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エミネム『Music To Be Murdered By』と『Side B』解説: 2020の連作におけるラップ・ゴッドの面目躍如

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2020年1月17日、事前告知なしに新作アルバム『Music To Be Murdered By』を発売、そして同年12月18日に完全新曲が16曲追加されたデラックス・エディション『Music To Be Murdered By – Side B』を発表したエミネム(Eminem)。

新型コロナが蔓延し、アメリカではBlack Lives Matter運動や大統領選挙が行われ、社会的にも政治的にも大きく揺れ動いた年、ともにサプライズで発売された2枚のアルバムでエミネムは何をラップしたのか。ライター/翻訳家である池城美菜子さんに解説いただきました。

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混乱の幕開けで始まった2020年代に、エミネムがエミネムらしくあるのは、とても難しい。元祖炎上商法、もといトローリングの天才。人や事象を茶化して、バカにして、「言ってはいけない」言葉を真っ先に口にする。ヘーゼル色の瞳の童顔と、壮絶な生い立ちをもつデトロイト出身の白人が、ヒップホップの頂点に立っているなんて、まるでマンガかハリウッド映画だ(事実、彼の生い立ちをゆるくなぞった2002年『8マイル』は大ヒットした)。

だが、頂点に立ってから約20年後、インターネットを利用する全員が炎上し得る「発信者」となり、エミネムは「暴言」をリリックにして吐き出した瞬間、無数の発信者たちから集中砲火に晒されている。また、ラッパーの矜持として、リリックだけでトローリングしていたのが、ふた回りも若い6ix9ineのように生き様で人の神経を逆撫でする者が現れ、それだけで話題になる。つまり、ラップで描いていたフィクション以上に、「目立つためにはなんでもあり」の現実のほうが殺伐としているのだ。

それでも、48才のラップ・ゴッドことエミネムは、2020年にリリースした『Music To Be Murdered By』の連作で圧倒的なスキルを見せつけつつ、言葉だけで人の神経を逆撫でることを止めない。2000年の『The Marshall Mathers LP』以来、10作品すべて、ビルボードのアルバム・チャートで首位デビューを果たした唯一のアーティストである。存在そのものが「殿堂入り」である彼の最新作の言葉を紐解きつつ、エミネムが何を言っていて、どこが凄いのか検証したい。

 

エミネムがなぜ天才なのか

2020年の1月に突然、ドロップした『Music To Be Murdered By』に続き、年末に「B -Side(B面)」として『Music To Be Murdered By – Side B』も予告なしでリリース。ヒントを得たのは、ミステリー映画の巨匠、アルフレッド・ヒッチコックが、1958年にリリースしたスポークン ・ワードの同名アルバム。テレビ番組や映画のスコアを手がけていた作曲家ジェフ・アレクサンダーと組んで制作された、シアトリカルな作品だ。ここから、ヒッチコック本人による朗読をイントロとアウトロに配している。タイトルは、ストレートに「殺しの音楽」と訳すとわかりやすいが、エミネムの場合、「これを聞いて死んでくれる?=これ聞いて、心底ヤられてくれる?」と敵に向けて牙を剥く。

訳あって、私は『Side B』のリリックを全曲、訳した。ヒップホップの対訳はそこそこの作品数を手がけているが、エミネムのリリック訳は群を抜いて骨が折れる、刺激的な体験だった。改めて感じ入ったのは、エミネムがいかに天才であるか。一流のラッパーはどう韻を踏むか、言葉の意味を二重に重ねるかに腐心するが、彼の場合、どのバー(小節)でもそのふたつをクリアーするのは「最低」ラインで、場合によっては三重に意味を重ねたうえに、ヴァース全体で言葉遊びをする。そして、トレードマークの高速ラップ。これは、第1弾の先行シングルだった、故ジュース・ワールドを招いた「Godzilla」が強烈なので、参照されたい。

Eminem – Godzilla ft. Juice WRLD (Directed by Cole Bennett)

 

トランプとエミネム:「殺しの音楽」における政治的見解

新作でエミネムが牙を剥いている相手は、マシン・ガン・ケリーをはじめとする同業者、批評家を中心としたマスコミ、トランプ元大統領、「ファンだ」と名乗りつつネットでひたすら文句を言うファンと彼らが牽引するキャンセル・カルチャー、そして愛して止まないヒップホップの現状そのものである。

トランプ元大統領については、「俺のファンでも、あいつの支持者ならファック・ユー」と中指を立てたほど嫌悪感を抱き、2016年『Revival』と、2018年の『Kamikaze』でも頻出していた。2017年、黒人向けケーブルテレビ局、BETのヒップホップ・アワードで披露したフリースタイルで、「熱々のコーヒーポットをぶちまけてやろうか」と舌鋒鋭く攻め立てたほどだ。最初に断ると、『Music To Be Murdered By』では、それほどトランプの名前は出てこない。大絶賛を受けたフリースタイルについては、「トランプ支持者のファンまで口撃するべきではなかった」と、インタビューで反省も見せていた。

