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ジャズとポップスをつなぐジョン・バティステ、日本で語った新作アルバムと多様なゲスト
2023年10月初旬に来日したジョン・バティステ(Jon Batiste)。『World Music Radio』の歌詞対訳も担当したライター/翻訳家の池城美菜子さんが来日時のインタビューを実施。その模様を寄稿いただきました。
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祝祭となったジョン・バティステのステージ
ジョン・バティステのステージは祝祭であり、祈りである。10月6日、ソールド・アウトになった神田スクエア・ホールのライヴ。彼はメロディカを手に数回、ステージから降りて客席を練り歩いた。そのたび、リズムに合わせて観客は上下に跳ねる。ニューオーリンズで広く愛されている音楽一家に育ち、ニューヨークのジュリアード音楽院で学んだ。超がつく音楽エリートだが、本人はいたって気さく。
テレビの人気トークショー「The Late Show With Stephen Colbert」のバンド・マスターとしてアメリカ人のリヴィングでおなじみの存在になり、2022年『We Are』でグラミー賞において大勝を果たしてもいる。しっかりとキャリアを築いた人だが、期待とプレッシャーがかかりそうな次作『World Music Radio』では、大胆に音楽性を変えてきた。いや、拡げてきた。地球外から流すラジオ番組、という設定で、国境や言葉、そしてジャンルを飛び越えたのだ。
ジョン本人は根っからのミュージシャンだ。メロディを奏でるように話し、話しながら歌う。6月のZoomでのインタビューに続く対面取材。直前に、ファンキー・ミーターズにも在籍した凄腕のドラマーであるいとこ、ラッセル・バティステが急逝したため、お悔やみから話を始めた。
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いとこへの追悼の言葉
――まだ57歳と早過ぎる死だったようですね。彼との思い出を共有していただければ。
血縁関係ではいとこなんだけど、ぴったり20歳離れていたから叔父みたいな存在だった。本当に才能豊かで、もっと有名になるべき人だったと悔しいよ。突然だったから、すごくショックだし、打ちのめされている。もっと一緒に演奏しよう、音楽を作ろうと言い合っていて、こうやってできた曲を送ってくれたばかりだったんだ(スマホの音楽ファイルを見せてくれる)。これからその音源を演奏して、世界に届けるつもりだ。
――音楽一家らしい追悼ですね。‥『World Music Radio』をリリースして7週間が経ちました。非常にハイコンセプチュアルな作品ですが、意図したコンセプトが伝わった手応えはありますか? それとも、しっかり伝わるにはまだ時間がかかると思いますか?
まだ時間がかかりそうだよね‥いい意味でだけど。このコンセプトを理解して、一緒に生きていくのは時間がかかるだろうね。未発表の曲もたくさんあって、来年にかけてそれを出していく。そのすべてがジャーニーだし、みんなと音楽を通じてコンセプトでつながっていくのは楽しみだよ。
世界でのプロモーション
――多言語で歌い、各国からアーティストを集めたグローバルな作品だったため、プロモーションも世界規模になったかと思います。リリース後、何カ国くらい行かれたのでしょう?
あちこちに行ったね、もう10カ国くらい訪れた。それで、とうとう日本に来られた(笑)。すごく楽しみにしていたんだ。
――来日自体は2度目ですよね。
そう、2回目。でも、自分のショーをやるのは今夜が初めてだよ。
――アルバムの収録曲は、各地域、各国で人気の曲が変わりそうな気がします。「Drink Water」はアフリカ、「My Heart」と「Chassol」、「Running Away」はヨーロッパで強い、など異なった反応はありましたか?
その点はすごく興味深かった。「Drink Water」はナイジェリアで大人気だ。「Be Who You Are」はさまざまな国で人気だね。「Worship」は地域によってはかなり聴かれている。
――ゆっくりシングル・カットをしている印象ですが、つぎは「Worship」なんですよね?
「Worship」だね。「Worship」はメロディが美しい、人の心を打つ曲だと思う。ある場所に誘ってくれる、とも言える。
――「Worship」はそのままのリリースですか? それともアレンジを施したのでしょうか?
「ちょっと手を加えたよ。物語性を高めるためにね」
バティステが考えるワールド・ミュージックの定義
――このアルバムを制作した目的のひとつが、「redefine terms like world music(ワールド・ミュージックという言葉の再定義)」と発言していたのは、とても共感しました。これまで、欧米以外の音楽をいっしょくたにするときの、少し乱暴な言葉だったので。あなたが考える、ワールド・ミュージックの定義とは?
