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切なくも愛しい未発表アルバムの世界。封印された作品たちの足跡を辿る
ヒップホップやR&Bなどを専門に扱う雑誌『ブラック・ミュージック・リヴュー』改めウェブサイト『bmr』を経て、現在は音楽・映画・ドラマ評論/編集/トークイベント(最新情報はこちら)など幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第27回。
今回は、黒人音楽月間として実施されていたオンライントークイベントの内容を凝縮してお届け。もっと知りたい方は、こちらをチェック。
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かつて我々の生活は、もっともっと「1ヶ月」というものを基本単位としていて、月刊誌という存在が月の満ち欠けにも似たリズムを作り出していたように思う。かくいうわたし自身も月刊誌を買っていた。特にヒップホップがテーマのアメリカ雑誌、つまり『The Source』である。
その『The Source』を思い出してみると……我々と違って彼らはアルバム評に重きを置かないし、曲単位での解説なぞ滅多にしない。さらに、そこにはジャケット写真がない。だが、雑誌のそこかしこに掲載された広告がリリース予定のアルバムをジャケット込みで教えてくれる。問題は、同じアルバムの広告に銘打たれたリリース予定日が毎月変わることだ。
そう、ブラック・ミュージックの世界では、リリース予定日の変更がものすごく多い。もちろん前倒しのケースはほとんどなく、延期だ。
いや、延期で済めばまだマシなのである。00年代からヒップホップやR&Bを聴いている人なら、特に記憶にあるのではないか。「カミング・スーン」と言われ続けて何ヶ月も待ったが、結局はリリースされずじまいに終わったアルバムの数々が……。
というわけで、題して【切なくも愛しい未発表アルバムの世界。封印された作品たちの足跡を辿る】。わたしの記憶に刻まれた迷宮・封印・お蔵入りアルバムの歩みから、ブラック・ミュージックの特質を見つめ直す試みである。
なぜお蔵入りが多いのか?
流行に飛び乗るフットワークの軽さが生命線であるがゆえに、できたばかりのアルバムがすでに時代遅れになっていることに関係者が気づいてしまう。それがブラック・ミュージックの特徴である。その場合、作り直したり、せめて新たな流行に乗ったリード曲を作って追加したりするわけだ。
「作り直し」の大胆な例としては、ダイアナ・ロスの『Diana』(1980年)がある。ナイル・ロジャース&バーナード・エドワーズ(シック)のプロデュースにより、70年代末のディスコ路線全開で作ったものの、発表前に全国的な反ディスコ気分が盛り上がりを見せたため、モータウンがシックの了解を得ずに全編リミックスを施したという問題作にしてベストセラーだ。
*ダイアナ・ロスの『Diana』当時発売された音源↓
*ダイアナ・ロスの『Diana』本来のミックスの音源
流行に飛び乗るフットワークの軽さが生命線であるがゆえに、できたばかりのアルバムがすでに時代遅れになっていることに関係者が気づいてしまう……というところまでは先ほどと同じだが、「作り直し」や「付け足し」では修正不可能なほどマーケットとずれていると見なされた場合は、不幸にも発売中止となる。
実はマックスウェル(Maxwell)のデビュー作『Maxwell’s Urban Hang Suite』(1996年)も危ないところだった。レーベル側から「全く時代と合わん」と見なされ、1年ほども棚にしまいこまれていたという。発売にゴーサインが出たのは、先行した他社アーティスト、ディアンジェロの『Brown Sugar』(1996年)がロングヒットとなってからだったとか。
アウトキャストの「ハード宣言」はどこへ?
