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テイラー・スウィフト新作『Midnights』の歌詞世界:レベルがちがう天才による注目の3曲を解説
2022年10月に発売され、全米シングル・チャートTOP10を独占するといった歴史的な大ヒットを記録しているテイラー・スウィフトの最新アルバム『Midnights』。
毎回そのソングライティングについて、同じミュージシャンたちからも絶賛されるテイラー・スウィフト。そんな彼女の新作の歌詞ついて、日本盤ライナーノーツで歌詞対訳を担当した音楽ライター/翻訳家の池城美菜子さんに解説いただきました。
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永遠の15歳。あと1カ月で33歳になるテイラー・スウィフトをつかまえて、失礼な言い草だと感じるスフィティーズもいるかもしれない。でも、これはほめ言葉だ。15歳の頃の、ちょうど子どもと大人の中間、未来への期待も不安もマックスな日々の心の機微。ともすれば、一生引きずる傷を負う脆さと両刃の、鋭い感受性。あの頃の想いと感性を言語化することにかけては、テイラーは無敵だ。もっとも、15歳の彼女はすでに音楽活動を始めていて、ふつうの学生とはだいぶちがう日々を送っていたのだが。
10作目『Midnights』は、ひとりきりの真夜中に現状にたいするネガティヴな想いに苛まれ、美化しがちな追憶に逃げ込む心理を歌ったアルバムだ。実体験を切り取り、脚色してメロディーに乗せる天才だった彼女だが、ここ数年は第三者目線で時代や場所をも飛び越える歌詞も書き、さらに評価を上げている。その傾向が顕著だったのが「民間伝承」を意味する9作目『folklore』である。
今回は、実体験と想像、妄想のあいだを行き来する歌詞が多い。不安定でぼんやりした真夜中の思索を曲にしているのだが、伝えたい思いと風景ははっきりしている。どの曲にも、シングルになり得る個性とくっきりした輪郭がある。その証拠にビルボードのシングル・チャートが1位から10位まで『Midnights』からの曲が並ぶという、長らくチャートを観察している筆者のような人間でも初めての光景が現れた。
本作で初めて、テイラーの日本盤の歌詞対訳を担当した。彼女が優れたソングライターであるのはわかっていたつもりだが、一言一句訳してみて、ちょっとレベルがちがう才能だとハッとした。テイラー・スフィフトは、詩人でもある。3曲を詳しく解説してみよう。
Maroon
テイラーは、歌詞に色をつけるのが上手だ。比喩としての色だけではなく、実際に曲を聴いているうちに、映像でその色が立ち上る。たとえば、本作の1曲目の「Lavender Haze」。「ラヴェンダー色の霞」とは恋に堕ちる瞬間のめまいや鳥肌のような、身体的な反応のこと。ラヴェンダーの淡い紫色は素朴で儚い色で、この短い言葉で登場人物たちの無防備なさままで描き出しているのだ。
赤い色の色調を細かく変えて、恋愛の進行を表現した「Maroon」も見事だ。去年、新しくレコーディングし直した2012年の4作目のタイトルも『Red』だった。当時、20歳を過ぎたばかりのテイラーは、タイトル曲で行き止まりの道をマセラッティで風を切って飛ばすような情熱と、あっという間に散ってしまう紅葉にかけ合わせていた。続いて失恋は青、恋しさはダーク・グレーだと感情を色に例えた。わかりやすく、ストレートな歌詞だ。
アラサーになった彼女は、もっと細かいニュアンスを恋愛の進行に重ね合わせる。マルーンは茶色がかった赤であり、日本語だと小豆色、葡萄(えび)茶が該当する。小豆はあまりに「和」なイメージだと考え、えび茶で訳した。2つめのコーラスを取り出してみよう。
And I lost you
The one I was dancing with
In New York, no shoes
Looked up at the sky and it was (Maroon)
The burgundy on my t-shirt
When you splashed your wine into me
And how the blood rushed into my cheeks
So scarlet, it was (Maroon)
The mark they saw on my collarbone
The rust that grew between telephones
The lips I used to call home
So scarlet, it was maroon
