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WBC村上登場曲で話題、ファボラス「My Time」とはどんな曲なのか? +お勧めの3曲
日本時間3月22日に行われ日本が優勝したWorld Baseball Classic(以下:WBC)は記録的な視聴率となったことでも話題となっているが、入場楽曲なども急上昇を記録している。
特に、3月21日の準決勝でサヨナラタイムリーを打ち、翌日の決勝戦でもホームランを放った村上宗隆選手が入場曲として使用していた米ラッパー、ファボラス(Fabolous)の「My Time feat. Jeremih」は3月20日と比較して、楽曲の再生数が450%上昇している。
そんなこの「My Time」について、そしてファボラスの他の楽曲について、ライター/翻訳家の池城美菜子さんに寄稿いただきました。
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「俺の出番だ / It’s my time」
WBC準決勝、対メキシコ戦での大逆転劇の主役、村上宗隆選手。その村上選手が、大会中にウォークアップ・ソング(Walk-up song/入場曲)として使用していたファボラス「My Time」が話題になっている。格闘家の堀口恭司氏がこの曲で入場するのがかっこ良かったため、同じ曲を使用している、と本人が説明もしている。この曲のパンチラインは、「俺の出番だ / It’s my time」。そのため、2009年にリリースされたときからスポーツ・イベントで流す曲としてアメリカでも大人気なのだ。
2009-10年は、NBAのドラフトのテーマソングとして使われたり、クリーブランド・キャバリアーズ、ニューヨーク・ニックスも試合前に大々的に流したりした。ファボラスはニューヨークのブルックリン出身。それもあって、いまでもニューヨーク・ヤンキースはホーム球場、ヤンキース・スタジアムの試合で流している。ボクシングなどの格闘技では入場曲はリング・ウォーク・ソング(ring walk song)やリング・エントラス・ソング(ring entrance song)と呼ばれ、堀口選手以外ではイギリスのボクサー、アミール・カーンも2012年のダニー・ガルシア戦で使用した。
ラッパー、ファボラスとは?
では、ファボラス(Fabolous)とはどんなラッパーなのか。ブルックリンの高校生だった90年代半ばに、ミックステープ・キングだったDJクルーのレーベル、デザート・ストームに入り、エレクトラと契約。名前は「イカしている」「最高」という意味の「ファビュラス(Fabulous)」をもじったもの。
1977年生まれで、両親はアフリカン・アメリカンとドミニカ系だ。ヒップホップ史では、黎明期にブレイクダンスを世界中に広げたロック・ステディ・クルーやブロンクスのファット・ジョーらプエルトリコ系の名前があがりやすいが、同じカリブ海の島国でハイチの隣国、ドミニカ共和国の血を引くラッパーもいる。
ニューヨークのメトロエリアに移民の半数が集中しているため、ファボラスと同世代のジュエルズ・サンタナ、最近だとカーディ・B、今年話題のアイス・スパイスがドミニカ系のニューヨーカーだ。ドミニカ共和国は野球が盛んで、多くのMLB選手を輩出しているのは本稿で説明するまでもないだろう。
ファボラスはラップのスキルとニューヨーカーらしいクールな立ち振る舞い、そして恵まれた外見で2001年のデビュー時からとくに女性ファンが多い。00年代はミュージック・ビデオをランキング形式で見せる音楽番組が大人気だったため、彼やエミネム、バウワウ、ネリー、チンギーといったイケメン・ラッパーが強かった。ただし、ラップの実力も必須。それがなければ、かえってバカにされてしまう。ファブことファボラスは、ファッションも含めてトレンド・セッター、そして時流を読むのが上手なアーティストでもある。
その経歴と「My Time」に込められたもの
また、ヒップホップ/R&Bでは珍しい、事実上の「トレード(交換)」を経験している。彼は、デビュー時からデザート・ストームを通してエレクトラとアトランティック・レコーズといったワーナー系のレコード会社と契約していたが、2006年にヒップホップの名門、デフ・ジャムに移籍する際、それまでデフ・ジャムのR&B部門、デフ・ソウルにいたネオソウルの代表的なR&Bシンガー、ミュージック・ソウルチャイルドがアトランティックに移籍したのだ。アトランティックは伝統的にR&Bが強いため、双方にプラスがあった。
