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『サマー・オブ・ソウル』とクエストラブ:ザ・ルーツのドラマーが残した功績を辿る
2021年8月27日に日本劇場公開される映画『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』はウッドストックと同じ1969年の夏、ニューヨークのハーレムで開催された音楽フェスティバル『The Harlem Cultural Festival』を描くドキュメンタリー映画だ。
この映画は人気ヒップホップ・バンドのザ・ルーツのドラマー兼作曲家としてバンドを長年支え、ソロ・アーティストやプロデューサー、DJとして幅広く活躍しているアミール“クエストラブ”トンプソンが初めて監督した作品。
そんなクエストラブがこの映画を監督するまでに至るキャリアの道のりを、クエストラブ本人にインタビュー経験を持つライター/翻訳家の池城美菜子さんに寄稿いただきました。
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2021年晩夏、半世紀以上も前のコンサート・フィルムが息を吹き返し、的確な編集を経て公開されるのはすべてのブラック・ミュージック・ファン、いや音楽ファンへの吉報である。『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』は、登場するアーテイスツの顔ぶれだけで心が踊る。
スティーヴィー・ワンダー(当時18才)、ニーナ・シモン(36才)、グラディス・ナイト(25才)&ザ・ピップス、スライ(26才)&ザ・ファミリー・ストーン、デヴィッド・ラフィン(28才)、マヘリア・ジャクソン(57才)、BBキング(44才)、ヒュー・マセケラ(29才)、ステイプル・シンガーズ、フィフス・ディメンションズなど、ソウル、ジャズ、ファンク、ゴスペル、ラテンのビッグネームたちが1969年の夏の姿でスクリーンに現れるのだ。ハーレムのマウント・モリス・パーク(現マーカス・ガーベイ・パーク)で6週間にわたって行われた「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」の模様を、当時の時代背景と出演者、関係者、観客のコメントを織り交ぜながら構成されているため、勉強にもなる。
半世紀を経て公開された奇跡のフィルム
驚くべきは、この映像が初出であること。公民権運動の高まりを受けて激動の時代だった60年代を締めくくる年、ほぼ同時期にニューヨークのはるか北側で行われたロック・フェス、ウッドストックは歴史的なコンサート・フィルムとなっている一方、このビデオは長いこと放っておかれた。1967年からあった夏祭りにスポンサーを確保し、当時の人気者や大物を集めたプロモーターのトニー・ローレンスも、2インチVTR (4ヘッドVTR)のカメラ4台を駆使して撮影したハル・タルシーンも、テレビ放映もしくはウッドストックのように映画公開なりを計画していたにもかかわらず、である。40時間以上ものフィルムがタルシーン宅の地下から発見されたのが2016年のこと。映像の鮮明さ、音のクリアーさに驚愕した映画プロデューサーたちが音楽に膨大な知識をもつアミール“クエストラブ”トンプソンに依頼して、2時間のドキュメンタリーに仕立てた。
『サマー・オブ・ソウル』は、クエストラブの初監督作品になるが、彼の意図を実現化できる映像のベテランたちに支えられて非常に見やすく、それでいて様々な着眼点を含んだ広がりのある作品に仕上がっている。端的に説明すると、「スティーヴィー・ワンダーとスライの曲はけっこう好き」なライトな音楽ファンでも、顔ぶれを見て「ニーナ・シモンはフランスに拠点を移す前年だ」、「デヴィッド・ラフィンはテンプテーションズを脱退したばかり」、「スライ・ストーンは『Stand!』で大ブレイクしている真っ最中のはず」といった知識がさらっと浮かぶ音楽通のどちらをも満足させられる、わかりやすさと深さが同居しているのだ。それもあって、2021年1月のサンダンス映画祭のUSドキュメンタリー部門で審査員賞と観客賞の両方を受賞している。
クエストラブとザ・ルーツ
さらに映画を楽しめるよう、監督のクエストラブについて深堀りするのが本稿の目的だ。アメリカのヒップホップに詳しい人は、ヒップホップ・バンド、ザ・ルーツのアフロ・ヘアーのドラマーだと認識しているだろう。2021月4月、コロナ禍で行われたアカデミー賞でDJおよび音楽監督を務めた姿を覚えている人も多いかもしれない。正直なところを書くと、日本における『サマー・オブ・ソウル』のプロモーションでは、米国でクエストラブを語るときにまず出てくる「ザ・ルーツの」との枕詞がすっぽり抜けるケースが多いのは残念だ。Zoomの記者会見で「このフィルムが50年も放って置かれたのはBlack Erasure(黒人の文化を軽視・抹消すること)の一環だ」と発言していたクエストラブ。この機会に彼とザ・ルーツの功績をきちんと認識しないのも、Black Erasureの一歩手前ではないか、とまで私は思っている。
