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ドキュメンタリー『ビートルズ ’64』レビュー:暗闇を照らし、性差やレイシズムの壁を乗り越えた4人
ザ・ビートルズの4人が初めてアメリカに降り立ち、史上最も影響力があり、愛されるバンドへと成長していく姿を、未公開映像と共に描き出す最新のドキュメンタリー『ビートルズ ’64』。
マーティン・スコセッシがプロデューサーを、デヴィッド・テデスキが監督を務め、2024年11月29日よりディズニープラスで独占配信されたこの作品について、石川 真男さんによるレビューを掲載。
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ビートルズ米国初上陸から60年
ザ・ビートルズにとって1964年は極めて大きな転機であった。その年の2月7日に米国初上陸を果たした彼ら。そこから約2週間の滞在で世界を変えたのだ。英国では破竹の勢いを続けていた彼らだが、米国では無名であった。だが、母国での異常な熱狂ぶりはじわじわと米国側に伝わっていき、1963年12月26日米国でシングル「I Want To Hold Your Hand」がリリースされると彼らの注目度は飛躍的に高まった。翌1964年2月1日には全米No.1を獲得。まだ見ぬ英国バンドへの期待感が最高潮に達する中、この4人組はジョン・F・ケネディ国際空港へと降り立った。2週間超の滞在期間にTV出演やコンサートや取材などを行った彼らだが、中でも「エド・サリヴァン・ショー」は72%という驚異の視聴率を叩き出し、文字通り全米を魅了した。
ビートルズ米国初上陸から60年目となる2024年、ディズニープラス独占配信となるドキュメンタリー映画『ビートルズ ’64』が公開された。制作は巨匠マーティン・スコセッシ。監督は、スコセッシが監督を務めた『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』『ジョージ・ハリスン リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』などで編集を担当していたデヴィッド・テデスキ。作品には貴重な映像が満載だ。『ローリング・ストーンズ・イン・ギミー・シェルター』などのドキュメンタリー映画で知られたメイスルズ兄弟が1964年に撮った、TVドキュメンタリー『What’s Happening! The Beatles in America』の密着映像を4Kでレストアしたもの。
ポール・マッカートニーやリンゴ・スター、そして生前のジョージ・ハリスン、そして当時ビートルズに熱狂した著名人やファンらのインタヴュー。さらには「エド・サリヴァン・ショー」やワシントン・コロシアム公演もレストアされ、音声もリミックスされている。
映画の冒頭は、ジョン・F・ケネディ大統領のいくつかの演説と共に当時の米国の様子が映し出される。「全市民が自由を得るまで我が国は自由ではありません」「我々は10年以内に月に到達します」といった米国の希望と理想が高らかに発せられたところで、銃声を合図に悲しみに満ちた映像へと切り替わる。凶弾に倒れた大統領の栄誉を讃え、ニューヨークのアイドルワイルド空港はジョン・F・ケネディ空港へと改名される。
そこへ降り立ったのが、その数日後には全米を席巻することとなる英国の4人組だった。ケネディ暗殺からおよそ2ヶ月半。悲しみに暮れる国に、いたずら好きの屈託のない4人の若者が突如現れたのだ。
4人と一般家庭の映像
そこからは、ビートルズの米国での2週間を概ね時系列で辿っている。空港で熱狂的なファンが彼らを出迎えるシーン。到着時の記者会見。最初の大きなイベントは「エド・サリヴァン・ショー」出演だが、そこに至るまでに、様々な映像が組み込まれる。ホテルの前で熱狂するビートルマニアやホテルの部屋で冗談を言い合うメンバーの姿。現在のポールが自身の写真展を訪れ、写真にまつわる思い出話を語る姿も差し込まれる。
ザ・ロネッツのロニー・スペクター、リトル・リチャード、ジミー・スミス、スモーキー・ロビンソン、サナンダ・マイトレイヤ(かつてはテレンス・トレント・ダービーと名乗っていた)らが、それぞれの思いを語る。もちろん、この革新的なバンドを好ましく思っていない面々の発言も出てくる。
そしてようやく『エド・サリヴァン・ショー』のシーン。「I Saw Her Standing There」の映像と、それをお茶の間で観ている一般家庭の映像が交互に映し出され、出演者と視聴者の環境の対比を打ち出し、TVという巨大なメディアがそれらをリアルタイムで繋ぐというダイナミズムを描き出す。
