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ビリー・アイリッシュ「you should see me in a crown」楽曲解説:「聴いている人を驚かせること、それがこの曲の目的」
2019年3月に発売したデビュー・アルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』が日本でも大ヒットとなったビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)。そのアルバムに収録されている「bad guy」は全米シングル・チャート1位を記録し、日本もドラマの主題歌になるなど大きな話題となりました。アルバムにはその楽曲以外にも、注目楽曲は色々ありますが、その中からビリーが自分の口から蜘蛛を出すミュージック・ビデオでも注目された「you should see me in a crown」について、ライターの松永尚久さんに解説いただきました。
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第62回グラミー賞においては、史上最年少(18歳)にして圧巻の「最優秀レコード賞」など主要4部門をすべて獲得、また日本でも楽曲「bad guy」が連続TVドラマ『シロでもクロでもない世界で、パンダは笑う。』の主題歌に起用されたことをきっかけに、「お茶の間」レベルで名前が浸透。そして2020年9月に横浜アリーナにて開催予定となっている初の単独来日公演のチケットも瞬く間にソールドアウトするなど、「社会現象」的な人気を博している、ビリー・アイリッシュ。
ヒットを記録した「bad guy」は、独特のアンニュイなヴォーカルと、ダークな世界観が溢れる歌詞を、エレクトロの躍動感があるビートでコーティングし、彼女が持っている「得体のしれなさ」をソフトに描いた印象である。その「得体のしれなさ」や、「独特の美的世界」をより深く感じられる楽曲が「bad guy」同様、デビュー・アルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』に収録されているナンバー「you should see me in a crown」と言えよう。
「暗闇で聴いたら、怖いって思うような曲を作りたかった」
この楽曲についてビリーは、英国BBCにて製作されたドラマシリーズである『シャーロック』からインスピレーションを受けて生まれたものだと、海外のラジオ番組に出演した際に語っている。
「ドラマの中で(登場キャラクターである)ジム・モリアーティーが『ユー・シュッド・シー・ミー・イン・ア・クラウン』っていうシーンがあるんだけど、それを聞いた時、(実兄でありコラボレーターでもある)フィニアスと『これめちゃくちゃカッコいいじゃん』って言ったんだ。だから、この曲をその雰囲気に合ったスタイリッシュなサウンドにしたの」
トラップ的なメランコリックで低音の効いたヒップホップ・テイストのエレクトロなビートに、感情をあえて抑えているようなアンニュイなヴォーカルが絡むサウンドにのせ、「王冠を手にしたビリーが荒れ果てた街を歩く」映像が見えてくるような世界を描いている。「グラミー」という王冠を得て音楽シーンで名を馳せた彼女の現在地、さらに見通しができなくなってしまう世界の状況を予知しているのか?と思わせるほど、ドキリとしてしまう歌詞だ。この楽曲の歌詞について彼女は米音楽メディアでのインタビューにてこう語っている。
「もし自分がこれを(リスナーとして)初めて聴いたらびっくりすると思うんだ。私はびっくりさせられることが好きなの。だから自分でも皆を驚かせたいなと思っている。暗闇の中で聞いたら超怖いってなるような曲にしたいんだよ。本当に恐ろしい!ってね。聴いている人を驚かせること、それがこの曲の目的だよ。私の音楽はこれまで悲しい曲が多かったんだ。最近はもっと悲しい曲になっていたから、強さを感じられるようなパワフルな曲を書こうとは想像もしていなかったし、書きたいとも思っていなかった」
そう。彼女の場合は「暗闇」の世界をありのまま我々にぶつけてくる。また「暗闇の先にゴール(希望)がある」ということも決して綴らない。周囲にある「現実」を必死に見つめ、それを冷静に分析しながらも、たとえ先に「絶望」しか待っていなかったとしても、ワクワクしている眼差しで前に進んでいる印象がする。この楽曲では、彼女のそんな破天荒でちょっと邪悪な感情や姿勢を、よりクリアに表現しているのではないだろうか。また、そのワクワクした視線が聴く者の心に刺激を与え、アメリカではプラチナ(100万)セールスを記録するなど、世界でヒットを記録している。
