Join us

Columns

ケンドリック・ラマー『GNX』解説:2024年無双のラッパーによる本音と現状を映したゲリラリリース

Published on

現地時間2024年11月22日、ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)が6枚目のアルバム『GNX』を何の前触れもなく発売した。このアルバムについて、ライター/翻訳家の池城美菜子さんに解説頂きました。

<関連記事>
ケンドリック・ラマーが今、単独でスーパーボウル・ハーフタイムショーに出演する意義
ケンドリック・ラマーのベスト・ソング30:頂点に上り詰めたラッパーによる名曲
【徹底解説】初のヒップホップアクト、2022年スーパーボウル ハーフタイムショ


 

「え、なんで?」。11月22日、突如ケンドリック・ラマーが6作目『GNX』をドロップしたときの、大方のファンの反応だろう。ゲリラ・リリースはたまにあるが、SNSで匂わせ告知をしない、シングルもないほど徹底しているのは珍しい。

2024年、ケンドリック.・ラマーは無双だった。3月に勃発した対ドレイクとのビーフでは控えめに言っても圧勝し、誕生日の2日後の6月19日に、これまた急だった『The Pop Out: Ken & Friends』のコンサートでドクター・ドレーと仲間のラッパーのほか、LAのカラーギャングを引っ張り出してユニティを唱えた。9月には2025年2月のNFLスーパーボウルのハーフタイム・ショーに出演が決定。2022年の元ボス、ドレーを中心に据えた史上初のヒップホップ・アクトによるハーフタイム・ショーに続いてのラッパーとして初の単独である。

2010年代は1、2年のインターバルでアルバムをリリースしていたとはいえ、ピューリッツアー賞を受賞した4作目『DAMN.』から『Mr. Morale & the Big Steppers』までは5年空いた。6作目の収録曲が揃っていたとしても、アメリカで最高視聴率が約束されているスーパーボウルにぶつけてリリースするのが、常識なのだ。

ただし、常識とこれまでのケンドリック・ラマーのやり方を破るのが目的であるなら、12曲44分と過去作に比べてぐっと短いのも、アルバム全体を貫くコンセプトがなさそうなのも納得できる。これまでとの最大の違いは、デビュー前から所属したトップ・ドッグ・エンターテイメント(以下、TDE)/アフターマスから独立して、高校時代からの友人でマネージャーを務めてきたデイヴ・フリーとのPGラング(pgLang)からのリリースになっていること。

ちなみに、映像作家でもあるデイヴ・フリーが一足早くTDE を離れて2019年にスタートしたPGラングは、レコード・レーベルではなく映画やテレビ番組、ポッドキャストの制作まで手がけるマルチ・エンターテイメントの会社だ。ケンドリックの他は、彼のいとこであるベイビー・キームが所属している。前作もPGラングがクレジットされていたが、今作から単独でインタースコープが配給を請け負う。

*関連記事:「pgLang」、カルバン・クラインとコラボした映像を8本公開

 

『GNX』の意味と全体のコンセプト

『GNX』とのタイトルは、ゼネラル・モーターズの高級車ライン、ビュイックが1987年に発売したグランド・ナショナル・リーガルGNXを指す。ケンドリックの生まれた年に547台のみ製造された。当然、希少価値が高く、中古車市場では偽物が出回るほど。ちなみに、人気映画『ワイルド・スピード』の第1作目にも出てくる。

モノクロのアートワークでは、ケニーは父親が乗っていたため思い入れが強いこの車の前で、チャンピオン・ベルトを締めて立つ。

これを見て、勝利を誇示するウィニング・ランの意味合いが強いのかと思ったのだが、どうも様子がちがう。

筆者の最初に聴いた反応は、1曲目「wacced out murals」で、“うわー、怒ってるー”、次の「squabble up」でも“もっと怒ってるー、てか「Not Like Us」の続編みたいー”だった。とにかく、怒りのエネルギーが激しい。3曲目でいきなり故ルーサー・ヴァンドロスの歌声が流れ、SZAの声が続けて聴こえてきて安心した。

トラックの特徴は盟友サウンウェイブと、意外なジャック・アントノフがエグゼクティヴ・プロデューサーに名前を連ねていること。ニューヨークのインディー・ロック・バンドFUN.(大好き)出身で、テイラー・スウィフトやラナ・デル・レイの仕事で知られる人なので意外な人選だ。だが、ドレイクへのディス・トラック「6:16 in LA」でも組んでいたので、相性がいいのだろう。

また、TDEを離れたものの、SZA は前述の「luther」と、締めの「gloria」で参加している。おまけに、シリーズものの「heart pt. 6」は、全編でTDEで切磋琢磨した日々をふり返る。R&BファンおなじみのSWV「Use Your Heart」使いのベタさに驚いたが、それはマーヴィン・ゲイ「If This World Were Mine」のルーサー・ヴァンドロスとシェリル・ランのカヴァーを使った「luther」も同じだ。「heart pt. 6」のリリックで「Q」と呼ぶスクールボーイ・Qは『Blue Lips』を、アブ・ソウルも『Soul Burger』を2024年にリリースして好調だ。

