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改めて知るJ. コールの凄さ:全アルバムが全米1位、トップに居続ける本物のラッパーの半生
2020年6月に新曲「Snow On Tha Bluff」を急遽配信したJ.コール(J.Cole)。この楽曲をめぐってノーネーム(Noname)とのビーフも起きていますが、そんなJ.コールはそもそもどんなラッパーなのか? なぜ5枚全てのアルバムが全米1位を獲得しているのか? 彼のパーソナリティと音楽性をライター/翻訳家である池城美菜子さんに解説いただきました。
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新曲での次元の高いビーフ
6月17日。ブラック・ライヴス・マター運動が黒人のトランスジェンダーのサポートや警察の解体などを求めて多様化している最中に、J.コールが新曲「Snow On Tha Bluff」をドロップ。これが、どうやらシカゴのラッパー、ノーネームの「一番売れているラッパーたちはもっとブラック・ライヴス・マターのために動くべき」というツィートに反論している、すわビーフだ、と大炎上した。
翌日にはノーネームがベテラン・プロデューサー、マッドリブのトラック「Song 33」で「いや、いま私の話とかしている場じゃないし」と応戦。J.コールは曲の内容は本音だとしながら、「みんな、(物知りの)ノーネームをフォローして」と呼びかけて収まった。彼女が指差した「一番売れているラッパー」に自分が入っている、と考えたJ.コールの生真面目さが裏目に出たわけだが、どう見ても過剰反応だった。
さて、本稿の目的は「そもそもJ.コールってこんなアーティスト」という紹介だ。もう少し、この一件について書くと、私が驚いたのはやり取りの次元の高さである。「どちらが売れているか」「ヤバいか/フェイクか」がラッパーのビーフの相場なのに、今回は有名ラッパーがどこまで政治的、社会的な存在であるべきかを巡ってのやり取りだった。
なにしろ、「現代のゾラ・ニール・ハーストンとリチャード・ライトの闘いだ」と揶揄したツィートまで盛り上がったのだ。1937年にハーレム・ルネッサンスの作家として注目されていたゾラの『彼らの目は神を見ていた』を、『アメリカの息子』で先に売れたリチャード・ライトが酷評した史実を引用したわけだが(このレビューはネット上にある)、確認したところ今回のJ.コール vs ノーネームとはあまり共通点がない。それでも、いまどきの知性派ラッパーは、アメリカ文学において重要作家であるライトやハーストンに並べられるのか、と新鮮だった。
そして、私はその期待感がJ.コールを悩ませているのでは、と考える。「自分の無力感を伝えるのに、ノーネームの名前を出す必要はないはず」と大方の指摘はまったくその通りだけれど、10年選手のJ.コールはリスクを背負ってでもあえて話題になる方法を選び、その反響が予想以上で焦ったのだと思う。自分の感情をかき乱したノーネームをわざわざ引き合いに出してしまうのが、J.コールのバカ正直さであり、彼の長年のファンは「びっくりしたけど、やりそうだよね」と感じたのではないか。私は、そう感じた。
ポジティヴで賢いリリックと弱さを見せるリリック
J.コールは、逡巡のラッパーである。哲学的な心配性、と言い換えてもいい。「これでいいのかな、俺、まちがってないかな」と悩んでキャリアや音楽性を軌道修正し、その一方で「いや、言いたいこと言っちゃうもんね!」と突然、キレ芸を見せてファンを驚かせる。ポジティヴで賢いリリックのなかに、ちょこちょこ自分の弱さも含めるため、業界で友だちが少なそうなわりに共感されやすい。2009年にジェイ・Zのロック・ネイションと契約して以来、常にシーンの中心にいて、5作のアルバムが全部ビルボード・チャートの1位を獲って結果を出している勝ち組なのに、この「ためらい癖」のせいで勝ち組感が薄いようにも思う。予算をかけたデビュー作が売れたあと失速するアーティストが多いなか、J.コールがトップに居続けるのは、リアルなリリックを書く本物のラッパーであり、自分でトラックを作るプロデューサーだからだ。
キャリア初期の、広く知られているエピソードを紹介しよう。
ジェイ・Zがラジオ向けの曲を作るまでアルバムのゴーサインを出さなかった
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一夜限りの恋愛をテーマにした「Work Out」を発表
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彼のアイドルNas が「期待はずれでがっかりした」とプロデューサーのNo.ID にこぼす