僕にとってワールド・ミュージックとは、限界がない音楽のこと。ジャンルに縛られず、徹底的に表現を追究する音楽だね。ジャンルという考え方自体、僕にとっては実体が定かではないから。(その考え方から)自分を解き放てば、全世界に向けた音楽となる。つまり、ワールド・ミュージックとは世界に向けたすべての音楽、ということになるね。
――これまでのワールド・ミュージックは、「(欧米以外の)世界からの音楽」という意味が強かったのが、あなたの場合、「世界に向けた音楽」という意味で、ベクトルの方向がちがうわけですね。
そう、その通り。
アルバムの制作と多様なゲスト
――アルバムの制作秘話を伺います。前回のインタビューで世界中を旅行しながらインスピレーションを得てからスタジオに篭った、とおっしゃっていました。クレジットを見ても多くのミュージシャンが参加しています。みんなを一斉に集めてセッションして作った曲はありますか?
ジャム・セッションはたくさんしたね。演奏をして、聴く人の反応をもらい、その瞬間をつかむように曲に変えていく。その瞬間を重ねて、このアルバムはできた。アイディアが浮かんで周りとシェアしてやり取りしているうちに曲になることも、ほかの人のアイディアに「これを足してみたらどうだろう、あの人に歌ってもらったらどうだろう?」と僕が節をつけることもある。インプロゼイション(即興)から多くが生まれたんだ。
――とてもたくさんの曲ができそうですが。
うん、シャングリラ・スタジオでのはじめの1ヶ月だけで100曲以上ができたよ。
――すごいですね。ほとんどを8割方くらい仕上げるのですか?
完成はしていないけれど、曲としてほぼ成立しているね。あ、ほら。(手元のスマホのアプリを見ながら)2022年の8月だけで125曲を作っている。だから、このアルバムは僕がこうなるべき、こうしたい、というところまで突き詰めた作品なんだ。気に入っているだけでは収録できなくて、アルバム全体のストーリーにフィットしていないといけない。未発表のいい曲がたくさんあるんだよ。
――ケニー・Gとの「Clair de Lune」は天才奏者ふたりの共演です。彼とのセッションの様子、先輩から得たものはありますか?
すごく楽しかったよ。ケニー・Gは大好きだ、彼はほんとうに素晴らしいミュージシャンで‥君は、ケニー・Gは好き?
――彼の演奏は好きです。ただ、80年代に大流行したスムース・ジャズの人、という印象が強く、ここ日本でも特定のファン層や年代層にアピールするアーティストのような気はします。だから、今回の共演は意外でした。
さっきの話につながるけれど、ジャンル分けが危険なのは、そういう分断を生み出すからなんだよね。自分にとっては、〇〇過ぎるからちょっと違う、と最初から決めてしまう。もっと自然な反応に身を任せたほうがいい。子どものようにさ。子どもは「これは自分にはポップ過ぎる」とか、考えないでしょ? 自分にしっくり来るか、来ないかだけで判断すればいいんだよ。ワールド・ミュージック・レディオは僕が自然につながった音楽を指しているんだ。
――セカンド・シングルの「Drink Water」は分断が進み、不穏な空気に満ちた世界を慰める曲だと取りました。水を飲む、というのは人間が生きるうえで基本的な行為ですが、この曲は「落ち着け、一息ついて」という意味ですよね?
そうそうそう。もともとは(一緒に作った)ジョン・ベリオンのアイディアだった。彼は生まれたばかりの息子を想って、なにを伝えればいいんだろう、って考えたときのことを話してくれたんだ。それがインスピレーションになった。どちらかといえば、単純でメロディが童謡みたいでしょ?(歌い出す)。すごく純粋で単純だ。でも、その単純さの中にディープさもあって。気持ちよく聴いているうちに、水に秘めたメタファーを感じ取ってもらえるようにした。
――「Uneasy」ではリル・ウェイン本人がギターを弾いています。これは彼のアイディア?
そうだよ。彼がギターを弾けるのは知っていたけれど、少し驚いた。
――彼はロック・アルバムを作ってもいますからね。
ああ、そうだった。『The Carter』シリーズの間に出したよね。本人が弾きたい、と言い出したから、君の出番なんだから、好きにしてよって任せた。曲を作るにあたって、僕はものすごく厳格なヴィジョンを持っている。それに沿って作っているのは事実だけれど、ほかのアーティストと共演する場合は、(その人に)創造的な瞬間が降りてきたら全面的に協力する。(ギターを弾くのが)彼の長年の希望だったのなら、もちろんやってもらうべきだし、実際に弾いてくれて光栄だったよ。自分のギターと機材を持ちこんできたんだ。
――この曲には、アルバムのなかでもっとも政治的なステートメントが込められています。「Nostradamus Malcolm Marvin saw what’s going on/I know the left and the right talkin’ two different stories(ノストラダムス マルコム・X)、マーヴィンは何が起きているかわかっていた /左派と右派の話がまったく噛み合わない」といった歌詞は、歴史をつなぎつつ、現在を切り取っています。この曲のインスピレーションはどのようなときに受けたのでしょう?
