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パブリック・エネミー、デフ・ジャム復帰最新作全曲解説「ネットに依存しているお前ら、大丈夫?」

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Photo: Eitan Miskevich

2020年9月25日に発売となったパブリック・エネミー(Public Enemy)の最新アルバム『What You Gonna Do When The Grid Goes Down?』。彼らが古巣であるレーベル、デフ・ジャムに復帰し、ヒップホップ黄金期を代表する豪華ゲストたちが参加して話題の最新作の全楽曲について、ライターの池城美菜子さんに執筆いただきました。

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What You Gonna Do When the Grid Go Down / 送電網がぶっ壊れたら お前らどうするの?

これ以上世界が狂いようもない気がする2020年、ヒップホップ界の重鎮、パブリック・エネミー(PE)は究極の質問を私たちに投げかける。「the grid」は一般的には電気、水道、ガスすべてを含む敷設網も指すが、PEの古巣デフ・ジャム復帰作である15作目のタイトルは、とくにインターネットを中心にした電気によるコミュニケーションを指している。

ここ数年、よく聞かれようになった言葉に「off the grid(オフ・ザ・グリッド)」がある。「off the grid living(オフ・ザ・グリッド・リヴィング)」は水や電気を自給するライフスタイルを指し、「I’m off the grid (アイム・オフ・ザ・グリッド)」であれば、「電波の届かないところにいます」との意味で、メールの自動返信で「お休み中です」の代わりに使われる。

アクティヴィストとしても有名なチャックD、今年3月の脱退劇で大騒ぎになったフレイヴァー・フレイヴ、DJロードの3人が強調するのは、「インターネットに依存しているお前ら、大丈夫?」であり、もう一歩踏み込んだ「ネットや電波を使って一方的に洗脳され、分断が進んでいることに気づいている?」とのメッセージである。

2020年、Black Lives Matterのアンセムとして、代表曲「Fight The Power」が抗議運動中に流れ、パブリック・エネミー、とくにチェックDのメッセージの強さ、普遍性が証明された。大統領選についての動向も一目置かれて、ジョー・バイデン元副大統領と民主党の指名争いをしていたバーニー・サンダーズ上院議員の熱心な支持者としても有名。

一方、パブリック・エネミーのみならず、全ヒップホップにおける盛り上げ役「ハイプマン」のプロトタイプとなったフレイヴァー・フレイヴは、脱退劇は話題作りと言い訳をし(もう少し、上手な言い訳があった気がするが)、元サヤに収まってしっかり自分の役割を果たしている。大統領選まで2カ月を切ったタイミングでリリースされた新作の全曲解説をする。

 

1. When The Grid Goes Down feat. George Clinton

P・ファンクの帝王ジョージ・クリントンによるイントロ。パブリック・エネミーは「Bring The Noise」(1988)で、ファンカデリックの「Get Off Your Ass and Jam」(1975)をサンプリングしているから、近しい間柄だ。ここで79才を迎えた帝王が、このアルバムに集ったミュージシャンを「アンクル・ジャムズ・アーミー」と呼ぶくだりがいい。

1979年のファンカデリックのアルバム『Uncle Jam Wants You』あたりから自らをアンクル・ジャム(ジャムおじさん)と名乗っているクリントンは、本作がPEの新作であると同時に、2020年にみんなで声をあげようという姿勢を示しているのだ。「社会的に仕組まれた無秩序が、混沌を導く」とラインが不気味だ。

2. Grid feat. Cypress Hill and George Clinton

ここで、パブリック・エネミー本隊が登場。西海岸のこれまた重鎮のラティーノ・グループ、サイプレス・ヒルからB-リアルとセン・ドッグが参戦。彼らもヒップホップとロックを積極的に折衷させるグループであり、ギターの音を多用するPEと共通点は多い。

送電網がなくなり、ネットがなくなったらコロナ禍以上にメンタルをやられる人が多いはず、との指摘は的確すぎてゾッとする。PEの準メンバーと言っても差し支えないカーリー・ウィンのギター・ソロを挟んで、帝王クリントンが締める。

Public Enemy – GRID ft. Cypress Hill, George Clinton

3. State of the Union (STFU) feat. DJ Premier

最初に聴いたとき、爆笑した。今年の6月、BLM運動が激化した最中にリリースされた曲。DJプレミアによる、ギャング・スターの名曲の数々を彷彿とさせるビートの上で、PEのふたりが吠えている相手はずばり、トランプ大統領である。