Kendrick Lamar – heart pt. 6 (Official Audio)

昔の仲間との思い出を語りつつ、『GNX』は地元の若手を大量にフィーチャーしている。野球チームのドジャースと掛けたLA讃歌「dodger blue」では、コンプトン出身のベテラン、ワレ・ザ・センセイ、「The Box」でビルボード1位を取っているロディ・リッチ、Siete7xがコーラスで参加。次の「peekaboo」でAzChike、「tv off」でレフティ・ガンプレイ、タイトル曲「gnx」はHitta J3、YoungThreatとPeysohの3人がそれぞれヴァースを担当し、ポッセ・カットとなっている。

ロディ・リッチ以外は、かなりマニアックな人選だ。徹底的にロサンゼルス出身のラッパーに絞っているあたり、タイトルを含め、自分の生い立ちと地元愛を強調している。

2曲を解説しよう。

 

「wacced out murals」

wacced out murals

メキシコのシンガー、ディラ・バリエラの歌声から始まる1曲目の「wacced out murals」が秋以降の出来事にたいして、ケンドリックが言いたいことがもっとも詰まっている曲だろう。

Yesterday, somebody whacked out my mural
That energy’ll make you niggas move to Europe
But it’s regular for me, yeah, that’s for sure
The love and hate is definite without a cure
昨日、俺の壁画が汚されたんだ
ヨーロッパに越したくなるくらいの負のエネルギー
でも俺には日常茶飯事 うん それは確実
はっきりした愛と憎しみ 治す方法はない

ケンドリックの壁画がドレイクの会社、OVOの文字を模した落書きで汚されたことに対して怒りを表している。ただし、誰がやったか判明していないので、ケンドリックもはっきりとドレイクを名指しにはしていない。全編でチクチクとドレイクを刺激し、ビーフの名残りを感じさせる一方で、次へと向かう姿勢も見せる。すべてのジャンルを通して2024年を代表する「Not Like Us」を収録していないのは、その辺りに理由があるかも。

リル・ウエインとスヌープへの言及も話題になっている。ニューオーリンズで開催されるハーフタイム・ショーを巡って、ふさわしいのはリル・ウェインとの反応が多かった件では、

Used to bump the Carter Ⅲ, I held my Rollie chain proud
Ironie, I think my hard work let Lil Wayne down
昔『Carter Ⅲ』で盛り上がってたのに ロレックスを見せびらかしながら
皮肉だよね 俺のがんばりでリル・ウェインをがっかりさせたんだから

と寂しい思いを吐露。続いて、「お祝いの言葉をかけてくれたのはNasだけ」だそう。リル・ウェインはXで即答。

「なんだよ、俺が何をしたって? 俺は落ち着いてるのに、それでもやつらは俺を狙ってくる。親切を弱さと勘違いするな。この巨人を寝かせてくれよ。みんな、頼むよ。邪魔されるのを好む人はいないよ、俺だってそうだけど、もし邪魔してくるなら俺もぶっ壊してやる。誓って言う。愛を込めて」

激しくブチギレているものの、ファンから「いや、めちゃくちゃ愚痴ってたじゃん」、「ケンドリックのラインはディスでもないし」と総ツッコミを受けている最中だ。ウェインにしてみたら2ヶ月半前に起きた、昔の話なのだろう。だが、SNSではやり取りしないケンドリックにしては早い反応なのだ。

BLMが勃興した際、シカゴのノーネームにSNSで名指しされたときもすぐに反応したのが仇になったJ.コールを横目に、2年後の前作でどう感じたかを返していた。そのJ.コールも

Fuck apologies, I wanna see y’all geeked up
謝罪なんてどうでもいい お前ら全員ぶっ飛んでるところが見たいんだ

と突き放している。

リル・ウェインよりさらにはっきりと失望を表したのがスヌープだ。ドレイクがケンドリックへのディス曲「Taylor Made」でスヌープと2パックのAIラップを使った際、スヌープ本人がおもしろがってポストした件について。

Snoop posted “Tayler Made”, I prayed it was the edibles,
I couldn’t believe it, it was only right for me to let it go
スヌープがTayler Madeをポストしたけど 食用のマリファナのせいだって祈ったよ
信じられなかった 俺には流すしかできなかったけど

とケンドリック。ドレイクを世に出したリル・ウェインとは違い、ロサンゼルスとアフターマス出身の大先輩のスヌープとは絆が深い。これにかんして、スヌープもXで返答した。

「K.ドットの新譜GNX(爆弾/炎/マイク=最高) 食用のハッパのせいだよ(やれやれ、ごめん) 西と西のキング(炎/音符/流れ星)」

と絵文字を多用してお茶目に返した。ケンドリック・ラマーとドレイクのビーフとそれにまつわる展開において、筆者が感じている「ユーモアが足りない」という不満を一気に解消してくれるスヌープ、さすがである。

