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丸屋九兵衛 連載第4回「ゲーム・オブ・スローンズと音楽」
音楽情報サイト『bmr』の編集長を務めながら音楽評論家/編集者/ラジオDJなど幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第4回です。コラムの過去回はこちら。
第4回【ゲーム・オブ・スローンズと音楽】
ここ日本では今ひとつ知られていないが、2011年からこのかた、毎年春から夏にかけて世界を騒がせているアメリカ産のドラマがある。
その名は『ゲーム・オブ・スローンズ』。英語で書くと“Game of Thrones”。ジョージ・R・R・マーティン著の大河ファンタジー小説『氷と炎の歌』シリーズを原作に、架空の世界にある架空の大陸(しかしブリテン島そっくり)ウェスタロスを主な舞台とするファンタジー・ドラマだ。
主演陣だけで20人以上という大所帯キャストで、似たような名前のキャラクターたちが入り乱れて戦闘と陰謀を繰り広げる、セックスとバイオレンスのワンダーランドのごとき洋風三国志。「不規則な夏と冬が交互にやってくる」という世界設定からして複雑なのに、状況説明ナレーションは皆無、という視聴者に厳しい作り。そんな尖り具合が逆に受けたのか、「ケーブルTVドラマ史上最大のヒット・ドラマ」と称えられるほどの人気を誇っている。
とはいえ、これは音楽サイトなので、シリーズ自体について延々書くつもりはない。ただ『ゲーム・オブ・スローンズ』は、音楽との関わりにおいても見どころがあるドラマなのだ。
まずは、全編を彩るスコアが良い。その特徴である一糸乱れぬ軍律を思わせるような、ステディなリズムで迫り来る去勢済み奴隷兵軍団のテーマ。あるいは、出生の秘密に苛まされながらも強く生きる私生児ジョン・スノウの、悲しくも雄々しいテーマ曲、など。
そういうクラシカルな楽曲も素晴らしいのだが、実は、より現代的な音楽とも密接に絡み合ったドラマだ。
何と言っても、2014年にはフリー・ダウンロードできる「ミックステープ」がリリースされた。
『HBO presents Catch the Throne』と銘打たれた同作は25分ほどで10曲入りの小品ながら、アウトキャストのビッグ・ボーイやコモン、そしてダディ・ヤンキーまでが、『ゲーム・オブ・スローンズ』の登場人物や戦闘場面をテーマにしたリリックをちりばめたラップ曲を提供したコンピレーションだ。
翌2015年には『HBO presents Catch the Throne: Volume II』と銘打たれた第2弾がリリースされた。メソッド・マン、タリブ・クウェリ、タイ・ダラー・サイン、メラニー・フィオナによるヒップホップやR&Bに加え、アンスラックスやマストドンといったメタル勢の参加も目を引く。前作のダディ・ヤンキーに続きヤンデルが参加しているのはレゲトン方面への目配せだろうか。
劇中で大陸の西海岸を領地とするラニスター家をモチーフとした“Lannister’s Anthem”を、アメリカ西海岸の重鎮スヌープ・ドッグが担当しているあたりに粋な配慮を感じる第2弾だった。
そもそも、音楽畑との掛け持ち組が出演陣に多いのも、『ゲーム・オブ・スローンズ』の特徴だ。
頭は弱いが気立てのいい力持ちの大男ホーダー(Hodor)役のクリスティアン・ネアーンは北アイルランドのハウス系DJ。このドラマの大成功と歩調を合わせて、その名もRave of Thronesというツアーで欧米豪を回り、各地の夜を盛り上げまくっているという。
「花の騎士」というあだ名を持つ美青年剣士ロラス・タイレル(Loras Tyrell)を演じるのはフィン・ジョーンズ。今でこそNetflixの『アイアン・フィスト』の主役で有名だが、本作において彼氏の胸毛を剃ってあげるスウィートなシーンで世の腐人たちの心を釘付けにした(そしてGay of Thronesというあだ名がついた)のが出世のきっかけと言えるだろう。彼もDJとして活動し、UK諸都市をツアーしている。
リリー・アレンに“Alfie”という曲がある。これは、弟アルフィー・アレンに捧げたものだ。そのアルフィー・アレンは俳優で、『ゲーム・オブ・スローンズ』では調子に乗って友を裏切ったためにどんどん不幸になるシオン・グレイジョイ(Theon Greyjoy)を演じている。リリー&アルフィーはサム・スミスの親戚にも当たる音楽一家。そういえばアルフィー・アレンは、ノーザン・ソウルをテーマにした映画『Soulboy』にも出ていたっけ。
