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メタリカ『S&M』:メタル・バンドとクラシックの共演の意義とこの20年間における“環”
メタリカとサンフランシスコ交響楽団が共演し、作曲家でもあったマイケル・ケイメンが指揮を担当して、1999年11月にリリースした『S&M (Symphony & METALLICA)』。この20周年を記念し、2019年9月6日と9月8日に、メタリカとサンフランシスコ交響楽団が再び共演して『S&M2』を行い、そして10月には全世界で劇場公開された。メタル・バンドとクラシック音楽の共演の意義、そして今回の2度目の実施について音楽評論家の増田勇一さんに寄稿頂きました。
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10月、世界各地の約3,000館もの映画館で同時限定公開されたメタリカの『S&M2』。日本でも約40館で上映され、さらには反響の大きさに応えてのアンコール上映まで実施される結果となった。改めて説明するまでもないはずだが、『S&M』というのは『シンフォニー&メタリカ』の略であり、彼らとサンフランシスコ交響楽団のコラボレイトによるこの公演は去る9月6日と8日に、バンドの生誕地である同市にオープンしたばかりのチェイス・センターにて実施されている。その二夜、リアルタイムでこの歴史的コンサートを目撃したのは世界中から集結した熱心なファン。会場内には来場者の出身地を示すさまざまな国のフラッグ(もちろん日本も!)がはためいていた。今回は、現地でこのライヴを観ることが叶わなかった大多数の人たちのために、このような上映の機会が設けられたというわけだ。
『S&M2』というタイトルからも明白だが、当然ながら過去にも同趣向の公演が行なわれている。『S&M』と銘打たれた最初の公演が開催されたのは1999年4月のこと。その際にメタリカとステージを共にしているのも今回と同じオーケストラで、公演開催地もサンフランシスコ。当時は、時を隔てて“次”の機会が訪れることになるとは彼ら自身もまったく想定していなかったはずだが、今年がその実施からちょうど20周年の節目にあたること、また、会場となったチェイス・センターのこけら落とし公演に相応しいのではないかとの話も重なり、この画期的なコラボレーションがふたたび実現することになったのだった。
20年前と今回との最大の違いは、メタリカのベーシストがジェイソン・ニューステッドからロバート・トゥルージロに代わっていること。ジェイソンがバンドからの脱退を正式表明したのは2001年1月のことだが、作品単位でいえば、『S&M』の模様が収録されたライヴ盤(1999年12月発売)こそが、彼にとってのメタリカでのラスト・アルバムとなっている。
もうひとつの大きな違いは、オーケストラ側にある。映画館で『S&M2』を鑑賞済みの方々のなかには、団員たちのなかに20年前と同じ演奏者の顔をいくつか発見した方もいるはずだが、まずはコンダクターが違うのだ。当時、指揮を執っていたのはマイケル・ケイメン。数々の映画音楽の作曲者であり、ブライアン・アダムスが大ヒットさせ、グラミー賞に輝いた『ロビン・フッド』の主題歌「(Everything I Do) I Do It For You」の共作者としても名を連ねている彼は、エアロスミス、デヴィッド・ボウイ、エリック・クラプトンなどともコラボ歴を持つ人物だ。メタリカとの関わりは、1991年発表の『Metallica』(通称ブラック・アルバム)に収録の「Nothing Else Matters」のストリングス・アレンジを彼が手掛けたことを起点として始まっており、メタリカとオーケストラによる共演ライヴというアイデアも、実は彼から提示されたものだったのだという。
しかし、ケイメン自身は2003年11月18日、多発性硬化症との闘病の末、心臓発作により55歳の若さで他界。ラーズは『S&M2』開催に先駆けてのコメントのなかで、20年前の共演を振り返りながら「俺たちは、それまで知らずにいたクリエイティヴの領域に足を踏み入れることになった。彼の人生に対する愛、規範に挑戦しようとする姿勢は、これからも自分のなかで大切にしていくつもりだ」と述べている。また、ライヴ盤としての『S&M』は、全米アルバム・チャートで最高2位を記録。2013年の時点でアメリカ国内だけでも550万枚、全世界で800万枚以上のセールスを記録しており、収録曲のひとつである「The Call of Ktulu」はグラミー賞の最優秀ロック・インストゥルメンタル・パフォーマンス賞に輝いている。