あの曲は歌詞がすごく重要で、メロディと歌詞、コードを切り離すと成り立たない。ピアノのコードに合わせて、ストーリーを語れないといけなかった。ストリートの哲学者が、道を歩いて観察したこと、ニュースを見て、身の回りの情勢を伝えている。いまはみんなが、不安に駆られながら街を歩いているでしょ。たくさんメタファーを使っていて、“右と左が違う話をしている”というラインも、政治的にも取れるし、単純に歩いている時に左右にいる人たちを、こっそり見ている様子とも取れる。僕が意図していない取り方も含めて、リスナーそれぞれが浮かぶイメージを解釈してほしい。これは、マーヴィン・ゲイやカーティス・メイフィールドもおこなっていた、観察者としての伝統的な歌詞の書き方なんだ。
――歌詞の対訳を担当してもっとも難しかったのが、「MOVEMENT 18’ (Heroes)」です。教会の説教部分はおじさんのアルヴィン・バティステさんで合っていますか?
あの説教はクィンシー・ジョーンズだよ。
――そうなんですね。英語の歌詞に、話者の名前が書いてなかったので、悩みました。ウェイン・ショーターの部分は、あなたも出演していたレイト・ナイト・ショーのときのものですよね。これが放映されたとき、あなたも同席していたのですか?
いや、あれは僕が一年ほどかけて大物ミュージシャンにインタビューしたシリーズの一部だ。ウェインとは会話をしたあと、ピアノとサックスで共演したよ。地上波の番組でレジェンドたちを紹介したくて、企画した。ロイ・ヘインズ、ジミー・ヒースと彼の弟のアルバート・ヒースとかに出演してもらったんだ。すばらしい体験だった。
――ウェイン・ショーターが亡くなったあとに、曲にまとめたのですか?
それが、違うんだ。もともと進めていたプロジェクトだよ。彼の体調がよくないことは知っていたけれど、亡くなるのは予期していなかった。彼の言葉がテーマに沿っていたから使用して、結果的に最後のレコーディングのひとつになってしまった。
――愛をテーマにした曲は、パートナーを安心させるリリックが多いなかで、ラナ・デル・レイとの「Life Lesson」だけ失恋の曲です。
(爆笑)ああ、ラナ、ラナ、ラーナ! いや、その通り。彼女とはその手の曲になってしまう。たまたまシャングリラ・スタジオに遊びに来て、出会った話は前にしたよね。彼女はアルバムの終わりかけで、僕は取りかかったばかりだった。休憩時間にお互いの音源を聴かせ合ったら、ほとんど終わっていたにもかかわらず、彼女に「一緒に曲を作らないと!」って言われて。彼女の家に行って、なんとなく僕はピアノを弾き始めて、彼女が歌い始めて曲になったりもしたよ。
――彼女の『Did You Know That There’s a Tunnel Under Ocean Blvd』では「Candy Necklace」にフィーチャーリングされ、ピアノで参加している曲もありますよね。
「ほんとうに素敵な瞬間、ヴァイブがたくさんあったから、どんどん曲になっていった」
――これからリリースされるのを楽しみにしていますね。なにか、伝えたい情報はありますか?
新しいドキュメンタリー映画を作っているよ。『ジョン・バティステ:アメリカン・シンフォニー』(原題 American Symphony)というタイトルで、Netlixで公開される(編註:2023年11月29日から配信予定)
――アメリカのオーケストラかジャズの歴史を追うドキュメンタリーですか? ロバート・レッドフォードがナレーションを務めた『アメリカン・エピック』みたいな?
ああ、僕もあれは観たよ。すごく良かったよね。でも、あれとは違って、僕自身のドキュメンタリー。バラク・オバマとミシェル・オバマがバックアップして制作されて、Netflixでの放映が決まった。すごく楽しみにしているんだ。アルバムの土台にもなっている僕の信条、哲学を、オーケストラを使って演奏する試みをした。一夜限りのカーネギー・ホールでのコンサートがハイライトだ。
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『ジョン・バティステ:アメリカン・シンフォニー』はオバマ夫妻の制作会社、ハイアー・グラウンドが手がけており、公開前から「アカデミー賞のドキュメンタリー部門を視野に入れている、」と前のめりに報じているアメリカの媒体もある。
ジョンはインタビューでの発言通り、「Worship」はハウス/EDMユニットのソフィータッカーとトライバルなリミックスをリリースし、リル・ウェインの最新ミックステープ『Tha Fix Before 6』でもジョンとの共演作が収められた。
地上波のテレビ番組に抜擢され、ファッション・ブランドや清涼飲料水といった大企業のバックアップを得ているため、「うまくやっているミュージシャン」とのイメージをもつ人もいるかもしれない。だが、本人はジャズの歴史とポップ・ミュージックをつなぐ役割を自らに課し、受け取ったチャンスを断固として生かしているのだと思う。なにしろ、あの演奏力。まだ、『World Music Radio』未体験の人はぜひ、子どもに返って聴いてみてほしい。
Written by 池城美菜子(noteはこちら)
ジョン・バティステ『World Music Radio』
2023年8月18日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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