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ジョン・バティステ初単独公演レポート:ロックが主戦場の筆者を引き込んだもの

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Photo by Masanori Doi

2023年10月6日に初の来日公演を行ったジョン・バティステ(Jon Batiste)。新作『World Music Radio』を引っ提げ、神田スクエアホールに集まった約1,000人のオーディエンスを沸かせた一夜について、音楽評論家の増田勇一さんによるライヴ・レポートが到着しました。

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Jon Batiste – Ground Control – ARTE Concert

 

ロックが主戦場の筆者を引き込んだもの

音楽ジャンルの細分化が止まらぬ中で、その線引きのあり方に敏感な人たちもいれば、逆にカテゴライズ自体に否定的な向きもある。当事者である音楽の作り手たちの場合も、そのあたりの考え方はさまざまだろう。ただ、取材の機会などにその手の話になった際、よく耳にするのが「結局のところ世の中には、良い音楽とそうでないものの二種類しかない」といった言葉だ。

そして、そこで「では、あなたにとっての良い音楽とは?」という漠然とした質問をすると「良い音楽とは、聴き手に束の間の旅を楽しませてくれるものだ」などという答えが返ってくるケースが多々ある。確かに素晴らしい音楽作品に浸っている時間というのは、どこか別の場所に連れて行ってもらえているかのような感覚を味わえるものだし、こうした回答にテンプレート的なお決まり感があろうと、それを否定したい気持ちになることはない。しかもそれは、特定のジャンルの音楽に限ったことではないはずだ。

10月6日、東京の神田スクエアホールでジョン・バティステの初来日公演を観た。ちょっと調べてみたところ、カサンドラ・ウィルソンのバック・バンドのキーボード奏者として日本を訪れている過去があるとのことだが、彼がジョン・バティステとしてこの国でライヴを行なうのは間違いなく今回が初めてのことだった。

僕自身は普段、主にハードでヘヴィなロックの領域を取材・執筆活動の場としているのだが、この単独公演決定の報が届いた時には思わず歓喜の声を上げそうになった。正直な話、ジャズにもR&Bにも精通しているわけではないし、彼という存在について「ずっと前から注目していた」などと見栄を張ろうとしたところで、すぐに綻びが出てしまう程度の知識しか持ち合わせていない。ただ、それでも『We Are』(2021年)にはどっぷりと嵌まってしまったし、この8月に発売された最新作『World Music Radio』についても、新鮮な驚きをおぼえつつ日頃からかなりの頻度で聴いてきた。

素直に白状すれば、彼の音楽に夢中になったのは2022年4月の、第64回グラミー賞授賞式での素晴らし過ぎるパフォーマンスを目にしたことが切っ掛けだった。そこで聴いた「Freedom」に打ちのめされて、すでに発売から1年と少々を経ていた『We Are』のアナログ盤を買いに走ったのだ。

「なーんだ、音楽ライターのくせにずいぶんアンテナ鈍いんだな」などと言われても言い訳は出来ないし、実際、「なんで今日までこれを知らずにきたんだ!」と悔やんだものだ。

興味深かったのは、同じ授賞式の中継を見ていたらしいKISSのジーン・シモンズが、ツイッター(当時)に「グラミー賞でのジョン・バティステ、彼のダンサーとミュージシャンたちに完全に夢中だ。世界はこの音楽を切実に必要としている!」などと書き込んでいたことだ。少年期にKISSによって洋楽ロックの世界に導かれた部分の大きい僕としては、彼が自分と時を同じくして同じものに惹き付けられている事実に、音楽が引き起こすマジックの面白さを感じずにいられなかった。

その時から僕にとってジョン・バティステは、絶対にライヴを観に行きたい対象のひとつになり、結果、それからさらに1年と数ヵ月を経た先頃、その好機が訪れたというわけだ。そして実際に観た彼のライヴには、大いなる期待込みの想像に近い部分もあれば、意外なところもあった。しかし間違いないのは、そのひとときがまさに「束の間の旅」のように感じられたことである。しかもその旅は特定の場所へと案内してくれるものではなく、地平も時間軸も飛び越えながら何もかもが溶け合った世界へと導いてくれるものだった。

 

“特別な体験”の始まり

開演前、スクエアホールという会場名通りの長方形のフロアに流れていたのは、アイザック・ヘイズ、ルーファス、フランク・オーシャン、ビリー・コブハム、ルイス・コール、などなど。実のところそうしたさまざまな楽曲たちの正体をすぐさま察知出来たわけではなく、Shazamの力も借りながら確かめたのだが、ジャンル感の縛りのない音楽番組のようなそのBGMには、多様性・多面性の高い音楽家の登場を迎えるに似つかわしい心地好さがあった。ちなみにライヴが始まる直前に聴こえていたのは、カナダのインディ・ポップ・バンド、メン・アイ・トラストの「Show Me How」という楽曲だった。

BGMが止み、場内が暗転したのは、開演定刻の午後7時を5分ほど過ぎた頃のことだった。拍手と歓声を浴びながら姿を見せたバティステは、赤と白というきっぱりとした配色のスタジャンを着用。『World Music Radio』のジャケット写真での姿と同様に、長いアンテナが伸びたヘッドフォンを装着しており、フロア後方からでも彼が笑顔であることがはっきりとわかる。