「My Time」は通算5作目、デフ・ジャムからは2作目にあたる『Loso’s Way』のシングル。ファボラスが初めてビルボードのアルバム・チャート初登場1位を記録した作品だ。「俺の(見せ場を作る)出番だ」というテーマだけでなく、シカゴのジェレマイが「声を上げて応援してくれ」とコーラスで歌い、連続試合安打を示すヒット・ストリーク(hit streak)という単語も含めているので、スポーツの試合で使われるのを想定して作ったはず。ザ・ランナーズが作ったトラックも前のめりで、高揚感がある。
「何時かわかっているよな?」を意味する「You know what time it is?」は、時間だけではなく状況や道理がわかっているか確認するときにも使われる。ファボラスがヴァースの頭で言う「Guess what time it is?」はその言い換えであり、「俺が出てきた以上、どうなるかわかっているよな?」と含みも持たせている。
また、「Biggie, Puffy, Busta, A victory / 俺はビギーやパフィ、バスタと同郷 勝つしかない」という締めのラインはビギー・スモールズことノトーリアスBIG、パフィことショーン“パフ・ダディ”コムズ(現ディディ)、そしてバスタ・ライムズとブルックリンの大物に自分を連ねている。
原稿の後半では、さらにファボラスを知るために代表的な3曲を紹介する。
1. Into You feat. Tamia & Ashanti (2003)
セカンド・アルバム『Street Dreams』の収録曲。クィンシー・ジョーンズの秘蔵っ子、タミアの「So Into You」(1998)を作り替えて、2003年を代表する曲となった。ファボラスは当初、勢いがあったアシャンティをフィーチャーしてレコーディングしたが、彼女のレーベル、マーダー・インクが協力的でなかったため、タミアと作り直した経緯がある。いずれのヴァージョンも大ヒット。プロデューサーのDJクルーとDOROがコモドアーズの「Say Yeah」をサンプリングしたため、耳になじみやすい。
2020年には、故ポップ・スモークの死後にリリースされた「Something Special」で大胆に引用されている。猛々しいドリル・ミュージックのラッパーのポップ・スモークが、R&Bの名曲の引用をしたことで話題になった。だが、彼もブルックリンのアーティストだ。この曲を聴いて育ったと考えるほうが自然だ。ちなみに、タミアは元NBAプレーヤーで解説者としても人気のグラント・ヒルの妻である。
2. Breathe (2004)
サード・アルバム『Real Talk』からのシングル。ファボラスはR&Bにカテゴライズされるメロディアスなヒット曲が多いラッパーだが、プロデューサーのジャスト・ブレイズらしい華やかなトラックのこの曲は純度100%のヒップホップだ。
ラッパーとしての自分の凄さを誇示し、「俺が通りかかったら 奴らの息が止まる」とラップしているので、これもスポーツ・イベント向きだろう。50セントとメイスが参加しているリミックスもある。ロック・グループ、スーパートランプの「Crime of the Century」をサンプリングしている。
3. You Be Killin Em (2010)
怒りを代弁したり、やる気を出させたりするのが得意なラッパーは多いが、女性をセクシーな気分にさせられるアーティストは少ない。ファボラスはその数少ないアーティストの筆頭株だ。EP『There Is No Competition 2: The Grieving Music EP』からの曲で、着飾った女性の美しさを「犯罪級」と讃えるクラブ・アンセム。
ハーバード大卒という珍しい経歴をもつR&Bシンガー/ソングライター/プロデューサーのライアン・レスリーと、無名時代のキッド・カディが作っている。そのレズリーと、2007年に「Make Me Better」を一緒にヒットさせたNe-Yoのヴァースを足したリミックス「Look At Her (You Be Killin Em Pt. 2)」も存在する。ミュージック・ビデオに出演しているアンバー・ローズは元カニエ・ウェストの彼女として売り出したモデル。その後、ウィズ・カリファと結婚・離婚、テレビやラジオのパーソナリティとして活躍中だ。
2010年代から現在まで、ロック・ネイションと契約してコンスタントに活動しているファボラス。2016年にはKポップ、元少女時代のジェシカの「Fly」にフィーチャーされるなど、あいかわらず動きの早いところを見せている。サウンド、ファッションともにY2Kブームがしばらく続きそうな現在、そのブームを形作った元祖のひとり、ファボラスの曲も改めて聴いてみてほしい。
Written By 池城美菜子(noteはこちら)
「My Time」収録アルバム
ファボラス『Loso’s Way』
2009年7月28日発売
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