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大ヒット映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』三部作の魅力と“1985年”という絶妙な時代設定
フジテレビ系『土曜プレミアム』(土曜21時~)にて2022年7月2日、9日、16日と3週連続で放送が決定した映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(Back to the Future)三部作。
この3部作となった映画と劇中の音楽について、映画・音楽関連のライター業だけではなく小説も出版されるなど、幅広く活躍されている長谷川町蔵さんによる2020年初出の解説です。
「それって『バック・トゥ・ザ・フューチャー』みたいなやつ?」
映画史上最高の興行収入を記録した『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)にはこんな台詞がある。台詞の主は、アントマンことスコット・ラング。前作『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)のラストで、サノスによって全宇宙の人口が半減。その影響を受けて幽閉されていた量子の世界から脱出した彼は、量子の世界を通れば時間を過去に遡れる、そうすれば歴史を変えられると、アイアンマンことトニー・スタークに提案する。だがハルクことブルース・バナーがタイム・パラドックスの発生を危惧したため、咄嗟にこうした台詞を発したのだ。
映画史上最大のヒット作のプロットの根幹を成すタイムトラベルについて説明するシーンで例として挙げられる作品。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(以下、『BTTF』)とは、それほどまでにウルトラ・メジャーな映画なのだ。
同作の内容を念のため説明しておこう。時は現代(公開年である1985年)。主人公のマーティ(マイケル・J・フォックス)は、カリフォルニア州郊外の街ヒルバレーに住む、ロックギターをこよなく愛する高校生だ。
ある日、彼は親友の老科学者ドク(クリストファー・ロイド)がスポーツカー、デロリアンを改造して作ったタイムマシンのタイムトラベル実験に立ち会う。しかし実験成功直後にドクは犯罪組織によって射殺。パニクったマーティは、デロリアンで逃げようとした結果、1955年のヒルバレーにタイムトラベルしてしまう。30年前のドクの協力を得て1985年に帰ろうとするマーティだったが、若き日の母親ロレイン(リー・トンプソン)と知り合ったことで、自分が生まれなくなる危機に陥る。果たして彼は未来に戻れるのか……というもの。
同作が大ヒットしたことを受けて、1989年には『パート2』が公開。事前の宣伝では、マーティが2015年のヒルバレーを訪れる前半のシーンばかりが宣伝されていたのだが、実はクライマックスの舞台はまたもや1955年。そこでマーティは『パート1』の自分に会わないようにしながらミッションに挑むことになる。
もうわかったはず。歴史を変えるためにアベンジャーズのメンバーが、過去のMCU映画で描かれた時代にタイムトラベルする『アベンジャーズ/エンドゲーム』はプロット自体が『パート2』を多分に意識したものなのだ。
加えて近年、『パート2』の評価がさらに上がる事件が起きた。悪役ビフ(トーマス・F・ウィルソン)が歴史改変された1985年の世界で経営する悪趣味なカジノホテルは、当時実在したアトランティック・シティのカジノ・ホテルをパロディにしたものなのだが、実はその経営者こそがドナルド・トランプなのである。ビフのルックスやファッションもトランプ風だ。そしてこのシーンで描かれた荒廃したヒルバレーの光景を観客は、トランプ政権下のアメリカを予言したものとして受け止めるようになったのだ。
『BTTF』は翌1990年に、1885年の西部開拓時代を舞台にした『パート3』をもって完結した。三部作を続けて観たなら、「腰抜けと言われると必ずキレるマーティ」「店で注文した飲み物を飲めずに終わるマーティ」「マーティが気絶して目覚めると横には必ず母親がいる」「手が届くかどうかでハラハラ」「肥料桶に突っ込むビフ」といった同じシチュエーションが執拗に繰り返されることで、全編を通じて唯一無二の笑いのグルーヴが生じているのが分かるはずだ。
『BTTF』三部作をクリエイトしたのは、ロバート・ゼメキス(監督、脚本)とボブ・ゲイル(製作、脚本)のコンビ。1964年のビートルズ米国上陸を描いた『抱きしめたい』(1978)や、日本軍のロサンゼルス攻撃を題材にした『1941』(1979、監督はスティーブン・スピルバーグ)といった過去の作品を観ても分かる通り、彼らの作家性は史実への異様な拘りとドライなコメディ・センスにある。ゼメキスは後年、アカデミー賞作『フォレスト・ガンプ/一期一会 』(1994)でこの路線を極めることになるのだが、脚本の完成度が高いのは断然『BTTF』三部作だろう。