そして あなたを失った
ニューヨークで一緒に踊った人
裸足でね
空を見上げたとき もうえび茶色だったの (えび茶色)
私のTシャツにはバーガンディー色の染み
あなたがこぼしたワインのせい
それで私の頬が紅潮して
もう真っ赤で (えび茶色に)
鎖骨につけた 目につくキス・マーク
電話と私の唇に距離ができたの
錆が広がるみたいに
以前はよく親に電話していたのに
真紅だったの それからえび茶色に
夕暮れの濃いオレンジ、赤ワインの染み、紅潮した頬、キス・マークの淡い赤は、すべて目に入る色合いだ。少々、悩んだのが錆色の赤茶。これは恋に夢中になって離れて暮らす両親への連絡がおざなりになった様子を、携帯に錆が広がる妄想で表現していると解釈した。
歌詞サイトのgenius.comにニューヨークで裸足で踊ったことがある元カレはハリー・スタイルズではないか、との書き込みがあった。テイラーはまず答えないから、永遠にわからない問いだけれど、「あなたは両手で頭を抱えて咽び泣いて / いつもこんな風に終わらなくてもいいのに (Sobbing with your head in your hands/Ain’t that the way shit always ends)」というラインはたしかにハリーに似つかわしいし、彼のワイン好きは有名である。ただし、衝撃的な組み合わせだったせいか、元カレのなかでも交際期間が短いわりにファンから名前が出やすい点は指摘しておく。また、マルーンは「置き去り」という意味もある。
Anti-Hero
ビルボードHot100の1位でデビューしたシングル。テイラー自らがTikTokのチャレンジを仕掛け、力を入れていたとはいえ、ぶっちぎりだったのはまちがいない。スーパーがつくセレブリティであるテイラーだが、伝統的な意味では主人公にふさわしくない、もしくはヒーローの資質が欠けているアンチ・ヒーローだと自ら吐露しているのだ。
一部で嫌われているとしても、彼女は主人公タイプであり、ヒーローであることはまちがいない。それで、ダーク・ヒーローと訳出した。2週間で5,000万回近い再生回数を叩き出しているミュージック・ビデオを観れば、彼女がいわんとするところは一目瞭然。「どうせ悪いのは私、有名になりすぎて『不思議の国のアリス』さながら大きくなりすぎて仲よくしづらいよね、味方は自分だけだし」と自虐と嘆きとユーモアが混在しているのだ。コーラスも奮っている。
It’s me, hi
I’m the problem, it’s me
At teatime
Everybody agrees
I’ll stare directly at the sun
but never in the mirror
It must be exhausting
Always rooting for the anti-hero
私だよ こんにちは
問題児の ほら私
お茶の時間に
みんなが同意するような
私は太陽を直視できるのに
鏡を覗けないんだ
たぶんすごく疲れるよね
ダーク・ヒーローをいつも応援するのは
自分を問題児だと呼んでいるのは、トランプ元大統領とやり合ったり、華やかな恋愛遍歴のせいで悪く言われたり、アーティストの権利のためにストリーミング会社と闘ったりとなにかと話題になってしまうのを自覚しているからだろう。「お茶の時間に みんなが同意するような(At teatime Everybody agrees)」は、ティータイムという愛らしい響きに騙されそうになるが、集まってはその場にいない人の悪口で盛り上がる人々の卑しさを端的に伝えて、彼女の怒りと苛立ちを滲ませる。
「太陽は直視できるのに鏡は覗き込めない」のラインは、自分を痛めつけるような出来事は直視できるのに、自分の内面は覗き込めない、と取れる。イギリスのタブロイド紙のザ・サンとザ・ミラーに引っ掛けているとの考察もあった。いずれにしても、散々噂されることに疲弊しているのだ。そのうえで、熱心に応援するという意味の「Root for」を使って「(私みたいな)ダーク・ヒーローの応援をするのはきっと疲れるよね」と自分自身とファンを労うテイラー。
3つ目のヴァースでは、ユーモアのセンスを爆発させている。
I have this dream my daughter-in-law kills me for the money
She thinks I left them in the will
The family gathers ‘round and reads it
And then someone screams out
“She’s laughing up at us from hell!”
