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創立35周年ヒップホップ・レーベル、デフ・ジャムのエポック・メイキングな5曲【丸屋九兵衛連載】
ヒップホップやR&Bなどのブラックミュージックを専門に扱う音楽情報サイト『bmr』を所有しながら音楽・映画・ドラマ評論/編集/トークイベントなど幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第12回は、今年創立35周年を迎えるヒップホップ・レーベル、デフ・ジャム。このレーベルの長い歴史の中でエポックメイキングとなった5曲を紹介いただきました。
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Def Jam。
それはヒップホップ界最初のレーベルではないし、そもそも最初はヒップホップ・レーベルではなかった。
それでも、この奇妙な名前を持つレーベルが、ヒップホップ界で果たした役割は大きい。とても大きい。あまりに大きい。
本稿は、そんなデフ・ジャムが創業35年を迎えたことに敬意を表し、同社が世に送ったエポック・メイキングな5曲を独断で選んで、勝手に語っていくものである。
LL Cool J「I Need a Beat」(1984)
アルバム・タイトルが意味するものは、どうやらラジカセらしい……という理解が、純日本産の脳みそに衝撃をもたらす『Radio』は、LL・クール・Jのファースト・アルバムにして最高傑作と評される作品。そして、デフ・ジャムにとっても初のアルバムだった。
もっとも、当時のヒップホップは決してアルバム重視のジャンルではなかった。だから、LL・クール・Jのキャリアも、アルバムを前提としないシングルで始まっている。それが、この「I Need a Beat」だ。
デフ・ジャム創業者のリック・ルービンによる、ソリッドでミニマリストなサウンドの上で吼えるLL・クール・Jのアグレッシヴなこと!
当時の基準ではニュー・スクールなのだが、今となってはヒップホップ原初のきらめきとして記憶されるだろう。なお、件の『Radio』にはリミックスで収録された。
Beastie Boys「(You Gotta) Fight for Your Right (To Party!)」 (1986)
これまたリック・ルービンによるサウンド・プロダクションだが、上掲の「I Need a Beat」とは全く違うギター・オリエンテッドでロッキンなトラック。その上で弾けるビースティ・ボーイズは、ヒップホップのようでいてヒップホップではなく、しかし、やはりヒップホップなのである。
この曲。パーティー・ソングの代表格のように受け止められたが、実はビースティー・ボーイズの意図は正反対だった。つまり彼らは、当時の反抗的な若者たちが愛していたモトリー・クルーの「Smokin’ in the Boys Room」等のパーティー讃歌たちをこき下ろすべく、アンチテーゼ、皮肉、揶揄中傷としてこの曲を作ったのだ。ああ、それなのに……。2005年にネイサン・ポーによって提唱される「ポーの法則」――充分に発達した(or 発達しすぎた)皮肉屋は、本気でやっている連中と区別つかない――を20年も先取りした偉業として記憶しておきたい。
追伸。
ビースティー・ボーイズに関しては、ユダヤ系ルーツへの振り返りが美しい1989年の「Shadrach」もお忘れなく。
Run-DMC「Walk This Way」 (1986) *Honorable mention
ニュー・ジャック・スウィングというムーヴメントを先導することになったレーベルはアップタウンだが、先導したアーティストは――アップタウンではなく――ワーナー・ブラザーズと契約していたキース・スウェットだ。
これに類したネジレの現象が80年代ヒップホップにもあった。この時代を代表するレーベルは間違いなくデフ・ジャム。でも、時代を象徴するアーティストはプロファイル・レコーズと契約したランDMCなのだ。しかも、「ランDMCのランはデフ・ジャム経営者ラッセル・シモンズの弟」という事実が、さらにネジレを加える……。
そんなランDMCの超絶出世曲「Walk This Way」はラッセル・シモンズとリック・ルービンのプロデュースだし、そもそも「エアロスミスのカバー」というアイデア自体がルービンの発案によるもの。よって、これは「名誉デフ・ジャム曲」と言えるのではないか。
Public Enemy「Fight the Power」(1989)
1990年前後。それはヒップホップが最も政治的だった時代。その数年間を象徴する存在が、パブリック・エネミーだ。
彼らの全盛期は長いものではなかったが、それでも「この1曲」を選ぶのは難しい。「Bring the Noise」も「Bring tha Noize」も「Shut ‘Em Down」も「Can’t Truss It」もあるから。フェイクニュースを“altenative facts”と言いくるめる政権側の詭弁が目立つ今だからこそ、「Don’t Believe the Hype」も捨てがたい。
