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カラム・スコット初来日公演レポート:実体験から湧き起こった伝えたいメッセージを歌った一夜
ポール・ポッツやスーザン・ボイルらを生んだUKのオーディション番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』で注目を浴び、デビューしたシンガー・ソングライターのカラム・スコット(Calum Scott)。
2018年のデビュー・アルバム『Only Human』は、21の国と地域でiTunes Storeで1位を獲得、総再生数は75億回を超えるヒットを記録し、収録曲「You Are The Reason」は37億回再生を記録。今年6月にはセカンド・アルバム『Bridges』を発売した彼が2022年10月18日、EX THEATER ROPPONGIにて自身初、一夜限りの来日公演を実施。このライブの模様を村上ひさしさんにレポートいただきました。
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一夜限りの来日公演
胸を掻きむしるハートフェルトな歌声で世界中を感動の渦に巻き込んでいるカラム・スコットが初来日。UK出身のシンガー・ソングライターが一夜限りのライヴを2022年10月18日、東京EX THEATER ROPPONGIで行った。ソールド・アウトの会場には、老若男女がギッシリ。20代くらいが中心だが、けっこう年配の方の姿もチラホラ。オープンリー・ゲイを公言している彼とはいえ、LGBTQのファンはもちろん、その垣根を超えた幅広いリスナーを獲得しているのが窺える。
今年6月にリリースされたニュー・アルバム『Bridges』を引っ提げてのこの公演。“Bridges World Tour 2022”と題された世界ツアーの一環となるもので、セット・リストはそのセカンド・アルバムからの楽曲が中心だ。
オープニングは「Rise」という、そのタイトルのように次第に舞い上がっていく雄大なナンバー。赤を基調としたライトの中、カラムが舞台中央に歩み出すとダイナミックな歌声を轟かせ始める。彼の背後には左からバイオリンとチェロ担当の2人の女性奏者、キーボード、ドラム、ベース、ギターと並び、全6人編成のバック・バンドがサポート。
続いた「I’ll Be There」も曲が進むにつれて浮上していくナンバー。後半には激しいギター・ソロなども織り込まれ、アップリフティングにライヴはスタートした。アデルやサム・スミスといった実力派シンガーと比べられることも多いカラム。その歌唱力は本物だ。
2曲目が終わったところで、息を整えつつ「初めての来日公演を開催できて、とても幸せです」と挨拶。「今夜はみんなに踊らせて、少しだけ泣いてもらって…いや、たっぷり泣いてもらいます」と語って会場を笑わせる。そして、その予告の通り、中盤からは琴線に触れるバラードやメッセージ・ソングを丁寧に歌い上げ、オーディエンスの心を鷲掴みにしていった。
アコースティック・ギターと弦楽隊のみをバックに、スツールに腰掛けて親密度の高いセッティングで披露された「Flaws」では、“完璧でないから君は美しいんだよ”と歌い掛ける。完璧であろうとする現代人の悩みをテーマにした曲で、妹ジェイドの言葉にインスパイアされたというエピソードなども披露。
キーボードと弦楽演奏のみをバックにした「Boys In The Street」では、同性愛を受け入れられない父親と息子の衝突が歌われる。カヴァー曲だが、彼にとって大きな意味をもっていると語り、自身のセクシュアリティとの葛藤についても包み隠さず話してくれる。
力強い説得力のある歌声
実体験を基にした「Bridges」を歌った後には、自分に自信がもてなかった若かりし頃の話や、セラピーに通っていた経験なども紐解きつつ、“暗い時期を振り返った曲だが、だからこそアルバムのタイトルにもした重要な曲なのだ”と説明する。メンタル・ヘルスの問題、自殺願望のある人は、すぐにでも誰かに話してほしいとも訴える。もっと繊細な歌を聴かせる人だと思っていたのだが、実際にライヴで耳にした彼の歌声は、とても力強く、説得力をもっていた。時に荒々しく、時に情感たっぷり。喜怒哀楽が渦巻いている。
中盤からは、ダンス系の楽曲を交えながら進行。カラムがUKの人気オーディション番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』をきっかけに歌手デビューを果たした経緯は、よく知られているところだが、それ以前にマルーン5のカヴァー・バンドで歌っていた話はあまり知られていないかも。そんな裏話を紹介しつつ歌い始めたマルーン5の「This Love」のカヴァーでは、ファンキーな一面も覗かせた。
また彼がフィーチャリング参加したクラブ系ダンス・ヒットも披露され、会場を盛り上げた。全英チャートで3位を記録したロスト・フリクエンシーズとの「Where Are You Now」、カイゴ&グリフィンと共演した最新シングル「Woke Up In Love」など、クルクル回りながら歌って踊る姿を観ていると、こちらの体も自然と動き出す。スタジアム・ロックを思わせる「Run With Me」では、スケール感のあるサウンドで圧倒。オーディエンスと一体化して華やかなハイライトを生み出していた。
終盤には、レオナ・ルイスとのデュエットでも知られる彼の代表曲「You Are The Reason」を熱唱。“この曲は愛する人についての歌ですが、今日はみなさんに捧げます”と紹介して、ひと際大きな拍手で迎えられていた。そして本編ラストは、希望に満ち溢れた歌詞の「Heaven」で締め括られたが、“これが最後の曲だけど、もちろんホントの最後じゃないんですよ”と明かして、会場を爆笑させたり。そんなチャーミングな人柄も魅力的だった。
アンコール曲「Dancing On My Own」は、前述のオーディション番組に挑戦した時、彼が歌った曲でも。ロビンのカヴァーを、キーボードだけをバックに歌い上げた。
話し声はハスキーだが、歌うと、とてもリッチで芳醇。しかも寸分の狂いのないところは、オーディション時から少しも変わらないが、随分と素朴でナチュラルになったという気がする。技巧的だったり、声色の変化で楽しませる部分は影を潜めて、より地声に近いという印象だ。というのも、彼が心の底から歌い上げているからに他ならない。実体験から湧き起こった肉声で、伝えたいメッセージを歌にしているからではないかと思う。歌に懸ける情熱や使命感もひしひしと伝わってきたし、彼の真髄に触れたと思わせる感動的な夜だった。
Written By 村上ひさし / All Photo by Yoji Kawada
カラム・スコット『Bridges』
2022年6月17日発売
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