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『ザ・ボーイズ』と音楽:人気ドラマから学ぶ70〜90年代の社会情勢とパンク/メタル/ヒップホップ
ヒップホップやR&Bなどを専門に扱う雑誌『ブラック・ミュージック・リヴュー』改めウェブサイト『bmr』を経て、現在は音楽・映画・ドラマ評論/編集/トークイベント(最新情報はこちら)など幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第29回。
今回は、Amazon Primeで配信されている人気ドラマシリーズ『ザ・ボーイズ』で使われる音楽について。
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『ザ・ボーイズ』は、いわば「非常にミュージック・ヒストリアンなドラマ」だ。
いきなり大音量で挿入されるBGMにビックリさせられることもままあるが、そこで流れる印象的な曲の多くはエピソードの内容やキャラクターの設定を象徴するもの。「ヘタなミュージシャン伝記映画よりもずっと的確に、音楽/文化と社会情勢の関わりを描いている」と感じることも多々ある。
そんな『ザ・ボーイズ』と音楽の関係。ここでは3キャラクターにまつわるトピックを紹介しよう。深読みや勇み足もあるだろうが、お許し願いたい。
1. ロンドンの呼び声からクール・ブリタニアへ:ビリー・ブッチャーの歩み
ホームランダー役のアントニー・スターは言った。「カール・アーバンも私と同じキーウィ(ニュージーランド人)だから面白い。これはアメリカの番組なのに、サイコパスなアメリカン・ヒーローを演じるのもキーウィ、そしてイングランド人を演じるのもキーウィ」と。
二人とも、アメリカ制作だがニュージランド撮影のファンタジー・ドラマ『ジーナ』(Xena: Warrior Princess)に出演経験があり、NZの映像パワーがネクスト・レヴェルに駆け上がる過程を共にしてきた。
そんなNZ勢ふたりではあるが、両者の演技はだいぶ違う。かたやアントニー・スターによるホームランダー。その「アメリカ人」としての主張は決して強くない。
ところが! カール・アーバン演じるビリー・ブッチャーときたら、「イングランド人です」主張が物凄いのだ。絵に描いたようなロンドン弁(Cockney)!
同番組の公式ツイッター・アカウントの自己紹介欄には8月末現在、ただひとこと”Oi”とだけ記されている。”Hey”の意味でロンドン弁(だけではないが)にて多用される言葉だ。そう、ここまでの3シーズン全24話で、我々視聴者はブッチャーの「オイ!」を何度聞いたことか。
その過剰な「イングランド人」「ロンドンっ子」演出をさらに盛り上げるのが、エピソード1でトランスルーセントと戦うブッチャーを鼓舞するように流れるザ・クラッシュの「London Calling」なのだ。
ここでビリーことウィリアム・ブッチャーのバイオグラフィを確認しておこう。ドラマの設定と原作コミックの設定(食い違う部分も多々あるが)の両者から読み解くと……1975年、ロンドンのイーストエンド生まれ。このイーストエンドは伝統的にワーキング・クラスの街であり、そんな地区の青年が裕福な西側地区に対して抱く葛藤を表したのがペット・ショップ・ボーイズ「West End Girls」だったりもする……とにかく我らがビリー・ブッチャーは若くして海兵隊(ロイヤル・マリーンズ)に志願し、その後、特殊空挺部隊(SAS)入りしたことになっている。
さて、ザ・クラッシュ。彼らは政治的なメッセージを明確に打ち出すバンドだった。テーマとなったのは当時のUK社会にあった不景気と失業問題、人種差別や警察による暴力等々。それらの背景に存在したのがサッチャー政権だ。
マーガレット・サッチャーは、まさに「London Calling」発表直前の1979年5月から1990年11月までの長きにわたり首相を務めた人物。彼女が政権を率いていた80年代は、前半に第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンという音楽的な盛り上がりはあったものの、UK国内では経済的停滞の色が濃く、どちかというと「暗い時代」ととらえられている節がある。
1990年のサッチャー退任が、そんな日々の終焉と映ったのかどうか。こうして始まった90年代は前半から新たなUKカルチャーが爆発、経済的にも1995年頃からひさかたぶりの好景気となった。
そして1997年に労働党右派のトニー・ブレアが首相に就任すると、18世紀に生まれた愛国アンセム”Rule, Britannia”をもじった「クール・ブリタニア(Cool Britannia)」を合言葉に、カルチャーやメディアを盛り上げて各種産業の好景気を持続させる国家ブランド戦略が始まる(そのさらなるモジリが「クール・ジャパン」……)。
「クール・ブリタニア」の主軸の一つが、もちろん音楽。この時期を代表するUKアーティストといえば、オアシス、ブラー、スウェード、そしてスパイス・ガールズだ。「ビートルズ以来、最も広く知られたUKグループ」とまで評された彼女たちは、ブレア政権誕生直前の1996年にデビューしている。1975年生まれのブッチャーにとって、20代初頭の日々を彩る同年代の代表的UKスターがスパイス・ガールズだったはずだ……好んで聴いていたかどうかはともかくとして。