「State of the Union」とは大統領の一般教書演説のこと。フレイヴのフックは、「大統領演説だって/黙りやがれ/残念なペテン師野郎/こっち来るな」であり、痛快だ。カッコ内のSTFUは「シャット・ザ・ファック・アップ」の略。チャックDも、「このオレンジヘア野郎/恐怖のバーコード頭」と容赦なくこき下ろしてから、投票を促す。

身も蓋もない物言いにフレイヴの持ち味が光るほか、この曲は最後にもう一つ山場がくる。DJプレミアとDJロードによる、スクラッチ合戦だ。ヒップホップ・カルチャーにおけるDJの重要性を前面に押し出すあたり、さすがPEである。

Public Enemy – State Of The Union (STFU) (Animated Lyric Video) ft. DJ Premier

5. Public Enemy Number Won feat. Mike D, Ad-Rock, Run-DMC

PEのセキュリティー・チーム、SW1のポップ・ディーゼルが「アメリカこそ悪の根源」と宣う4曲目のトラック「Merica Mirror」の次が、1987年の名曲「Public Enemy Number One」のリメイクである。

冒頭で、ビースティ・ボーイズのマイクDとアド・ロックが1985年の出来事を話してから、「チャックDに電話して、調子はどう?って聞こうよ」で締める。これは、親しい間柄のあいさつでもある「調子はどう?= what’s going on?」を、マーヴィン・ゲイの曲名と同じ「世の中どうなってるんだ?」にかぶせており、ラップをせずともビースティのクレバーさを見せつける。

客演はRun-DMCのふたり。前半は原曲と同じリリックだが、途中からLLクール・Jを含めたデフ・ジャム黎明期のレジェンドの名前を連ねて昔話が始まり、痺れる。アルコール中毒で苦しんだDMCの「ジャックとジム、ヘネシーとかいう友達ヅラした敵にやられそうになった」という赤裸々なラインもある。ちなみに、PE、ビースティ、Run-DMC は全員、ヒップホップでは7組しかいないロックの殿堂入りを果たしている。「One」を「Won」に言い換えているのは、80年代はなかなか理解されず、「公衆の敵」とまで嫌われたラッパーたちの、30年越しの勝利宣言だ。

Public Enemy – Public Enemy Number Won (Audio) ft. Mike D, Ad-Rock, Run DMC

6. Toxic

「45の時代に一つの曲が世界を救えるか? 45から先までヒップホップは生き永らえるか?」と問う、この曲のタイトルは「毒性」。さて「45」とは一体、何か。これ、テレビのレイトショーから生まれた、トランプ大統領のあだ名である。

「昔はロバが死んだら/もう1頭買えって言ったものだ/黒人が死んだら/もう1人殺っておけって言ったものだ」との背筋が凍るようなリリックが出てくるが、このメンタリティは白人至上主義者の間に残っている。先の公開討論で、現大統領ははっきりとこのメンタリティを持つ人たちに与した。PEが徹底的にトランプ大統領を嫌うのは、理由がはっきりあるのだ。

7. Yesterday Man feat. Daddy-O

オールド・スクール好きは思わず反応してしまう、レジェンド・グループのステッツァソニックのダディ・Oが登場。歌詞ではミーゴスとグランド・マスター・フラッシュ、ラキームとドレイクを並べるあたり、若干飛びすぎていて接点が見えづらいが、ヒップホップの過去と未来をつなごう、という意図は伝わる。「あえて昔の人間として疑問を呈する」というコンセプトの曲。

9. Fight The Power: Remix 2020

SW1のジェームズ・ボムが「いやまじで電気がなくなったらどうするの? やっと本でも読む?」というインタールード「Crossroads Burning」の次が、本作のハイライト「Fight The Power: Remix 2020」である。「権力と闘え」というストレートなメッセージは、30年近く経った現在でも有効どころか、さらに重みを増している。

ヴァーチャルで構成された6月28日のBETアワーズで、まずビデオが披露された。BETは「ブラック・エンターテインメントTV」の略で、その名の通り黒人向けのテレビ局だが、BLMの盛り上がりを受けて20周年にして初めて4大メジャー局のCBS が同時放送をしたため、370万人もの人が視聴した。

