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ボバ・フェットの物語と音楽:大地に生きるすべての者と部族を称える曲
Disney+(ディズニープラス)にて2021年12月から配信中されているスター・ウォーズ実写ドラマ『ボバ・フェット』(The Book of Boba Fett)。この作品とボバ・フェットというキャラクター、そして作曲家ルドウィグ・ゴランソンについて、ライターの杉山すぴ豊さんに解説いただきました。
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『ボバ・フェット』はディズニープラスで配信されているスター・ウォーズの実写ドラマ・シリーズの第2弾です。第1弾の『マンダロリアン』の成功をうけ製作されました。原題は『The Book of Boba Fett』、ボバ・フェット記みたいな意味でしょうか?
ボバ・フェットとはこの物語に登場する主人公の名です。銀河の賞金稼ぎとして名を馳せた主人公が裏社会のボスを目指していきます。ドラマ自体非常に面白いのですが、仕掛け方がとても“うまい”。というのもこのボバ・フェットは『マンダロリアン』シーズン2に登場します。従ってこのドラマは『マンダロリアン』のスピンオフでもある。
『マンダロリアン』は今までの映画には登場しない新キャラクターを主人公にすえることで新たなスター・ウォーズ・ファンの獲得に成功しました。従って『ボバ・フェット』も『マンダロリアン』からの流れで新スター・ウォーズ好きにも支持されるでしょう。ところがこのボバ・フェット自体はドラマ・シリーズのために生み出された新キャラではなく、なんと!旧スター・ウォーズ(旧3部作)の2作目にして名作の誉れ高い『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』で本格的にスクリーン・デビューし、昔からのスター・ウォーズ・ファンにとっては“おなじみ”の人気キャラなのです。というわけで新・旧スター・ウォーズのファンの両方をとりこめる作品なのですね。
ボバ・フェットとは?
ここでもう少しボバ・フェットについてご説明しましょう。そもそもスター・ウォーズというのは「反乱軍&ジェダイの騎士」vs.「帝国軍&シスの暗黒卿」という2大陣営の戦いを描いた壮大な宇宙神話です。しかし物語をつづっていく上で必ずしも両陣営に属さない、本流とはあまり関係ない魅力的なキャラが登場します。その一人がボバ・フェットです。あのダース・ベイダーがルークやハン・ソロを捕まえるために雇った賞金稼ぎ。但し金で動くプロなのでダース・ベイダーとはビジネス関係。彼の部下でも帝国軍の一員でもありません。そしてハン・ソロと因縁のあるジャバ・ザ・ハットというシンジケートの親分の用心棒でもある。
そのクールな設定とルックス(ヘルメットとアーマー姿。体のいたるところに武器を仕込んでいる)で人気沸騰。『帝国の逆襲』で彼の虜になったファンは続く『ジェダイの復讐(後にジェダイの帰還と改題)』での大活躍を期待するのですが、なんとあっさり死んでしまう。大した見せ場もなく、砂漠にいる巨大な怪物サルラックに口の中に飲み込まれてしまうのです。これにはファンはがっかり。しかし先にも書いたようにスター・ウォーズの本筋である2大陣営の戦いに直接絡んでくる人物ではないのでしっかり描けなかったのでしょう。けれどあまりの人気にジョージ・ルーカスは新3部作の2作目『クローンの攻撃』にボバの“父”であるジャンゴ・フェットを登場させます。なぜ“父”という表記をしたかというと、正確にはジャンゴ・フェットのクローンがボバ・フェットだったのです。
そして『フォースの覚醒』から始まる続編3部作にもフェット系のキャラが登場することが期待されたのですが実現せず。その代わりボバ・フェットのイメージを踏襲した『マンダロリアン』が作られることになります。『マンダロリアン』の成功はボバ・フェット人気をも再燃させ、ついに彼を主人公にした本ドラマが実現しました(もともとボバ・フェットを主人公にした映画の企画はあったようですが)。
さてドラマ『ボバ・フェット』。主人公が賞金稼ぎであり裏社会にも通じていた人物だから“正義のヒーロー”というわけではない。かといって“邪悪なヴィラン”ではありません。アンチ・ヒーローである彼が銀河の裏社会に関わっていく物語です。宇宙版任侠物という感じでしょうか?(笑)。