その後、4人は鉄道でワシントンに移動。ワシントン・コロシアム公演の模様が映し出されるが、リンゴがドラムセットを客席に向けるべくドラム台ごと回転させようとする、あの有名なシーンも観られる。そして、ニューヨークのカーネギー・ホールでのコンサート。この公演の映像は未だ公開されたことはなく(その存在も明らかではない)、ここでも数点の写真が映し出されるのみだ。最後はマイアミ。まずはモハメド・アリ(当時はカシアス・クレイ)と対面する様子が映し出される。その後、マイアミで行われた「エド・サリヴァン・ショー」に再び生出演。そして、4人は2週間超の米国滞在を終え、帰国の途に着く。
それぞれが語るビートルズ
それにしても、なんというスピード感だろう。ザ・ビートルズがシングル「Love Me Do」でデビューしたのは1962年10月5日のこと。1963年4月12日リリースの3rdシングル「From Me To You」で全英1位を獲得すると、そこからは出す作品が全て1位となる快進撃。そして1964年に入ると、前述のように「I Want to Hold Your Hand」で全米でも1位を獲得し、この初上陸によって全米を席巻。その勢いは全世界へと瞬く間に広がっていく。
インターネットのイの字もない時代である。いや、現代のように娯楽が多様化し、ゆえに全世界を制覇する大スターが生まれにくい状況とは違い、ショウビジネスが娯楽を牛耳っており、TVが絶大な影響力を持っていた時代であったからこそ、とも考えられる。だが、“コンテンツ”そのものに魅力がなければ、こんな現象は決して起こらないだろう。このドキュメンタリーでは、そうした現象の要因が様々な証言によって紐解かれていく。
作家のジョー・クイーナンは、「She Loves You」を聴いた時のことを「完全なる暗闇に光が差した」と述べる。リヴァプールという米国人にとって馴染みのない土地から突然現れた4人の若者は、とりわけ悲しみに包まれた中ではひときわ眩しく見えたのかもしれない。
また彼らは、ビートルズ登場以前のスーパースターであったエルヴィス・プレスリーと比較されることが多いが、あからさまなセックスシンボルであったエルヴィスに対し、彼らは性的魅力やマッチョイズムとことさら強調することはなかった。文芸評論家のジェーン・トンプキンズは、ビートルズを「男性だけどソフトで、歌声もソフトだった」「男女の対立構造があからさまではなく、その狭間にいるような感じだった」と描写する。
スモーキー・ロビンソンは「“黒人音楽を聴いて育った。モータウンが好きだ”と白人グループが言ったのを初めて聞いた」と語る。「音楽は国際的な言語だ。壁を壊す」とも。
そして、ビートルズとリスナーとのつながりについても興味深い発言を聞くことができる。ホテル前に集まったファンの一人、ヴィッキー・ブレンナ=コスタは「美しい歌詞で“I Want to Hold Your Hand”とか、愛を歌っていたのよ」「精神が別の精神に向かっていって、つながるの」とコメント。ポール自身も「”Love Me Do”, “From Me To You”, “She Loves You”。初期の曲は直接ファンに向けたものだ」と述べる。そして、高名な指揮者/作曲家レナード・バーンスタインは「この音楽は大人にも大事な何かを教える」と発言している。
暗闇に眩い光を照らし、性差やレイシズムの壁をひょいと乗り越え、歌によってリスナーとの心のつながりを構築する。そして彼らの歌は、熱狂的なビートルマニアたちだけではなく大人の心にも達するのだ。
前半と終盤に置かれたジャック・ダグラスのリヴァプールおよびニューヨークでのエピソードは実に面白い。ダグラスは、駆け出しのミュージシャンだった頃、ニューヨークからはるばる“ビートルズの聖地”リヴァプールまで赴いているのだが、そこでひと騒動を起こしてしまう。後日レコード・プラントでジョンと初対面した際、ダグラスは”聖地巡礼”の顛末をジョンに話す。するとジョンは、『Imagine』のエディターだったダグラスをその場でエンジニアに昇格させる。憧れの人に抜擢されたダグラスがその理由を訊ねると、ジョンは「君のアンテナは優れている」と。その後二人は深い絆を築いていき、ダグラスは『Double Fantasy』でプロデューサーを務めるまでとなった。
TVが強大な力を持っていたあの時代であれ、ネットであらゆる情報が全世界へと瞬時に伝わる現代であれ、そんなものなど存在しなかった太古の昔であれ、やはり人と人を繋ぐのは“感性”というアンテナである。テクノロジーによって伝達の速度は変われど、両端にいる発信者も受信者もやはり人間なのだ。だからこそ、人間の感性にビビッとくるビートルズというものが、今なお時空を超えて、文化的背景を超越して、世界中の人々を魅了しているのだ。もしかしたら、世界がダイレクトにつながるネット時代の今こそビートルズの本領が発揮されるのかもしれない。
Written By 石川 真男
ザ・ビートルズ『The Beatles: 1964 U.S. Albums in Mono』
2024年11月22日発売
直輸入盤仕様/完全生産限定盤
8LPボックス / 限定カラーLP+Tシャツ / 単品 / カレンダー
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