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ジャネット・ジャクソン、1982年のデビュー盤から1997年『The Velvet Rope』を振り返る
ヒップホップやR&Bなどを専門に扱う雑誌『ブラック・ミュージック・リヴュー』改めウェブサイト『bmr』を経て、現在は音楽・映画・ドラマ評論/編集/トークイベント(最新情報はこちら)など幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第28回。
今回は今年デビュー40周年をむかえるジャネット・ジャクソン(Janet Jackson)について、『Funny How Time Flies: Janet Jackson Story』として丸屋さんのYouTubeで公開された内容を凝縮して、執筆いただきました。
<関連記事>
・『Control』: 自己主張することで大スターへとなる切っ掛けとなった名盤
・『The Velvet Rope』賛否両論を呼びながら大成功となったアルバム
・ジャネットの日本盤シングルとMVを収録したベスト盤、8月に発売決定
早いもので、ジャネット・ジャクソンのデビューから40年だ。
この40年とは、レコーディング・アーティストとしての出発点である1982年から数えたもの。しかし実のところ、その時点でも既にジャネットは知られた存在だった。TVアクターとして、である。出演したのは70年代後半の人気シットコム『Good Times』や「アーノルド坊やは人気者」こと『Diff’rent Strokes』(78〜86)、そして80年代の『Fame』等。子役俳優として成功した後で音楽へと進むのは、のちのドレイクと同じパターンだ。ただし、ドレイクとジャネットには大きな違いがある。それはジャネットが「あの頃、音楽なんてやりたくなかった。本当は大学に行きたかったけど、父に言われて」と語っていること。
『Janet Jackson』(1982)&『Dream Street』(1984)
そんなジャネットのデビュー・アルバムは、ルネ(・ムーア)&アンジェラ(・ウィンブッシュ)がソングライティングとプロデュースで頑張った1982年の『Janet Jackson』。ハッキリと兄マイケルの——しかし同年の『Thriller』よりむしろ『Off the Wall』に近い——後追いを志した内容で、オリジナリティはともかく、これは決して悪くない。
だが、より興味深いのは1984年の次作『Dream Street』だ。ファースト・シングルは兄マーロン・ジャクソンがプロデュースした「Don’t Stand Another Chance」だが、これが「ザ・タイムが演奏する”1999″をバックに歌うヴァニティ6(ただし色気は抑えて)」という風情なのだ。しかし! 全9曲中5曲を手がけたメイン・プロデューサーは、なんとジョルジオ・モロダー!
1984年を振り返ってみよう。マイケルの『Thriller』が長期ヒットを続ける中、ジャクソンズとしても『Victory』がリリースされ、プリンスは『Purple Rain』で超絶ブレイクを果たし、ティナ・ターナーも『Private Dancer』で復活。ブラック勢がUSポップスを席巻していた……ように見える。しかしその1984年は、ビルボード・ブラックチャートで年間4位を記録したCameoの「She’s Strange」が、メインのHot 100チャートでは最高47位止まり、一週たりともトップ40には入れなかったという年でもある。つまり、ポップス界で勝負できる黒人アクトは、ごくごく少数だったということ。そんな時代、おそらくは父ジョゼフの意志によりジョルジオ・モロダー制作曲でポップなフィールドを目指したジャネットは中途半端な立ち位置にいた。
『Control』(February 4, 1986)
彼女に転機が訪れたのは、その『Dream Street』のすぐ後。先に挙げた2作を総指揮としてコントロールしていた父をジャネットは思い切ってマネージャーの座から解任したのだ! そして、新マネージャーとなったA&Mの重役ジョン・マッケインが紹介したのがジャム&ルイスである。この出会い、今の我々は史実として知っているが、リアルタイムの反応は「ジャクソン家の娘とプリンス・ファミリーの元メンバーが?!」だったはずだ。
この3人組が目指したのはブラック・ミュージック作品だ。曰く、「全米の黒人家庭に1枚ずつ置いてあるようなアルバムを作ろう。で、願わくばポップ・フィールドにもクロスオーヴァーできれば」と。
自分の人生に対するコントロールを取り戻した——or 初めて獲得した——ジャネットの思いは、タイトル曲のビデオに表現されている。「ザ・タイムをフィーチャーした『パーブル・レイン』のスピンオフ」と見える同ビデオ、ダンスはポーラ・アドブドゥルが振付ということで名高いが、いま見るとなかなか緩いものだ。そのあとで到来する大ダンスブームが、我々の認識を変えたのか。