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No I.D.(カニエの師匠)がよりによって本人に伝える
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J.コールはセカンド・アルバムで丸1曲を使って
「あんなに崇めていたNas をがっかりさせちゃったよ」をいう曲「Let Nas Down」を作る
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Nasが慌てて同じトラックで「Nasは誇りに思っているよ」(Made Nas Proud )と返した
「ヒップホップちょっといい話」に収束したわけだが、Nasの発言自体、ラジオなどで公に言ったものではないし、本人同士で話すかメールで済ませればいいのに、と思った記憶がある。だいたい、Nasの同世代ファンにしてみれば、完全に「おま言う」案件だ。Nasはセカンド・アルバム『It Was Written』(1996)でメロディアスな曲を増やしてコアなファンに「セルアウト」と叱られたし(名盤だけど)、ブレイヴハーツとの「Oochie Wally」(2001)のエロさにいたっては、J.コールの「Work Out」どころではない。とにかく、この一件は、「J.コールはどうやら気にする性格らしい」という印象をファンに植え付けた。
感受性が強すぎる優等生
J.コールは、アリシア・キーズやバラク・オバマ元大統領と同じ、バイレイシャル(Biracial)である。幼い頃に元軍人の父が白人の母と自分を置いて出ていったため、ノースカロライナ州で母方の家族のもとで育つ。曰く、「家族が白人だから分かり合えるけれど、自分を白人社会の一員だと思ったことは一度もない」。少年時代はバスケット・ボールが得意で、中学ではオーケストラで第一ヴァイオリンを担当するなど多才ぶりを発揮。母親がクリスマス・プレゼントにASR-Xのサンプラーをくれたことから、トラック作りを始める。
J.コールが賢いと思われているのは、はっきりとした理由がある。高校のGPA(成績評価)が4.2と超優秀で、ニューヨークのクィーンズにある州知事を多く輩出している名門、セント・ジョーンズ大学に奨学金を得て入り、3.8を維持して卒業しているのだ。通常、4が満点のところに難易度の高い学科を取って4.2にしたのだから、本物の優等生であり、アメリカ国内のほとんどの名門大学の出願基準を満たしている。「Snow On Tha Bluff」で「俺はIQも平均的だし、そこまで本を読んでいない」と言ったため、「J.コールは本を読まない」とか、「反知性派」とまでいう短絡的なミームが出回ったが、「(いまの社会問題を解決できるような)本はそこまで読んでいない」という意味だと私は解釈した。
35才の人を昔の学歴だけで判断できないけれど、彼のリリック、話し方、生き方を知っていれば「反知性派」はなかろう、と思うのだ。本に関してはおもしろい話があり、彼は優等生として卒業したものの、図書館の本を長い間借りパクしていたため、証書をもらったのは2015年なのだそう。また、「入学当初はコンピューター専攻だったが、担当教授のライフスタイルが孤独であるのを見て、専攻を変えた」と2013年にInterview Magazineに語っているが、やはり感受性が強すぎるタイプだろう。
過去5作のアルバム解説
アルバムの聴きどころを簡単に書く。
『Cole World: The Sideline Story』(2011)
ミックステープで名前を挙げ、「J.コールという大型新人が来るぞ」と2年くらい煽ってやっとドロップしたデビュー作。そもそも、ニューヨークの大学を選んだのは、ラッパーとしてチャンスを得るためであり、事実、自分のトラックを聴いてもらうためにCDを持ってジェイ・Zの出待ちをした話は有名。副題の「サイドライン・ストーリー」はバスケの試合で自分の出番をじっと待っている状態を指す。このタイトルの曲では自分をライオン・キングのシンバや、ジェイ・Zとの関係をマイケル・ジョーダンとレブロンになぞらえたり、南部出身をバカにされた話をしたり、と様々な感情が交差する。
『Born Sinner』(2013)