次の曲「squabble up」は、「ケンカする」という意味のスラング。全編でドレイクへの言及とも取れるラインも散見される。だが、この曲には「生まれ変わった(re-incarnated)」と2パックが好んでいた言葉も出てくるので、神と対話しながら次へ進もうとしてるのだろう。

ちなみに、「wacced」にはccがふたつ入っていてカラー・ギャングのクリップスを、「squabble up」にbbがふたつ入っているのはブラッズを意味する、という解釈を見かけた。ポップアウトのコンサートの最後でギャングのメンバーをみんなステージの上に集めたユニティの精神が生きているのだ。筆者は、あのシーンはボブ・マーリーが「ワン・ラヴ・コンサート」で政敵のふたりを握手させた一件からもインスピレーションを受けたのかも、と深読みした。ボブの名前は前作に出てくる。

squabble up

 

「reincarnated」

reincarnated

生まれ変わり自体をテーマにした6曲目は、ケンドリック・ラマーらしいコンセプトが貫く、ひねりが効いた曲だ。個人的に6作目のベストトラックだと思う。この曲でK.ドットは自分の内側に抱えている、100年以上も生まれ変わったふたつの前世にさかのぼる。ファースト・ヴァースでは1947年のミシガン州で父親に追い出されたブルースマンになる。

Gifted as a musician, I played guitar on the grand level
The most talented where I’m from, but I had to rebel
And so I’m off in the sunset, searchin’ for my place in the world

ミュージシャンの才能があって 1階でギターを弾いていた
地元では一番だったけど 抗う必要があった
だから夕暮れに出発したんだ 世界のどこかにある俺の居場所を求めて

Another life had placed me as a Black woman in the Chitlin’ Circuit
Seductive vocalist as the promoter hit the curtains
My voice was angelic, straight from heaven, the crowd sobbed
A musical genius what the articles emphasized
Had everything I wanted, but I couldn’t escape addiction
別の人生ではチットリン・サーキットの黒人女性だった
官能的な歌い手 幕間にプロモーターが押し寄せる
天使のような歌声 天国からの贈り物 観客は涙した
新聞記事は音楽的な天才とほめそやし
すべてを手に入れたけれど 依存から逃れられなかった

2人目は特定しやすく、ビリー・ホリディを指している。そのあとも歌声を絶賛されながらもヘロイン中毒だった人生を、詳細にラップしている。3つめのヴァースでとうとう本人が登場する。

A rapper looking at the lyrics to keep you in awe
The only factor I respected was raisin’ the bar
My instincts sent material straight to the charts
現世ではケンドリック・ラマーだ
みんなが畏敬の念を抱くリリックを考え続ける
俺が一目置くかはそのラップが水準を上げているかどうかだけ
俺が本能で書いた曲がチャートに上がるんだ

威勢よく始まるが、次第にエゴとプライドの話に移り、旗色が悪くなる。とうとう、神と対話を始めるのだ。

Father, I’m not perfect, I got urges, but I hold them down
But your pride has to die,” okay, Father, show me how
Tell me every deed that you done and what you do it for
I kept one hundred institutions paid
Okay, tell me more
I put one hundred hoods on one stage
Okay, tell me more
I’m tryna push peace in L.A.
But you love war
No, I don’t
Oh, yes, you do
Okay, then tell me the truth
Every individual is only a version of you
神様 俺は完璧ではありません 衝動もある でも抑えているんです
それでもお前のプライドは死なないといけない わかりました 父なる神よ どうしたらいいのですか
お前が行った善行をすべて なぜしたのかも話しなさい
100もの施設に寄付を続けています
わかった ほかには
100ものフッドの代表者たちをひとつのステージに上げました
なるほど ほかには
ロサンゼルスの平和を推進しています
でも お前は戦争も好きだよな
いいえ 嫌いです
いや 大好きだろうよ
そうですね では真実を教えてください
個々人は自己のひとつのバージョンでしかないんだ

ここから、許しの心がなければ自己の投影でしかない相手も許すことはできない、という宗教的な話になっていく。ポイントは、ケンドリック・ラマーが「ビーフが大好きでつい勝ってしまう自分」と、「常に神様と対話をして善行を重ねている自分」の矛盾をさらけ出している点だろう。

いくつかのテーマを掲げつつ、全体を貫くはっきりしたコンセプトとストーリーがない『GNX』は、2024年11月のケンドリック・ラマーの本音、現状を映した作品なのだ。それでも、まだまだ読み込み、聴き取りを続けないと全容がわからないあたり、ケニーの才能は空恐ろしい。

Written By 池城 美菜子(noteはこちら


ケンドリック・ラマ―『GNX』
2024年11月22日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music

【Track list】
1. wacced out murals
2. squabble up
3. luther
4. man at the garden
5. hey now
6. reincarnated
7. tv off
8. dodger blue
9. peekaboo
10. heart pt. 6
11. gnx
12. gloria




Share this story
Share
日本版uDiscoverSNSをフォローして最新情報をGET!!

uDiscover store

Click to comment

Leave a Reply

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Don't Miss