さて、折からのミネアポリス・サウンド流行の中、「What Have You Done for Me Lately」や「Nasty」の大ヒットもあってジャネットをスターダムに押し上げた『Control』だが、聴き直すと随分軽く、「勢いに任せて作った」感があるアルバムではある。特に、「You Can Be Mine」や「He Doesn’t Know I’m Alive」あたり。しかし、「勢いで作る」という美学も、それはそれでブラック・ミュージックにおいて重要なのだ。
『Rhythm Nation 1814』(September 19, 1989)
一方、勢いよりも完成度に重点を置き、ニュー・ジャック・スウィングの時代に向けて世に問うたのが『Rhythm Nation 1814』である。
このアルバムに関してはリリース30周年のタイミングで詳しく書いたのでここでは省略するが、まだまだあどけないティーンエイジャーの軽やかなアルバムだった前作から、メッセージを発信する新世代のリーダーに成長したことが伝わってくる画期的なアルバムだ。
『janet.』(May 18, 1993)
前作でA&Mとの契約を終えたジャネットは、熾烈な勧誘合戦の末に記録的な高額でヴァージンと契約。そんな新天地からのアルバムはシンプルに『janet.』と題された。「売れているのはジャクソン・ファミリーだから」と囁く連中に好き勝手を言わせないために、家名すら封印。そして、「ヒットは全てジャム&ルイスのおかげ」と言わせないために、全曲でソングライトに参加した。
ハードな決意&態度とは裏腹に、とてもセンシュアルでメロディアスでソフトなアルバムである。前作でのアグレッシヴさが嘘のように。この1993年とはブラック・ミュージック史の中でも一つの大きな転換点で、その前年までの踊りまくりから反転してBPMは一気に減少し、ミッドテンポですら「アップ」と呼ばれるほどスロウ中心にシフトした年だ。一般的にランドマークとされるのはR・ケリーの『12 Play』だが、『janet.』はその半年も前に同地点に辿り着いていた、とも言える。
ヴァージンがファースト・シングルとして推したかったのはニュー・ジャック・スウィングの残り香が漂う「If」だが、ジャム&ルイス&ジャネットは断固として譲らず、希望通り「That’s the Way Love Goes」が先行カットされた。やはり、彼ら3人のチームは時代の先を聞く耳を持っていたのだ、と思う。
『The Velvet Rope』(October 7, 1997)
ストレートで可愛いR&Bアルバムだった『janet.』に対して、『The Velvet Rope』は、「ダークでひねりが効いた作品」と評されることが多い。リリックはより深みを増したが、そのぶん、DVにも言及しており、SMと同性愛もテーマとして取り上げられる。まあ同性愛は性的傾向として普通のことなので、参加者を選ぶ性的嗜好であるSMとは話が全然違うし、DVはこれまた別次元の話題なのだが。
とはいえ、それら全てはリリックに関する話。音楽的にはダークでもトリッキーでもない。むしろ、この2020年代の耳で聴き返してみれば、ジャネットの最高傑作と言えるのではないか。ファースト・シングル「Got ‘til It’s Gone」は、ジョニ・ミッチェルをフィーチャーし、飄々としたフォーク風味を90年代イーストコースト・ヒップホップ的に処理したもの。
実はハウスが似合うジャネットが歌う4つ打ち全開の「Together Again」あり、「生演奏ティンバランド meets TLC」と形容したくなる「You」あり。「Go Deep」は、DJ・クイックがギャップ・バンドをリミックスしたようなライト級のダンサブル・ファンクだ。「Every Time」はエンジェル・グラント的なアコースティック路線、ディアンジェロに通じる「I Get Lonely」はハッキリとネオ・ソウル風味。30代に突入したジャネットが、前作発表後の90年代最新モード各種を取り入れ、見事に消化しているのがわかる曲ばかりだ。
86年から97年、10年強のタイムスパンで発表した4枚のアルバムで、ゆるぎないレジェンドとしての地位を確立したジャネット。もはやブラック・ミュージック界のアイコンとなった後の彼女が、それでも波乱万丈なキャリアをどう歩んでいったか……それはまた別の機会にいたしましょう。
Written By 丸屋九兵衛
最新ベスト・アルバム
ジャネット・ジャクソン『JANET JACKSON Japanese Singles Collection』
2022年8月24日発売
CD購入
2SHM-CD+1DVD(CD全38曲/DVD全44曲収録)
- ジャネット・ジャクソン アーティストページ
- ジャネール・モネイによるジャネット“ロックの殿堂入り”祝福スピーチ
- 【前半レビュー】ドキュメンタリー『ジャネット・ジャクソン 私の全て』
- ジャネットの日本盤シングルとMVを収録したベスト盤、8月に発売決定
- 『Rhythm Nation 1814』:制作中に90年代の‘国歌’になるかもと言った傑作
- 自身のジャンルや作詞、そして私生活を語ったジャネット2006年のインタビュー