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グレイシー・エイブラムス成功までの軌跡:テイラーとの絆と「That’s So True」の大ヒット
現在全世界で「That’s So True」が大ヒットしており、日本では「us.」がNetflixリアリティ・シリーズ『オフライン ラブ』の主題歌となってスマッシュヒットとなっており、2025年4月8日にZepp Hanedaにて初の来日公演(既にソールドアウト)を行うことが決定しているグレイシー・エイブラムス(Gracie Abrams)。
そんな彼女のデビューから現在に至るまでのヒットの軌跡を、音楽ライターの新谷洋子さんに寄稿いただきました。
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現在、音楽界で最も勢いのあるアーティスト
今年2月に開催された第67回グラミー賞の新人賞候補の顔ぶれを振り返ってみると、10年前にファースト・アルバムを発表しているサブリナ・カーペンター、同じく10年前にレコード会社と契約したチャペル・ローン、2014年にデビューしながらその後は専らソングライターとして活躍していたレイ(RAYE)などなど、新人とカテゴライズされながらも経験豊かで、時間をかけて自分の表現を見極めたのち、決め手になる1曲に辿り着いてブレイクしたアーティストが大半を占める。
昨年同カテゴリーでノミネートされたグレイシー・エイブラムス(25歳)も然りで、彼女がSoundCloudでオリジナル曲を公開し始めたのは2015年のこと。以来じわじわと支持を広げ、4年後に正式なシングル「Mean It」でデビューを果たすもファースト・アルバム『Good Riddance』(2023年/全米ビルボート200では最高52位)は大ヒットにはならず。2024年6月に発表したセカンド『The Secret of Us』で大きくステップアップを遂げ、昨秋送り出したシングル「That’s So True」が決定打となり、2025年春現在、音楽界で最も勢いのあるアーティストのひとりと目されている。
デビューとテイラーとの意気投合
そんなグレイシーの故郷はロサンゼルス。00年代に一世を風靡したTVドラマ『LOST』で知られるプロデューサー/監督のJ・J・エイブラムスを父に持ち、クリエイティヴな家庭環境で育った彼女は幼い頃から音楽と曲作りを愛し、一旦は名門のコロンビア大学傘下のバーナード・カレッジに進学したものの中退して、音楽活動に専念することになる。
そして『Good Riddance』のリリースから間もなく、グレイシーの知名度を上げると共に、成長の契機ともなる出来事が待ち受けていた。そう、歴代ツアーの興行収入記録を更新したテイラー・スウィフトの『THE ERAS TOUR』(2023~24年)のオープニング・アクトの1組に起用された彼女は、テイラーと親交を深め、昨年12月の最終公演も含めてほかの誰よりも多い約50回にわたって、スタジアム級の会場でパフォーマンスを披露。この経験に大いにインスパイアされ、同ツアーの合間に『The Secret of Us』を制作するに至った。
テイラーとグレイシーが意気投合したのは、考えてみると当然の成り行きだったのだろう。そもそも彼女は、個性的なヴィジュアルやファッションでアピールするタイプではない。逆にサブリナやチャペルに比較すると地味に見えるくらいで、ゴシップ欄を騒がせないわけではないがスキャンダルとは無縁な、そう、まさにテイラーの姿が重なる、ギターを抱えた正統派のシンガー・ソングライターだ。
音楽的影響の源
あくまでも曲の魅力で、同世代の女性たちを中心にファンを増やしたグレイシーが敬愛するのは、テイラーに加えて、古いところではジョニ・ミッチェル、最近のアーティストならばフィービー・ブリジャーズ。
2枚のアルバムのプロデューサー兼共作者にアーロン・デスナーを指名したことも、トレンドにこだわらない、オーガニックでタイムレスなサウンド志向の持ち主であることを物語っていると言えよう。アーロンはご存知、テイラーの双子のフォーク・アルバム『folklore』と『evermore』でも手腕を発揮した、米国を代表するインディロック・バンド、ザ・ナショナルの中心人物だ。
彼とグレイシーは、アメリカーナやフォークに根差したミニマルなサウンドに繊細なエレクトロニック・テクスチュアをあしらったファーストに対し、よりアップビートかつポップにセカンドを仕上げ、ウィスパー気味だったヴォーカルも力強く前面に押し出した。
