Join us

Columns

ザ・ウィークエンド『Hurry Up Tomorrow』解説: 3部作最終章と映画公開、凝縮された“最後の時間”

Published on

2025年3月現在、アメリカにてアルバムの累計ピュア・セールス(ストリーミングを含まないフィジカルとダウンロードで売れた数)で1位となっているのが今年1月に発売されたザ・ウィークエンド(The Weeknd)の6作目のアルバム『Hurry Up Tomorrow』だ。

2020年3月発売の『After Hours』、2022年1月発売の『Dawn FM』続く3部作の最終作品だと本人が明示し、当然のように全米アルバムチャートでは1位、初週売り上げは自己最高を更新した本作について、音楽・映画ジャーナリストの宇野維正さんに解説いただきました。

<関連記事>
『After Hours』は、いかにして「コロナ時代のサントラ」となったか?

『Dawn FM』が達成した、最高のポップアートが最高のポップであること


 

激動の時代と重なったリリース

リリースから約2ヶ月が経過したザ・ウィークエンドの『Hurry Up Tomorrow』。2025年最初にして最大級のマスターピースであったことは間違いないのだが、この2ヶ月でポップカルチャーの世界も、社会環境や国際情勢も、激動の時代に突入した。

主に後者は『Hurry Up Tomorrow』のリリースとちょうど同じタイミング、1月20日から任期が始まった第2次ドナルド・トランプ政権に起因するものだが、関税の大幅引き上げや「51番目の州」としての併合計画など、カナダを代表するスーパースターであるザ・ウィークエンドにとっても決して無縁な出来事ではないだろう。

本稿では、これまでに起こった出来事を整理しながら、『After Hours』『Dawn FM』に続く3部作の最終章にして、本人が「ザ・ウィークエンドとしての章を終える準備ができている」「自分にとって最後の大仕事」公言してきた『Hurry Up Tomorrow』に込められた真意を探っていこう。

 

3部作の最終章

『Hurry Up Tomorrow』が3部作の最終章であることは、2012年にそれまでリリースしてきたミックステープをまとめて『Trilogy』として再リリースした時のような後付け設定ではない。2019年に『After Hours』期に入ってから、ザ・ウィークエンドはアルバムのリリースやそれに伴うワールドツアーの度に、ソーシャルメディアやライブ中のMCでその遠大な計画について示唆してきた。

前述の「ザ・ウィークエンドとしての章を終える準備ができている」「自分にとって最後の大仕事」という発言は2年前、製作、原案、音楽を手がけ自らも出演したHBOテレビシリーズ『THE IDOL/ジ・アイドル』のプロモーション時のもの。

今回の『Hurry Up Tomorrow』リリース時のインタビューでは「ザ・ウィークエンドの活動は常にラットレースを強要される。より多くの称賛、より多くの成功、より多くのショー、より多くのアルバム、より多くのアワード、そしてより多くのナンバーワンソング。自分自身でそれを終わらせるまで、それは決して終わらない」語っている。エイベル・テスファイは、ザ・ウィークエンドという自身のもう一つのペルソナを「終わらせる」タイミングをずっと見据えながら、本作までの3部作を設計してきたわけだ。

血まみれの顔と赤いスーツでラスベガスを彷徨う男をイメージキャラクターに、自己破壊と現実からの逃避を描いた『After Hours』。死後の世界と現実世界を秘密のヘルツで繋ぐラジオ局からの放送を通して、主人公が死と向き合い、煉獄の旅路の果てに自己反省と贖罪に辿り着くまでを描いた『Dawn FM』。それに続く今回の『Hurry Up Tomorrow』が描いているのはザ・ウィークエンドというもう一つのペルソナの終わりと、人間エイベル・テスファイとしての再生だ。

アルバムの最後に配置された表題曲「Hurry Up Tomorrow」ではこう歌われる。

I’m done with the lies, I’m done with the loss
I hope my confession is enough
もう嘘は終わり、失うのも終わりだ
これまでの告白が十分であればいいと願っているよ

