Classical Features
ビジネスマンの新常識。第一線で活躍する、あの人とクラシック【第2回:カレーハウスCoCo壱番屋 創業者 宗次德二】
ビジネスの最先端で活躍する企業のトップにしてクラシックをこよなく愛する方々から、クラシックの魅力やビジネスとクラシックの関係をお聞きするシリーズ。
日本クラシックソムリエ協会代表理事 田中 泰さんによる寄稿、その連載第2回。(第1回)
第2回目となる今回は、カレーチェーン「CoCo壱番屋」の創業者、宗次德二氏にお話を伺った。
どん底生活から一転、カレーチェーン「CoCo壱番屋」を創業し、大成功に導いたカリスマ経営者、宗次德二氏。ビジネスからの引退後は「宗次ホール」を創設して素晴らしいコンサートを提供する他、才能ある若い音楽家たちへの支援も行う“イエロー・エンジェル”として、クラシック界にその名を知られる存在だ。人生を変えた3曲とはいかに。その出会いに拍手喝采。
-クラシックが本当にお好きなのですね。きっかけはメンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲(以下メンコン)」だと伺っています。
好きすぎてとうとう仕事になってしまいました(笑)。「メンコン」に出会ったのは昭和39年、高校1年の時でした。中学までは、父親がギャンブル狂いでお金がなく、家賃も電気代も払わないので家を転々としていたのです。
まさに間借りにロウソク生活でした。その父親が中学卒業の頃亡くなって、養母と一緒に住むようになったのです。養母が稼ぐ2万円くらいの給料の中から家賃2千円を払って、やっと電気のある生活を始めたのが高校に入る直前でした。
そんな中で高校時代にテープレコーダーを購入して初めて録音したのが「メンコン」だったのです。部活が終わって家に帰り、早速何かを録音したいと思った時にラジオから流れてきたのがN響の演奏でした。これも音楽だからまあいいかなという気持ちで録音し、翌朝テープレコーダーのスイッチを入れて聴き始めたとたん、冒頭から引き込まれたのです。
録音時には新しい機械に夢中で何も感じなかっただけに衝撃です。後にこんな展開になるとは思いもしない偶然の出会いですね。以来、放送日には家で録音をするのが習慣になったのです。ただし演奏録音だけなので、どんな曲かという情報は何も残っていません。
後になって、あれは「メンコン」だったんだなという感じでした。貧乏生活で、周りにクラシック音楽を聴く人もいなかったし、ピアノを習ってる人も知らなかった。とにかくクラシックとは全く縁がない生活だったのです。
-クラシックが趣味の中心になったのですか?
特に聴くことには一番時間を使っています。2002年にココイチを引退した当時、とにかく全曲聴いてみようと思いました。1万数千タイトルのCD情報を収めた本をみつけて、レコード店に「この本に掲載されているCDを演奏者はこだわらないのでチョイスして送ってほしい」と注文したのです。
一般的に名曲と言われる作品の9割位は聴いたのではないでしょうか。同じ曲でも演奏者や楽団によって違うのがクラシック音楽の面白さですね。その後、社会貢献をしようと思い立ち、大好きなクラシックの演奏家を岐阜の自宅に招いてサロンコンサートを始めたのです。
しかし岐阜は不便なのでこれを名古屋でやりたいと思ったところ、たまたま条件にピッタリの70坪ほどの土地が競売に出ていたのです。落札できた時には本当に嬉しかったですね。最終的に隣地も購入して250坪になりました。自宅件サロンコンサートの会場と考えていたところが、300席ぐらいのホールができることになって今日に至ったのです。もしも土地が更に広ければ、700席位のホールを作っていたと思います。しかし響きのいいホールにしたいという思いが最優先だったので、現在の310席というサイズで本当に良かったと思っています。
-ホール主催の「ランチタイムコンサート」の充実ぶりは凄いですね。
コロナ禍で若干回数は減ってますが、通常は月に17回から18回、多いときには20回以上やっています。休憩無しの1時間で名曲以外はやらないというコンセプトが気に入られているようです。最初の頃は貸し館公演もありましたが、今は全て主催公演に切り替えました。
理由は、貸し館公演の際に客対応や運営上の感想を主催者に語ったところ、「今日は私達が主催なんですから黙っていてください」と言われてしまったのです。そこで気付いたのが、全て責任を持ってやりたいということでした。収益だけを考えれば、ホールが空いている時には貸したほうが良いにきまってます。
この世界は主催だけで利益が上がるほど甘くはないですからね。しかし食堂をやるのと同様、心を込めてやりたかったのです。打算や商売としてやるのではなく、真心を込めてお客様に接したい。演奏家に少しでも良い状況で演奏を披露してもらいたいという思いが強いですね。
-食の世界と音楽の世界の違いは感じますか?