ザ・ルーツは、フィラデルフィアの芸術系の高校にいたラッパーのブラック・ソートとクエストラブが1987年に結成したヒップホップ・バンドだ。サンプリングをほとんど用いず、楽器の演奏によってヒップホップ独特のグルーヴ感をステージで見せる唯一無二の存在。「名前は知っているけどきちんと聴いたことないかも」という人は、本稿を読みながらでも1999年のライブ盤『Come Alive』を聴いてほしい。前世紀の作品ではあるが、彼らの真髄が詰まった名盤だ。かつて在籍したメンバーを含めると20名を越すが、コア・メンバー6〜8人でステージ上の一体感は見事だ。
ブレイクスルーは、ゲフィンからのデビュー作『Do You Want More?!!!?!!!』(1995年)。特筆すべきはこの頃のキーボードが、のちにビヨンセ「Baby Boy」、クリス・ブラウン「Run It」をもたらすプロデューサーのスコット・ストーチであったこと。彼はザ・ルーツがインディーでリリースした『Organix』からプロダクションに参加して、初期のザ・ルーツ・サウンドを構築するのに一役買っている。1996年のメジャー・セカンド・アルバム『Iilladelph Halflife』でキーボードとしては脱退、代わりに現在も在籍するカマール・グレイが入る。ザ・ルーツは当時のジャズを取り入れたヒップホップが人気を博していた風潮に合致、クエストラブが刻むレイドバックしたドラムと、社会意識の高いブック・ソートのラップで、ラジオでかかっているわかりやすいラップだけでは飽き足らない層にとくに支持されていた。
クエストラブとネオ・ソウル、ソウルクエリアンズ
1999年、メジャー・サード・アルバム『Things Fall Apart』から「You Got Me」が大ヒットして彼らの知名度はいっきに広がった。ストーチを含むメンバーで作ったトラックに、ジル・スコットが書いた恋人に諭すようなフックがはまったのだ。レコード会社の意向でまだ知名度が低かったジルの代わりにエリカ・バドゥがフックを歌い、DMX率いるラフ・ライダーズに入る前のイヴのヴァースが入った。この曲でザ・ルーツは最優秀ヒップホップ・ソング、デュオもしくはグループ部門で初のグラミー賞を受賞している。
この頃、ザ・ルーツ外の活動としてクエストラブはソウルクエリアンズというゆるい音楽ユニットを組む。立ち上げた時の主要メンバー、クエストラブ、プロデューサーのJディラ、プロデューサー兼キーボーディストのジェームズ・ポイザー(2009年にザ・ルーツに正式加入)、ディアンジェロがみな水瓶座(アクエリアス)だったことから命名され、ここにエリカ・バドゥ、コモン、モス・デフ、Qティップ、ビラルといったアーティストが参加。自分の作品にソウルクエリアンズ特有のオフビートなトラック、そしてネオ・ソウル全体につながる温故知新なサウンドを起用してヒットが数多く生まれた。当時、私は取材やライブでこのムーブメントのど真ん中にいて浴びるように聴いた。ただただ好きだっただけで、後のR&Bやヒップホップに大きな影響を及ぼし、語り継がれる現象だとは思っていなかった。そう思うには、よく言えばオーガニック、ありていに言えば自動発生的でゆるいつながりに見えたし、イベントも手作り感満載だったのだ。
2002年、『Phrenology』のリリース時に私はクエストラブとブラック・ソートに取材をしている。活況だったフィラデルフィアのシーンについて「元締めはあなた方ではないですか?」とクエストラブに直球で尋ねたら、「もっと言って、もっと言ってちょうだい」と笑っていた。そのとき、1998年頃の活況が始まった頃の話もしてくれた。
「元々は俺の居間で始まって‥‥だいたいここくらいの広さ(ホテルの会議室)で、みんな契約のない頃に来てパフォームしていた。ビーニー・シーゲルはいつも酔っ払っていたけど、マイクを握ったらすごくて延々とフリースタイルを披露していたね。イヴもよく来ていたし、ビラルは大学生だったし、ミュージック(・ソウルチャイルド)はピザ屋で働いていた。(中略)いま、プラティナムを売っているアーティストを俺が発掘したとか言っているんじゃないよ。機会を提供しただけなんだ。ただ、毎週新しい曲を用意して切磋琢磨しているうちに、みんな力を付けていったのは絶対あると思う」
解説すると、21世紀に入ってすぐにビーニー・シーゲルはジェイ・Z率いるロッカフェラ・レコードに入って大売れするし、ビラルとミュージック・ソウルチャイルドはネオ・ソウルの申し子としてヒットを飛ばした。話が前後したが、1998年から2003年くらいまでの5年間、ザ・ルーツはジャムセッションに近いオープンマイク(飛び入り)のイベントでシーン全体を耕しつつ、すでに売れていたエリカやコモンの作品に深く関わっていたのだ。とくに、ディアンジェロの名盤『Voodoo』のメイン・プロデューサーがクエストラブであるのは有名であり、ツアーにも帯同している。2002年のインタビューの時点で「彼とは距離ができてしまった。彼のプロジェクトをやるために、俺は1年半もザ・ルーツの活動を休まないといけなかった。あれはあれで素晴らしい体験だったけれど、もう無理だね。俺は中途半端にプロジェクトに関われないんだ。ドラムだけ叩いて終わりというのはなしで、ミックスまで見届けないと気が済まない」と発言している。
ザ・ルーツとジェイ・Z、オバマ元大統領