それぞれのアルバムのタイトルとなった「営業時間外」(After Hours)と「夜明け」(Dawn)に続く「明日」(Tomorrow)の意味は、作中のリリックでは明示されていないものの、人間エイベル・テスファイとしての人生を取り戻す「明日」を意味しているのは明らかだろう。

The Weeknd – Hurry Up Tomorrow (Audio)

 

重苦しいムードと救済への希求

それにしても、こうして改めて振り返ってみるとザ・ウィークエンドの表現がいかにパーソナルな動機と文脈に依っているかがわかる。2020年の隔離期間中に世界中で空前の大ヒットとなった「Blinding Light」及び『After Hours』を自分は当時「コロナ時代のサウンドトラック」と評したが、同作の制作がほぼ前年までに仕上がっていた事実を踏まえずともそれはあくまでも結果論であり、ザ・ウィークエンドはあくまでも内在的な動機に従って作品を作り続けてきた。

もっとも、どれだけパーソナルで内在的な動機に基づいた作品であってもそこにヴィジョナリー性が宿るのが特別なアーティストの業とも言えるわけで、それでいうと今回の『Hurry Up Tomorrow』の不確実性に満ちた未来を目の前にした重苦しいムードと救済への希求も、ミッド2020sを生きる我々の精神と深い部分で共振しているとも言える。

全22曲、1時間24分にも及ぶ『Hurry Up Tomorrow』の音楽的特徴を一言で言い表すことは困難だが、『After Hours』から3作続けて複数のプロデューサーの中でも中心的な役割をOPNのダニエル・ロパティンが担っていることによって、一連の作品はその音楽性においても強い連続性を持っている。

具体的に言うなら、80年代エレクトロニックポップ的なシンセの音色と音響を強調したR&Bやディスコミュージックの独自解釈ということになるが、『Hurry Up Tomorrow』では過去2作のそうした意匠を引き継ぎながらも大きく幅を広げている。

先行曲としてリリースされたアニッタとのエレクトロニック・ブラジリアンファンク「São Paulo」のトランス感、回転数を上げたジョンB「Someone To Love」をサビにそのまま使った「Niagara Falls」やローデッド・ハニー「Homemade Gun」のトラックを全編で流用した「Enjoy The Show」やチョップド&スクリュードされたニーナ・シモン「Wild Is the Wind」から始まる「Given Up On Me」などに見られるカニエ・ウェスト的なサンプリング使いなどは、過去の2作には見られなかった新機軸だ。

今挙げたいずれの曲にもプロデューサーとしてマイク・ディーンが関わっていることから、彼が本作における新たなキーマンであったこともわかる。

The Weeknd – Niagara Falls (Audio)
The Weeknd – Given Up On Me (Audio)

 

映画『Hurry Up Tomorrow』

マイク・ディーンといえば『THE IDOL/ジ・アイドル』でも本人役として複数のエピソードにわたって登場していたことからも、近年におけるザ・ウィークエンドとの距離の近さが伺えるが、批評的には奮わなかった一方で視聴者数では世界的に2023年屈指のヒットシリーズとなったその『THE IDOL/ジ・アイドル』に続いて、ザ・ウィークエンドは新たなフィクション作品、しかも今度は映画作品の準備をしている。

北米では5月16日に劇場公開される、アルバムと同名のその映画『Hurry Up Tomorrow』(日本公開未定)は、エイベル・テスファイ自身が不眠症に悩むミュージシャンの主人公を演じた心理スリラー。監督のトレイ・エドワード・シュルツの代表作といえば2019年のヒューマンドラマ『WAVES/ウェイブス』だが、それ以前の『クリシャ』(2015)や『イット・カムズ・アット・ナイト』(2017)で心理スリラーのジャンルにおいても実績を残しているだけに、ただのザ・ウィークエンドの(例えば『THE IDOL/ジ・アイドル』の劇中でも再三言及されていたプリンスの『パープル・レイン』のような)自伝的あるいは自己言及的な作品だけには収まらない映画になっていることが予想される。

現時点で映画『Hurry Up Tomorrow』の詳細は、約2分のミステリアスな予告編と、そこでも確認できる通りバリー・コーガンやジョナ・オルテガといった今をときめく若手スターが大きな役を演じていること以外は謎に包まれている。

