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サム・スミス『In The Lonely Hour』10周年盤解説:10年代で最も売れたデビュー作と「Stay With Me」

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サム・スミス(Sam Smith)が2014年にリリースし、第57回グラミー賞にて主要3部門含む4部門を受賞、UK年間チャート1位を記録したデビュー・アルバム『In The Lonely Hour』の10周年記念盤が2024年8月2日にリリースされた。

当時大ヒットしたこのアルバム、そして今回の10周年盤の内容についてライターの木津 毅さんに解説頂きました。

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サム・スミスが2014年にリリースした『In the Lonely Hour』は、世界中で巨大なセールスを達成したことで歴史的な一枚となっている。本国イギリスでは初登場1位を記録し、2014年の年末までには100万枚を突破。アメリカでもその年121万枚を超えるセールスとなり、スミスは同年イギリスとアメリカでアルバム100万枚を売り上げた唯一のアーティストとなった。

このアルバムがすごいのは、その後もヒットを続けたことだ。2015年の第57回グラミー賞で4部門を受賞し話題になると、同年9月にはイギリスでデビュー作としてトップ10に連続でランクインした週数の最多記録を破り、ギネス世界記録を達成した。その後、全世界で1200万枚以上を超える売上を残し、『In the Lonely Hour』は2010年代でもっとも売れたデビュー作となった。

 

100万通りのStay With Me

このアルバムがここまでのヒットを放ったのは、アルバムからのサード・シングルであり、グラミー賞でレコード・オブ・ザ・イヤーとソング・オブ・ザ・イヤーを獲得した「Stay With Me」の存在が大きいことは間違いないだろう。ゴージャスなゴスペル・コーラスを引き連れ切ない気持ちを歌いあげるバラードは、ここ日本も含め世界中で大ヒットし、サム・スミスの全キャリアを通しての代表曲となった。

ジミー・ネイプスとツーリストことウィリアム・フィリップスと作曲した「Stay With Me」は当時から、“一夜限り”の相手が去ってしまった朝の寂しさを歌ったものであることがスミスの口から説明されていた。「あなたにここにいてほしい」という痛切な恋心は多くのひとの身に覚えがあることだろう。スミスはそれをエモーショナルなものとして表現する歌唱力の面ではじめからずば抜けていたし、本当の愛ではないとわかっているのにそれにすがってしまう自分の弱さを率直にさらけ出す勇気もあった。だからこそ、国も世代もジェンダーやセクシュアリティも超えて絶大な共感を得たのである。

グラミー賞の授賞式で「昨年私が恋に落ちた男性に感謝したい。私の心を壊してくれて本当にありがとう。おかげでグラミー賞を4つももらえた」とスミスがスピーチしたことも当時話題になった。SOGI(セクシュアル・オリエンテーションとジェンダー・アイデンティティ)を当時はゲイ男性であるとしていたスミスは、この曲が同性同士の関係から生まれたことを明言していたのだ。スミスはクィアであることを隠さずに、多くのひとが感情移入できるラブ・ソングを作りあげる才能を持っていた。

最新ツアーである「グロリア・ザ・ツアー」のセットリストでもオープニングを飾っていたことからもわかるように、「Stay With Me」は本人にとっても重要な一曲であり続けている。実際、同曲について現在のスミスは「今日に至るまでずっと、あの時と同じように私の心を揺さぶり続けている。歌い飽きたことは、これまで一度もないんだ。私にとって、この曲の意味は歌う度に変わるし、“ステイ・ウィズ・ミー”という言葉には100万通りの意味があって、まるで旧友のように、私の人生にずっと寄り添っていてくれる」と話している。

【和訳】サム・スミス – ステイ・ウィズ・ミー ~そばにいてほしい / Sam Smith – Stay With Me

 

歌い直された歌詞

この度リリースされる『In the Lonely Hour』の10周年記念盤ではその「Stay With Me」の再録ヴァージョンが収録されているのだが、歌詞が一部変更されている。オリジナルでは「But I still need love cos I’m just a man(ただのひとりの男だから、まだ愛が必要なんだ)」と歌われていた後半部分が、「baby understand」と差し替えられているのである。

これは、スミスが現在ジェンダー・アイデンティティを男性でも女性でもないノンバイナリーと公言していることと関係している。近年のスミスは特定のジェンダーに縛られない形でよりクィアな表現を志向しているが、その代表曲もジェンダーを特定しないラブ・ソングへと修正されたのである。

この変更についてスミスは「私が成長し、より自分らしくなるにつれて、“ただの一人の男”という一方のジェンダーに偏った歌詞が、歌っていてしっくりこなくなったからなんだ。だから、時として過去は変えられるものだと知るのは、素敵なことだよね」とコメントしている。

