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ブランディ・カーライルとは? 巨匠エルトン最新作のコラボ相手に抜擢された米音楽家のキャリア
2025年4月4日、すでにツアーの引退を発表しているエルトン・ジョンが最新スタジオ・アルバム『Who Believes In Angels?』(邦題:天使はどこに)が発売することを発表した。
しかし今回のアルバムは、エルトン・ジョンのソロ名義ではなく、米ミュージシャンであるブランディ・カーライル(Brandi Carlile)とのコラボレーション作品となる。エルトンが過去コラボレーションアルバムを発売したのは2010年にレオン・ラッセルと『The Union』を発売して以来、2度目となる(*2012年の『Good Morning to the Night』はPnauによるリミックス作品、1993年の『Duets』と2021年『The Lockdown Sessions』は複数アーティストとの作品となる)。
そんな彼女について、音楽ライターの石川 真男さんによる解説を掲載。
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米音楽界で絶大な支持を受けるブランディ
エルトン・ジョンの最新ドキュメンタリー『エルトン・ジョン:Never Too Late』の最後に流れる新曲「Never Too Late」でエルトンのデュエットの相手を務める歌手をご存知だろうか? 2022年7月ニューポート・フォーク・フェスティヴァルでのジョニ・ミッチェルの奇跡のカムバックの立役者となった人物は? ドリー・パートン、パール・ジャム、アデルら錚々たる面々が参加し、かのバラク・オバマ氏が序文を書いた2017年のカヴァー・アルバム『Cover Stories』のオリジナルを歌ったアーティストは?
日本ではまだあまり知られていないかもしれないが、米国音楽シーンで大きな存在感を示し、絶大な支持を得ているシンガーソングライター、ブランディ・カーライルである。
さらに付け加えておこう。2019年のグラミーでは6部門でノミネートされ、その年の女性アーティストとしては最多となり、「ベスト・アメリカーナ・アルバム」など3部門を受賞。これまでに計27回ノミネートされている。また、2023年のハリウッド・ボウルでのコンサートには、アニー・レノックス、ジョニ・ミッチェルなど多くの豪華ゲストが出演。ともかくも、ただ者ではないことがお分かりいただけるだろう。
その生涯
1981年米国ワシントン州レイウンズデールで生まれ育ったブランディは、幼い頃から歌に親しみ、8歳の頃にはステージでカントリーを歌うようになっていた。15歳で作曲を始めると、16歳の時には音楽のキャリアを追求すべく高校を中退。その頃エルトン・ジョンの音楽に触れ、独学でピアノの修練に励み、その後ギターも弾くようになる。
ブランディは、今なお音楽制作パートナーとして活動を共にするフィル&ティムのハンセロス兄弟と、シアトルのクラブで演奏するようになり、2005年にはインディーズよりアルバム『Brandi Carlile』をリリース。前述の2作目『The Story』で一躍脚光を浴び、2012年の『Bear Creek』では初めて全米TOP10入りを果たす。
2016年の『The Firewatcher’s Daughter』で初めてグラミーにノミネートされ、2019年の『By the Way, I Forgive You』では「年間最優秀アルバム」にノミネート、「ベスト・アメリカーナ・アルバム」を受賞。2021年の『In These Silent Days』でも同じく「アルバム・オブ・ザ・イヤー」にノミネートされ、「ベスト・アメリカーナ・アルバム」を再び獲得している。
カントリー・ポップの先駆者タニヤ・タッカーなどのプロデューサーとしてもその手腕を発揮。また、カントリー・ポップ界の気鋭4人を集めた女性スーパーグループ、ザ・ハイウィメンの一員としても活動している。
ブランディは、キャリアの初期よりレズビアンであることを公表しており、2012年にはキャサリーン・シェパードと同性婚している。また、前述のハンセロス兄弟と共にLooking Out Foundationという財団を設立し、様々な社会活動を経済的に支援。環境や教育、人種やジェンダーなどに関する問題意識を高めることに寄与してきた。
音楽性は?