だからこそ、シーズン1エピソード4でブッチャーは、サラッとスパイス・ガールズが辿ったキャリアを引用、メンバーに向かってモチベーション啓発スピーチを披露するのである。彼女たちのデビュー曲「Wannabe」に関しては「ブッチャーの妻レベッカ(こちらはアメリカ人)が好んでいた曲」という設定ではあったが。
2. スコーピオンズとヴォート社と:ソルジャー・ボーイという象徴
先に言及したザ・クラッシュ。彼らの4枚目のアルバムは『Sandinista!』だ。このタイトルは、ニカラグアの左翼ゲリラ組織「サンディニスタ民族解放戦線」に由来するもの。シーズン3エピソード3にてマロリー大佐が回想する1984年の場面で、大佐が所属するアメリカ軍はサンディニスタと敵対する親米反政府ゲリラ「コントラ」をサポートするためニカラグアに駐屯していた。
その米軍キャンプのシーンで流れるのは、ワム!「Wake Me Up Before You Go-Go」のスペイン語カバーと、スコーピオンズの「Rock You Like a Hurricane」だ。どちらも、確かに1984年の大ヒット曲には違いない。だが後者、「Rock You Like a Hurricane」という選曲には隠れた意図があるように思える。
このエピソードの主眼は元祖アメリカン・ヒーロー、『ザ・ボーイズ』版のキャプテン・アメリカである「ソルジャー・ボーイ」だ。彼が率いるヒーローチーム「ペイバック」は米軍のニカラグア出兵に同行、そこでソルジャー・ボーイはえらい目にあうのだが、それは問題ではない。肝心なのは彼の出自だ。
ソルジャー・ボーイは確かに初めてのアメリカン・スーパーヒーロー。しかし、彼を超人に変身させたのはヴォート社であり、その創始者フレデリック・ヴォートはもともとドイツ人だ。だが終戦前にアメリカへと渡って大成功し、2020年代まで続くスーパーヒーロー産業を確立したのである。
一方、スコーピオンズは1965年、西ドイツで結成された。マイケル・シェンカーやらウルリッヒ・ロートやらメンバーの出入りを経ながらも、70年代半ばから英語圏でも知られるようになり、1984年の「Rock You Like a Hurricane」を収録したアルバム『Love at First Sting』で全米チャート6位まで上昇。ドイツのメタルバンドとしては最初にして最大級の成功を手に入れた。
ドイツからアメリカに進出、そして大成功。スコーピオンズとヴォート社が辿った道は一種のパラレルであり、制作陣がそのあたりにオマージュした結果が、ここ一番の「Rock You Like a Hurricane」なのではないか。
3. マーヴィン”MM”ミルクのTシャツに学ぶ:レーガン政権とN.W.Aの時代
『ザ・ボーイズ』の主人公グループ「ザ・ボーイズ」唯一の黒人メンバー、「MM」ことマーヴィン・ミルク。彼のTシャツ・コレクションを楽しみにしている視聴者も多いのではないか。
2パック!
パブリック・エネミー!
スヌーブ・ドッグ!
デ・ラ・ソウル!
ラフ・ライダーズ!
ウータン・クラン!
「何枚Tシャツ持ってんねん」と問いたくなるほどのTシャツ長者。現在までの計24エピソードで、同じTシャツを着て別の回に登場したことはたぶんない。
そんなMMが誇る魅惑のTシャツ・コレクションの中でも、シーズン3エピソード3で着ていたN.W.A.のロゴTシャツには特に忘れ難いのだ。制作陣の音楽史家ぶりが伝わってくると言おうか。
【マーヴィンのTシャツ・コレクション】
レーガン大統領時代、CIAが黒人街にコカイン(クラック)を蔓延させる計画に関わっていた件が語られる回で、ザ・ボーイズのMMが着ているのは――彼のTシャツが毎回の楽しみ――N.W.AのTシャツなのだ!
クラック稼業なくしてN.W.Aなし!https://t.co/0Ua2qHq73t pic.twitter.com/zYlMRYuRP5
— 丸屋九兵衛 ᵈᵁᵐᵃˢ⁻ᵖʳᵒᵒᶠ🦊🏳️🌈🖖⁹ ᴮᴱ (@QB_MARUYA) August 18, 2022
同エピソードでマロリー大佐が語った1984年、ニカラグアでの軍事行動は、Operation Charlyの一部である。ヒューイは「なんですかそれは?」と問い返していたが、英語版Wikipediaなら「Operation Charly」ページくらいあるぞ! ヒューイのために説明しておくと、レーガン時代のアメリカ合衆国がアルゼンチン軍と共に関わった「中米のソ連寄り左翼政権を排除するために、右翼独裁政権(&残党)を支援する」という作戦各種の総称だ。
その一つがニカラグアでコントラをサポートしてサンディニスタと戦うことだが、軍事費が不足したため、アメリカ軍&CIAは同地からコントラ所有のコカインをアメリカに流して資金を賄うということをやっていた(立証されていない……がほぼ定説)。そしてマロリー大佐は告白する。「そのコカインが行き着く先はマイノリティのネイバーフッド限定だった」と。要するに黒人街だ。これでは「アメリカがブラック・アメリカに仕掛けたアヘン戦争」のようなものではないか。
こうしてアメリカの黒人街に大量流入したコカインから、やがてクラック・ブームが開始。その売買に関わりコンプトン界隈の小金持ちとなったディーラーがエリック・ライトという小柄な男で、投獄されて困っていた知り合いのDJ/プロデューサーであるアンドレ・ヤングの保釈金を肩代わりしてやって恩を売る。アンドレ、つまりドクター・ドレーはエリック”イージー・E”ライトの舎弟のような身分となり、作詞が得意な近所の高校生オシェイ・ジャクソン(アイス・キューブ)らを巻き込んで、N.W.A.が誕生するのだ。
Written By 丸屋九兵衛