズ・ヴォーカルの新星
昨年、名門レーベルであるヴァーヴ・レコードと契約、現在23歳という若さにして圧倒的な表現力を持つ正統派ジャズ・ヴォーカル・クイーン、サマラ・ジョイ(Samara Joy)。2023年2月6日に開催される第65回グラミー賞では、「最優秀新人賞」と「最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム」の2部門にノミネートされている。(2/6 update: この2部門を受賞)
2月1日には、アルバム『Linger Awhile』の日本盤のリリースが決定。ジャズ・ヴォーカリストながらTikTokでは20万フォロワー、220 万以上の「いいね」を獲得している彼女について、音楽評論家の柳樂光隆さんによる解説を掲載。
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“ジャンルを超えた”2010年代のジャズ
ロバート・グラスパーやサンダーキャットに代表されるようにどちらかというと、“ジャンルを融合した”もしくは“ジャンルを超えた”ジャズミュージシャンの表現が脚光を浴びることが多かったのが2010年代。ジャズ・ミュージシャンたちは自身を型にはめず、独自の表現を求めて、“ジャズ・ミュージシャンならではのまだ名前のついていない新しい音楽”を生み出していた。
歌に関してもR&Bシンガーやラッパーのようなキャラクターを持ち合わせたホセ・ジェイムスやレイラ・ハサウェイ、もしくはアンサンブルのパーツのひとつとしてほぼ楽器と同じ役割を演じることができるグレッチェン・パーラトやベッカ・スティーヴンスらの活躍が目立っていた。新しい音楽には新たな歌唱が求められていた。
そんな時期にオーセンティックなスタイルで正面突破したのがともにセロニアス・モンク・コンペティションの優勝者のセシル・マクロリン・サルヴァントとジャズメイア・ホーンだった。デビュー作でエラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーン、ベッシー・スミス絡みの楽曲を歌った超正統派のセシルと、ディーディー・ブリッジウォーターやアビー・リンカーンを彷彿とさせるスピリチュアルなスタイルで勝負したジャズメイア。2人は圧倒的な歌唱技術でジャズシーンで高い評価を得た。今思えば、2人の登場は変化の予兆のようなものだったのかもしれない。
突如シーンに出てきたサマラ・ジョイ
セシルとジャズメイアの奮闘からしばらくして、突如シーンに出てきたのがサマラ・ジョイだった。サマラはエラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォ―ン、カーメン・マクレエなどを思わせる極めてオールドスクールなスタイルを現代最高レベルのとんでもないテクニックでやってしまうジャズ・ヴォーカリスト。セシルやジャズメイアの流れにある存在なのは間違いないが、彼女たちとは異なる経緯で一気にスターになったのが特徴だ。それはいわゆる“ジャズ・ヴォーカリスト”を真摯に行い、それをそのまま発信したら、SNSでウケてしまった、というもの。超絶的な実力のミュージシャンがその実力をそのまま出したら、ジャズの枠を超えた人気者になってしまったという夢のような話が彼女のストーリーだ。
1998年生まれのサマラ・ジョイはNYのブロンクスで音楽に溢れた一家で育った。祖父母のElder Goldwire とRuth McLendonはゴスペル・グループThe Savettesのメンバーで、父親はゴスペル界のスター、アンドレ・クラウチのツアーでコーラスを務めた。つまりゴリゴリのゴスペル一家で育った彼女は家では家族が聴いていたソウルやファンク、R&Bを聴き、次第に教会で歌うようになった。
その後、高校時代からはジャズにも取り組むようになり、いきなりエッセンシャリー・エリントン・コンペティションでベスト・ヴォーカリストを受賞。後にニューヨーク州立大パーチェス校に進学して、ジャズ・プログラムを専攻し、専門的にジャズを学び始めた。そして、2019年にサラ・ヴォーン国際ジャズ・ヴォーカルコンペティションで優勝。それをきっかけに一気にシーンに出ていく。
それと同時にTikTokやInstagramでも話題になっていった。現在(2023年1月時点)でTikTokのフォロワーは20万人、いいねは220万。Instagramのフォロワーは12万人。地道にアップしていった動画にはネタっぽい動画はほとんどみられない。踊ったりするものもない。ただただ彼女の歌声のすごさが多くの人に届き、それが口コミ的に広がり、ここまでの数字に辿り着いているのだ。ちなみにYouTubeでも10万再生を超えている動画がいくつもある。これはジャズにおいてはかなり驚異的な数字だ。
パスクァーレ・グラッソという存在