ヴァースを受け持つのが、最新作『Kings Disease』で改めて評価された Nas、女性代表のラプソディー、ザ・ルーツのブラック・ソート、パブリック・エネミーの後継アクト、P.E2.0のジャヒ、コンプトンのYG。このマイク・リレーは見事で、ラインを1行ずつ説明するだけで2時間くらいブラック・ヒストリーの授業ができそうな内容だ。ザ・ルーツのドラマーで、DJとしても人気があるクエストラヴもスクラッチで参加している。

Public Enemy – Fight The Power (2020 Remix) feat. Nas, Rapsody, Black Thought, Jahi, YG & QuestLove

10. Beat Them All

「入れてもらえないなら 全部を出し抜け」というフックで、株式市場を中心とした資本主義から自分たちが押し出されたのはなぜか、という視点を呈する。「45(トランプ)が憎悪を撒き散らし」というラインもある。50秒だけの12曲目「If You Can’t Join Em Beat Em」も同様の内容だ。人権派の左派であるサンダースを支持している、チャックDの考え方がわかる曲だ。

11. Smash The Crowd feat. Ice-T, PMD

ニューヨークのベテラン・ヒップホップ・デュオ、EPMDのPMD、ギャングスタ・ラップのパイオニアにして、ラッパーとしていち早く演技の世界に入ったアイス・Tをフィーチャー。ハードコアなヒップホップへの愛情を確かめ合う内容だ。同窓会的な意味合いが強いのも本作の特徴であり、50〜60代の現役ラッパーたちのあいからずの声の良さに安心する。

13. Go At It feat. Jahi

PE2.0のジャヒはパブリック・エネミーの精神性を受け継いだ、弟子である。プロデューサーのDJペイン・ワンはヤング・ジージー、リュダクリスとも仕事をしており、PEとは2017年の前作『Nothing Is Quick In The Desert』でも組んでいる。重めのビート、吐き出すようなラップはパブリック・エネミーの十八番だ。

15. Rest In Beats feat. The Impossebulls

「空を見上げるな 神は自分の中にいる」というインタールード「Don’t Look At The Sky」の次は、チャックDの別プロジェクトであるザ・インポッセブルズとの曲。「ビートで眠れ」というタイトル通り、前半では亡くなったヒップホップ・アーティストの名前を挙げて「レガシーはずっと受け継がれる」と追悼の意を込める。

後半は「ストリートやプロモ・チームを失い、YouTube とVevoになった」など、昔を懐かしむ内容。最近のマンブル・ラップを苦々しく思っているのはかまわないが、個人的に下の世代へのダメ出しは好みではないので、故人を偲ぶパートに価値があるように思う。世界共通、昔話が好きな人は多いのだ。

16. R.I.P. Blackat

締めの曲は、ガラッと趣が変わる。フレイヴァー・フレイヴが亡くなった友人へ語りかけるとてもパーソナルな曲で、正直、クオリティは高くない。だが、この曲の背景を知ると、捉え方が変わる。

どんなレジェンドでも、長いキャリアで必ずしも順風満帆とはいえない時期がある。フレイヴがドラッグ中毒に苦しみ、90年代の後半にかなり困窮したのは有名な話であり、ここで追悼しているBlackat が面倒を見てくれたそう。どうしてもお礼が言いたかったフレイヴと、アルバムのクオリティを置いてゴーサインを出すチャックDの友情が、現在のパブリック・エネミーの到達点とも言える。

17. Closing: I Am Black feat. Ms. Ariel

最後は、「私は黒人である」とのスポークン・ワードで終わる。アルバムの8割がたのプロデュースを担っているC−Doc はザ・インポッセブルズのメンバーでもあり、パブリック・エネミーのインハウス・プロデューサーと言っても差し支えない(ちなみに、彼は白人だ)。

 

アルバム『What You Gonna Do When the Grid Go Down』は、2020年にパブリック・エネミーのメッセージの普遍性を強調し、レガシーを次の世代に伝える作品であると同時に、「頑固親父のヒップホップ回顧録」でもある。昔のヒップホップになじみがない人は逆に新鮮に感じるかもしれないので、ぜひ聴いてみてほしい。

Written By 池城美菜子(ブログはこちら



パブリック・エネミー『What You Gonna Do When The Grid Goes Down?』
2020年9月25日発売 / 国内盤CD 10月23日発売(歌詞/対訳付き)
CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music





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