ここまで書いてきたことでわかるように、『ゲーム・オブ・スローンズ』のキャストにはUK(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)とアイルランドの役者が多い。制作はアメリカのケーブルTV局「HBO」なのだが、舞台となるのが中世的な世界だからだろうか。
そんなUK勢の中でも、全英ナンバー1ヒットを記録したのは、さすがにこの男だけだろう。それはダウン・トゥ・アースな成り上がり系の剣客ブロン(Bronn)を演じるジェローム・フリン。ロブソン・グリーンと共に主演していた90年代の軍隊ものドラマ『Soldier Soldier』で、この主演コンビがちょっとだけ披露した歌声に感銘を受けたサイモン・コーウェルが強引に説得したのだ。
その結果、ひたすらカバー曲ばかり歌うデュオ「ロブソン&ジェローム」として95年にデビュー。80年代のユーロビート大王チーム「ストック、エイトケン&ウォーターマン」のストックとエイトケンがプロデュースした“Unchained Melody”や“Daydream Believer”が人気を博し、全英ナンバー1を記録しまくった。
ジェローム・フリンは音楽キャリアから身を引いたが、現在もレコーディング・アーティストとして活躍している俳優もいる。
例えば、『ゲーム・オブ・スローンズ』ではとんでもない加虐嗜好の拷問魔ラムジー・ボルトン(Ramsay Bolton)を演じるイワン・リオン。音楽的には、その役柄のイメジとは裏腹に、ギターをつまびきながら優しく歌うアコースティックなインディ・フォークだ。
しかし、わたしが最も薦めたいのは、去勢済み奴隷兵軍団の指揮官グレイワーム(Grey Worm)を演じるジェイコブ・アンダーソン。ラリー・リッチー名義でシンガー兼ラッパーとして活動している。ジャンルとしてはまあ、オルタナティヴR&Bだ。ジ・インターネットとの共演EPを経てリリースしたデビュー・アルバム『You’re a Man Now, Boy』は好評をもって受け止められた。
ただし、リード曲“Stronger Than Ever”は、アルバム未収録のMJ Coleリミックスが超絶的に素晴らしい。また、件のリリー・アレンがこの曲をアコースティックでカバーしていたりするのが、めぐりめぐってなんだかエニシを感じさせるではないか。
第3シーズン終盤、米欧のお茶の間を阿鼻叫喚地獄に突き落とした血みどろの結婚式エピソードがあるのだが、その阿鼻叫喚の直前に「雇うのにえらいカネかかりましてん」と紹介されていた楽団には、コールドプレイのメンバーが紛れ込んでいた。このコールドプレイによる冗談動画(に見えて、実はチャリティ)は、『ゲーム・オブ・スローンズ』出演陣によるミュージカルの舞台裏……というもの。これはこれで一見の価値がある。
また、第4シーズンでは別の結婚式(これまた地獄の展開を見せる)があり、そこで同じ曲のさらに辛気臭いバージョンを歌って少年王に追い払われるトリオはシガー・ロスだ。
そして先ごろ、アメリカ東海岸時間7月16日(日)21時から放映された第7シーズン第1話には、エド・シーランが登場!見事な喉を披露し、仲間たちの孤独を慰める歌自慢な兵士役だ。
これは、アーヤ・スターク(Arya Stark)を演じるメイジー・ウィリアムズがエド・シーランの大ファンであることから、彼女へのサプライズ企画としてキャストされたものだという。
ファンタジー・ドラマというものが、いかに強烈なポップカルチャーとなりうるか、そしてそれが音楽――それも、R&Bやヒップホップを含む――と結びつきうるか。そんな可能性を示しているのが『ゲーム・オブ・スローンズ』ではないだろうか。
♪『ゲーム・オブ・スローンズ』公式Spotifyプレイリスト
♪ コラム中に出てきた曲をチェック
- ラリー・リッチー『You’re a Man Now, Boy (Deluxe)』 iTunes / Spotify
- ラリー・リッチー「Stronger Than Ever (MJ Cole Remix)」 iTunes / Spotify
■著者プロフィール
丸屋九兵衛(まるや きゅうべえ)
音楽情報サイト『bmr』の編集長を務める音楽評論家/編集者/ラジオDJ/どこでもトーカー。2017年現在、トークライブ【Q-B-CONTINUED】シリーズをサンキュータツオと共にレッドブル・スタジオ東京で展開中。
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