彼女を語るのに欠かせない存在として、彼女の大学の講師でもあるパスクァーレ・グラッソというギタリストがいる。名プロデューサーのマット・ピアソンのサポートを受けているパスクァーレ・グラッソは1930年代から1950年代までのジャズが好きだと語り、ジャズ・スタンダードを吹き込んだアルバムばかりをリリースしているオールドスクーラーだ。それだけ聞くと彼の音楽は極めて保守的にも映るのだが、彼の演奏手法はクラシック・ギターの奏法を取り入れ、一本のギターでピアノのような音を鳴らす独自なもので、かのパット・メセニーをも唸らせたほどの極めて斬新なもの。
つまり表面的には保守的だが、その内実は革新的な技術で出来ている、というのがパスクァーレ・グラッソの魅力だ。そんなパスクァーレの独自の技術は徐々にYouTubeなどで話題になり、世界中のギターマニアを虜にしたことで大きな知名度を獲得していき、今では10万回を超える再生数の動画がいくつもある人気プレイヤーとなった。
そんな保守と革新が入り混じるパスクァーレは基本的には自身トリオもしくはソロでしか演奏しないのだが、例外的に幾度となく共演をしているのがサマラ・ジョイなのだ。パスクァーレはライブや動画だけでなく、『Pasquale Plays Duke』『Be-Bop!』でも彼女を起用し、素晴らしい録音を残した。そして、サマラはデビューからの2作『Samara Joy』『Linger Awhile』でパスクァーレを迎え、彼の演奏の力を借りることで傑作を完成させた。ふたりは盟友のような間柄だ。そんな彼ら2人の共演動画「Solitude」の再生数はなんと100万回を超えている。
重要な共通点、故バリー・ハリスとの関係
2人とも表面的にはオールドスクールで、技術的には最新形という共通点があるわけだが、もうひとつ重要な共通点がある。それが故バリー・ハリスとの関係だ。バリー・ハリスはビバップの時代から活動していたレジェンド・ピアニストだが、後年は自身の作品ではなく、彼が生涯をかけて世界中で行ってきた独自のジャズ理論を伝えるワークショップによって知られていた偉大な教育者だった。バリーが開発したビバップをベースにした即興演奏の方法論は一見保守的だが、そこには新たな可能性が数多く込められていた。それは多くのミュージシャンに影響を与え、ジャズの進化に大きく貢献してきた。
パスクァーレはバリーの教え子で、彼のワークショップの講師も務めていた。そのパスクァーレを介して、サマラはバリーとも共演していた。つまりパスクァーレとサマラはバリーの最後期の教え子たちだったとも言える。パスクァーレがバリーへの思いを幾度となく口にしているのは有名だが、実はサマラもバリーへの思いは強く、彼女はTikTokにバリーに見守られながら歌う自身の動画を追悼としてアップしている。その感動的な歌唱は彼女の動画の中でも最も再生されたものにもなった。伝統的でありながら、現代的にアップデートもされているパスクァーレやサマラの音楽性の理由にはバリーの系譜もあるのだ。
@samarajoysings tuesdays meant classes with one of the greatest pianists to ever touch the planet. rest in peace #barryharris! #jazz #jazzpiano ♬ original sound – Samara Joy
サマラ・ジョイの類まれな表現力
そんなサマラ・ジョイがそこまでの人気を得られている理由はおそらくその類まれな表現力にある。技術も高いが、圧倒的な表現力が生む情感の豊かさが尋常ではないのだ。しかも、彼女の歌は感情の解像度がきわめて高く、そこに現代性が宿っている。僕はその部分が彼女の成功の理由ではないかと考えている。サマラのTikTokに「Impressions of Famous Artists」という10万回以上再生されている動画がある。そこではアリアナ・グランデ、ホイットニー・ヒューストン、エラ・フィッツジェラルド、ビヨンセの歌真似をしているのだが、どれも特徴を捉えていて、サマラが幅広い表現を通過していることが伺える。
@samarajoysings rapid fire round of impressions of famous artists… how did I do?? #impressions #cover #arianagrande #whitneyhouston #ellafitzgerald #beyonce ♬ original sound – Samara Joy
表面的にはオールドスクールなジャズ・スタンダードを歌っていても、その曲が書かれた数十年前の情感や質感をそのまま表現するのではなく、大昔の曲から現代にも通用する情感を巧みに抜き出し、それを的確に出力することができる。時にはそこに新たな情感を加味してリアリティのあるものとして響かせたりもする。だからこそサマラはどんなに古い曲を歌っていてもタイムレスな音楽として聴き手に届けることができるのだ。