まるで違います。最近良く耳にする「不要不急」という言葉にあてはめると、食は食べないといけないもの。音楽はCDでもいいんです。とはいえ、ホールに足を運んで演奏者の奏でる音を直接聴くことや、感激してホールを後にすること。それはCDで音楽を聴くのとは価値が全然違います。心を込めて一生懸命やるということでは食も音楽も一緒でしょうけれど、利用頻度が違います。飲食の場合は週に何度も利用される方がいらっしゃいます。
ところが音楽は、月に1回か2回コンサートに来ていただけたら凄いなあと思える状況です。クラシック音楽の世界が厳しいことは予想していましたが、正直こんなに厳しいとは思いませんでした。聞くところによればクラシックの愛好者は人口の0.5%なんだとか。名古屋の人口は500万人ですから約1万人。
その人達が様々なホールに分散して音楽を楽しむのですから厳しい状況にも納得です。でもジリ貧にはしたくないですね。努力に努力を重ねてきた音楽家たちに一度でも多く機会を提供したい、そしてそれを1人でも多くの人に聴いていただきたいという思いが強いのです。ホールを通じて、少しでも愛好者を増やす努力を重ねていけたらなあと思っています。
それにしても14年間やってきて思うことは、食堂業の経験から、一生懸命やれば僅かずつ数字が上がっていくはずでした。最初はあんなに大変だったけれど、10年経てば予約しないと音楽が聴けない状況になっているはずだったのです。しかしそんなことは全くありません。いまだに席が満席のほうが珍しいのですからね。自信があったのですがもう諦めました。ただし、昨日も今日も一生懸命やるという気持ちはまったく変わっていません。
-若い人たちに伝えたい言葉はなんでしょう?
たまの休みに好きなレコードを聴くことが、若い頃からの楽しみでした。でも商売を始めてからはそんな余裕もなく、全てを排除して経営に没頭したのです。経営から身を引いた直後にクラシックへの興味が一気に蘇りました。そのきっかけとなったのが、JALの機内放送でパヴァロッティを聴いたことです。ドニゼッティのオペラ『連隊の娘』のハイC連発のアリア「ああ友よ、なんと嬉しい日!」ですね。
あれをパヴァロッティの歌で聴いて「何だこれは!」と思ったのです。それまでずっと封印していたクラシック熱が一気に蘇りました。メンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」と、パヴァロッティの歌う『連隊の娘』、それと初めて買ったレコード、イ・ムジチの演奏するヴィヴァルディの『四季』。
この3曲によって私の人生が変わりました。凄い出会いです。その意味でも若い人にクラシックを聴いてほしいですね。若い演奏家も頑張っていますしね。
何という熱量。クラシックへの情熱と若い人への思いに圧倒されっぱなしのインタビューだ。さらには、ホール運営とともに才能ある若い音楽家たちへの楽器の貸与を行っていることでも有名だ。
五嶋龍へのヴァイオリン提供をきっかけに、現在は30挺ほどの名器を所有し、楽器に困っている音楽家たちを援助しているという。まさに“イエロー・エンジェル”の真骨頂だ。宗次德二氏が語る「若い人にクラシックを聴いてほしい」という言葉が心に響く。
Written and Interviewed by 田中 泰
■「クラシック百貨店」からのおすすめの1枚
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2021年7月7日発売
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