ザ・ルーツ縁が深い、意外なアーティストとしてジェイ・Z がいる。まず2001年ジェイ・Zの『MTVアンプラグド』でバック・バンドを務め、その流れで2003年の(一旦)引退コンサート『Fade To Black』にも登場。直後、ジェイ・Zはザ・ルーツが所属するデフ・ジャムの社長に就任した。ちなみに、ジェイ・Zは1969年12月4日生まれ、クエストラブは1971年1月20日生まれの同世代である。数多くのアーティストのバックを務めたうち、もっとも印象的だったものをラジオ番組で尋ねられた際、ブラック・ソートが自分の出番がなかったにもかかわらず、「『MTVアンプラグド』で、メンバーがジェイ・Zと演奏しているのを観るのは感慨深かった」と答えたのは、ヒップホップ業界ではほぼ対極の場所にいながらもお互いをリスペクトしていた事実と、ブラック・ソートの性格の良さを物語っている。
ザ・ルーツは、ジェイ・Z以上の実力者ともつながっている。バラク・オバマ元大統領とミシェル・オバマ元大統領夫人である。2008年大統領選初出馬の際、多くのブラック・セレブリティがオバマ氏の応援に回り、その中でもザ・ルーツは熱心だった。アメリカ初の黒人大統領に就任したのとほぼ同時に、彼らの活動形態が大きく変わった。テレビのトーク・ショー、NBC「レイト・ナイト・ウィズ・ジミー・ファロン」に出演するようになったのだ。アメリカではニュースやゴシップを取り上げるトーク・ショーは人気で、キー各局は力を入れている。ザ・ルーツは箱バンとして演奏したり、効果音を入れたりする役回りを担い、古くからのファンを少し失望させた。この仕事を引き受けるのは、ツアー主体だった活動が変わり、アメリカン・カルチャーの主流に組み込まれることを意味していたのだ。
だが、結果的に司会のコメディアン、ジミー・ファロンがゴールデン・タイムの「トーク・ショー」を任されるまで出世し、それに伴いザ・ルーツはヒップホップ畑では得られなかった知名度と影響力を持っていく。その最たる例が、2016年の秋、バイデン大統領とドナルド・トランプ氏が厳しい大統領選を闘っていた最中、オバマ元大統領が応援のためにファロンと一緒に行った寸劇である。自分の功績を毅然と語るオバマ、それをR&Bのスロージャム風(下ネタ)に揶揄するファロン、さらにまぜっ返すブラック・ソートの芸は英語が全部わからなくてもおもしろいのでぜひ見てほしい。とくに、4分30秒あたりでオバマ氏が「大統領候補のなかには私の外交政策を批判する人もいるが」と言ったところで、ブラック・ソートがすかさず「ドナルド・トランプの話をしています」とかぶせるのは爆笑であるのと同時に、アメリカの政治と文化の近さ、影響力の大きさが垣間見られるシーンだ。2020年の大統領選の際、ミシェル・オバマ氏による若者の投票登録を促すオンライン・フェスを仕切ったのも、ザ・ルーツだった。
『サマー・オブ・ソウル』の解説から少し話が離れたが、クエストラブが全体のフィルムから15%弱のハイライト・シーンを選び、効果的につなぐことに成功したのは、ザ・ルーツとして演奏した実績、DJ、作家として新旧の音楽に精通している知識すべてを注ぎ込んだため、という点を強調したかった。
記者会見でクエストラブは「(この映画を監督するのは)いままで手がけたなかで一番怖かったプロジェクト」と発言していた。取り組むにあたって、エイヴァ・デュヴァーネイ(『グローリー/明日への行進』、『13th -憲法修正第13条-』)、アーネスト・ディッカーソン(『ジュース』、『ウォーキング・デッド』)、そしてスパイク・リー(『マルコム・X』、『ブラック・クランズマン』)など、黒人映画監督の大先輩に連絡を取り、助言を求めたそう。彼が『サマー・オブ・ソウル』でブラック・カルチャーの高揚、重要性を映し出したのは、1969年夏の一瞬の輝きを捉えるためではなく、それらが構造的に軽視され、ときには無視されてきた事実を思い起こさせるためだ。その延長線上にザ・ルーツの音楽があり、クエストラブの活動がある。この機会に、注目してほしい。
Written By 池城美菜子
『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』
2021年8月27日 日本劇場公開
公式サイト
原題:SUMMER OF SOUL (OR, WHEN THE REVOLUTION COULD NOT BE TELEVISED
監督:アミール・“クエストラブ”・トンプソン
出演:スティーヴィー・ワンダー、B.B.キング、ザ・フィフス・ディメンション、ステイプル・シンガーズ、マヘリア・ジャクソン、ハービー・マン、デヴィッド・ラフィン、グラディス・ナイト・アンド・ザ・ピップス、スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーン、モンゴ・サンタマリア、ソニー・シャーロック、アビー・リンカーン、マックス・ローチ、ヒュー・マセケラ、ニーナ・シモンほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン © 2021 20th Century Studios. All rights reserved.
北米公開:2021年7月2日(劇場/Hulu同時公開)
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