ただ、リリシストとしての関心事はずっと変わっていない。彼女が綴る曲のメインテーマはずばりハートブレイク。殊にメランコリックな作風だったデビュー当初のグレイシーは、ビリー・アイリッシュやオリヴィア・ロドリゴ、或いはテイト・マクレーと並ぶ、“サッド・ガール・ポップ”(孤独感や哀しみや切望といった感情と率直に向き合う女性シンガー・ソングライターたちを総称するサブジャンル)の代表格と位置付けられていたものだ。
実際グレイシーは恋の終わりに際して揺れ動く気持ちを、自分を取り繕うことなく無防備な筆致で曲にドキュメント。『The Secret of Us』でも、テイラーをフィーチャーして元恋人との関係をほろ苦いトーンで振り返る「us.」を筆頭に、「Blowing Smoke」然り、「Gave You I Gave You I」然り、ファーストのそれ以上に細やかなディテール描写を伴って、多様なアングルから綴られたブレイクアップ・ソングが大多数を占める。同時に、葛藤を乗り越えた先に待ち受ける解放感や、新しい恋の可能性にも随所で目を向けているところはデビュー・アルバム『Good Riddance』との大きな違いだ。
「That’s So True」の大ヒット
結果的に『The Secret of Us』からはその「us.」と「I Love You, I’m Sorry」がヒットを記録し、アルバム・チャートでは米国で最高2位、英国やカナダではナンバーワンを獲得。つまりこの時点で彼女はすでに上昇気流に乗っていたわけだが、グレイシーに真のブレイクスルーをもたらしたのは前述した通り、『The Secret of Us』のデラックス・エディションに収められたボーナストラックのひとつ、「That’s So True」だった。
特に大がかりなプロモーションが展開されたわけではなく、MVも存在しない。にもかかわらずライヴで度々プレイしていたことからファンの間で注目を集めていた「That’s So True」は、昨年10月頃からTikTokで大人気を博し、俳優のエル・ファニングやコメディアンのニッキー・グレイザーといったセレブリティたちも、曲をリップシンクしながら歌詞の内容を演じる映像を次々にアップ。
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こうしたSNS上のバズに後押しされる形で正式にシングルカットされてチャートを駆け上がり、グレイシーは初の全米トップ10入りを達成(最高6位)。英国では年をまたいで計7週間ナンバーワンの座に留るほどの大成功を収め、本人も想定外の展開に驚いているという。
ちなみに他の多くの曲と同様に親友のオードリー・ホバートと書いた曲のテーマは、やはりハートブレイクとの対処法だ。自分と別れたあと、すぐに次のパートナーに乗り換えた元カレに苛立つ彼女が、気持ちを整理してきっぱり決別するまでのプロセスを辛辣な言葉で辿っているのである。
次なるステップと来日
そんな「That’s So True」がロングヒットを博している中、ソングライターの殿堂からはハル・デヴィッド・スターライト賞(若手ソングライターの功績を讃える賞)を授与され、iHeartRadio主宰のミュージック・アワーズではブレイクスルー・アーティスト賞に、ビルボードが主催するウィメン・イン・ミュージック2025ではソングライター・オブ・ザ・イヤーに選ばれるなど、彼女を巡るニュースが続々報じられている。
さらにこのあとは、4月8日Zepp Hanedaでの初来日を経てニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンの大舞台での公演も控え、時間はかかったが、ここにきて新たなレベルへと突き抜けた彼女。iHeartRadioミュージック・アワーズの受賞スピーチでは、「私たちは厄介な時代に生きていていつ何が起きるか分からない状態にある。いきなり全く謂れもなく残酷なことが起きたりするけど、こうしてみんなで集まると、人々の間にはたくさんの光と優しさがまだあるのだと気付かせてくれる」と語って会場を沸かせたものだが、多くの人が共有している気分を代弁して連帯感を喚起する姿も、今の彼女のポジションの重みを示唆していたように思う。
Written By 新谷洋子
グレイシー・エイブラムス『The Secret of Us (Deluxe)』
2024年6月21日発売
4曲ボートラ追加国内盤:2025年3月14日発売
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