義理の娘に殺される夢も見るんだ お金目的でね
彼女は遺言書に自分も入っていると思って
家族が円陣になって集まって それを読み上げる
それで誰かかが叫び出すの
「彼女は地獄で笑いながら 私たちを見上げている!」って
ミュージック・ビデオには3人の子どもたちが出てくる。会員制のゴルフクラブにテイラーの名前を使って出入りしようとする長男らしいプレストン、母の名前を使って本を出したりポッドキャストを放送したりしているチャドは次男だろう。『Fearless』のテイラーのヘアースタイルと服を真似しているキンバリーはプレストンの妻らしいので、義理の娘は彼女のことだ。
テイラーは息子を二人ほしいのか、などと深読みしてしまうが、その子どもたちにたかられる将来を描いているのだから、かなりダークだ。ヒーローは活躍しているあいだも末路も孤独である、というテイラーの諦観が透けて見える。斜に構えているコーラスだが、一緒に歌うと不思議とスカッとして楽しい。
本当に疲れ切ったのか、3回目のコーラスでテイラーは息切れして歌っている。その表現力たるや。テイラーは俳優としても活躍している。最新作はデヴィッド・O・ラッセル監督の『アムステルダム』。出番こそ少ないが、「将軍の娘」の役柄と衣装がぴったり似合っていた。ファンの人はぜひ観てほしい。
Mastermind
対訳しながら、「テイラー、怖っ!」と思ったのが13曲目である。『Midnights』にはテイラーが恋人の元妻と共謀して彼をFBIに突き出すフィルム・ノワール的な「Vigilante Shit」や、因果応報がテーマの「Karma」など真夜中らしく仄暗いコンセプトの曲があるなかで、これはきつめのラヴ・ソングだ。
Once upon a time
The planets and the fates
And all the stars aligned
You and I ended up in the same room at the same time
And the touch of a hand lit the fuse
Of a chain reaction of countermove
So assess the equation of you
Checkmate, I couldn’t lose
昔々
惑星と運命
それから星々が一列に揃って
あなたと私は引き寄せられた
同じ部屋に 同じ時に
手が触れて導火線に火がついたの
反撃の連鎖反応
あなたの方程式を査定してみた
チェックメイト 絶対に負けない
御伽噺のおきまりの始まり。ディズニー・プリンセスと王子たちの出会いのシーンのような設定だが、テイラーは最初から戦闘体制で、チェスの「王手」を意味する「チェックメイト」まで一気に攻め込む。
What if I told you none of it was accidental
And the first night that you saw me
Nothing was gonna stop me
I laid the groundwork
And then just like clockwork
The dominoes cascaded in a line
What if I told you I’m a mastermind
And now you’re mine
It was all by design
Cause I’m a mastermind
もしこう言ったらどうするかな
すべてが仕組まれていたって
あなたが初めて私に出会った夜から
私を阻むものは何もなかったって
根回しならしていた
時計が時を刻むように
ドミノが列になって倒れていくように
私が黒幕だって言ったらどうなるかな
もうあなたは私のもの
すべて計画通り だって私が黒幕だから
タイトルの「マスターマインド」を首謀者にするか黒幕にするか悩んだ。恋多き女のテイラーは、魅力的な男性を彼氏にするために、きっちり計画を練ってさも偶然に出会ったように演出する、と白状しているのだ。彼女に好かれたら光栄に思わない男性はまずいないだろうけれど、それで実際につき合うまでいくかは別の話。デビューから16年。テイラーのボーイフレンドになるのは、歌詞に埋め込まれて永遠に人の口に上ることを意味するのは、世界中がすでに知っている。
この曲は、現在つきあっているイギリス人俳優、ジョー・アルウィンのことを歌っているというのが一般的な解釈だ。私もそう思う。本作では「Lavender Haze」と「Labyrinth」、それから何も望んでいないのが素敵だと歌う「Sweet Nothing」も彼についてだろう。ちなみに、交際して6年目になるアルウィンはウィリアム・バワリー名義でテイラーの作詞を手伝っており、「Sweet Nothing」でもクレジットされている。
ある意味、人を騙すような入念な計画を「賢い女性ならみんなやっている」とうそぶき、子どもの頃に友だちを作るのに苦労したせいだと言い訳するテイラー。容姿と賢さ、才能に恵まれた女の子は、たしかに同性から嫌われやすい。思い切って仕組んだのは自分だと告げたら、彼はもうお見通しだったのがオチ。
『Midnights』のプロデュースは、「Lavender Haze」と「Karma」の2曲にサウンウェイブとキアヌ・ビーツ、ジャハーン・スウィート、ブラクストン・クックが参加している以外は、ジャック・アントノフとテイラーが手がけている。さらに7曲を加えた『3AM Edition』は、『folklore』と『evermore』にも貢献したザ・ナショナルズのアーロン・デスナーのプロデュース曲が目立つ。いずれにしても、チーム・テイラーの息がぴったり合った大傑作だ。
じつは今回、テイラーはここぞ、という箇所でFワードを多めに使って、やさぐれ感も出している。ところどころ語尾をお行儀悪く訳したのはそれが理由だ。ひとりの真夜中の不安定な心理を鮮やかに切り取って、それを全世界のリスナーと共有したテイラー。デバイスのモニター越しに孤独を共有する時代のアンセムとして、『Midnights』の曲はしばらく重宝されるだろう。
Written By 池城美菜子(noteはこちら)
テイラー・スウィフト『Midnights』
2022年10月21日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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