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ノラ・ジョーンズ『Pick Me Up Off the Floor』デラックス盤解説:自宅ライヴを追加した豪華配信作
2020年10月16日に配信されたノラ・ジョーンズ(Norah Jones)のアルバム『Pick Me Up Off the Floor(ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア)』のデラックス・エディション。通常のアルバムに加えてノラが自粛期間中に自宅から配信していた音源を17曲を収録した『Live From Home』が付いた全30曲のアルバムについて、音楽ライターの内本順一さんによる解説を掲載します。
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ノラ・ジョーンズが今年6月に発表した7枚目のオリジナル・フルアルバム『Pick Me Up Off the Floor』。そのデジタル・デラックスが10月16日にリリースされた。ブルーノートはこれまでもノラのアルバム発表から数ヵ月後にさまざまな曲を加えたデラックス盤を必ず出していたが、今回は(今のところ)フィジカルはなくデジタルのみ。だがオリジナル盤に収録されていた13曲(11曲+ボーナス・トラック2曲)に加えて、3月からノラが続けている自宅配信で披露された曲からの選りすぐり17曲も付くという、まさにデラックスな内容で、デジタル・リリースの利点をしっかり活かしたものだと言える。
まずは『Pick Me Up Off the Floor』というアルバムが誕生した背景について、改めて記しておこう。ノラがジャズとピアノに回帰した6枚目のオリジナル作『Day Breaks』を発表したのは2016年10月。それは彼女の最高傑作と言っていいほどにクオリティの極めて高い作品だったわけだが、それ故にノラは同じ方法論でそれを超えるものを作ろうという意欲が湧かないでいたのだろう。「しばらくアルバムを作る気持ちになれなかった」と彼女は言っていた。だから、できた曲から気軽に配信していく #songofthemoment というシリーズを始めたわけだ。「ジャンルの境界線を持たずに曲を作り、作ったらすぐに出す」というコンセプトのそのシリーズは、やがて『Begin Again』(2019年4月)というミニアルバム的な作品にまとまった。
その後もノラはタンク・アンド・ザ・バンガスのタリオナ“タンク”ボールをフィーチャーした曲やメイヴィス・ステイプルズとコラボした曲などを次々に配信リリース。こうした気軽な発表の仕方は彼女に合っているように思えたし、間違いなく彼女も気に入っていたはずだ。
が、そうやって自由に曲を作って録音していくなかで、また別の現象も起きていた。誰かとセッションするなどして試してみたものの完成して配信するまでには至らかなかった曲たち……即ちアウトテイクが、ノラに何かを語り掛け、立ち上がり、そして繋がりを見せ始めたのだ。
「あるとき、気づいたんです。これらの曲には不思議と一貫した特色があるんじゃないかって」と、ノラ。そうしてそれらの曲を整理~再構築し、『Pick Me Up Off the Floor』というフルアルバムが出来上がった。ノラの言う「一貫した特色」。それを言葉にするなら、いまの世界の混沌した様とそれによる不安や絶望的な気分、「私を床から引き起こして」という感覚ということになるだろう。
「失ったもののために泣いている」「地球は回らないし、勝てそうもないね」(「How I Weep」)。「ひとりでいるのはつらい すごくつらいこと」(「Hurts to Be Alone」)。「深く傷ついた次の日は、世界がだめになっていく 向き合うのはつらいことだね」(「Heartbroken, Day After」)。「私たちが知ってるこの人生、このすべて、それは全部終わる」(「This Life」)。確かに一貫したトーンがある。
これらの曲は昨年や一昨年、あるいはもう少し前に書かれた曲だったが、こうした失意と悲嘆のフレーズが、コロナ禍の世界に恐ろしくリアルかつ痛切に響いてきた。「Pick Me Up Off the Floor=私を床から引き起こして」、それはまさにコロナ禍においての我々の気分そのものだった。
当のノラはといえば、ウイルスが蔓延し、人々が家から外に出られなくなった頃から、「少しでも安らぎを届けたい」という気持ちで自宅からの弾き語り配信を始めた。「この奇妙な時代に、あなたが無事であることを祈っています」「昨日、気分がよくなる曲を聴きました。ずっとカヴァーしたいと思っていたので、試してみました」。そんなメッセージに#livefromhome #stayhomeといったハッシュタグを付け、ガンズ・アンド・ローゼズのスロー曲「Patience」(=忍耐)をピアノで弾いて歌った映像と共にSNSに投稿したのは3月20日(米ニューヨーク州で屋内避難勧告が出ていたとき)のことだ。
そしてロックダウンに至った以降、ノラは自宅からのライブ・ストリーミングを頻繁に行なうようになった。数週間毎ではなく、ある時期は数日おき。まるで農家のおばさんが採れたての野菜をすぐ送ってくれるように、ノラは音楽を届けてくれていたのだ。勿体付けない。自分がやれるのは、届けられるのは、音楽であって、何しろそれが好きでもあるのだからそれをやる。そういう姿勢は昔から一貫していて、それがノラ・ジョーンズというミュージシャンなのである。
亡き父親ラヴィ・シャンカールの誕生日には、ラヴィ作曲の「I Am Missing You」をピアノで弾き語って配信。フォークカントリーのシンガー・ソングライター、ジョン・プラインがコロナウイルスによる合併症で4月に亡くなったときには、彼の「That’s The Way The World Goes Round」をギターで弾き語って配信。
ミネアポリスでジョージ・フロイド死亡事件が起きた翌週には、「私は今日の音楽をジョージ・フロイドさんの家族と、権力者の手によって不当に亡くなった人々の家族全員に捧げます」と添えてデューク・エリントンの「Le Fleurs Africaines(アフリカの花)」などをパフォーマンスした映像をアップ。そのようにしてこの数ヵ月の間に彼女が届けてくれた曲の数は相当のものになるわけだが、そのなかから17曲を選び、ちゃんとマスタリングして収めたのがこのデジタル・デラックスの『Live From Home』だ。
前述のガンズ・アンド・ローゼズ「Patience」、ラヴィ・シャンカール作曲の「I Am Missing You」、ジョン・プラインの「That’s The Way The World Goes Round」、俳優としてもよく知られるクリス・クリストファーソンの曲で、カントリーのレイ・プライスやウィリー・ネルソンも録音した「For the Good Times(心の想い出)」(この曲はリトル・ウィリーズの同タイトル作でもノラは取り上げていた)。
こうした曲に加え、自身の過去作のセルフカヴァーもある。プスンブーツのメンバーで親友でもあるサーシャ・ダブソンと一緒に演奏した曲も2曲あり、「Sinkin’ Soon」などはかなりいい味を出している。「Light Wind Blowing」は新曲なので、特に注目だ。
尚、オリジナルの『Pick Me Up Off the Floor』国内盤には「Street Stranger」と「Tryin’ to Keep It Together」の2曲がボーナス・トラックとして収録されていたが、このデジタル・デラックスは「Street Stranger」が「I’ll Be Gone」(メイヴィス・ステイプルズをフィーチャーして昨年10月に配信リリースされたシングル曲)に差し替えられている。名バラードなので、これも嬉しい。
基本的にシンプルな弾き語り。でありながらも、味わいは豊か。そんなノラの真骨頂が感じられるこの『Pick Me Up Off the Floor (Deluxe Edition)』。色のついた写真も美しく、夜から朝にかけて聴き入りたい。
Written by 内本順一
ノラ・ジョーンズ『Pick Me Up Off the Floor (Deluxe Edition)』
2020年10月16日発売
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