さて、そんなブランディはどのような音楽を鳴らしているのか。グラミーで「ベスト・アメリカーナ・アルバム」に輝いたこともあるように、カントリーやフォークなど米国のルーツ音楽を示す“アメリカーナ”と描写されることが多い。だが、ブランディの作品には、昨今の音楽がそうであるように、多様な音楽要素が内包されている。
もちろんカントリーの要素も随所にあるが、しばしばタイトなロック・ビートが聴こえてくることもあれば、ブルースやゴスペルのニュアンスが感じられることもある。それはある意味、“米国メインストリーム・ポップ”と言えるものであるかもしれない。
古くはドリー・パートンやガース・ブルックス、さらにはシャナイア・トゥエイン、2000年代に入るとテイラー・スウィフト、マイリー・サイラスといったスターたちがカントリー界から生まれ、ポップ・チャートを席巻してきた。こうした面々はいずれも、カントリーを出発点にしながらも、ロックやR&Bやエレクトロさえ飲み込み、多くの人々を魅了するポップ・サウンドを奏でてきた。そういう意味でも、ブランディは、それらの系譜に並ぶ米国ポップの王道を歩んでいると言えるだろう。
だがブランディの場合は、そこにオルタナティヴの感覚が漂っており、それが彼女の音楽を特徴付けている。しばしば情熱的なシャウトや歪んだロック・ギターの音も聴こえ、時にU2あたりを思わせるような硬質なロックの音像さえ見えてくる。
マット・チェンバレンやチャド・スミスといったドラマーを起用しているのも、オルタナティヴのニュアンスの演出に一役買っているかもしれない。前者はパール・ジャムやサウンドガーデンで活動し、ポップからジャズまで幅広く活躍。後者は言わずと知れたレッド・ホット・チリ・ペッパーズの一員だ。
しかしながら、ブランディは「何を歌おうとも私の声からカントリーの要素を取り除くことはできない」と言う。彼女は決して「伝統的なカントリーを継承していこう」と意気込んでいるのではない。自分の鳴らしたい音楽を自分らしく鳴らせば、そこにカントリーの要素が表出しているに過ぎないのだ。極めて自然体であり、それゆえにその語り口には大きな説得力が宿る。
LGBTQを公表したカントリー・ミュージシャン
ブランディが“LGBTQを公表したカントリー・ミュージシャン”であることも注目すべき点かもしれない。その先駆者としては、1980年代より数々のヒット作を生み出してきたカナダ出身のカントリー・ポップのシンガーソングライター、k.d.ラングが挙げられる。彼女がレズビアンであることを公表した1992年当時、彼女は「カミングアウトによってカントリー界から追放されるのではないか」と不安だったという。だが、時は流れ、状況は変わってきた。
例えば、2024年は興味深いカントリー作品がいくつか生まれている。黒人女性で初めて全米カントリー・アルバム・チャートNo.1を獲得し、先日グラミーで「年間最優秀アルバム」にも輝いたビヨンセの『Cowboy Carter』。黒人カントリー・シンガー、シャブージーは「A Bar Song (Tipsy)」で全米シングルチャートで通算19週に亘って1位の座に輝いた。先達や新鋭たちの努力と奮闘のおかげで、様々な壁が打ち破られてきたのだ。
そんな中、ブランディはありのままの自分で自然体の表現に勤しんでいる。ジャンルの壁を縦横無尽に越えながら自然体で鳴らす音は、まさにサブスク時代に相応しい自由奔放なもの。そして、ジェンダーの壁を越えるしなやかさは多様性の時代にも呼応する。それは、若き日のブランディに多大な影響を与え、今や曲を作ってデュエットするまでとなったエルトン・ジョンの姿とも重なる。
そしてなんと、この4月にエルトン・ジョンとブランディ・カーライルによるコラボレーション・アルバム『Who Believes In Angels?』がリリースされることとなった。永きに亘って交流を深めてきたこの二人が、いよいよがっぷり四つに組むアルバムを制作したわけだ。
最新の全米メインストリームに呼応しながら、エルトンやジョニらの先達に最大限の敬意を払い、その意志を継承しつつも、自由奔放に自分らしい音楽を鳴らす。全世界が彼女の存在に気づくのも時間の問題だろう。いや、既に気づき始めている。
Written by 石川 正男
エルトン・ジョン&ブランディ・カーライル『Who Believes In Angels?』
2025年4月4日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / YouTube Music / Amazon Music
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