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フォール・アウト・ボーイとヒップホップ:今年のサマソニヘッドライナーによる実験の軌跡
2025年のサマーソニックにヘッドライナーでの出演が決定したフォール・アウト・ボーイ(Fall Out Boy)。ジャンルとして「ポップ・パンク」や「エモ」として表現されることが多い彼らだが、その一方、ヒップホップやR&Bといったアーティストとのコラボレーションも、この手のジャンルのアーティストとして珍しく積極的に行ってきた。
そんな彼らの挑戦について、『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』『『スピード・バイブス・パンチライン ラップと漫才、勝つためのしゃべり論』といった著書があるつやちゃんさんに寄稿いただきました。
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枠にとどまらない「大文字のロック・バンド」
フォール・アウト・ボーイ(以下FOB)はポップ・パンクやエモ系のバンドである――そう思っている人は多いのではないか。もちろん、間違ってはいない。彼らが結成された2001年はポップ・パンク全盛期。元はシカゴのハードコア・パンク・シーンで各自が活動していたことからも分かる通り、パンク~ハードコア~エモといった音楽性を軸にメロディアスなサウンドで人気を得ていったのが初期の彼らだった。
しかし、大ブレイク作となった2ndアルバム『From Under The Cork Tree』(2005年)を経て、3rdアルバム『Infinity On High』(2007年)あたりから、バンドは変化を見せはじめる。ダンスミュージックやヒップホップの影響を随所に取り入れるようになり、そこにパトリックのソウル~R&B色のあるボーカル表現も加わることで、ポップ・パンクという域にはとどまらない「大文字のロック・バンド」として進化していったのだ。
そもそも、彼らはたくさんあるルーツのひとつとしてヒップホップからの影響をたびたび公言してきた。特にベースのピート・ウェンツは昔からラップに深く親しんで育ったことを語っており、パンクとヒップホップに共通するリアルさに共感してきたのだろう。
アンディ・ハーレーのドラム・プレイもヒップホップのリズム構造を積極的に取り入れてきたし、FOBは、ヒップホップを内在化したうえでサウンドとしてもクロスオーバーを志向してきたバンドであると言えよう。実際、すでに『From Under The Cork Tree』では、たとえば「Dance, Dance」といった曲ではところどころラップの影響が見えるし、「Sugar, We’re Goin Down」のイントロのリズムもヒップホップ・ライクだ。
ヒップホップへの傾倒の理由
では、その後彼らはどのようにしてヒップホップの傾向を強めていったのだろうか? FOBは2005年にIsland Recordsと契約したが、そこでDef Jamと同じグループになり、JAY-Zが設立したRoc-A-Fella Recordsも傘下に。その繋がりもあって、アルバム『Infinity on High』収録の冒頭トラック「Thriller」にはJay-Zがナレーションとして参加している。
同じく、カニエ・ウエストも同じレーベルの繋がりがあったことで「This Ain’t A Scene, It’s An Arms Race」のリミックスを依頼したという。つまり、もともとヒップホップへの愛着があったところに、レーベル内での出会いもあってFOBの音楽にヒップホップとの接続が生まれていったのだ。
ちなみに、「This Ain’t A Scene, It’s An Arms Race」はリミックスとしてリル・ウェインやタイガが参加したバージョンも作られ、2007 MTV Video Music Awardsでパフォーマンスされた。まさにこの2005年~2007年あたりが、バンドの転換期だったと言える。
さらなる加速
そこからは、彼らのヒップホップへの愛がますます加速していく。2007年~2008年は、多くのコラボレーションが実現した期間だ。FOBとしてはティンバランドのアルバム『Shock Value』に「One and Only」で参加、バンドサウンドとティンバランド・ビートが融合することに。また、2008年に発表したFOBのミックステープ『Welcome to the New Administration』にリュダクリスやタイガが参加したこともあった。
一方、フロントマンのパトリック・スタンプ個人では、ルーペ・フィアスコ「Little Weapon」などラッパーのプロデュースも行うように。2008年にはザ・ルーツの曲「Birthday Girl」に参加したり、次々とクロスオーバーを果たしていく。ただ、2008年のアルバム『Folie à Deux』が一部で不評だったこともあり、当時彼らのパンク~エモ路線から外れるような試みが積極的に評価されていたとは言い難い。
試行錯誤の「回収」
その後、活動休止期間を挟みFOBとして2013年にリリースした『Save Rock And Roll』では、フレッシュなクリエイティビティを爆発させた。コートニー・ラブからエルトン・ジョンまで実に幅広いゲストを呼んだ本作では、ヒップホップ畑からはビッグ・ショーンが招かれ「The Mighty Fall」で共演。その流れで、2015年、ついにFOB史におけるヒップホップ文脈の集大成である『American Beauty/American Psycho』のリミックス盤が生まれることになる。
ミーゴスをはじめ、ジューシー・Jやウィズ・カリファ、ブラック・ソート、ジョーイ・バッドアスらが参加したこの作品は、彼らとヒップホップカルチャーの蜜月を最高の形で具現化したものとなった。特に、ミーゴスが豪快にラップを乗せる「Irresistible」や、ザ・ルーツのブラック・ソートが良い味を出している「Immortals」など、ラッパーたちの実力をも柔軟に受け止めていくようなFOBのますます骨太化したヘヴィなサウンドがすばらしい。同時期に隆盛したエモ・ラップ勢にも、多く参照された作品なのではないだろうか。
実際、2019年にはリル・ピープ、ILOVEMAKONNENとともに「I’ve Been Waiting」を制作したり、2024年にはジュース・ワールドの遺作に「Best Friend」で参加するなど、彼らはエモ・ラップのシーンとの接続も多々ある。というか彼らの場合、ある時期までは理解されづらかった数々の試行錯誤が、ようやくそこで「回収された」のではないだろうか。そう考えていくと、この20年間のシーンの流れの中で彼らがいかに意義深い試みをしてきたかが俯瞰的に見えてくるだろう。
実験の再評価
まとめよう。まず、FOBはもともとエモやパンクシーンからスタートし、メジャーなアーティストとしてはヒップホップとの積極的なクロスオーバーを早い段階で取り入れた存在だったということ。当時のポップ・パンクやエモバンドとしては先駆的であり、その時点ではまだ「異質な実験」という印象が強かったのではないだろうか。
ただ、その後2010年代後半に起きた「エモ・ラップ」のムーブメント――リル・ピープやジュース・ワールドなどのラッパーが登場し、パンクやエモの要素を積極的にヒップホップに融合させた流れ――によって、FOBがかつて行った実験が再評価される土壌が生まれていった。
つまりFOBは、単にジャンル横断を試みただけでなく、のちのカルチャーの大きな動きを先取りしていた存在だったと言えよう。彼らが行ったパンク/エモとヒップホップのクロスオーバーが、最終的にエモ・ラップという大きな文化的な流れへと結実し、再びポップ・カルチャーの中心に帰還したという構図は、非常に興味深い文化史的な現象だ。
それはFOBの活動が、ジャンルの枠組みを超えて影響を与えたことの証明であり、「エモ・ラップ」というムーブメントの登場によって、その功績や先見性が再認識されたとも言える。ぜひ、サマーソニック2025のヘッドライナー出演をきっかけに、バンドのヒップホップ面にも注目して聴いてみてほしい。
Written By つやちゃん
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