ロック・バンドとオーケストラの共演という試み自体はメタリカ以前にも、たとえばディープ・パープルをはじめとする実例がある。が、そのディープ・パープルの場合には、そもそもジョン・ロードがオーケストラ演奏を想定した楽曲を作ったことが発端にあった。『S&M』において画期的だったのは、バンド側がそうした意図をもって作成したわけではない楽曲群に対し、クラシック側、すなわちマイケル・ケイメンからの積極的な歩み寄りがあったという事実だろう。だからこそそこには、単純な足し算にはとどまらない有機的な化学反応が生じることになった。メタリカはあくまでケイメン側からの大胆な提案を受けるにすぎなかったわけだが、彼の手に多くを委ねながらも、そこで自分たちの楽曲の構築感や奥行きといったものについて、4人は認識を新たにすることになったに違いない。そして、そうした20年前の歴史を踏まえているからこそ、『S&M2』ではバンド側とオーケストラ側、双方がお互いに対してよりいっそう踏み込んだ形でのコラボレーションが実現することになったのだ。
また、ライヴ・バンドとしてのメタリカは、大掛かりな仕掛けや、前例のない形状のステージセットなどを伴ったショウのあり方でも知られているが、映像を用いた演出にもいち早く取り組んできた。20年前の『S&M』当時のステージにおけるドラッグ映像的なものを伴った視覚効果は、従来のメタリカのショウとも、もちろんクラシックのコンサートとも異なった空気感を醸し出していたことが、その模様を収めた映像作品を見るとよくわかる。『S&M2』では、アリーナの中央に円形ステージを据え、オーケストラに囲まれた状態で4人が演奏するという趣向だったこともあり、“円”というか“環”が演出面でのキーワードとなっているが、そこには、この20年間における彼らのステージ・ショウの進化のあり方も見てとれるように思う。
そして、かつての『S&M』がいかに規格外のライヴであったかを今現在まで伝え続けてきたのが、同公演の模様を収めたライヴ映像作品だったことは言うまでもない。この映像の監督を務めているのは、ウェイン・アイシャム。メタリカとは「Enter Sandman」のビデオ・クリップ制作以来の付き合いということになる彼は、80年代なかばにボン・ジョヴィの一連のビデオ制作で名を挙げ、以降はモトリー・クルーやデフ・レパードから、ミューズ、ブリトニー・スピアーズに至るまでのさまざまなビデオ・クリップを手掛けてきた。メタリカのファンにとって彼の名前は、多くのライヴ映像作品でのクレジットできっとお馴染みだろう。つまりアイシャムは、メタリカのライヴの魅力、メンバーたちの存在感を際立たせる撮影方法を、誰よりも知り尽くしている人物。『S&M』がライヴ映像作品としても素晴らしいものになったのは、当然ながら彼の手腕によるところが大きいといえるはずだし、『S&M2』において引き続き彼が映像監督を務めている事実からも、バンド側からの信頼の厚さがうかがえようというものだ。
もちろん『S&M2』の映像からは、あらゆる意味においてスケール感と深みが増していることを感じさせられるが、それは『S&M』という画期的な前例の存在なしには成り立たなかったものともいえるはずだ。今は『S&M2』の映像作品化が待ち遠しいところではあるが、同時に、改めて『S&M』を映画館の大きな画面と極上の音響環境で味わってみたいという欲求も膨らんでくる。そして、何よりも期待したいのは2013年夏のサマーソニック出演時以来となる来日公演の実現だ。そうした朗報がなかなか聞こえてこないのが辛いところではあるが、その機会の早期到来を信じながら、こうして彼らの豊かな歴史を掘り起こし、再咀嚼していくことにも意味があるはずだ。
Written By 増田勇一
メタリカ『S&M』
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