ここで、『Side B』の先行シングル「Gnat」でやんわりとトランプ陣営を揶揄しているヴァースを解説しよう。

Ain’t nothin’ you say can ever trump (Nah), mic, pencil get killed (Yeah)
If you’re hypersensitive, I wasn’t referencin’ the vice president, chill (Chill)
I mean my penmanship at times tends to get ill, violence but with skill
That’s why I hence when I write ends up with the mic and pencil gettin’ killed (Yeah, hold up)
お前が何を言っても勝てないよ(ムリ)俺のマイクと鉛筆で死んでくれ(そう)
過剰反応する奴ら 副大統領のことじゃないから落ちつけ(落ちつけって)
時々俺の筆は邪悪で暴力的になってしまう 巧いけどね
だからさ 従って俺がリリックを書くとマイクと鉛筆で殺すことになる(そう 手を上げろ)

トランプ元大統領の名字、Trumpは名詞で「切り札」、動詞で「切り札を出す(負かす)」との意味がある。ちなみに、日本でのトランプは、ただのカード(cards)である。たとえば、「Love Trumps Hate」(愛は憎しみに勝る)は、反トランプの有名な標語だ。1行目の日本語訳をパッと読むとわかりづらいが、mic, pencil(マイク、ペンシル)をエミネムは「マイク・ペンス」と聞こえるようにラップし、「マイク・ペンスは殺される」と暗喩を埋め込んでいる。

次の行で「考えすぎだよ、副大統領の話じゃないって」と早々に牽制しているが、さらに2行後のラインでダメ押しをしていることからも、意図は明確だ。この曲をリリースしてから1カ月も経たない2021年1月6日に、当のトランプ支持者たちが連邦議事堂に乱入し、マイク・ペンス副大統領を吊るし上げようとした。結果的に予言めいたラインになったわけで、「過激すぎたかも」と気をつかったエミネムより、現実が殺伐していると私が指摘する理由は、ここにある。

Eminem – GNAT (Directed by Cole Bennett)

 

エミネムがドナルド・トランプをわざわざ口撃した意味について、考察したい。彼は、ラストベルトの代表都市、ミシガン州デトロイトの出身である。極貧困層が住むトレイラー・ハウスのシングル・マザーの家庭で育った元いじめられっ子で、このマーシャル・マザーズとしての記憶、悔しさがアーティストとしての原動力だ。

トップスターになっても記憶から薄れず、最新作でも「トレイラー・ハウスから出てやった」と何回か言っている。「さびついた工業地帯」であるラストベルトは、トランプ元大統領が「製造業の復活」を公約した2016年の大統領選では、熱狂的な支持者を生んだ。その支持者層とエミネムのバックグラウンドは、きれいにオーバーラップする。「長らくエミネムのファンをやっているけど、トランプも大好き」という層は実在するのだ。中指を立てたあとですぐに謝ったのは、そういう背景があるからだろう。結局、公約は果たされず、ラストベルトの3州もバイデン大統領が制した。

 

エミネムとBlack Lives Matter

トランプへの言及は減ったが、『Music To Be Murdered By』にはBlack Lives Matterに関するヴァースはけっこうある。まず、「These Demons」から。

This pandemic got us in a recession
We need to reopen America
Black people dyin’, they want equal rights
White people wanna get haircuts
Some people protest, some people riot
But we ain’t never escapin’ this virus
‘Til the cops that are racially biased
このパンデミックで不景気になる
またアメリカを開かないとね
黒人の人達が死んでいく 平等が欲しいだけなのに
白人は髪を切りたいだけ
抗議をする人もいれば 暴動を起こす人もいる
でもこのウィルスから逃げられない
人種的な偏見がある警官達

コロナ禍による不景気をヴァースの頭に置いて、警察の黒人の人たちへの偏見はウィルスのように蔓延している、と指摘し、さらにBLM の契機となった事件で有罪判決を受けた元警官のギャレット・ロルフとデレク・ショーヴィンを名指ししている。

These Demons

続いて、「Zeus」。「自分は雲から頭が突き出ているゼウスのような存在」と、神のなかでも全知全能、神々の王になぞらえながら、BLMへの想いを吐露している。

Black people saved my life, from the Doc and Deshaun
And all that we want is racial equality
R.I.P. Laquan McDonald, Trayvon, and Breonna
Atatiana, Rayshard, and Dominique
Eric Garner and Rodney King
No, we can’t get along ‘til these white motherfuckin’ cops
Who keep murderin’ Blacks are off the streets (Off the streets)
俺の命を救ってくれたのは黒人だ ドレーとデショーンに始まって
俺たちが求めているのは人種的な平等
ラカン・マクドナルド、トレイヴォン、ブレオナ 安らかに眠れ
アタティアナ、レイシャード それからドミニク
エリック・ガーナーにロドニー・キング
ダメだ 俺たちは仲良くなれない 白人のくそったれ警官達
黒人を殺し続ける奴らがストリートからいなくならない限り(ストリートから)