『パート1』が公開されたのが1985年というタイミングも最高だった。というのも、『パート1』が今年公開されるとしたら、「現代」は2020年に設定されるはず。するとタイムトラベル先は1990年。これでは日本製品の評価をはじめとする時代のギャップを利用したギャグが殆ど使えなくなる。1985年と1955年だからこそ、ゼメキスたちは破壊力満点のギャグを放てたのだ。
それは音楽の使い方にも当てはまる。1985年といえばマイケル・ジャクソンやプリンス、マドンナの全盛期。マーティもマイケルのお家芸ムーン・ウォークが得意な設定で、「パート2」「パート3」でもマイケル絡みのギャグが披露されていた。
対して1955年はというと、ビル・ヘイリーと彼のコメッツの「Rock Around the Clock」が大ヒットしたことで、アメリカの白人たちがロックンロールの存在をようやく知った年である。
そんなロック人気爆発直前の中、マーティは飛び入りしたダンスパーティで、チャック・ベリーのロックンロール・クラシック「Johnny B. Goode(ジョニー・B・グッド)」を演奏する。ティーンたちにバカウケするのは当然だ。
しかしマーティの演奏に興奮したバンド・メンバーのマービン・ベリーが従兄弟のチャック(つまりロックンロールのオリジネイターであるチャック・ベリー)に「お前の探していた新しい音楽があるぞ」に電話したことでタイムパラドックスが起きてしまう。「Johnny B. Goode」がヒットしたのは1958年のことなのだ。しかも調子に乗ったマーティは、ザ・フーのピート・タウンゼント、ジミ・ヘンドリックス、そしてヴァン・ヘイレンのエディ・ヴァン・ヘイレンをコピーしたギターソロを弾きまくって、ロックの魅力を知ったばかりのティーンたちをドン引きさせてしまう。ぽかんとする観客にむかってマーティは弁解する。
「早すぎたかな。でも君たちの子ども(つまりロレインの息子である自分の世代)は理解すると思うよ」
『BTTF』が今年リメイクされたとしたら、このシーンはギャグとして成立しないはず。仮にマーティが、ビリー・アイリッシュとBTSの楽曲を披露したとしても、それぞれシニード・オコナーとニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックのファンから喝采を浴びるだろうだから。
そう考えると、親子世代の音楽の趣味が天と地ほど隔っていた1985年において、『BTTF』の主題歌「パワー・オブ・ラブ」を歌ったのがヒューイ・ルイス&ザ・ニュースだったのは、ベスト・チョイスだったといえる。ドゥーワップをはじめとするオールディーズ・ミュージックへの愛着を持ちながら、シンセや打ち込みの導入も厭わなかった彼らは、親世代の理解と、子どもたちからの支持の両方を得ていた数少ないロックバンドだったからだ(マーティの部屋には彼らの1983年作『スポーツ』のポスターが貼られている)。
『パート1』の高校のオーディション・シーンで審査員としてカメオ出演している、そのヒューイ・ルイスをはじめ『BTTF』には何人かミュージシャンが出演している。『パート3』で描かれる1885年のパーティ・シーンでカントリーを演奏しているのは、テキサス・ブルースをルーツに持ちながらシンセや打ち込みを導入して人気を博していた(つまりヒューイ・ルイスと同じ方法論で成功した)ZZトップの面々。またレッド・ホット・チリ・ペッパーズのベーシスト、フリーが、マーティの人生の鍵を握る悪友ニードルズ役で登場していることにも注目したい。もっとも演奏シーンはなし。特異なルックスだけを買われての出演なのがおかしい。
最後にスコアを手掛けたアラン・シルヴェストリについても触れておきたい。前述の『アベンジャーズ/エンドゲーム』を手がけるなど、勇壮かつ重厚なオーケストレーションの魅力で現在、映画音楽界の頂点に君臨する彼のキャリアは、ロバート・ゼメキスとともに築いてきたものだ。
なぜなら、それまでテレビ業界でくすぶっていた彼が初めて手掛けた長編映画こそがゼメキスの監督作『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』(1984)であり、ふたりはそれ以降もコンビを組み続けているからだ。ちなみにふたりの最新コンビ作『マーウェン』(2018)では、クライマックス・シーンで『BTTF』へのオマージュが捧げられている。
Written By 長谷川町蔵
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