トラック作りとトピックの多様さにおいて、引き出しの多さを見せつけたセカンド。ほぼ全曲を自分でプロデュースし、健全なライバル関係にあるケンドリック・ラマーを招いた「Forbidden Fruits」でア・トライブ・コールド・クエストになりきったり、「Land of the Snakes」でアウトキャストを引用したり、本腰で歌った「She Knows」でアリーヤ、レフト・アイ、MJを追悼してみたりとヒップホップとR&Bへの深い愛情を示した。カニエ・ウェスト『Yeezus』と発売日が同じで話題になったが、そのカニエの00年代のプロダクションをさりげなく取り入れるなど、J.コールの巧みさ(めんどくささ)が露呈した作品でもある。
『2014 Forest Hills Drive』(2014)
このサードからJ.コールは客演を全く呼ばなくなり、孤高のアーティスト感を強めた。タイトルは育った家の住所。母親がローンを払いきれなかったため、売りに出された一件を深く反省したそう。その気持ちを入れた「Apparently」で母親にも上手に愛情を示せない自分を顧みながら、ヒットした「No Role Modelz」ではL.A.の女性を例に出して拝金主義を嘲笑い、本物の愛がほしいと言いながら、しっかりお手軽な女性に手を出す。この曲は「リアリティ番組に出ている女なんてごめんだ」とカーダシアン一家を遠巻きにディスっているようにも聞こえるラインがあって少し話題になったが、それより理想の女性がリサ・ボネットやアリーヤ、シャーデー・アデュというのがおもしろかった。初体験の話である「Wet Dreamz」は、準備を重ねて緊張して挑んだら彼女も処女だった、というオチで大人気の曲だ。
『4 Your Eyez Only』(2016)
4作目は10曲のみ、44分のコンセプト・アルバム。ドラッグ・ゲームに身を投じて22才の若さで亡くなった友人、ジェームス・マクミラン・ジュニアの人生と、父親になった自分の人生を重ねる。1曲目で鳴る鐘は、彼の葬式の鐘だったとアルバムを聴き進めるうちにわかる仕掛け。ジェームズと自身の視点が前後してどちらの話かよく聞かないとわからないのだが、彼はなぜ死なないといけなかったのか、前科がある以上、ふつうに生計を立てる術はあったのか、なぜフッドの黒人の男性はへらへら笑顔を見せないのかなど、考えを巡らせている様をリリックにしているのだ。「Change」で「変化は自分の内側から起こる」と言っているだけで、声高にブラック・ライヴス・マターを叫んではいないが、2013年から改めて問題視されるようになった黒人男性の苦境をあぶり出した作品だ。
『KOD』(2018)
ドラッグ、SNS、セックス、アルコールなど、様々な依存を取り上げた意欲作。「ハイになろうぜ、金を稼ごうぜ」というリリックで溢れているヒップホップに一石を投じる、聴いただけでシラフになれる作品だ。不倫騒動で大騒ぎになったコメディアンのケヴィン・ハートがそのままビデオに出ている「Kevin’s Heart」は少し笑えるが、深酒をしているお母さんの姿を見るのがいやで帰宅できない「Once An Addict」など、全体にヘヴィーだ。シングル「ATM」は金中毒(Addict To Money)とのダブルミーニング。最後の「1985 (Intro to The Fall Off)」は、自分のことだと取ったリル・パンプからディス・ソングの反撃があったが、本人と対面して仲直りしている。
2019年、J.コールは仲良しのドレイクとカニエ・ウェストのビーフに、「Middle Child」のヴァースで援護射撃して話題になった。16才年下のリル・パンプとはファンへの影響を考慮して、全力で直接対決を避けるが、年上、格上のカニエには容赦なく牙を剥くのがJ.コールである。自分のレーベル、ドリームヴィルと同じ名前の非営利団体を奥さんと一緒に運営し、『2014 Forest Hills Drive』に出てきた家は、買い戻して格安でシングルマザーの家庭に貸すような面もある。
ノーネームの一件はたしかに落ち度があったが、ヒップホップ界では確実に「善玉」であるJ.コールが、一斉にネット上で叩かれる2020年初夏を私は少し怖いと感じる。ブラック・ライヴス・マターの盛り上がりで、人々は潜在的にリーダーを求め、作風から適任に見えるJ.コールやケンドリック・ラマーに期待し、一方的にがっかりしているようにも見える。今年、おそらく2人とも新作をドロップする。そして、音楽家である以上、そこで期待に応えてくれればいいのだ。
Written By 池城 美菜子(ブログはこちら)
J.コール「Snow On Tha Bluff」
2020年6月17日発売
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新作アルバムJ.コール『The Off-Season』
2021年5月14日発売
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