さまざまな理由から発売に至っていない諸作の中でも、わたしが思い入れが抱くのは、やはりアーティスト本人から存在や計画を教えられたアルバムである。00年代にブーヤー・トライブから打ち明けられたファンク大作(90年代初頭リリース予定だった)や、DJ・ポールとジューシー・Jが進行する試聴会が乃木坂で敢行されたのにリリースされずじまいのスリー・6・マフィア作品(2009年)もあるが、ここではアウトキャストの例を挙げておこう。
考えてみると、アウトキャストがちゃんとラップ・デュオとして活動していたのは、1994年から2000年頃までの数年間に過ぎない。彼らのベスト盤に新曲として収められた「The Whole World」への参加で有名になった弟子筋のキラー・マイクがホストするNetflix番組『キラー・マイクのきわどいニュース』まで存在する昨今、アウトキャストのことを考えて出てくるのは「かくも長き不在」というフレーズである。
思い出すのは2004年、来日したビッグ・ボーイがわたしにハッキリ言ったことである。曰く「オーガナイズド・ノイズがプロデュースのハードコアなラップを10曲だけ収録した『Hard 10』というアルバムを作ってる。アンドレもラップのみ、歌わない」。
以来18年、わたしは今も待っているのだ……。
あるイヌの記録
常套句嫌いの傾向があるわたしは何度も繰り返される「Black to the Future」という定番ダジャレに飽き飽きしているわけだが、名前の特性から個人の定番ダジャレを持つ稀有な男がスヌープ・ドッグである。
スヌープの『Doggumentary』……と聞けば皆さんは、2011年にリリースされた青い椅子ジャケットのアルバムを思い出すであろう。しかし! 今回のテーマは【切なくも愛しい未発表アルバムの世界】なのだから、無事にリリースされた同アルバムの話はしない。わたしが取り上げたいのは、スヌープ・ドギー・ドッグ時代、1997年に予定されていた『Doggumentary』なのである。
そのドギー・ドッグ時代の『Doggumentary』は、セカンド・アルバム『Tha Doggfather』のリミックス盤として企画されたもの。その少し前にガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュとフィッシュボーンをフィーチャーしヒットしたブラックストリート「Fix (Remix)」にヒントを得たのか、いくつかの曲でロックなアレンジがなされているのが特徴的だった。リリースされていれば、リル・ウェインが2010年に発表するロック作『Rebirth』の先駆けとなりえたかもしれない。
そろそろ、R・ケリーの話をしよう
2002年にリリースされたジェイ・Zとのデュエット・アルバム『The Best of Both Worlds』が自身のスキャンダル(今に始まった話ではないのだ)でプロモーション不足に終わった後、R・ケリーはキャッシュ・マネーのCEO兼ラッパー、バードマン aka ベイビーをパートナーに『The Best of Both Worlds』第2弾を作らんとしていた。それが報じられたのが2003年の9月。企画だけ宣言して何も進まないパターンではなく、アルバム完成はもちろん、映画制作にまで突入していたという。だが、Rはジェイ・Zとの復縁アルバム『Unfinished Business』企画に飛びつき、バードマンとのデュエット作はボツに。その『Unfinished Business』ツアーの最中に例の辛子スプレー事件が勃発するわけだから……この決断、誰にとっても不幸な結果となったのでは?
ブラックホールと呼ばれるレーベル
かつて在籍したアーティストが残した音源を勝手に出してしまうレーベルは、もちろん良くない。しかし、「希望に胸を踊らせて契約したアーティストの多くがアルバムをリリースできないままひっそりと去っていくレーベルと比べて、どちらが悪いか?」と問われると、なかなか悩むところである。
前者は、主にドクター・ドレー離脱後のデス・ロウ。後者は、そこから離脱したドレーが設立したアフターマスというレーベルだ。ここからは、「アーティストを飲み込むだけで何も生み出さないブラックホール」とまで評されたアフターマス関連の例を紹介したい……。この続きはこちらのオンライントークイベントのリピート再生を。
Written By 丸屋九兵衛
丸屋九兵衛 オンライントークイベント(配信後のディレイ視聴、リピート視聴も可能)
・6/1:思い出したい歌がある〜【4GOTTEN RELMZ】忘却の彼方を超えて、ネオ・ソウルの90年代へ
・6/3:黒人音楽概論。「なぜ歌詞で他人の悪口を言うのか」問題&その他の謎について
・6/10:プロデューサー横暴録! 地獄の試聴会からバルコニー吊るしまで
・6/24:切なくも愛しい未発表アルバムの世界。封印された作品たちの足跡を辿る
・6/30:再び、映画と音楽が出会うとき。ソウル/R&B/ヒップホップ・ムーヴィーの伝説は続く
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