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ケンドリック・ラマー新曲「The Heart Part 5」徹底解説: MVで顔が変わる曲には何が込められたのか?

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Kendrick Lamar - Photo: YouTube/Aftermath/Interscope Records

ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)が、2022年5月13日に発売する5年ぶりの新作アルバム『Mr. Morale & the Big Steppers』から、「The Heart Part 5」を先行配信した。同時公開となったミュージック・ビデオでは、ケンドリックの顔が色々な有名人に代わっていく。(*5/13 update:新作アルバム『Mr. Morale & the Big Steppers』には「The Heart Part 5」は収録されなかった)

この楽曲について、ライター/翻訳家の池城美菜子さんにレビュー寄稿いただきました。

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Kendrick Lamar – The Heart Part 5

 

度肝を抜くビデオ

あと4日でケンドリック・ラマーの5作目『Mr. Morale & the Big Steppers』がリリースされるタイミングで、先行曲「The Heart Part.5」がビデオとともにドロップされた。彼が住むLAは8日の日曜日、日本は月曜日の朝だ。今週は幸先いいねー、とキッチンでりんごを剥きながらビデオを鑑賞しようとしたら、ケンドリックの顔がおかしい。え、顔が伸びて老けた? いや、別人だ、えっと‥‥誰? ファースト・ヴァースで火を吐く、ケンドリックもどき。「これ、誰?」問題のせいでリリックが頭に入ってこない。

おっと、コーラスがマーヴィン・ゲイ「I Want You」づかいって大ネタだな‥‥セカンド・ヴァースで顔がふっとO.J.シンプソンに変わった。ここで、鳥肌。次が元カニエ、それからこの人は‥‥ジャシー・スモレットだ。ウィル・スミス、故コービー・ブライアン、故ニプシー・ハッスルへと顔が変わる。最後のふたりは追悼だとして、天下を揺るがせた元NFLスターの元重罪人のO.J.に天才問題児、それからヘイトクライム自作自演俳優。鳥肌を通り越して寒気がした。りんごを剥いている場合ではない。

アルバム『Mr. Morale & the Big Steppers』のタイトルは、「士気を上げるリーダーと成り上がり者」。ひとつの人格に宿る二項対立をタイトルにしているのが、いかにもケンドリックらしい。「ビッグ・ステッパー」は物事を成し遂げる大物と、2019年にロディ・リッチの同名ヒット曲で意味したドラッグ・ディーラーの意味がある。ケンドリックは、これまでもロサンゼルスの治安の悪い区域で育った生い立ちと信仰、背徳、同調圧力、成功の代償(!)などをテーマにしてきたトップ・ドッグ・エンターテイメント(TDE)から最後のリリースとなる新作でも、その延長線上にあるトピックを紡ぎそうだ。

 

ニプシー・ハッスルへの追悼

まず結論を書くと、この先行曲「The Heart Part.5」は2010年「The Heart Part.1」から続く「The Heart」シリーズのパート5であり、ケンドリックが2019年に33才の若さで凶弾に倒れたニプシー・ハッスルに半分憑依してラップする後半がハイライトだ。3つめのヴァースでLAレーカーズのスターの次に写っているのがニプシーである。

もっともよく出てくる「これ、誰?」の顔はおそらくケンドリックとニプシーのふたりの合成である。コンプトンの近所、クレンショーが地元のニプシーはケンドリックよりふたつ年上で、どちらも無名のときからの知り合い。ニプシーはギャングのクリップスの元メンバーだったが、ラッパーとして頭角を現してから生き方を改めた人だ。2018年『Victory Lap』でブレイクした頃は、地元を助ける活動家としての顔が有名だった。『Victory Lap』の「Dedication」でケンドリックは客演もしている。

「The Heart」シリーズのパート2は、ザ・ルーツの「A Peace of Light」をサンプリングした曲で、ミックステープ『Overly Dedicated』(2010)に収録されている。ジェイ・ロックとアブ・ソウルをフィーチャーして「Will You Let It Die」との副題がついたパート3は『good kid, m.A.A.d city』(2012)と同時期にこっそりリリースされ、パート4は2017年に出たシングルだ。

熱心なファンはともかく、アルバムだけを聴いていたら12年も続いているシリーズものだと気づかないかもしれない。2011年のJ.コールのプロデュース曲、「HiiiPoWer」をきっかけに彼が提唱してきたハイパワー・ムーヴメント、ハート、オーナー(名誉、自尊心)、リスペクトを大事にする生き方のなかで、「ハート」の部分に焦点を当てているとも取れる(*注1)。いままで、このシリーズでビデオを作ったのは最初のパート1だけである。ここに今回のパート5につながる多くの要素が入っているので、ぜひ見て鳥肌を立ててほしい。

(*注1:『ユリイカ』2018年8月号 小林雅明氏「ケンドリック・ラマー・クロニクル」211ページ参照)
Kendrick Lamar – The Heart Part.1

少年のようなケンドリックの佇まいと、レコード・ショップですでにマーヴィン・ゲイのCDを指し示しているのにまず驚いた。そして、笑顔のニプシーが出てきて胸を突かれた。「The Heart Part.1」は、ヤシーン・ベイのモス・デフ時代のヒット曲「Umi Says」のビート・ジャックだからアルバムには収録できないのだが、自分の起点として重要だと思ってビデオを作ったのかもしれない。

 

超有名人である辛さ

パート5のビデオは冒頭に「I am. All of Us」の言葉が出てくる。これは、ケンドリック・ラマーとは、この文化を作る全員と同じとの宣言だ。

As I get a little older, I realize life is perspective
And my perspective may differ from yours
少し歳を取って 人生はものの見方次第だって気づいた
俺の視点は君たちのとはちがうかもしれないけど