だが、現象としての彼らに注目するのであれば、映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』のサウンドトラックからヒットしたこれを選ぶのが妥当だろう。
余談。
「第2次(?)ブラック・パワー」とでも呼びたいこの時期の盛り上がり(??)を受けて、プロレス団体WWF(現WWE)が黒人レスラー軍団“Nation of Domination”を考案したのは1996年。ちょっと遅いな。
Warren G「Regulate」 (1994)
80年代後半にはすでにヒップホップ名産地の一つとなっていた西海岸だが、この地域が圧倒的なクリエイティヴィティを発揮してヒップホップ・シーンを牽引するようになるのは、この90年代前半のこと。
ニューヨークを発祥の地とするヒップホップがネイションワイドに広まるにつれ、やはりニューヨークが本拠地のデフ・ジャムも勢力を拡張しようとしていた。それを象徴するのが、ウォーレン・Gの獲得だ。
映画『ポエティック・ジャスティス/愛するということ』のサウンドトラックからヒットしたマリファナ讃歌「Indo Smoke」の評価だけでデフ・ジャムとの契約に至った彼は、カリフォルニア州南部、ロングビーチ市出身。ドクター・ドレーの(義)弟にしてスヌープ・ドッグの仲間である。
兄ドレーと比較して、よりスムーズな作風のウォーレンは、ここではマイケル・マクドナルドの「I Keep Forgettin’ (Every Time You’re Near)」をサンプリングし――これは私感だが――原曲より魅力的に仕上げている。これがウォーレン・Gのマジックなのだ。主役ウォーレンと頻繁にマイクリレーするネイト・ドッグのクールな歌唱も決まって、西海岸ヒップホップにおける最高到達点の一つとなったこの曲は、たびたび顧みられる祖型ともなっていく。
ちなみに、本曲の初出は映画『Above the Rim』(なんと邦題は『ビート・オブ・ダンク』だ!)のサウンドトラック。それだけにビデオでは、同映画で悪役を怪演した2パックが目立ちまくって仕方ない……。
余談。
「ドレーの弟なのにデス・ロウ所属ではないウォーレン」というネジレの現象はどこかで聞いたような。だからなのか、1995年のヒップホップ・ドキュメンタリー映画『The Show』中で、「ドレーのバックアップがなかったらウォーレン・Gなんて……」という意見を聞いたラン(ランDMC)が、妙にウォーレンの肩を持つのだった。
Ludacris「What’s Your Fantasy」(2000)
80年代後半にはすでにヒップホップ産地の一つとなっていた南部諸州だが、この地域が圧倒的なクリエイティヴィティを発揮してヒップホップ・シーンを牽引するように鳴るのは、90年代終盤のこと。
ニューヨークを発祥の地とするヒップホップがネイションワイドに広まるにつれ……以下略。それを象徴するのが、デフ・ジャム・サウスの設立、そしてリュダクリスの獲得だ。
もともと“Chris Lova Lova”という変な名前のラジオ・パーソナリティとして人気があり、ティンバランドのソロ・アルバムにもラッパーとして参加していた彼。自主で初アルバム『Incognegro』(ラテン語のもじりで、意味は「知られざる黒人」……凄いタイトル)を出した後にデフ・ジャム入りし、その自主アルバムを改作した『Back for the First Time』をリリースする。そこからの初シングルが、止められない性的妄想(ファンタスィ~)を列挙していくこの曲だ。
もちろん、性的なネタのラップはこれまでにナンボでもあった。しかし、スタンダップ・コメディを思わせるコミカルさと、言葉選びに長けたリリシズム(ほぼトンチの域に達している)を、ここまでの高レベルで両立させた例は稀有なのではないか。
Written by 丸屋九兵衛
丸屋九兵衛トークライブ
- 2019/11/12 (火) @東京・渋谷 LOFT HEAVEN 「丸屋九兵衛、m-floを語る」
- 2019/12/07 (土) @東京・銀座 Basement GINZA 今こそ『ゲーム・オブ・スローンズ』総決算!
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■著者プロフィール
丸屋九兵衛(まるや きゅうべえ)
音楽情報サイト『bmr』の編集長を務める音楽評論家/編集者/ラジオDJ/どこでもトーカー。2018年現在、トークライブ【Q-B-CONTINUED】シリーズをサンキュータツオと共に展開。他トークイベントに【Soul Food Assassins】や【HOUSE OF BEEF】等。
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