“より自分らしく”――サム・スミスの表現をずっと追ってきたひとなら、ありのままの姿でクィア・ポップ・アイコンとして開花する過程を見てきたことだろう。だからこの変更は現在のスミスのアイデンティティを思えば納得のいくものであると同時に、曲がもともと持っていたスピリットをむしろ強化している。つまり、特定のジェンダーやセクシュアリティによらない、あらゆるひとの傷心を掬うのが「Stay With Me」に他ならないからだ。そうした意味で、サム・スミスというアーティストの過去と現在、そしてこの10年の歩みのすべてを祝福するのがこの10周年記念盤である。

Stay With Me (Re-record)

 

アルバムの収録曲

この記念盤にはもちろん「Stay With Me」以外のヒット・シングルである「Lay Me Down」や「Money On My Mind」、「I’m Not the Only One」といった代表曲も収録されているが、スミスが10代のときに書いて正式にリリースされていなかった「Little Sailor」がファンに向けた楽曲(「リトル・セイラー」はサム・スミスのファンの愛称)として収録され、さらに曲順を変えて再構成されているなど、新鮮な気持ちで記念碑的なアルバムと出会い直せるように仕上がっている。

ボーナス・ディスク的な位置づけであるディスク2は、ディスクロージャーにフィーチャーされた「Latch」といった初期のゲスト参加曲から、メアリー・J・ブライジ、エイサップ・ロッキー、ジョン・レジェンドといったスターとのコラボレーションまで収録されていて豪華な内容だ。さらに配信ヴァージョンではなんとアリシア・キーズとの「I’m Not the Only One」のデュエットも追加され、まさにあらゆる方面からサム・スミスの輝かしい10年を祝うものとなった。

I'm Not The Only One

『In the Lonely Hour』はサム・スミス本人とっても、そして世界中でアルバムを聴いた多くの人びとにとっても特別な一枚であり続けている。それは売れたから、という以上に、ユニバーサルな愛の歌い手のみずみずしい旅立ちの瞬間が封じこめられているからだ。

Written By 木津 毅



サム・スミス『In The Lonely Hour (10th Anniversary Edition)』
2024年8月2日発売
CD&LPiTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music

<収録曲>
CD1
1. Good Thing グッド・シング
2. Stay With Me (Re-record) ステイ・ウィズ・ミー ~そばにいてほしい(リ・レコード)
3. Leave Your Lover リーヴ・ユア・ラヴァー
4. I’m Not The Only One アイム・ノット・ジ・オンリー・ワン
5. I’ve Told You Now アイヴ・トールド・ユー・ナウ
6. Like I Can ライク・アイ・キャン
7. Not In That Way ノット・イン・ザット・ウェイ
8. Make It To Me メイク・イット・トゥ・ミー
9. Lay Me Down レイ・ミー・ダウン
10. Little Sailor リトル・セイラー
11. Money On My Mind マネー・オン・マイ・マインド
12. Life Support ライフ・サポート
13. Restart リスタート

CD2
1. Safe With Me セーフ・ウィズ・ミー
2. Nirvana ニルヴァーナ
3. I’ve Told You Now (Live at St Pancras Old Church, London) アイヴ・トールド・ユー・ナウ(ライヴ)
4. Latch – Disclosure (feat. Sam Smith) ラッチ(ディスクロージャー feat. サム・スミス)
5. La La La – Naughty Boy (feat. Sam Smith) ラ・ラ・ラ(ノーティー・ボーイfeat. サム・スミス)
6. How Will I Know 恋はてさぐり
7. Latch (Acoustic) ラッチ(アコースティック・ヴァ―ジョン)
8. Drowning Shadows ドラウニング・シャドウズ
9. Writing’s On The Wall ライティングズ・オン・ザ・ウォール
10. Stay With Me (Re-record) – (feat. Mary J. Blige) ステイ・ウィズ・ミー~そばにいてほしい(リ・レコード) feat. メアリー・J.ブライジ
11. I’m Not The Only One – (feat. A$AP Rocky) アイム・ノット・ジ・オンリー・ワン feat. エイサップ・ロッキー
12. Lay Me Down – (feat. John Legend) レイ・ミー・ダウン feat. ジョン・レジェンド
13. Stay With Me (feat. Alicia Keys) ステイ・ウィズ・ミー~そばにいてほしい feat. アリシア・キーズ *デジタルのみ収録


サム・スミス『In The Lonely Hour』
2014年5月26日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



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