なおこのドラマは『ジェダイの復讐』で飲み込まれたサルラックの体の中から無事脱出した、というシーンがちゃんと描かれ、『ジェダイの復讐』で死んだと思われた描写との整合性をとっています。
面白いのはボバ・フェットを演じるのがテムエラ・モリソンということ。実は『帝国の逆襲』『ジェダイの復讐』ではボバ・フェットはヘルメットをとりません。素顔を見せない。ところが『クローンの攻撃』のジャンゴ・フェットはヘルメットをとり素顔をみせます。それを演じていたのがテムエラ・モリソンでした。前述の通りボバはジャンゴのクローンなので、論理的には2人の顔はそっくりなハズです。今回、テムエラ・モリソンがボバを演じることでファンの間で流通していたこのセオリーが証明されました。
ルドウィグ・ゴランソンによる音楽
ドラマ『ボバ・フェット』の音楽を担当するのは『マンダロリアン』に引き続きルドウィグ・ゴランソン。映画の『スター・ウォーズ』と言えばジョン・ウィリアムスであり、『帝国の逆襲』にもボバ・フェットがカーボン凍結したハン・ソロを運び出す際「Departure of Boba Fett(ボバ・フェットの出発)」という曲がかかるのですが、このシーンのための音楽でありボバ・フェットのテーマ曲という感じではありませんでした。
今回、ゴランソンはこの伝説の賞金稼ぎに素敵な主題曲を与えています。ゴランソンはスウェーデン出身の作曲家。ロッキーのスピンオフ『クリード チャンプを継ぐ男』で注目され『テネット』の曲も手掛けています。なんといっても彼の名を有名にしたのはマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の『ブラックパンサー』。この作品でアカデミー賞をとりました。この曲もアフリカ音楽・楽器の音色や現地の言語をとりいれ、アフリカの大地に立つヒーローの見事なテーマ曲になっていました。
『ブラックパンサー』を経て『マンダロリアン』ですから、MCUの次にスター・ウォーズ世界に参加というわけです。『ボバ・フェット』のテーマ曲は『マンダロリアン』と違いチャント(大雑把にいうと、リズムにのって声を発する楽曲)スタイルです。往年の西部劇のテーマ曲に通じるところもあり、まさに砂漠の惑星で無法者たちとわたりあうボバ・フェットの生き方に相応しいですね。
また海外では『ボバ・フェット』のテーマ曲を聴いて、80年代に作られたスウェーデン映画“山賊のむすめローニャ”(同名児童文学の映画化)の山賊の歌を思い出した、という人がいるようです。ゴランソンはスウェーデン出身ですから、この山賊たちへのオマージュが『ボバ・フェット』に込められているのかもしれませんね。確かにドラマの中で描かれるボバ・フェットとタスケン・レイダー/サンド・ピープルとの交流は山賊との友情を思わせます。
ボバ・フェットはコスプレーヤーにも人気ですが、今回の『ボバ・フェット』のテーマ曲をBGMにしてハロウィン等を楽しむ人が増えそうです。スター・ウォーズの熱狂的なファンではないが音楽をやっている友人に言わせると「いかにも宇宙をイメージさせるジョン・ウィリアムスの楽曲に対し、大地に根づく者たちの力を感じさせる。民族音楽のようで今風の赤ペラっぽいし電子音の使い方も絶妙」。
そう!なにも宇宙で派手に暴れまわる者たちだけが伝説の英雄になるわけではない。ボバ・フェットを始め大地の上の懸命に生きるすべての者たち・部族を称えているかのようです。『マンダロリアン』も一人立ち向かう時に背中を押してくれるような曲でしたが、この『ボバ・フェット』は声が聴こえる分、より応援されているような気持になります。そしてなんとなく夕陽をみながら聴きたい曲です。
Written by 杉山すぴ豊
サウンドトラック『The Book of Boba Fett: Vol.1 (Chapter 1-4)[Original Soundtrack]』
2022年1月21日配信
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©Lucasfilm Ltd.
『ボバ・フェット』
ディズニープラスにて全話独占配信中
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