村上隆と8ヶ月にわたって製作したMVも話題
ヴィジュアルに関しても「自分の表現世界の魅力のひとつ」と語り、どの作品でも個性的な世界を映像やファッションを通じて発信しているビリー。この楽曲のミュージック・ビデオでは、現代美術家であり、これまでカニエ・ウェストやルイ・ヴィトンなどさまざまなグリエイターやブランドなどともコラボレートしてきた村上隆とタッグ。フル・アニメーションで楽曲の持つディープで「邪悪」な世界をカラフルな映像で表現している。彼の熱烈なファンであったというビリーがスタッフを通じて、インスタグラムでコンタクトを取ったことをきっかけに実現したものという、この作品。2018年夏にサマーソニックで初来日パフォーマンスをした際に、彼の所有するスタジオにてビリーはボディスーツを着用して動きを撮影。それをアニメーション(アバター)化させた主人公キャラクターが、いろんなものを飲み込んでいき、最後に怪物へと変化するまでを捉えたストーリーになっている。
「彼のスタジオに足を踏み入れた瞬間から、衝撃的だった。私が好きなものやインスピレーションを与えてくれるもの、私の注意を引いたものを指差して伝えながらスタジオのなかを歩いたわ。そしてスタジオに入って撮影をしたの」とビリーは村上隆とおこなった対談で当時のことを振り返る。
「一番クレイジーだと感じたことは、その部屋に置いてあるものすべてが、私が好きだと言ったものと同じだったこと。まるで私の好みに合わせて部屋全体がつくられていた感じだったの」
また村上隆もビリーとのコラボレーションに関して以下のように語っている。
「このビデオのアイデアは、すべて彼女から出てきたものです。私はそれを日本のアニメーションの方法で編集して、自分のアイデンティティを加えました。すべてのイメージは彼女からきたものなのです。私のポジションは、操り人形で、ミュージシャンはそれを操る人形師のようなものです。私は指示に応じなければなりません。私は創造的な人間ではないんですよ(笑)」
完成するまで8ヶ月の時間がかかったというビデオ。2019年夏には東京・中野にてそのコラボレーションのなかで練りこまれていった絵コンテなどのアイデア、またビリーとの撮影風景などが公開された展覧会が開催されていたのだが、どれだけのふたりのエネルギーとパワーを注入して作品を完成させたのかがわかる、見ごたえのあるものになっていた。だがビデオのみでも、ふたりの繊細なこだわりや世界が多くの人に伝わり、ひきつけ、結果現在までに1億に迫る再生数を記録するまでに至ったのだと思う(*最初はApple Musicで先行公開、その後YouTubeでも公開)。
「他にはない色彩で、記憶に残るものを作りたい」
「you should see me in a crown」を発表して以降、誰もが認める「王冠」を手にした状況と言える現在のビリー。しかし当の本人は「王冠」に対して執着していないというか。むしろ、それを得たことで背負ってしまう「面倒臭さ」を、この楽曲から滲ませている印象もする。デビュー間もない2018年におこなった日本用インタビューで彼女は「私って悲劇的な感情を持つ人間なのかも。『自分大好き』とか『アタシが一番。人生ってサイコー』って思えるようなタイプじゃないからさ(笑)。もっと感情をこじらせてるっていうか。いつも<これヤだな>とか言っちゃう感じ」と語っていることからもわかるように。だが、その気怠い思いとは裏腹に、今後彼女の生み出す楽曲は時代に大きなセンセーションを与えるに違いない。同じく日本用におこなったインタビューで彼女はこうも語っている。
「記憶に残るものを作りたいの。だから、他にはない色とか音とか……。そういうものを発信していきたい」
ビリー・アイリッシュは、時代や要求に左右されず、これまでの音楽では描けなかった『色彩』を放っていくのだろう。そんな予感や確信が「you should see me in a crown」という楽曲の中に閉じ込められているような気がするのだ。
Written By 松永尚久
ビリー・アイリッシュ
『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』
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