1行目でラッパーとしてのキャリアを後押ししたのがドクター・ドレーと、D12のプルーフこと故デショーン・ホルトンだと明言したうえ、ラカン・マクドナルド(享年17)、トレイヴォン・マーティン(享年17)、ブレオナ・テイラー(享年26)、アタティアナ・ジェファーソン(享年28)、レイシャード・ブルックス(享年27)、ドミニク・フェルス(享年27)、エリック・ガーナー(享年43)の死を追悼する。

彼らは、2012年以降の犠牲者だ。最後に出てくるロドニー・キングは、1991年、警察による黒人への暴力が映像で最初に世界へと広がり、ロサンゼルス暴動の契機となった人物。彼は、2012年に自宅で亡くなっている。ちなみに、ドミニク・フェルスはトランス・ジェンダーの女性であり、Black Trans Lives Matter の旗下にデモが行われたのは記憶に新しい。

Zeus

デビュー当時、エミネムは決して政治的なアーティストではなかった。それが、ジョージ・W・ブッシュ政権のディック・チェイニー副大統領の妻、リン・チェイニーが名指しでエミネムを「暴力的で女性蔑視がひどい」と糾弾したため、彼は言い返す形で政治的な見解をリリックに滑り込ませるようになる。

ヒップホップは人種関係なく広く聴かれているが、プレイヤー(ラッパー)の多くを黒人が占めているため、黒人やラティーノとしてのアイデンティティと怒りは頻出トピックである。それを口にできないエミネムは、自分に正直であることで立ち位置を確保してきた。「言ってはいけない」ことを口にするものの、彼は自分が属する文化を生んだ黒人の人々に対して常に敬意を払ってきた。彼の音楽をきちんと聴いていない人が言いがちな「白人だから売れた」との言説を、多くのヒップホップ・ファンが鼻で嗤うのは、その苦労と彼の天賦の才能をわかっているからである。

 

エミネムと炎上と乱射事件

オリジナルの『Music To Be Murdered By』でもっとも炎上したのは、「Unaccommodating」における、2018年のアリアナ・グランデのマンチェスター公演での乱射事件を取り上げたラインだ。「“爆弾投下”って叫びながらこのゲームをめちゃくちゃにしてやろうか アリアナ・グランデのコンサート会場の外で待っているみたいに」とラップして大顰蹙を買ったのだが、これはリリックを切り取ったがために印象操作された事例である。なぜなら、テロ事件の直後に犠牲者の家族に率先して寄付をし、さらにSNSでファンにも呼びかけ、200万ドル(2億円以上)を集めたのも、ほかならぬエミネムだからだ。

「Darkness」も、アメリカで止まらない乱射事件への憂慮から生まれた曲である。この曲で彼は、2017年10月に起きたラスヴェガス・ストリップ乱射事件の加害者スティーヴン・パドックに乗り移り、その心情と乱射に至るまでの経緯をラップする。60人もの犠牲者を出した、64才の凶悪犯の孤独と自分を重ねつつ、アルコール中毒で抗鬱剤の常用者が簡単に銃を入手できる状況に疑問を呈した。米国での乱射事件の犯人のほとんどが白人男性であり、その点を踏まえてヒップホップを通じて「白人男性」として問題提起をできるのは、彼だけである。『B-Side』の「Tone Deaf」で「俺はクソジジイになるよ(I’ll be an old fart)」と宣言して、自分の年齢を自虐してみせたエミネム。だが、そうなる前にしばらく、ラップ神として君臨するはずだ。

Eminem – Darkness (Official Video)

Written By 池城 美菜子(ブログはこちら



エミネム『Music To Be Murdered By Side B (Deluxe Edition)』
2020年12月18日発売
iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music

<Track List>*太字が新規楽曲
1. Alfred – Intro

2. Black Magic (feat. Skylar Grey)
3. Alfred’s Theme
4. Tone Deaf
5. Book of Rhymes (feat. DJ Premier)
6. Favorite Bitch (feat. Ty Dolla $ign)
7. Guns Blazing (feat. Dr. Dre & Sly Pyper)
8. Gnat
9. Higher
10. These Demons (feat. MAJ)
11. Key – Skit
12. She Loves Me
13. Killer
14. Zeus (feat. White Gold)
15. Thus Far – Interlude
16. Discombobulated
17. Premonition – Intro
18. Unaccommodating (feat. Young M.A)
19. You Gon’ Learn (feat. Royce Da 5’9″ & White Gold)
20. Alfred – Interlude
21. Those Kinda Nights (feat. Ed Sheeran)
22. In Too Deep
23. Godzilla (feat. Juice WRLD)
24. Darkness
25. Leaving Heaven (feat. Skylar Grey)
26. Yah Yah (feat. Royce Da 5’9″, Black Thought, Q-Tip & Denaun)
27. Stepdad – Intro
28. Stepdad
29. Marsh
30. Never Love Again
31. Little Engine
32. Lock It Up (feat. Anderson .Paak)
33. Farewell
34. No Regrets (feat. Don Toliver)
35. I Will (feat. KXNG Crooked, Royce Da 5’9″ & Joell Ortiz)
36. Alfred – Outro

Eminem – Higher (Official Video) Explicit


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