こう語っているが、曲の真意は見方がちがってもお互いが世の中を構成していることには変わりはなく、だからこそ相手の立場にたつ大切さを説く。最初のヴァースは暴力に満ちたLAのギャング・ライフがテーマである。出所してハーフウェイ・ハウス(完全に復帰する前の宿泊施設)を出た途端に頭を撃ち抜かれる現実を描く。二つ目のヴァースでは、1995年にアメリカを震撼させたいO.J.シンプソン事件に言及している。

I said I’d do this for my culture
To let y’all know what a nigga look like in a bulletproof Rover
俺たちのカルチャーのためにやっているって言ったよね
防弾ガラスのレンジ・ローバーに乗っている黒人をみんなに見せるためだよ

1行目はジェイ・Z「Izzo(H.O.V.A)」の「I do this for my culture, to let’em know」との有名なリリックを借りている。2行目はケンドリック自身がレンジ・ローバーに乗っているのと、逮捕を逃れようとハイウェイを飛ばすO.J.と警察のカーチェイスがテレビ中継された1995年の事件を引っ掛けているのだ。

Friends bipolar, grab you by your pockets
No option if you froze up, always play the offense
双極障害者の友だちは金をくすねようとポケットをつかんでくる
ジュエリーをたくさんつけていたら常に攻撃するしか選択肢はない

ここでは元カニエ・ウェストの状況をラップしている。いとこに音源の入ったラップトップを盗まれるなど、いつも狙われている側の“Ye”が攻撃的でもしかたない、と代弁しているのだ。ケンドリックの芸の細かさを説明すると、「Izzo(H.O.V.A)」はカニエのプロデュース作であるうえ、ジェイ・Zは2017年にO.J.シンプソンをテーマにした「The Story of O.J.」を作っている。

『Empire 成功の代償』でブレイクした俳優、ジャシー・スモレットの顔がでてきたのは驚いた。彼はドラマが大ヒットしていた2015年に黒人2人組に襲われる事件を自作自演したせいで、裁判にかけられて有罪判決を受けている。ドラマの出演料を上げるのが動機だったため、ファンをがっかりさせたうえ、ヒット・ドラマが失速する原因になった。だが、自傷の可能性があるという理由で刑務所の精神病練に入れられており、事実上、刑を受けている状態だと知ると印象が変わってくる。今年に入って、ドラマで共演していたタラジ・P・ハンセンも「十分に罰を受けた」と擁護する姿勢をSNSで示した。

 

ほしいのはリスペクト

O.J.とスモレット、Yeとウィル・スミスを引き合いに出す理由は、それぞれの背景を理解するために視点を変えると見え方が変わってくるという指摘と、超がつく有名人であることの辛さをよくわかっているケンドリックの、彼らにたいするシンパシーにあるだろう。コーラス部分のマーヴィン・ゲイの「I Want You」も意味を変えている。原曲は好きな女性の愛を請う曲だが、ここでは地元からのリスペクトを求めているのだ。深読みすると、有名人たちが払った代償や貢献へのリスペクトをも世間に求めているようにも思う。

3つめのヴァースで夭折したコービー・ブライアンとニプシーが続けて出てくるのは、生きているときにスキャンダルを起こしたり、ギャングであった過去があったりしてもヒーローとして亡くなった共通点があるからかもしれない。前述したように、ニプシーの目線でラップしている箇所があるので、長めに訳出しよう。

Should I feel resentful I didn’t see my full potential?
Should I feel regret about the good that I was into?
Everything is everything, this ain’t coincidental
I woke up that morning with more heart to give you
As I bleed through the speakers, feel my presence
To my brother, to my kids, I’m in Heaven
To my mother, to my sis, I’m in Heaven
To my father, to my wife, I am serious, this is Heaven
To my friends, make sure you countin’ them blessings
To my fans, make sure you make them investments
And to the killer that sped up my demise
I forgive you, just know your soul’s in question
I seen the pain in your pupil when that trigger had squeezed
やれたはずのことを成し遂げられなかったのを怒るべきなのかな?
熱心にやっていた前向きな活動も後悔するべきかな?
すべてのことに意味があるんだよ これは偶然じゃない
あの朝目覚めたとき もっと心を尽くすつもりだった
血を流す思いでラップした言葉がスピーカーから流れたら 俺の存在を感じてほしいんだ
兄弟たち 子供たち 俺は天国にいるから
母さん 姉さん 俺は天国にいるよ
父さん 俺の奥さん いやまじで ここは天国だから
友だちのみんな 自分の幸運をきちんと確認して
ファンのみんな きちんと投資してくれよ
俺の死期を早めた犯人へ
お前を赦す お前の魂が彷徨っているのがわかるから
お前が引き金を引いたとき 瞳に痛みが宿ったのが見えたんだ

泣きながら訳すのは、エミネム以来だ。ケンドリック・ラマーは、ニプシーに想いを馳せるあまり、同化してしまった。遺族の気持ちを考えると、生前に友人関係があったからこそできることだろう。「The Heart Part.5」は、ビデオのディープ・フェイク技術にまず驚いたが、曲全体を聴き、リリックを解析したらさらにその深さに打ちのめされた。

『Mr. Morale & the Big Steppers』が楽しみであり、空恐ろしくもなってきた。

Written By 池城美菜子(ブログはこちら


下記はビデオ内での他の顔になる人物たち

コービー・ブライアント

O・J・シンプソン

ウィル・スミス

カニエ・ウェスト



ケンドリック・ラマ―「The Heart Part 5」
2022年5月9日公開
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



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