まず聴こえてきたのは、その最新作の幕開けと同様に「Hello, Billie Bob」。このオープニングSE的な曲の終盤には「今宵お届けすることになる音楽は、世界中から発信されています。ワールド・ミュージック・レディオの熱心なリスナーならばご存知の通り、これは特別な体験です」というアナウンスが含まれている。そして、それを前置きとしながら始まったのは「Raindance」。その瞬間からまさに、“特別な体験”が始まったのだった。

ただ、それからの時間経過の中で体験したことについて、順序立てて正確に振り返りながら伝えることは、僕には難しい。展開が目まぐるしくて追いきれなかったわけでも、情報量過多で消化しきれなかったわけでもなく、その場に渦巻く音楽の世界に没入してしまったからだ。だからその流れについて振り返ることは、夢で見たことを反芻するのに近い作業でもある。

 

ニューオーリンズの風景を感じる演奏

まずライヴの概要を読者に把握していただくうえで事実関係を列挙していくと、ステージ上の演奏者はバティステ自身とドラマー、パーカッショニストの3人のみ。キーボード奏者も居たが、その姿はフロアからは見えないところにあった。いわゆる同期音源を多用しつつもライヴならではの生々しい躍動感が損なわれていなかったのは、バティステの奏でるピアノやギター、メロディカの有機的な響き、2人の打楽器奏者による人力のビート感によるところが大きいだろう。

しかも3人は淡々と演奏に徹するわけではなく、楽器同士に会話をさせるかのように見事な掛け合いを繰り広げていく。加えて、それぞれが「役者だねえ」と言いたくなるような表情や立ち振る舞いをみせるものだから、場面によってはミュージカルの舞台でも観ているかのような気分になる。ところが、いざバティステがピアノを弾き始めれば、その場の雰囲気は緩やかな時間を味わえるゴージャスなラウンジに変わり、楽曲によってはその風景がストリートに転じ、僕自身まだ一度も訪れたことのないニューオーリンズの風景を妄想させられたりもする。

実際のところステージ自体の様相はごくシンプルで、映像やバックドロップなどを使った場面転換なども皆無なのだが、音楽そのものがその場に漂う空気を変え、ステージ上の風景さえも変化し続けているかのような錯覚を起こさせる。つまりバティステの音楽が導いてくれる“旅”はあくまでヴァーチャルなもので、錯覚の上に成り立っているものでもあり、そこにはある種、ゲーム的な感触も伴う。ただ、そうしたヴァーチャル感を伴っていながらも、その場で繰り広げられているのはあくまでリアルなライヴなのだ。

 

練り歩く演奏と“聖者の行進”

そうした生々しさをことに実感させられたのは、バティステがステージから姿を消し、どこに行ったかと思えばフロアに降りてきて、オーディエンスの間を練り歩くようにしながら演奏を続けた時のことだった。しかもその間、彼は笑みを絶やさず、軽快なステップやターンをみせながら、観客を巻き込んでいく。それはまさに、ハーメルンの笛吹き男のあとを群衆が付いていくさまを思わせる光景(これは物語の内容的には比喩として適切ではなさそうだが)でもあったし、それ以上に「Freedom」のビデオ・クリップの世界を思い起こさせるような“聖者の行進”感があった。

Jon Batiste – FREEDOM

僕自身も実際にフロアでバティステと接近遭遇したが、その際に感じたのは、天才音楽家などと形容されることの少なくない彼が、人を惹き付けずにおかないとてもチャーミングな人物でもあるということだった。当時に、あんな至近距離で彼と向き合えることなど、この先にはないのではないかとも思えた。

序盤に『World Music Radio』からの楽曲をアルバムの収録順通りに固めていたことからも明らかなように、このライヴはあくまで同作のコンセプトに沿ったものだった。ただ、アメリカ音楽の多様性というものすらも超えたグローバルな色鮮やかさを持ったこの作品の世界を完全に再現しようとするならば、もっと大きな場所、多くの演奏者、立体的でカラフルな演出が必要とされることになるはずだ。

もちろん僕自身はこの夜に体験することの出来た“旅”の楽しさを存分に満喫させてもらったが、同時に感じたのは、今現在のバティステ自身が思い描いているライヴの理想は、僕などには想像もつかない次元のものなのだろうということだった。そして、いつかそれが実際に体現され、目撃出来ることを願わずにはいられなかった。別の言い方をするならば、今回の来日公演は、そう遠くない将来にここ日本でそうした機会を迎えるための、意味のある第一歩だったのだと信じたい。

このライヴの翌日、僕はめずらしく脚に痛みを感じていた。爆音のライヴで頭を振ることはあっても、飛び跳ねたりステップを踏んだりすることはあまりない自分が、どうやらバティステの音楽にまんまと踊らされていたようである。その痛みが、いわゆる心地好い疲労感というやつに似たものだったことは、言うまでもない。だから今は、次の“旅”の機会到来が楽しみでならない。

Written by 増田勇一 / All Photo by Masanori Doi


ジョン・バティステ『World Music Radio』
2023年8月18日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music




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