テレビでのパフォーマンスなどで『ジョーカー』のイメージを引用していた『After Hours』、作中ナレーターにジム・キャリーを召集して『トゥルーマン・ショー』へのオマージュを捧げていた『Dawn FM』と、思えば3部作のこれまでの2作品は映画的なイメージを外部の作品に頼っていたが、今回それに当たるような作品がパッと思い浮かばないのは他でもない、アルバム『Hurry Up Tomorrow』自体が同名映画のサウンドトラックとして制作されているからだろう。

Hurry Up Tomorrow (2025) Official Trailer – Abel Tesfaye, Jenna Ortega, Barry Keoghan

さらに、映画『Hurry Up Tomorrow』が公開される1週前の5月9日からは、北米でスタジアムツアー「After Hours Till Dawn」がスタートする。9月の頭まで4ヶ月にわたって開催されるこのツアーでは、全公演にプレイボーイ・カーティとマイク・ディーンが帯同。とりわけ、度重なるフライング告知を経た末に3月14日にリリースされたニューアルバム『MUSIC』が今年最大の初動成績を叩き出しているプレイボーイ・カーティが、双方の最新アルバムでフィーチャーし合っているとはいえ、社会現象を巻き起こしているこの時期を丸々ザ・ウィークエンドのツアーに捧げることが大きな注目を集めている。

The Weeknd, Playboi Carti – Timeless

 

映画にあわせて始まるツアー

ザ・ウィークエンドが「After Hours Till Dawn」の名を冠したツアーをおこなうのはこれが初めてではない。『Dawn FM』リリース後の2022年6月から2023年10月にかけて開催した同名のツアーでは、北米、ヨーロッパ、ラテンアメリカの各国で300万人以上を動員。

また、ライブパフォーマンスにおける『Hurry Up Tomorrow』の作品世界の具現化という意味では、プレイボーイ・カーティとアニッタを召集して昨年9月7日にブラジル・サンパウロのスタジアムに7万人以上を動員した一夜だけのショーで部分的に初披露されている。

The Weeknd, Anitta – Sao Paulo (Live from Sao Paulo / 2024)

しかし、『Hurry Up Tomorrow』のリリースに合わせて今年1月25日に予定されていたロサンゼルスのローズボウルでの同じく1夜だけのショーは、カリフォルニア州を襲った歴史的山火事の影響でキャンセルに。したがって、今回の壮大な『Hurry Up Tomorrow』プロジェクトの全貌を知るためには、新しいツアーがスタートして、同名の主演映画が公開される、今年の5月まで待たなくてはいけない。

『Hurry Up Tomorrow』のタイトルと直接的に呼応するリリックはないと前述したが、実は70年代から音楽スタイルを変えずに活動しているニュージャージーのソウルグループ、ザ・ニューロンズ(The Nu’rons)のレパートリーに同名の曲があって、それがただの偶然でないことは、その曲がそのまま「Without a Warning」の導入部でサンプリングされていることが示している。

Oh, hurry up, tomorrow / Goodbye yesterday
I wish that I could borrow / A little more time to say / That I love you, ooh
急いで、明日。さよなら、昨日
アイ・ラブ・ユーと言うために、もう少しだけ時間を借りることができたらいいのに

The Weeknd – Without a Warning (Audio)

哀愁を込めて歌い上げられるザ・ニューロンズの「Hurry Up Tomorrow」を聴いているうちに、この先に控えたツアー、そして映画公開と矢継ぎ早に続いていく凝縮された時間は、活動を完全に終了させる前にエイベル・テスファイがファンに「アイ・ラブ・ユー」と伝えるための、「ザ・ウィークエンドのアディショナルタイム」なのではないかと思い至った。

Written By 宇野維正


ザ・ウィークエンド『Hurry Up Tomorrow』
2025年1月31日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music




Share this story
Share
日本版uDiscoverSNSをフォローして最新情報をGET!!

uDiscover store

Click to comment

Leave a Reply

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Don't Miss