『Linger Awhile』に収録されている「Guess Who I Saw Today」や「Misty」のような定番バラードではジャズ・ヴォーカル特有のしっとりした歌唱法は残しつつも、柔らかく包み込むような軽やかな質感の中に微かな苦みを封じ込めて、今の耳にもさらっと聴かせる歌に仕上げている。ジャズ・ヴォーカルのノスタルジックな魅力も残しながら、現代でも心地よく聴ける情感やサウンドを的確に選び取っているのがサマラ・ジョイの歌なのだ。
サマラの歌のすごさがわかる好例として、ここではサマラと同じ1998年生まれのピアニストのジュリアス・ロドリゲスが2022年にリリースしたアルバム『Let Sound Tell All』に収録された「In Heaven」でのサマラの歌唱を紹介したい。この曲はグレゴリー・ポーターのいとこのダーリン・アンドリュースが書いた曲で、グレゴリー・ポーターが2016年の『Take Me to the Alley』で歌ったかなり新しい曲だ。
サマラはこの曲をグレゴリー・ポーターとは全く異なる表現で歌い、全く異なる情感を浮かび上がらせている。ジャズにもソウルにもゴスペルにも寄らない絶妙な歌唱で、まるで何十年も歌い継がれてきた名曲のように響かせ、この曲が持つポテンシャルを大きく引き出してみせたのだ。僕はこの曲を聴いて、サマラの表現力はどんな曲でも時代を超えさせてしまうすごみを感じて、彼女の魅力に更に惹かれるようになった。
彼女のその情感や質感へのこだわりは他にも様々な場所で感じられる。『Linger Awhile』では、セロニアス・モンク「Round Midnight」をよく知られているバーニー・ハニゲンの詞ではなく、カーメン・マクレエの歌唱で知られるジョン・ヘンドリックスの詞で歌っていて、そこには彼女のマニアックな志向が見てとれる。
同アルバム収録のジジ・グライス作曲の「Social Call」もサマラはジョン・ヘンドリックスによる詞で歌っていて、そこからはサマラがいかにジョン・ヘンドリックスをリスペクトしているかが伝わってくる。ただ、ヘンドリックスの影響はその2曲に止まらない。
それは「Nostalgia (The Day I Knew)」でファッツ・ナヴァロの1947年のソロを、「I’m confessin’」では1952年のレスター・ヤングのソロを引用し、そこに自分でオリジナルの詞を付けて歌ういわゆる「ヴォーカリーズ」の手法を使っているところにも繋がってくる。それらもまたヴォーカリーズという手法をアップデートさせた巨匠ジョン・ヘンドリックスへのリスペクトと捉えることができるからだ。
ここで興味深いのはサマラがスキャットにより自身の声を器楽化したいわけではないということだろう。その声を楽器と同じように使う技術的な野心はありながらも、同時にそれをオノマトペ=「声」ではなく、あくまで詞を乗せて、そこには言葉と組み合わせた「歌」として表現することにこだわっているように見えるからだ。自分が伝えたいストーリーや情感があり、それを形にするために必要なものとして自身の高い歌唱技術を駆使する。技術の追求と情感やムードへの重視、ストーリーテリングとしての歌へのこだわりなど、様々なものを高度に共存させることで、表面的にはオールドスクールなスタイルをやっていても、彼女の歌にはオリジナリティやどの歌が広く届くような普遍性が宿るのだろう。
実は僕は当初、『Linger Awhile』に関しては少し作り込み過ぎたのかなと感じていた。ヴォーカリストの定番曲を歌っていた2021年の前作『Samara Joy』はリラックスして録音したスタジオ・ライブみたいなアルバムで、サマラ自身が気持ちよくやれることをシンプルにのびのびとやったからこそ、軽やかで抜けのいい名盤に仕上がっていた。ただ、聴き込むうちに『Linger Awhile』には前作とは全く別のものが宿っていることがわかってきた。
サマラがジャズ・ヴォーカルの枠組みの中でどれだけ深く、豊かで、多様な表現ができるかどうかのチャレンジをしている様子が聴こえるようになった。同時にヴォーカリスト/プレイヤーではなく、アーティストとしての自身を提示し始めた作品なのかもしれないとも思える。そういえば、セシル・マクロリン・サルヴァントもジャズメイア・ホーンもいつからか自作曲の割合が増え、その表現方法はどんどん様変わりし、デビュー時からはずいぶん遠いところに辿り着いている印象がある。サマラ・ジョイは2作目で、その長い長い道のりの第一歩を踏み出したのかもしれない。
Written By 柳楽光隆
サマラ・ジョイ『Linger Awhile』
2022年9月16日発売
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